働き過ぎの者が休むと、だいたい一日中寝てて何もしない倦怠感に襲われる
魔法の世界。
科学の世界。
超人の世界。
様々ある。世界は広いだけでなく、多様である。
時を遡り、溌剌とした表情で行商に混じって行動する者達。
「良い世界ですね、ヘルガーさん。ミュウロップさん」
「気に入るなら良かった」
そこの世界には稀ながら、別の世界との交流文化があった。それを生み出したのはヘルガーと、ミュウロップという科学者達。それを"実用化"させたのが、若き日のアッシ社長である。
妖精のように小さく可愛らしい体になって、アッシ社長の肩に乗るミュウロップ。一方でなにかのキャラクターがプリントされたTシャツを、自慢するかのごとく着こなすオタ風の男がヘルガー。
彼等とは世界の交流文化で知り合った。
「ねーねー。こーいうところで何するつもり?」
「ミュウロップさん達との出会いを大切に、タクシー会社でも設立しようと思います。私自身、旅が好きなのでね」
「タクシー?なんだそれは?」
「平たく言うと、人を乗せた運送業です。別の人達を結び合わせたり、別の世界との交流を広める事をやり甲斐にしたいですよ」
最初にやっていたのは、ヘルガーとミュウロップの方である。
彼等がアッシ社長が住んでいた世界を訪れ、その技術を学んだのだ。
「そーいうお2人はどうするんです?」
「私は地球を目指すつもりだ。私のオタク文化の原点だしな(つーか、異世界に行く科学を開発したのは地球に辿り着くためだし)。日本という場所に向かう」
「私もヘルガーと同意。まぁ、短い間だったけど、楽しかったわよ」
当時のアッシ社長は、地球に足を踏み入れた機会はなかった。しかし、いずれは訪れたい場所。
「でしたら、私も地球を訪れます。その時は連絡しますので、またご一緒しましょう」
「そうだな」
「うん!」
アッシ社長はこの訪れた魔法の異世界と、自分が住んでいた異世界の2つを拠点とし、初めて、"VALENZ TAXI"を立ち上げた。
どんなことでも大掛かりな事を成すのに、小さな成功の積み重ねが必要であった。
2つの異世界を結ぶという列車のような仕事から始まった。
「異世界文化の交流か。そんなことができるのか?」
「はい。これを私達の技術でより多くの異世界と交流させ、互いの発展の貢献ができると私は存じます」
別の世界がある。それは長年、伝えられてきた事であり、それを説明する事に時間はそう掛からなかった。異世界と異世界がぶつかり合って、消滅するという歴史もあったという。
そーいった中で、
「お前が異世界の運び屋と聞いた」
「言い方が少々キツイですね。夜逃げ屋の仕掛け人っぽい」
「畦総一郎という男を探しているのだが、知らないか?」
「いえ、知りませんね」
「では、地球という場所まで案内してくれるか?」
「できる限り、近いところまで行きましょう。地球まではワープ機能がないので」
メテオ・ホールに出会ったり、
「異世界の交流事業ですか」
「この地球でもぜひ、やらせてもらいたいのですが」
「私を選び、辿り着いたのには褒めますよ。まぁ、異世界人が流れ着くのは珍しい事でもない(私も似てますし)。保護している者もいます。条件付きで協力はしましょう」
アシズムに出会い、
「ねーねー、僕の右腕としてアメリカの科学者にならない?」
「お断りです」
「ちぇー、僕にタクシーの改造をさせるくせに……」
「お互い様でしょう。あなたが独自で開発した異世界移動の科学をバージョンアップしたんですから」
「別に僕でもできるよ!」
「でも、知らない世界が増えて良かったじゃないですか」
ラブ・スプリングと出会った。
そこから様々な異世界人と交流した。事業は極めて、恐るべき速度で発展していく。人々の繫がりは凄い。
「まったく、クソ球団め!勝った結果を残さなきゃダメだというのに!」
「どうなされました?」
「シールバックという球団だ!まったく、補強してやっているのにまったく勝てんのだ!監督でも代えようか!アテはないが今の奴よりマシな者は多そうだ!」
「野球ですか、私はあまり詳しくないですが。その辺の事に詳しい客がいましたね。確か、阪東という……」
「じゃあそいつ、連れてこい!」
「無茶言わないでください、相当酔ってますね?」
「私は布宮社長だ!何事も勝たねばならん、人間だから!」
アッシ社長自身。
「"地獄"までやってくるタクシーがあると聞いた」
「こちらも閻魔大王様とお会いするとは思いませんでした」
「お前、強いか?」
「冗談止めてください。どう見ても、ひ弱ですよ?お生憎ですが、戦争はご遠慮します、トームル・ベイさん」
「はっはっはっ、じゃあ代わりに強い奴を連れて来い。この地獄も退屈だ」
「あいにく、そーいう知り合いもいないんです」
色んな異世界に足を運び、
「読書の星ですか」
「ええ、本は良いわよ。ここには世界中の本が集まってくるようになった。あなたのおかげで私は退屈しないで済むわ。時が来るまで、私は読書の女」
