タクシーを利用する高齢者は基本、近場
「ご利用ありがとうございました」
N_MHとマジメちゃんの加入から1週間ほどが経った。それからはとても穏やかなタクシー業務の日々。なんかロシアでの件や、飲み屋の出来事も凄く昔に感じる。
新加入した2人の仕事風景はというと、
ピカーーーッ
「うん、綺麗になりました」
N_MHは社内の美化と車の清掃を担っている。彼女のおかげで美癒ぴーを除く人達の車はかなり清潔なものとなった。スーツのクリーニングも行なったり、買い出しをしてきたり、食事を作ったりと社内の家政婦といった感じの仕事を続けている。
土・日はしっかりと休んでいます。
「それじゃあ、これをこうで」
「なるほどー。分かりました」
マジメちゃんはアッシ社長と共に車の整備と、車の修理に没頭している。運転手としても働けるそうだけど、マジメちゃんはこちらの方が専門らしい。日野っちと私が壊したタクシーも、徐々に直されているようだ。
初対面は危ない人であるけど、基本はあだ名通りの真面目な人。ちょっと、人の気持ちを考えないけど、悪人じゃないという典型的な人。
未だにトーコ様の妹さんだというのが解せない。全然、似てない。
「むぅ~~」
2人の様子を嫉妬する睨みで見ているトーコ様も日常となった。
よく考えたらトーコ様はアッシ社長と会社内で住んでいた。それが一日にして、2人の女性が暮らす事になったのだから、多少の不満は分からなくもない。
その上、
「夕飯ができました。掃除も洗濯もしました」
家事全般は、N_MHが……
「あのアッシ社長!私、もっと良いアイデアがあるんです」
仕事になると、付きっきりのマジメちゃんが……
「美癒ぴー~、私って要らない子かな~。全然最近~、アッシ社長と話せないよ~」
「トーコ様。私に泣き付いてもしょうがないんじゃ……」
なんていうか、ライバルが沢山出てきて、初めて焦りを感じているようだった。正直、トーコ様じゃ2人には勝てそうにない。残念だけど。ただ、アッシ社長に恋愛沙汰があるのかどうか。家庭面の意識はあるんだろうけど、2人で過ごされても特別になかったのでしょう……?
「N_MHは大丈夫だと思いますよ」
「ホントぉ~?」
「だって、私。アッシ社長みたいな男性は異性としての好みじゃないですから」
「それ聞くとホッとするようで、釈然としないよ~」
N_MHは人格のモデルが自分だから、アドバイスできる。たぶん、ないと思う。むしろ、こっちに寄ってくるかもしれない。あとでコッソリと弓長さんに確認をとったところ、あくまで人格のモデルであるため、何ヶ月も経てば自分と違う行動をとる可能性もあるという。
油断はできない。というか、1週間経って気付いた事がある。
「配達に来たぞー」
よく兵多くんがここを訪れる。遊びではなく、仕事でここに足を運ぶのだ。受取人はアッシ社長ではなく、N_MH。
「わーっ!ありがとう!仕事していると自分の買い物が中々できなくてー」
「はい、受け取って」
どうやら、N_MHは衣類を収集するのが趣味らしい。しかもそれを自作したり、自分で着たりするのだ。私は確かに裁縫とかはできるけど、服の製作は3,4回くらいしかした事がない。
新しいミシンとか、綺麗な生地や針、糸とかも買い込んでるし。私は料理を極めるタイプなんだけどなぁ。
「今、ネットでフリーマーケットもあるんです。そこで私、自分の作った服を売り込もうと思うんです。趣味ですけれど、自分が作った服を使ってくれる人に出会えたら嬉しいなぁーって」
「そんなことができるのか、すげーな(服作るのも、売り込むのもだが)」
趣味を小遣い稼ぎにできるのは、理想的なことかもしれない。日野っちもそれを聞いた時、凄く関心していた。なんか私もトーコ様の気持ちが分かった。不安になる。
「業務が改善されて良かったです」
アッシ社長は車の製造に追われている予定であったが、マジメちゃんの復帰のおかげでかなり負担が減ったそうである。少し精神的な未熟さが否めないものの
「私に何かあると大変ですからね。やはり、私の代理を務めるのはマジメちゃんが適任でしょう」
技術者としての下地、魔法の適正などもあって、マジメちゃんに魔法のタクシーのノウハウを伝授する事にしたらしい。とはいっても、一朝一夕で学べる代物ではない。ここからまた何年と経験を重ねさせる必要がある。
自分としても、アッシ社長の代わりがいて欲しいと思っていた。トーコ様だったら不安だし……。
「なんか大分変わったって感じだな」
「女の子が増えて良かった?」
「それはある……って、言わせんな」
「まったく。ハーレムになっているのは、アッシ社長だけだよ?日野っちに付いているわけじゃないんだから」
