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VALENZ TAXI  作者: 孤独
入社編
5/100

労働には家族がいる

あぁっ、死んだ。何処に行くのか。トラックに轢かれて、押し潰されて、身体がグチャグチャになって、



「美癒ぴー、着いたよ~」


分かってます。このタクシーが止まっている事は感じています。

身体をゆさゆさとしないでください。そして、天使のような声を聞くに天国へと迎えているんですね。あぁ、全然痛くない死なんて嬉しい。



「授業始まっちゃうよ~、起きなきゃいけないよ~」

「もう止めてください!私、起きますから!」


そうやって、恐怖に怯えていた両目を開けると、よだれをたらして眠っているトーコ様!


「あぁっ!トーコ様も起きて!よだれが、床に落ちてます!」

「え~、起きてるよ~」


天国か、地獄か、車内から見た外は、



「あ、あれ?私の大学の前にいる。もう着いたの?でも、あのリアルな信号無視からのトラックは?」


逆にここが死んだ世界なのだろうか?整理が追いつかなかったが、


「ワ~プで~す。驚かせようと思って、"セーフティモード"を解除して使ってみました~」

「嘘だぁ!ワープなんて……」


そんな馬鹿なと言いたくなった美癒ぴーであったが、そういえば、日野っちもワープをしていた事を思い出し


「ホントにワープなんですか?」

「は~いです。今回は特別に無料で~す」


確認し、頷き。ホントにワープしたんだ。そして、カーナビに映る時間と自分の時計が示している時計が、家を出た時間と大差ないことでその事実を確信した。

凄い、魔法の力って……。


「あ、ありがとうございます」

「いいんですよ~、お勉強頑張ってくださ~い」


扉を開けて、魔法の体験をトーコ様にしてもらった御礼をする美癒ぴー。ここまで来るのにタダだなんて。この魔法のタクシーを運転してみたい。ワープ以外にも色んな魔法が詰まってそう。


「そ~そ~」

「はい?」

「私が明日、美癒ぴーを迎えに来るから~、時間を指定して~、待ち合わせ場所も決めて~」

「あ、そうですね。じゃあ、私のお家で21時からでも大丈夫ですか?親にもちゃんと話しておきたいので」

「お~け~。楽しみにしてるね~」



約束ができたトーコ様は嬉しそうに発進していく。降りてから分かることだけれど、凄く進みが遅い。30キロも出してないんじゃないか?


「なんか不安」




◇     ◇




日野っちは思わぬ休息時間を得たため、家に帰った。


「アッシ社長、送ってくれてありがとうございます」

「いえいえ。2日間、ゆっくりしてくださいよ、日野っち。朝6時に迎えに来ますから」


てっきり、自分が美癒ぴーを教えると思っていたが、良いのか悪いのか分からないラッキーを大切にする。

日野っちは1人暮らしをしている。



「今日はナニ弁にするかな」



高校卒業後、実家を離れて就職。

しかし、本当はただ家を出て1人暮らしをしたかっただけであった。務めた会社はすぐに辞めた。なんていうか、肌に合わないのだ。競争だの、会話だの、営業だの。五月蝿いところで嫌になった。でも、それが当たり前な社会だとは周りも自分も分かっていたこと。



「450円になります」



自由とは何か考えながら、行動として実家を離れても、自由じゃないと分かっている。

今の楽しみと言えば、自分の口座にたんまり金が貯まっていくこと、周辺で売られているお弁当の試食。

まぁ、ボチボチだ。ボチボチ生きている感じだ。


コンビニに寄ってから、いつもの階段を昇って、部屋番号しかない家のドアを開ける。誰もいなくても、


「ただいま」



最低限として、冷蔵庫、電子レンジ、コンロの調理用具はあるが、包丁とまな板はない。コンビニの弁当ってうめぇ、弁当専門のチェーン店の弁当はうめぇ、駅弁うめぇ。ゴミ捨ては容器をポイッ。後片付けを毎回しなくていい。

手間隙は湯銭とレンジの温めぐらいが自分の限界。面倒だ。自由じゃない、とカッコつけてカーペットの下で胡坐かいての食事だ。テーブルの上はもうゴミ箱のようになっているし。



ピィッ



テレビをつけて、ニュースよりスポーツ中継へチャンネルを回す。

1人暮らしをする前はサッカーとバスケ、野球、ボウリングぐらいしかルールを知らなかったが、今では相撲、テニス、卓球、ラグビー、ビリヤードなどなど、幅広くスポーツのルールを覚えることができた。客が歓喜する瞬間が分かると、自分も嬉しくなった。どっちも応援しているんだがな。



モグモグ……



スポーツは良い。とはいえ、今の自分にできることはマラソンくらいだと思ってる。陸上競技の中継を見た後はよく走りに出かけた。暑すぎたり、雨が降っていればすぐに止めてしまう。