「それは嬉しいです、ラスト・ララチェールさん」
「アッシ社長。ハッキリ言いますが、我々の方が貢献してますよ。若菜(兵多の母親であり、俺の妻)の"転居"のおかげで、どんなところでも届けられる。星の果てだろうと」
「だそうです。褒めてくださいね、ララチェールさん」
「それは………、お子さんとお母様の方でしたら、感謝ばかりですけど」
「兵多という元ニートを就職させたのは俺だ!!妻にプロポーズしたのも俺だ!!」
色んな人と出会い、関わった。
その果てに、その自分の善良と信じ、やってきた結末は……
「故郷が無くなった……?」
アッシ社長はコントロールしてきたが、できない者もいた。進みすぎた技術について来れず、悪用する輩も現れ、結局やってきた戦争。結末は滅び……
「地球で働くかね?」
「ええ。ここでしたら、失うものは少ない。それに知り合いも多いので手助けしたいです」
「そうか。分かったよ、手配もしよう」
アシズムやラブ・スプリング、兵多の父親などの協力もあって、アッシ社長はまだ会社を続けている。自分だけでは上手くいかないこと。難しいこと。良く知れた。
そーいう出会い、出来事を含め、アッシ社長は主人公でもあり、その中の一員というだけに過ぎない。だから、本人が知らない他人の一面もあった。
◇ ◇
人類の偉大な原始的な発明の一つに"車輪"が挙げられる。現在においても、車のみならず、飛行機や列車にも使われており、産業の発展の基になっている。"車輪"によって人や物品の移動が簡易的になっているのだ。
『あの、私……』
"車輪"のように、縁の下の力持ちのようになりたく、アッシ社長を特別に思う人がいた。
『アッシ社長のためなら!!私、どんな時でも一緒にいます!!』
彼を支えて生きたかった。力になりたかった。だから、……だから、……。
自分が生み出した魔法を、"アッシ社長のため"という強い制約をかけて、共に歩もうとした。それはヤンデレかのように
『でしたら、この書類の手続き。宜しいですか?』
『はい』
しかし、アッシ社長はまったくその事に気付かなかった。恋沙汰に興味はなく、自分自身の人生故に人を巻き込むような事は好まなかった。
それでも振り向いて欲しい、気付いて欲しいと……着々と彼の後ろで腕を磨く。気付いてくれないと分かっていたのだが、自分がこうなってしまうことを理解するのには、失ってからであった。
ガタアァッ
「…………う~っ」
1階の倉庫には、人が眠っていた。
アッシ社長は彼女の事を日野っち、美癒ぴー、ガンモ助さんには話してはいなかった。一種の監禁でもあった。本人の表現で良いなら、封印と訂正するものか。
「アッシ社長」
彼女は、元『VALENZ TAXI』の従業員であった。しかし、アッシ社長から見て危険と判断されてしまい、裏切りという形で倉庫に閉じ込めた。仕えたい人に裏切られた気持ち、信じた者が果てる苦しみは本人以外に理解できない。
「心中自殺、しよ」
アッシ社長が自分に振り向かないからだ。
「天国でも、地獄でも、私と一緒に……働きましょう」
N_MHの騒動。"炭酸化"によって、自分が封印されていた封が切られ、目覚めることができた。
そんな彼女に湧いてくる気持ちは生きることではなく、眠ることでもなく、消えることであった。アッシ社長と共に働きたい、一緒に暮らしたい。
他の誰かといると……嫌だ。
嫌だ!私は、体も魔法も、アッシ社長のため、仕えているからっ!
「これで"お姉ちゃん"も消えた」
1階の倉庫を拠点に静かに、確実に消していく戦略性。強さとは違うベクトルにいる。なんであろうと目的を達するのは、勝者のやり方。
「一緒に燃えよう」
あとほんの少しのところで、封印から目覚めた人物によって会社が終わってしまうところであった。
「あーっ!なにふざけた事してんだ、テメェ!」
「俺が言いたいぞ!なんでこーなった!?」
倉庫の向こう側の廊下で男の声が2つ。それだけではない。
「皆様、ご無事だったんですね」
「いや、みんな無事じゃないよ」
女の声も2つ。
【事件を解決したら治りますよ】
「喋れよ!噴出しで伝えるな!」
【しょうがないでしょう。アプリちゃんには喋る機能を搭載していません。夏目さんの"思念波"で皆様に伝えるしかないんです】
「こんなところで夏目の能力が役立つとはな……」
「役に立ってるかな!?」
喋ることはできないが、アプリちゃんもいた。魔法生物であるため、"炭酸化"の影響を受けずに行動することができるのであった。ドアノブをアプリちゃんが掴んで、倉庫の中にいるただ1人とご対面する一同。
「えっ!?人がいる!」
「誰だ!?あんた!」
その事を今、初めて気づく美癒ぴーや日野っち、N_MH。
「だろうとは思ってたぜ」
兵多だけは予感がしており、動揺どころか怒りを顔に出していた。
【こうして面と迎えませんが、久しぶりですね】
