月曜日は早番で超勤と、火曜日も早番で最後までと、水曜日も。はい同じですか。分かりました。
チュンチュンッ
「んあーっ……快適な睡眠だった」
日野っちは起きる。仕事をする日に快眠してからの起床はちょっとした幸せを得た気分だ。天気を見て、近頃のニュースを見て、飯を食べ、歯磨きと洗顔、着替え、迎えを待つ。
車が来た音に反応して窓から下を見れば、ウチのタクシーが来ていた。
いつもの迎えと思って来て見たら、
「おはよう!日野っち、2週間ぶりだな」
「…………」
俺は家に引き返した。
「待て待て!もう、なんだなんだ!冷たい奴だなぁっ」
「ガンモ助さんが迎えなのはなんでだ?」
「俺とトーコ様は昨日、一日中働いていたからな!仕事終わってから迎えに来たのだよ。さぁ、乗れ乗れ!」
嫌々に思いながら、後部座席に乗りこむ。
「前に乗れよ」
「嫌だ」
「連れないなぁ。まったく、土産でも食うか?」
「それは頂きます」
クッキーを食べながら、土産話でも聞かされるのかと思いきや。
「その後の進展はどうなんだい?」
「なんの?」
「お前と美癒ぴーの恋だが」
ぶふふふっと、食べた物を吐きそうになった。あんた、2週間いなかったろうが。
「その反応はやはり色々あったんだな。トーコ様が不機嫌だった理由が分かったよ」
「…………」
「若い内は少々急いだ方が良い。あのような出来た子はそういないからな。ナンパされてもおかしくない」
弁当を作って来てもらったり、色々な手助けを見れば、ふつーに察し良く分かる事なんだろう。
「両思いなんだから、パーッと話しちまえ。俺とお前が愛し合えるなら、お前と美癒ぴーも恋ができる。それは間違いない」
「愛と恋に違いあんだろーが!勝手なこと言うな!」
「……まぁ、私としては急いで欲しいものだ。むふふふ、若い青春も良い」
「学生は美癒ぴーだけだ。ったく」
まったく、この人も一体なんなんだ。このクッキー、デパートなら売ってそうな代物だし、休みの間何してたんだ?
そんな疑問を訊いてやろうとした時だった。無線が鳴ったのだ。
ブウウゥッ
「?」
ガンモ助さんが無線を受け取り、スピーカーで流すと聞こえて来たのは、
『ガンモ助さ~ん、無事ですか~、日野っちいます~』
泣いている声で話しかけてきた、トーコ様。
「どうかしました?」
『それが~あの~、美癒ぴーが、美癒ぴーが……昨日から行方不明なんです~』
「!?」
それは冗談だろう。そう思ってみたが、
『家まで迎えに行ったんですけど~、ご家族の方も分からなくて~、昨日の午前~、車で出かけたらしいですけど~、帰ってきてなくて~!連絡できなくて~』
「なるほど。私もそっちへ向かおう。アッシ社長に連絡は?」
『そ~なんです!それなんです~!そっちもなんです~』
美癒ぴーが車ごといない事も含めて、
『アッシ社長にも連絡がとれないです~、私、夕方はお客様を乗せてて~帰ってなくて~』
「私もだ。夕食は車内で食べていた」
タクシー運転手は多忙であり、車内で食べている光景なども目にする方がいるでしょう。また、昼寝をしている方もいます。休憩している時なので、乗り込むのは止めましょう。
「ともかく落ち着いて。日野っちを今、迎えたところだ。3人、固まった方が良いだろう」
『ぐすぅ、えうっ、無事ですよね~』
「大丈夫ですよ、無線切りますよ」
ピッ
今の会話を聞いた日野っちもかなりの焦った汗を流していた。ガンモ助さんに動揺が少ないのは、2週間の休みとその間の出来事を体験していない事が要因であろう。一般人でありながら、年齢も加えて冷静な思考。
「トーコ様も大丈夫か?」
「大丈夫だろう。ともかく、トーコ様のタクシーを追いかけるか」
日野っちの家から、美癒ぴーの住んでいるマンションはそう遠くない。日野っちも行ったことがある。教習で使った本を貸そうとかしてた時にだ。
しかし、今日はそれとは違う。
「あ~!ガンモ助さ~ん!日野っち~!」