できるだけやる、それが人の自由だろう。

中継番組しか観てねぇんだな。



「おっ、おぉっ」


勝つために熱くなってる選手。それが味方と敵にいる。真剣勝負の場を胡坐しながら見れるなんて、良い優越感だ。

熱いぶつかり合い、努力の成果の見せ合いはなんか、自分にねぇもんがあって感動じゃないけど魅入る。自由じゃねぇくせに生きているって溢れるな。そんな俺も生きているから、こんな風な熱い……



『あーっ、おしい!』



「ま、そーゆう事もある」



生き方が出来れば良いんだよ。でも、何があるってんだ。そもそも、そんなこと望んじゃいねぇ。

誰かを元気にさせる生き方なんてできねぇし、自分は自由に自由に言いながら、何すれば良いのか分かってねぇなんて。



「ふぅ」



その場でもう一眠りする。仮眠室の布団の方がしっかり寝られるけど、ガンモ助さんにやられまくっているので滅多には使わないようにしてる。今、布団もそのままにされているけど、面倒だからカーペットの上で眠れるように務めた。もうそうなっちまった。

眠りに落ちる間、考えていることは今の不安だ。


いけねぇな。なんとか変わらないとな。今の仕事は稼ぎは良いけど、勤務時間は不定期だし、楽しい事よりうぜぇ事ばかり



『生きるって嫌な事ばかりですよ』



俺が無職だった頃に、アッシ社長に言われた事を思い出す。金だけはくれるからマシかもしれねぇけど、アッシ社長がいなくなったらどうなる?重大な事故が起きたら、どうする?家族は誰も俺が何をしているかしらねぇし。

あー。そう。安定しねぇからな。生き続けるのにはまったく向いてねぇんだよな。




チュンチュン




「んーっ!よく寝た!」


身体がカチコチと痛いが、せっかくの休日だ。テレビはスポーツ中継に、しかし、消画面設定にして、ラジオ感覚。さらに寝転がりながら夢見るように勉強をする。読書という勉強方法が占める。

今のところより、稼ぎは少なくて良いから。休みも少なくて良いから。

長く働ける仕事ねぇか。公務員かね。まだ年齢的に余裕あるから狙っていくか。



まぁ、深くは考えられねぇよ。俺がずーっと生きたい気持ちが閉塞しかねぇのに。




◇   ◇



「美癒」


お父さんは怪しんでいる。


「21時からバイトに行くと言っていたな。まさか、変な男に嫁ぎに行くんじゃないんだろうな?」


『大学生になってるんだからバイトなんて、なんでもいいじゃない』なーんて、友達に言われちゃったけど。家族を心配してくれる家庭で育ったから、自分自身で家族に心配をかけない話はしなきゃダメ。


