現実をいつも潰すのは理不尽だと思う。だが、あんただけ理不尽な目に遭っているわけじゃーない。
アメリカやロシアや、ここ日本でも同じこと。理不尽の連続である。魔法の世界であってもそう。
「あーっ、ようやく。解放されたー!」
大野鳥に事情聴取される福道。頃合を見て、再び合流。
『LOST』の影響もあって、大野鳥の事情聴取もそう長くないし、濃いものでもなかった。元々、隙を見ての調査であり、その結果がこれほど大事態だ。復旧作業に力が入り、正体不明の敵を探すのも務め。
そこへやってきたのは
ドゴオオオォォォッ
メテオ・ホールの起こした、地下での大爆発であった。
周辺のライフラインの全滅。テロ活動共思える、破壊具合であったこと。ニュースだけでなく、情報網もそちらの方へ印象が行きやすかった。
「テロ行為と断言するのが良さそうだ」
鵜飼組の天草、鵜飼もそのように事故処理を行なう予定であった。
「沙耶が暴れ過ぎだ。発電所を壊すのもやり方を考えろ」
「隠蔽工作も兼ねてな」
発電所を襲撃するという悪態を、架空のテロリストの仕業にする。とはいえ、彼女の働きがなければもっと甚大な被害で、誰にも矛先を向けられない怒りが出る。それこそ理不尽な災害だ。
発生していた時間は、48分38秒。その間に起こった出来事は、日本全国に及ぶ停電、中部地方全域の異常障害、列車の脱線が5件、車による交通事故、208件。死者48名、重傷者137名。
日本全国に『LOST』が入れば、滅亡するのも納得する事故の数々。
「た、助かったー……なんで、俺はこんな目に遭うんだ」
「ねー!ねー!日野っちってクレーン車を動かせるのー!?」
「そんな質問答える余力ねぇよ。つーか、お前。車内で漏らすな、大人だろうがー」
警察、大野鳥、周辺の住民達、政府はこの災害を乗り越えようと、協力し合ったのは当然のこと。
「…………ふん」
結果、思う以上にやり過ごせたと成果を得る。この事件を起こした老人、鮫川隆三は
「やや期待外れだ。儂の体に傷をつけれんようじゃ、生温い」
平然と生きていた。やや土煙と煤のせいで、汚れてはいるが。その肉体は大爆発を直撃されても傷一つ、血も出さず、生きている。地下から自力で這い上がり、周辺の人達に気付かれる前に群衆に隠れて、完全にやり過ごす。
メテオ・ホールに対して、余裕を見せていたのは間違いないことだ。
自分に過信することは決して悪い事ではない。むしろ、その過信すら持たぬ者が多い世の中。
とはいえ、たった一つの磨くこと、そして、成功に導くことというのは難しい。良い例ではないが、鮫川のように非常にシンプルを研ぎ澄ませ、多彩な芸を持つほうが視野と思考が広がり、成功と呼べるものはいくつも手にするだろう。
ま、鮫川は成功に興味もない。この歳だ。やれることは、見守ることを重点に置いている。
「今の爆発でよく平然としてますね」
「福道。儂はしぶといだけじゃなく、強いからじゃ」
「別の用事もあるんですから、迎えに来ましたよ」
「ああ」
鵜飼組の組織力なら、ロシアやアメリカとも対抗できる戦力。
自分が育てあげた組織だけに、十分な結果を望む鮫川。それとは別の、盆栽を嗜む趣味というか、彼の意志は部下に引き継がれているように、クズは嫌いであるのだ。
まぁ、少し先となれば分かること。
「悪用されんことだな、大野鳥よ」
◇ ◇
理不尽なことだ。
それは異次元のような戦闘のみならず、分かりやすい方で言えば、人の小ささを思い知る災害の方が理不尽らしい。だが、人というのは自身の無力さを痛感すれば、それをそう認識するという。
金を積んでも飛ぶ程度、力を持っても弱いこと、努力をしても叶わない、優れた才を持ってもそれを越す才に出会うという絶望も。
人間らしい理不尽は誰にもつきものだ。
「……………」
その人間らしい理不尽の中に含まれる事であるが、許せぬこと。
自分が。どう、……できようか。
「ガンモ助さん。いいんですか?」
「あ、あぁ」
飲み物を飲んでから、そう言いながら。食事を共にしてからだった。美癒ぴーが話しかけてくれたが、あまりそれに応えなかった。
いずれはと思っていた事で、直球に言うと。
「私、君が少し苦手なんだ」
「それは日野っちと相対的に見てですか?」
「そのような解釈ではないんだがな……。まぁ、私と日野っちが悪いか」
面と向かって、嫌いじゃないとか、苦手とか言われるのは。中々、心に来るものだ。しかし、その理由はなんだろうか?美癒ぴーは一瞬、思い返すも……なにかしたわけでもない。というか、私が来てから嫌っているとか、避けているような節を思う。
「それはだな。君に仕事を辞めて欲しいと、親の気持ちと思って欲しい」
娘に会わせる前に、説明したのは勘違いを避けて欲しいからだ。
偏屈であるのは希望を感じられないからだ。握り締めた拳は、怒気と殺意を含められた。美癒ぴーが達人とかだったら、その気持ちを感じ取っていただろう。あいにくだが、美癒ぴーはそれを感知できない。