日野っちはこの前、少し言っていた。アッシ社長の代わりがいないこの会社に危機を感じていたけれど。マジメちゃんの存在が結構良いことになっているんじゃないかと、私は思う。日野っちもそうだと思っているはず。
「!」
おっと、振り返りはここまで。お客様が手を挙げている。お婆ちゃんだ。
「どうぞー!」
「ありがとー、△△△△病院まで良いかしら」
「かしこまりました」
お昼時は高齢者のお客様が多い気がする。行き先が病院なだけに……
「通院でねぇー。バスで行きたいけど、待つのも面倒だし、時間通りに来るとは限らないし」
「そうですね。運転手さんを責めるのは酷ですけど」
通院やお見舞いなどといった理由で、高齢者がタクシーを利用する。以前、車椅子のお爺ちゃんも乗せたことがある。
高齢者は一度喋ると止まらない。基本、自分の日常について、第三者に吐きたいのだ。
「嫁がねぇー。料理下手でねぇー。なんできゅうりの漬物ができないのかねぇー」
タクシーの利点として、自分以外のお客様がいないという点。相槌を打ってくれる人だという事も含め、愚痴の捌け口となる運転手。こんな会話をバスや電車内でされたら五月蝿くてたまらない。気にしない人もいるだろうが、ボリュームは下げて欲しい。
「料理は重要ですよね。胃袋を掴めてないで、何が結婚だと」
「そーそー!分かる子もいるのねぇー。手料理を食べてから結婚しろと息子に言ってたのに……」
愚痴であるが、美癒ぴーにとっても会話というのは楽しい。
家庭のこと勉強を高齢者達から学んでいる。日野っちはこーいう会話が嫌いだとか、この前言っていたけど……。
「着きましたよー」
「ありがとう!こんな可愛い子がいるのなら、息子に紹介したかったわ」
「あははは、それはどうも。2080円です」
何事もなく、1人のお客様を病院に運んだ。さて、そろそろ時間は昼時に差し掛かる。会社に戻って昼食を頂こうと思った時だ。
「あれ?」
見覚えのある自転車。それに乗っている1人の男性が、この病院に向かっているところであった。
「ガンモ助さーん」
「!おや、美癒ぴー。これは偶然だな」
「そうですね」
なぜだか分からないが、こんな病院に自転車でやってきたガンモ助さんが……。
そういえば今日は休みだったのを思い出す。ガンモ助さんは私が入社した時は結構いたけど、2週間休んだりとかであんまり詳しい事を知らないんだよね。
「どうしたんです?」
「ああ、”お見舞い”なんだ」
「”お見舞い?”」
そういえば、そんなことを日野っちやアッシ社長が言っていた気がする。
「ここに娘が入院しているんだ」
え?そーいうご家庭だったんですか!?結婚しているとは聞いていたけど、娘さんが……。
「それは大変ですね。どれくらい前からなんです?」
「かれこれ、5年ぐらいか……。いや、6年だな」
!?余計、気まずくなった。そんな長期間入院している娘さんがいるなんて、まったく思えなかった。
「丁度良かった、娘に会ってみないか。美癒ぴー」
「大丈夫なんですか?私なんかと会って……」
「ふふ、美癒ぴーは素敵な人だよ」
まさか、私が日野っちよりも早く。ガンモ助さんの秘密を知ってしまう事になるとは
◇ ◇
「だから頼むぞー」
『なんで俺に頼むんだ、ゴラァ!』
「お前しか頼れる奴がいねぇんだ!兵多!頼むぞ!」
『ふざけんな!人の恋路を手伝うほど、俺は暇じゃねぇ!』
「いや、金は出すって言っただろ!頼む!倍でもかまわねぇ!チケットを取ってくれ!」
その頃、日野っちは兵多にあるお願いをしていた。
アッシ社長から兵多の仕事を知った事で、”とある物”を買うことにしたのだ。
兵多の会社はただの配送だけでなく、そこにない物まで用意するという魔法のランプに近い仕事をしている。手に入れるのが困難な代物であったが、なんとしても欲しく、確実の意味で兵多を頼ったのだ。
「はぇー、あとは美癒ぴーに予定を空けてもらうだけだな」
いや、普通逆だよな?美癒ぴーの予定を聞かないとダメだよな。せっかく、良いスポーツのチケットを頼んだわけだ。絶対に来て欲しい。
初デートは、スポーツ観戦にしたい。美癒ぴー、好きなスポーツってあったりするのかな?まだまだ知らな過ぎるな、俺。
「おっと、仕事しねぇと」
電話を辞めて、前方にいるちょっと大人っぽい女性を乗せる日野っち。青髪ウェーブのOLみたいな姿の女性のお客さんだ。こんなお昼時に珍しい客層だと思った。
「どちらまで?」
「××××駅まで宜しいかしら?」
「分かりました」
「どれくらいで行ける?」
「2500円くらいで、20分前後には着くかと」
無口な人だ。乗り込んだらすぐに化粧品を取り出して、おめかしを始める。これから取引先の人間と会うのだろうか?