「お父さん、私。タクシー運転手のバイトをするの」

「それは聞いたよ。でも、免許ないじゃん」

「2週間あれば免許がとれるって」

「昔の夏合宿な感じかー。免許は確かにとって欲しいよ。ウチには車があるし」


免許をとるくらいまでは全然OKなわけだが。


「でも、タクシー運転手のバイトなんて聞いた事がないよ。それも大学生だし、美癒は私達の可愛い次女なんだよ?」

「大丈夫!仕事の先輩から色々教えてもらうし、それに……悪いことをしちゃったから。お礼も兼ねて、そこで働きたいの……」

「でもね、タクシー運転手は大変だよ。女性に務まる仕事じゃない。もっと、ファミレスとかコンビニとか、スーパーとか。私達の目に届く場所にして欲しいな」



車を運転するだけじゃなく、娘が大人な男達を運ぶ仕事をするのだ。正直、娘が可愛いと親ばかになっているから、そんな危ない仕事を軽々とは許す気にはいかない。


「もうあなたったら、いくら美癒が可愛いくて心配だからって、縛っちゃダメでしょ」

「母さん。でも、タクシー運転手だよ。ついこないだ、醜い男共に連れ込まれようとした美癒だよ。可愛いんだよ!」

「!大丈夫だもん!そんな危険、もう起こらないって!それに大丈夫にできる自信があるもん!それと可愛いを連呼しなくていいから!自覚してるもん!」

「どの辺を根拠に言うんだ、美癒。可愛いのは知ってるけど」



お父さんを説得するのは難航するだろう。怒りはしないけど、このダダっこ感ある雰囲気は余計に性質が悪い。しかし、お母さんが味方になってくれている。



「ともかく、何かあったら連絡しなさい。酷いことや悩むことがあったら、すぐに辞めなさい。それだけは約束して。できるなら働いてきなさい」

「お母さん……うん!それは約束する!」

「甘いよ、何か起きたら大変だよ。6年前にこの近くで、女子大生が集団で襲われた事件とかあったじゃん。美癒も未遂されてるわけだし」

「あら?そうやって不安にさせて、娘が働くことを取り辞めるの?」

「いや、運転手ってスーツじゃない。あじっけないよ。お客に背を見せるから可愛いさ半減だし」

「お父さんはファミレスとかの方が気軽に観察できるから、そっちのバイトして欲しいんでしょ?可愛いウェイトレス着た娘を一度見たいのね。私が代わりにやってあげる」

「母さん、それはもう止めて。ごめん」



長引きそうになったけれど、お母さんの声ですぐに許してくれた。本当のことは詳しく語れないけど、うん。困ったらすぐに話すから。



「じゃあ、そろそろ時間になるから外に行っちゃうね」

「ええ」

「あ、見送るくらいは良いかな?」



お父さんとお母さんの付き添いの元、トーコ様が運転してくるタクシーを待つことに。どんな人が教えるのか、確認したいって事なんだろう。

それくらいは良いよね。



ブロロロロ………


「あ、来たよ!」



時間通り、21時にこの場所にやってくるタクシーは時間はちゃんと守られている。



「美癒ぴー、迎えに来ました~!」

「むっ」




顔を出して、手を振って、さらに運転するのが女性のトーコ様だと知るや、家族は驚いた。


「女性運転手っているのね」

「この人が先輩なのか?」

「うん!トーコ様に教えてもらうね」

「ご家族の方ですか~、初めまして。トーコ様です~。これから美癒ぴーの指導をしますよ~」


心地よく眠っているような優しい笑顔で挨拶するトーコ様に、感じていた不安はかなり拭えた父と母だった。けど、運転の方は……。そのことを知っている美優ぴーは苦笑いだった。

そして、後部座席の窓も開く。そこにいたのはアッシ社長であった。



「美癒ぴーのご家族ですか?」

「み、美癒ぴーって、娘の事かしら?」

「ごめんなさい、これ私共のルールですので訂正できません。ともかく、初めまして。私が娘さんのタクシー会社に務めるアッシ社長と申します」



名刺を渡すが、住所や電話番号は一切載っていない。まるで使えない名刺を渡された家族はまた心配がぶり返した。第一印象がトーコ様と大きくかけ離れた人間が、社長をしているとは。


「社長なんですか?」


確認も納得だ。


「ええ。彼女がどうして、ここに勤めたわけをご説明されていないと思い、私もトーコ様の車に乗って来ました」


事情を知っているかのような、口ぶり。さっきの会話を盗み聞きしてたんじゃないかと、魔法を最近信じた美癒ぴーは焦った。アッシ社長は単刀直入だった。


「私の雇った従業員が娘さんを乗せていた時、運転する車を爆破させてしまいましてね」


その通りだけど、そんなにハッキリ言って良いの!?分かってくれるかな!?


「その従業員だけではどうも、車を買い直すのに時間と金がいるので。美癒ぴーを雇って2人で買取費を稼ごうという事情なんです」

「そんなことだったんですか」

「娘は無事だったが、タクシーの車がそうなってしまったとは。知らずに申し訳ない」

「運転免許も取得させますし、給与の全額をとるというわけでもありません。とはいえ、ご両親が娘さんを大事にと考えなさっているのなら、やらかした従業員1人に請求させるだけにしますので」



アッシ社長なりに、ただ1人の気持ちだけではいけない事を伝えた。


「連絡さえちゃんととれるのと、困ったらすぐに辞められるようにしてください。私達の大切な娘なので」

「簡単なことです。構いませんよ」




◇     ◇




ブロロロロ………



トーコ様のタクシーは進んでいく。両親に、頑張ってと応援されてこのタクシーに乗り込めた。

助手席に座る美癒ぴーに話しかけるアッシ社長。


「魔法使いという事は避けてもらえれば良いですよ」

「あ、ありがとうございます」

「とはいえ、説明は難しいですよね。私も来た甲斐がありました」


しんみりした空気だった。



「くぅ~、かぁ~」



トーコ様は案の情の居眠り運転だった。"セーフティーモード"の安全速度でゆっくりと快適な運転をしていた。助手席にいるからちょっと怖いけど、3回目になると不思議。きっと無事だって、信頼感ができている。



「日野っちも、まだ美癒ぴーはお会いしてないですが、ガンモ助さんも、家庭的な面では"特別な問題"は生じなかったので、私もこうして従業員のご家族と初めて面会しましたよ」

「そ、そうなんですか」

「いくら私達の事情が特殊だからといって、余計な気遣いは良くないですよ。親が心配しながら仕事をしている子はこちらも不安ですから」



お父さんみたいな心配。やっぱり現場にも行くわけだから、よくその辺を知っているのかな。


「初めて仕事をしたトーコ様ほどの心配はしませんけど、私達も全力で美癒ぴーを心配しても、仕事中はお1人なんです」

「あ、そうですよね」

「何かあれば本当に大変ですから、報告と連絡、相談は常に徹底して頂きたい。それを今の内に口酸っぱく言っておきます。魔法以前の、仕事の基本です。報連相ほう・れん・そうです」


たぶん、トーコ様が技術的なことは教えられても、心構えなどは教えることができないから、アッシ社長自らこうしてサポートに来たんだろうな。



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