「娘の入院について、先に言う」
ちょっと言葉の筋が纏まらないのは、ガンモ助さんに思うところがあるからだ。美癒ぴーはそれを怒らず、知っているから黙っているのだ。
「生まれ付きでもないし、病気というわけでもない」
理不尽な事だった。それは誰にでも降りかかる災害ではない。
「地震や悪天候に巻き込まれた、わけでもない」
だからこそ、許せず。怒りをぶちまけたいのだ。本当ならすぐに……。
だからってのも、ある。
「娘は、事件に巻き込まれて、入院を続けている」
犯罪による精神的な疾患である。
◇ ◇
本名は漆木土宗
「ガンモ助さんのフルネームを、始めに知るとは思いませんでした」
教えてくれないと思っていた。
「病院には娘の名前も書いてあるし。娘は私がタクシー会社に務めている事を知っているが、ガンモ助さんという呼び名を知らない。漆木さんと、この時は呼んでくれ」
確かに、娘に会わせるには相応の準備が必要である。
「本名知られて大丈夫です?」
「私を知る事はそういう事だ。伝える事も同義だ」
その意見も納得。
「アッシ社長は知っているよ」
「まぁ、社長ですからね」
っていうかアッシ社長。ホントにあなたの付ける"あだ名"って、まったく関係ないですね。漆木土宗から、ガンモ助さんになるなんて、どーいう理屈なんだろうか!?
日野っちも、まったく名前に関係ないと言っていたし。ホントになんて苗字で名前なんだろう!
「"あだ名"の由来かい」
「あ、心の声を読んでしまいましたね」
「私もアッシ社長のタクシーに乗っていたんだ」
「日野っちと同じですか?」
「そうだな(私、そーいうこと知らないけど)。あれは寒い冬だった。おでん屋に向かった時に決められた"あだ名"であった」
凄いギャグっぽい、付けられ方!
なるほど、その続きはガンモでも頼んだから決められたというわけか。
しかし、その美癒ぴーの想像はあとで。とんでもない形で裏切られる事となる。その事実を知るのはまだちょっと先である。
そんなこんなで病室の前。割と普通の病室に漆木さんの娘はいた。
「名前は知与ちゃんですか」
「私の土と、妻の由海をとってね。妻は男っぽい自分の名前がちょっと嫌がっていたから、無難にね。でも、良い名前だと思うのにねぇ」
女性に"よしみ"はどうかと。男にも付けられそうな名前は、美癒ぴーもあんまり好まない。子供ができたら……その。って、何を想像している私!
「知与ー。パパが来たぞー!」
その言葉と共に病室に入る漆木さん。美癒ぴーも……って思ったら、ある事に気付く!
って!ガンモ助さんに自分の名前を教えてない!!娘さんの前で、私の事はどう呼ぶつもりですか!?美癒ぴーって呼ぶの!?会社でそー呼ぶってなんか、慣れ慣れしくて、不倫っぽく思われません!?ねぇ!呼ばれ続けて思ったけど、
「パパ……」
「どうだ、調子のほうは?」
「うん。って、隣の人は?」
やばい、話を降られた。ここは
「わ、私。漆木さんの後輩でして……」
上手い!名前を隠し、後輩と言い。上手く娘さんに自分の存在を伝えた。……が。
「彼女は美癒ちゃんだ。私の仕事場に最近きた人だよ」
「あ、そうなんだ。パパがお世話になってます」
普通に言ったーーー!美癒ちゃんって、もっと馴れ馴れしいし。そーいう呼び方は日野っちに言ってもらいたかったーーー!っていうか、私の名前を普通に知ってるんですか!?それとも偶然ですか!?どうして、漆木さんが私の名前を知っているの!?全然避けてたのに……!どうして……。
そんな心の葛藤。すぐに分かった事だが、
そっか。美癒ぴーだから、ちょっと変えれば全然違和感ないもんねぇ。ガンモ助さんだけ、"あだ名"が複雑なだけだし。
考えるのを止めたらすぐに納得できた。
「初めまして、美癒と申します。が、……漆木さんにもいつもお世話になっております」
「そうですか。パパ、ちょっと男性が好きだから。不安なところあったんだけど」
そんな情報を娘に与えていたんか。
「でも、嬉しいなぁ。パパが私に人を紹介するの、初めてだから」
「え?」
ここで自分のことで頭がいっぱいだったから、漆木知与の姿を始めてちゃんと見た美癒ぴー。
ちょっと驚いてしまった。娘さんが入院していると聞いて、イメージをしたのは中学生~小学生ぐらいだと思った。実際、ガンモ助さん……じゃなくて、漆木さんは結構なお年に見えるけど、40前半くらい。それくらいが相場かと思っていたけれど、
背もたれに寄りかかっていても、結構、高い。高校生ぐらいの人で、名札の横にある年齢はなんと、24歳。自分よりも年上であったのだ。病院食が健康だからか、顔色も、ふとんに隠れた体型にもなんら、違和感が見えない。点滴も特になし。ガンとかの病気?でも、6年も治療を続けているのも変だよね?