アッシ社長はアプリちゃんを通して、目の前にいる女性に挨拶した。その敵意は自分の、予想通りと思えていた。
そこにいたかつての女性従業員は、変わらない姿でいた。
ボブカットに左頬に張られた輪のシール。両手首にもリング状のアクセサリーを付け、左右対称となる白のドレスを纏う。その綺麗な顔に反して、表情は欝を感じさせる黒さの女性。
「どうして?4人、……いや、5人。助かってるの?」
助かってる?しかし、その中の3人が腕を上げて、
「どこらへんが助かってると思う!?」
日野っちと兵多は互いの足首が繫がっており、美癒ぴーとN_MHは互いの手が繫がっている状態なのである。アプリちゃんは助かっているようだが、アッシ社長と夏目が連携していないと人としての行動がとれない。やってこれたが、全員が満身創痍である。
「お前がドアノブに触らなきゃ、俺は普通に戻って来れたのによ!」
「知るかよ!つーか、自分だけ助かろうとするな!そもそも、どーやったお前!?」
兵多は"運転(DRIVE)"によって、自分自身を操作し、空気中に散った自分の肉体の細部を回収し、元の姿に戻ろうとしていた。しかし、そんな中で同じ近くで炭酸化してしまった日野っち。兵多が自分の肉体を回収するとき、日野っちの肉体が混じってしまい、兵多の左足と日野っちの右足がくっついてしまったのだ。
「兵多くんの能力って凄いね。単純なのに……」
【シンプルに鍛えられた物はなんであれ優秀ですから。というか、美癒ぴーはどのように?】
一方で美癒ぴーはN_MHと腕が繫がった状態で戻ってきた。
「緊急エラーが発生した際、肉体に掛かるウィルスを除去して立ち上がる仕様です」
N_MHには、パソコンのような異常を感知した際の修復機能が施されたプログラミングと体質が備わっている。分解された細胞を再び回収し、正常に直して蘇る。この際、美癒ぴーも同じ細胞を使われている事で修復がなされ(同じだと認識してしまい)、結果、繫がった状態で戻ってきた。
【5対1です、観念してください】
「だーから。噴出しで語るな。迫力ねぇし、一々お前に振り向かないとダメだろうが」
「というか、そこにいる女性はどなた?」
数だけ見れば、アッシ社長達が優位ではある。
しかし、5人共一般人レベルの力しかない。その上、対峙しているのは
「あなた達こそ、知らない人」
ふつふつと練り上げていく魔力は暗黒色。
「これから私、ここで心中するんです!邪魔しないでください!」
「ちょちょちょ、勝手に俺達を巻き込むな!」
「落ち着いてください!」
ヤバイ予感は全員、理解する。"炭酸化"から復活したというのにそれ以上の惨状を生み出そうと、表情から見える。この女の顔は自殺者のそれだと、思える。
「アッシ社長のため!そのためだけに!私はいたのに!……長い間、アッシ社長に封印された!もう信じない!信じられない!!」
「おい、お前。女性を監禁してたのかよ?」
【そんな目で見ないでください。危険を感じてのこと。私の能力を利用して発揮できる方なので、トーコ様と力を合わせて閉じ込めただけです】
「どんな言葉を使っても監禁なんですけど」
女性は倉庫の中にあった、アッシ社長が作った代物を握り締める。
「覚えてますよね。私がアッシ社長のために身を削ったか、私の"車輪"がどれだけ、あなたとマッチしているか!」
【……………】
「し、知り合いなのか?」
【日野っちも、ガンモ助さんも知らない。ここの元従業員です】
外見や口調、それらにまったく似ているところがないため、全員の反応が極めて薄いのも仕方ない。相手の気持ちを理解せず、自分の気持ちや考え方=相手の思考という頭脳を持つ。
忠誠心が高く、しかし、脆い。
【彼女は、トーコ様の妹さんです】
「嘘だろ!?」
「全然似てない!」
この会社で一番背が高い(ちゃんと立てば)トーコ様。その妹さんだという、目の前の女性。
身長は美癒ぴーより低く、ゆるふわ~な表情や仕草がまったくない。しっかり者のような印象。姉妹にしろ、兄弟にしろ、片方がダメだと片方がしっかりするという事象の良い例なのか?しかし、しっかりできそうな、一種の病気的な精神な女性が封印されるという事実。
【話すと長いので穏便にしましょう】
「穏便?」
【止めてください。このような悪戯をもう止めないと、痛い目に遭いますよ?】
アプリちゃんは日野っちと兵多の肩を叩き、
【この男達が……】
「俺達かよ!?」
「ふざけんな!なんとかしろよ、アッシ社長!」
【相手が悪いです。ぶっちゃけ、私ってそんな強くないんです】
なーにしてんだと言った感じ。心中自殺をしかねる相手を前に、敵意を抱かせる。
トーコ様の妹さんは全員を睨みながら
「死にます」
「いやいやいや!ちょっと待って!」
「ダメです!ダメですから!」
美癒ぴーとN_MHが息を合わせたようにストップをかけるも、
「みんな死ねばいい」
他の連中の声など、まったく聞く耳を持たなかった。