「ややっ、そちらの夫婦は……」
「もしかして……」
辿り着いた時、トーコ様は2人の夫婦。つまりは、
「私達の娘の美癒はどうなっているんです?」
「社長にも連絡がつかない!どーいうことか説明しろ!」
美癒ぴーの家族とご対面する、日野っちであったのだ。
正直なところ、2人の行方不明の事態をすぐに説明する事は皆無。そして、警察なんかを呼ばれたら大変であることも分かっている。
「落ち着いてください」
ガンモ助さんは考えながらここに来ていた。考えながらの運転は極めて危険だから、"セーフティモード"を使って安全な運転をしていた。こうなることはどうしてか、彼には分かっていた。
だから、言葉に重みがあった。
「まだ1日と経っていない。そして、大まかな事態がどこで起こっているか、すでに想定済み。しばし、待ってください」
「!心当たりがあるのか!?まさか、彼氏の家にでも……お父さんは許さんぞーー!」
美癒ぴーの父親を初めて見た日野っちの感想。この父親、ぜってー、娘の相手を許さない気だ。第一印象は最悪であった。
黙る。口は災いを呼ぶ。しかし、それは数分の我慢で終わってしまう。
「トーコ様、いつ頃。アッシ社長に連絡を入れました?私はつい先ほどなんだが……」
「えっと~、19:00頃だったと思うの~」
「やはり。その前にしろ、後にしろ。2人が同時にいなくなったというのが妥当な線」
ボディビルダーみたいな体付きをしていて、探偵みたいな読み。あるいは、似た出来事を知っているような踏み込み。
「会社に連絡を入れても繫がらない」
「ってことは……」
「会社内に2人はいるが、連絡ができず、出ることもできない。そんな状況と考えるのが妥当」
車で出かけるところに心当たりがあるだろうか?
「昨日の美癒は人の家に行くって言ってたわ。運転の練習も兼ねて」
「なんで母さんは知ってるんだ!?どこのどいつだそいつは!殴り殺してやる!」
「まったくだ!誰の家に行くんだ!?」
「許せませ~ん!」
日野っちとトーコ様も便乗してしまう、母親の証言。
「知らないわよ。夜には帰ってくると言ってたけど、誰かを聞いておけばよかったわね」
その線については分からないが、ガンモ助さんは
「娘さんも会社にいますよ」
「え?」
言葉を真面目に聞いたのは美癒ぴーの母親ぐらい。他の3人は動揺と怒りでパニックになっている。
「なにいぃっ!?まさか、あの眼鏡社長か!?不健康そうな、なんか頭よさげな男のとこにか!?」
「ふざけんなーー!美癒ぴーとアッシ社長がなんでそんな急展開になんだーー!?」
「い、い、いくら美癒ぴーでも、アッシ社長を狙うのは困りますよ~!妹でいいんですから~!」
ダメだこの3人。私がしっかりしないと……。
ガンモ助さんは唯一、冷静な母親にしかと話をする。
「娘は仕事が休みだと言っていたわ。どうして、会社内と?」
「学校関係や友人関係からの連絡はないのでしょう?それに友人関係なら、しかとお母様に連絡を入れる性格と存じます」
「それはそうね。でも、美癒が事件に巻き込まれたとかは?」
「ありえますが、それは低いことでしょう(まぁ、事件だけど)。こちらも1人、アッシ社長と連絡がとれないのは異常事態。2人が同時に巻き込まれたというのが、妥当」
ふんふん、そう頷きながら質問を続ける。
「美癒が会社へ行った根拠は?」
「こうしてお迎えも来るほど、遠いところです。理由は分かりませんが理由に必要もありません。まだそこに、ここにいる人達は誰も行っていませんから。捜す段階でもあります」
だが、推察が妥当だと。ガンモ助さんは願っている。それ以外だったらどうしようもないのが、現実でもあるからだ。
「日野っち」
「!」
気を遣って、彼の頭を掴んだガンモ助さん。ちょっとの応援、知ってもらう意味で
「美癒ぴーも、アッシ社長も仲間です」
「!」
「……」
ぐいーっと、頭を下げるにしては無理矢理過ぎる。パニックにもなってたから、理解が遅れたが