「美癒ちゃんは知与の年下でね、今日は私から無理を言って来てもらったんだ」
「それは、とても、申し訳ないです」
「いいのいいの!私も、漆木さんにお世話に……」
「そうです?いいです?えへへへ」
知与の表情は、美癒ぴーを嫌悪するものでもなく。普通に関心を得るぐらい。
「えへへへ」
「ははは」
笑顔を向ければ、笑顔で返す。お互いに好印象な関係。どこか、モジモジしている表情。そして気付けることだったが、なぜだか。知与は美癒ぴーのことばかり見ている。その視線に気付いている美癒ぴー、父親もそれに気付いてどこか嬉しそう。
なんか、なんだろう。違和感。
「スーツ姿ってかっこいいです」
「え!?そう、正面で言われると嬉しいなぁ」
「私も着たいなぁ。その、別の綺麗ってものが見えるから」
馴れ馴れしいのは父親の血筋だろうか?漆木さんから日野っちに対して、積極果敢なアプローチを見ている美癒ぴーはそんな予感をした。もしかして、娘さんってレズとか百合とか?
しかし、ちょっと。下手くそな、
「お出かけしたいな」
友達になってください。そーいう感じ。
雰囲気は感じ取り、美癒ぴーは手にとって。
「うん!退院したら行こう!」
元気を出させる言葉を送った。まだ、まったく知与のことを知らなかったけれど。励ます言葉はどんな誰かを知る前に送りつけてこそ、価値がある。
「えへへへ。ありがとう、頑張りたいなぁ。買い物をしたいなぁ」
その言葉、その体温。とても失礼ながら病状が分からない。喋る感じ、ちょっとオドオドした雰囲気を混ぜながらも、新しい期待と話す楽しさが心から聴こえてくる。まだ互いに知らないし、職場の人の娘さんのことだ。慎重に話したいところであるのに。
キラキラしているのに、その奥がとても黒く濁っていた。
なにが伝えたいのか?
この人はなにかが壊れているという、美癒ぴーの勘であった。
「えへへへへ」
歳の割に子供らしい笑い方。初対面でまだ名にも知らないというのに、安心だっていう、そんな表情ばかりを自分に向けるのだ。不自然。
そんなとき、目にしたのは
「あ、その本は何?」
「ん?」
「枕の裏にある」
「あー!これねぇ」
知与は隠す気も無く、平然と見せ付けて答える。興味を持ってくれて嬉しいという顔で
「ラジコン雑誌」
「え。ラジコン?」
「うん。乗り物好きでぇ、操縦したいんだけど。やっぱりパパみたくできないから」
そういえば、漆木さん。色んな免許を持っていたっけ。トーコ様が言っていた気がする。
「ラジコンはいいよぉ。私、こうだし、……女の子として、ちょっとだけど。免許、持つにはダメだし」
いや、もっとダメな奴がついこないだ再登場したんだけど。
「ラジコンかー。あまり詳しくないけど、病室でできるの?」
「中庭でできるよ。車関係のだけど、一時退院した時はパパとママと一緒におでかけするの。ついこないだも行ったのー」
「あ」
あの休みは娘さんのお世話をしてたのか。でも、また入院って
少々、謎の多いガンモ助さんであるが、その娘さんにもまたなんらかの謎がある。アッシ社長やトーコ様、マジメちゃんのような不可思議さとは違う、ラブ・スプリングやダーリヤなどの神懸り的な事とも違う。
どこか、自分と日野っちと、似ている領域からのことだった。現実らしい事もまた、不可思議で理不尽なのである。