向こうも特に喋らないため、こちらも指定された駅まで進むのみ。言ったとおりに着いた時、
「ありがとう」
「またのご利用をお願いします」
何事も無い。いつもの仕事であったと感じる。さて、そろそろ昼でも食いに行くかと思ったら……
「あのぉ」
「?……え?」
なぜだか、先ほど乗せたOLさんが引き返して来た。すると、
「○○○○美容院まで良いですか?」
「???あ、ああ。良いけど?」
こっちは構わないけど、なんでさっき言わなかったんだ!?
ともかく乗せて走らせる。OLさんはスマホを取り出し、サイトの閲覧を始めたようだった。
「ふーん、これから天気が悪くなるそうですね」
「それはありがたい情報を」
なんだ?さっきと雰囲気が違うような気がするけど、あの顔と容姿はさっき乗せた人と同じだぞ。双子?それとも、単なる偶然?同一人物っぽく見えないぞ。
そんな疑心暗鬼に感じながら、指定された美容院にお客様を運んだ日野っち。
「ありがと」
「こ、こちらこそ」
こんな偶然、あるんだろうか。貴重な経験をしたと思って、車を発進させたらまただった。手を挙げている女性がいた。
「!?」
「タクシーさん!停まってーー!」
それは先ほど乗せた女性とまったく容姿と顔が同じ人であった。手を挙げるお客を拒むつもりはないが、なんだか違和感がある。なんだこりゃ。
「△△△までいいかしら?」
「大丈夫ですけど……さっき乗せませんでした?」
「え?私は初めて乗りますけど」
嘘付け!なんでこんな瓜2つの人間を3連続で客として迎えるんだ!?そんな確率、わずかな事でも信じねぇ!何かがオカシイ!
とはいえ、とりあえず。乗せる。不気味な体験をしている気がする。目的地に向かうのはいいのが、面倒ごとに巻き込まれるのは御免だ。俺、かなりのトラブルメーカーな気質があるっぽいし。
「し、失礼ですけど」
「はい?」
「あなたのお名前を、聞いても良いですか?」
「大野鳥夜枝と言います。……新手のナンパですか?運転手さん」
「い、いや。なーんか、先ほどから。あなたと似ている方を乗せた気がしてー、はい、分かりました。ははは」
名前って大切だな。偶然という事だってある。その時、名前を確認して違えば凄い奇跡を体験しているんだと思えば良い。美癒ぴーに出会えた確率に思えばいいのさ。第一、こんなことでアッシ社長に相談できん。特に危害を与えられてるわけでもないし……
そうして、何事もなく。俺は彼女を指定された場所へ運ぶのであった。
「ナンパするなら会話しないとダメですよ」
「いや、ナンパじゃないです!ありがとうございます!」
それ以降、声を掛けなかったことを指摘して降りるお客さん。なんなんだ、一体これはと……
「はーっ、なんでこうなるんだ。どうなってんだ、一体……!!」
そうやってまた車が走ると、反対側の歩道を歩いている1人の女性に目が行ってしまった。それは先ほど、ホントに先ほど降ろしたばかりの女性と間違いなく瓜2つであったのだ。降ろしたばかりのお客様はどこかに行ってしまったが、反対側の歩道まで瞬間移動したとは思えん。そして、
「あっ!タクシー見っけー!乗せてー!……うわっ!」
「あぶねぇだろう!」
「うっさいわね!そっちが避けなさいよ!」
道路を横切ってまで、日野っちのタクシーに乗り込んでくる青髪ウェーブのOLさん。日野っちは引きつった顔で確認する。
「あ、あの。お名前を聞いても、いいですか?」
「最近のタクシーって名前を聞くの?個人情報を聞くんだー」
「い、いや。その……もしかして。ですけど」
「え?」
「大野鳥……夜枝さん……でしょうか?」
それはYESと言って欲しくないから、確認をとったが。今の現実は予感通りに動いてしまう。
「そうよ!私は、大野鳥夜枝よ!」
な、なんで4連続で同じ人間を乗せてるんだ!?どうなってんだこれ!?