「助けます」
ガンモ助さんの言葉で気付ける。自然と頭を下げて、自分でお願いした。
「娘さんの、美癒は、必ず俺達が助けるので!待っていてください!」
「そう、ですか。ふふふ、では頼みます。美癒のことをお願いしますわ」
こーいうとき、名前を言えない事がやっぱり辛いって分かった。
記憶に残るような顔合わせであるのに、互いの名前を知れない関係。ダメだなこれって、分かった。凄く分かった。
◇ ◇
ブロロロロロ
普段なら何事もなく戻る場所だ。しかし、今日はまるで瘴気に包まれている館の雰囲気を出していた。特別に変わらない風景ではあるが、肌と直感に触る不気味な心地は全員察知する。
「!美癒ぴーの家の車がある」
「ガンモ助さんの予想通りで~す。美癒ぴー、アッシ社長~~!」
会社に戻ってきた3人。美癒ぴーの車やアッシ社長の車、兵多達のバイク。
確かに誰かがここにいるのは確定のようだ。3人共、車から降りて今の状況を伺った。
「返事がないな。普段なら、アッシ社長が窓から顔を出すはずなんだが……」
「誰かが侵入したんですかね~。アッシ社長が誘拐されちゃったとか~」
「客が来てるみたいだが、これは兵多のバイクだ。そーいう奴じゃねぇはずだ。現にここにあるし」
数だけ数えれば、3人以上はこの会社にいるはずなのだ。しかし、外から呼んでも何も反応がない。慎重に3人で固まって、周囲を警戒しながら進んでいく。トラブルにしてはまったく笑えない出来事だ。
「手を繋いでおくか?日野っち」
「なんでそこで俺だ!?いらんぞ!」
「はははは、ジョークはこの辺で良いさ」
ガンモ助さんが先頭を歩いていく。その後ろにトーコ様、日野っちと続く。
「怖いです~」
おどおどとしているトーコ様。正直な話、
「俺やガンモ助さんよりトーコ様が頼りなんですけど」
「それ言っちゃうか、日野っち」
「え~、なんでです~!私、ビックリしてますよ~」
この敷地内に入って気付けたことであるが、
「アッシ社長と一番付き合いが長くて」
「私達とは違う人間なわけですしな」
「む、む、む、無理ですよ~。私、こーいう謎解き無理です~!アッシ社長がいなきゃ、全然ダメな子なんです~!」
誘拐にしろ、消失にしろ。一番、こーいうのに詳しくなくてはいけないのはトーコ様である。付き合いなどの観点で言えば、この事件を知れる人。
「肝試しがダメなタイプか」
「女性はそうであるべきさ。表面でも良いから」
そうこう言っている間に3人は事務所の中に着いた。そこにあったのは、3人分の冷えたお茶やお菓子がずさんに置かれており、後ろの窓が開いたまま書類で散乱としているアッシ社長の机。
「3人、いたということか。お茶が冷えてる(温いともいうか)」
「アッシ社長~!出てきてくださ~~い!美癒ぴー~~!」
「トーコ様。外から呼んでも反応がなかったんだから……」
事務所の中を捜してみる3人。隠れるところなどほとんどない。書類を整理してあげる、ガンモ助さん。冷えたお茶を3つ捨てて、片づけを始めるトーコ様。
「ガンモ助さんの菓子、美味しいな」
置かれた菓子を食べる日野っち。
「荒らされた形跡にしては少ないな」
「アッシ社長~、たぶ~ん、書類整理をしていたと思います~」
「まぁ、そうだろう。菓子とお茶を見るに、美癒ぴーと兵多と、夏目さんがいたのかも」
いない人間がどのような配置だったのかを推理していく3人。
分かった事といえば、
「何かが起こったな」
「うん、そうなんだよ。それが分からないんだ!」
第三者が引き起こした事件というわけではないようだ。
「あれ~?なんです~この大きい箱~?」
そんな時、トーコ様が何かを発見する。ガンモ助さんは知らなかったが、日野っちにはすぐ分かった。
「あ、そりゃ確か。美癒ぴーの人形を入れていた箱だ」
「は?」
「なんです~?」
「あれ?2人は聞いてないんですか?アッシ社長、もう1人人員を増やすって事で、美癒ぴーを人形にして、なんか色々……詳しいことは分からないですけど」
説明するのは難しいし、トーコ様にもまさか知らされていないとは
「いや、なんですそれ~、全然~、聞いてないんですけどぉぉっ~」
「たぶん、言わなかったんだろうな」
「報告、連絡、相談を、……ほ~れ~そ~を、大事にしてるアッシ社長ですよ~」
「トーコ様に相談してもしょうがないだろ」
「なによぉぉっ!日野っち~~!殴る~!」
トーコ様の怒り方がキツイ。それを避けるように日野っちは箱の中を覗き見る。
「あれ?空だな」
「中に入っていたのか」
「俺、1度だけ見ました。そーか、兵多がここにいるのはこいつをここに運んで来たからか」
ちょっと納得がいった日野っち。しかし、その人形がどこにもない。美癒ぴーと同じ大きさだ。隠す場所なんてないだろうし、どのみちバレる事だしな。隠す気もなかったろう。聞かれなかっただけとか言い兼ねない。
「事務所以外の場所を見てみるか」
「そ~ですね~」
やや遅いが、『VALENZ TAXI』の建物としての構造について、解説。
この結界の中にあるほとんどは、空いた駐車場となっていて同時に練習場でもある。
会社は2階建てであり、2階に事務所(みんながいるところは大体ここ)、調理室、風呂場、仮眠室。1階には倉庫、ロッカールーム、洗濯所、屋根付き駐車場、アッシ社長専用の工房がある。工房には日野っちが壊したタクシーがある。1,2階それぞれにあるものはトイレぐらいだ。
ここはアッシ社長とトーコ様の自宅となっている。みんなは2階で生活や仕事をしている。
ピカーー
「わ~っ、お風呂場が綺麗になってます~」
シャラ~~ン
「仮眠室の布団も綺麗に並んでいる」
キラキラーンッ
「トイレも綺麗だ。誰かが掃除していたみたいだな」
2階をくまなく捜してみた3人。事務所がいつも通りであったのにも関わらず、他の部屋が随分と綺麗に清掃されていた事に気付けた3人。
「美癒ぴーが掃除をしに来てたのかな~」
「かもしれないが」
「2階には誰もいなかったな」
しかし、肝心な美癒ぴーやアッシ社長の姿が見当たらない。
「まったく~、どこでかくれんぼをしてるんです~」
「いや、そのレベルをとうに超えているんだって」
4人の姿が消えている状態。その解明がまったく成されていない。
「そうなると1階か、外に出かけたか……」
「車を置いて外に出ないだろう、日野っち」
「でも、1階にみんな行きますかね~?アッシ社長の部屋みたいなところですよ~」
「全員で行くのは確かにな」
1階を3人で見に行こうとした時だった。
ガタアァンッ
「!」
1階で何かが落ちる物音が3人の耳に届いた。
「今の音はなんだ?」
「下からだよな?」
「だ、だ、誰かここにいるんですか!?アッシ社長達以外に~!」
「3人一緒に行こう!」
3人は階段の方へ行き、降り始めたときだ。バタバタとして降りていればそこにいる誰かはなんらかのアクションを起こすはずであるが、それはない。
むしろ、異変に見舞われたのは3人の方だ。
「倉庫で良いかな?」
「たぶんな」
ここに住むトーコ様も入ったことがない倉庫の前に来た3人。ドアノブを掴んだ日野っちに
「!?っ」
扉をなんとか開けたが、体に走る違和感。
「うわああぁぁぁっ!?」
「!ひ、日野っち!?」
「えええぇぇっ」
驚きと共に日野っちの体が見る見る内に弾けていく。シュワシュワの炭酸のように体が吹っ飛ばされていく。
「な、な、なんだこりゃあぁっ!?」
「こ、これが!もしかして、みんなに起こっていること!?」
「ひ、日野っち~~!!」
倉庫のドアを開けるも、苦しむ日野っちにそれどころではないし、どうしていいのかも分からない2人だ。
「ああぁぁっ!痛くねぇけど、すげぇビックリしてんだけど!」
「体が弾けて消えていくぞ」
「ああっ、もう腕とか足が消えてるよ~~」
パァァンッ
この場から日野っちが弾けて消えた。