「□□□□温泉まで良い?仕事の汗を流さないと気がすまなくて」
俺の冷や汗も流して欲しいから降りてくれ!そう言いたい。でも、ダメだな!
俺は今、何かの攻撃を受けていると判断していい。これは絶対にオカシイ。若い女性を4連続で乗せることすら、タクシーでは結構珍しいんだぞ。
とはいえ、
「□□□□温泉?かなり遠いですよ」
「だって仕事の終わりだしー」
先ほど乗せていた大野鳥は全員近場だった。今乗せた大野鳥は、県を越えたところにある場所だ。これは案外ラッキーかもしれない。まさかな。ありえねぇ事だ。
「あ。鵜飼さんからの連絡だ」
乗せた大野鳥はノートパソコンを急に用意し、仕事をタクシー内で始めた。まぁこれも、珍しいことだがありえなくはない。むしろ、今のお客が連続している事の方が奇妙で目に入らない。さすがにこれ以上は続かないだろ。もし、大野鳥がゴツイおっさんとかだったら俺は発狂して死んでいたかもしれない。ある意味、ハーレム的な。同じ人間だけど、幸せに感じるみたいな?
1時間半掛かって、目的地の□□□□温泉に辿り着く。腹もかなり減ってきた。
「いやったー!これで2日は休めるぞー!」
「そ、そうですか」
ホントに休んでくれと祈りながら、大野鳥を降ろす。
「俺も昼にするか。14:00過ぎたな」
コンビニとは違うが、地元の売店があってそこでオニギリでも買って空腹を紛らわす事にした。腹が減っては仕事にならん。タクシーを『空車』から『回送』に代えて休むことにした日野っち。
『VALENZ TAXI』は、全国を走るタクシー会社である。
タクシーはどこでも走るようで意外と違うそうらしい。タクシーにはそれぞれ、特定の範囲内の地域を走り、その中で業務を行ないます。タクシー運転手にも戻る会社と家があり、例えば、現在の県から他県への移動をします。しかし、その県にはその県のタクシー会社がちゃんといるため、表示を『回送』などにして、元いた地域に戻らないといけないそうです。
そうしないと、最悪な場合。相当遠くまで走らされることもあります。『回送』などのタクシーを見かけたら、そーいう事だと思った方が良いそうです。
また、相当遠い場所を目的地にするお客様の”乗り逃げ”防止のため、乗せないこともあるそうですよ。
『東京から青森までいいかな?』
『新幹線か飛行機使え!』
いくら儲かるからといって、そんなところまで運転できません。儲かりますが、冗談は止めましょう。過労で死にます。『VALENZ TAXI』ならテレポートで一発ですが、他のタクシーではそういきませんので止めてください。
パクパク……
「……美癒ぴーの弁当、食いてぇな」
今日は美癒ぴーと時間で会わなかったから弁当をもらっていない。コンビニなどの飯が不味く感じてしまう美癒ぴーの料理の腕は、ある意味ダメだ。天使の味だった。
「ふぇー、ま。夜を期待するか」
コンコンッ
「ん?」
ノックをされて、窓の方を見ると
「あのー。乗せてもらっても、いいですぅ?」
「え?」
大野鳥夜枝がいる。なんでだ?さっき、温泉に行ったんだろ?なんでそんなすぐに出ている?
しかし、それだけではなかった。
「もう1人、いるんですけど」
「は?」
こいつ等、『回送』という文字が見えないのだろうか。いや、そんなことより。
「○○○○会館まで良いかしら?」
「急いでいるから乗せて頂戴」
大野鳥夜枝が2人も、日野っちのタクシーに乗車するのであった。




