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VALENZ TAXI  作者: 孤独
飲酒編
44/100

悪を倒そうという正義より、悪を倒そうとする巨悪が社会の秩序

ゴキュキュキュキュ



お互いが、未だに飲み続けているビール。もう見慣れたと言った感じの光景。



「ぷはぁっ」

「追加」



ここで伊賀が抜き去る。80本目!酉は76本目!



「さー、ここで一気に離しましょうか。ペースが落ちてきたようですし。朝まではお互いに起きてそうですからね、気が抜けません」

「……………」


立会人を務める王は伊賀の小細工や手段を聞いていた。勝敗を喫するための人であるため、そのための小細工を取り締まるわけでもない。仲間の足を引っ張ることはしないし、むしろ、手助けしていた。



「酉さん……」

「私が勝つから心配しないで」


何事もなく、一本を飲んだかのように思えたが……。明らかに今の飲みっぷりが遅いことは三矢からも分かった。


「ふふふ」


今のは追加できたビールです。これからあなたが飲むビールには全て"モルヒネ"などの、麻薬作用や死に至る猛毒が入ったビールを飲みます。早めに諦めれば楽に逝けたものを。私に服従しなかったあなたが悪い。



「それにしてもこれはマズイわね」

「?」


その言葉は一瞬。今のビールに細工があったと感じた発言であったが、否。酉はまったく気付いていなかった。確かに飲むペースが落ちた。その自覚だけである。


「形振り構ってられない。それは仕事や野望には付き物」

「なにをする気だ、酉さん」


今の状態でも十二分に化け物の所業であるが、ここからである。嘘を吐くこともあるが、それはある過程に必要ならばするし。特別に挙げれば、自分の事ならば偽りはない。三矢は知っている。ハッタリじゃねぇんだ。



シュポッ   シュポッ



「2本、空けた!?」

「同時に!?」


伊賀の酒樽作戦は早い。なにせ、自分はビールの栓を開けず、店員に開けさせて、ビール5本分を流し込んでいる。したたかにセコイ。だからといって、酉がそれを咎める事はない。すればいいだけの事であるが、酉には酉のルールを敷いていく。

2本のビール瓶を空ける。右手に1本、左手に1本。2本を同時に口元に入れ一気飲み!!


「なっ!?」

「そ、そんな飲み方があるのか!?」



なんて美味しく感じられないビールの飲み方!!全然、品性が感じられない!



「確かに早い!」

「さっきの2倍の速度で飲んでいる!!」



酉の驚くべきところは、一気飲みを始めたら無くなるまで一気に飲むのだ。決して離さず、降ろさず、中身の全てを飲み尽くす手法。怪物。



「これで78本」


伊賀が一気に5本分飲める方式であろうと、1本を飲むよりも遅い。しかし、酉が行なった方法は2つの穴から流し込ませる、ラッパ飲みの奥義。


「ぐっ」

「どーしたのかしら、伊賀さん」


酒樽一気飲みでも、息継ぎはしていた伊賀。しかし、酉にそれはなく、非常にスピーディな動きで加速していく。焦りを顔に出す伊賀


「そーですか。そーいう手があるんですか」

「チマチマな飲んでちゃ、抜かれちゃうわよ?」


その言葉の後、ものの1分もしない内に



「82本目」


数字だけであるが、伊賀を抜き去る酉。



バーーーカ!!テメェは次ので9本目の麻薬入りのビールを飲んでるんだよ!!幻覚症状や中毒性はさらに増して、飲みどころか、生きることすら狂う!お前との勝負は、お前を殺すためだけに発案したに過ぎねぇーんだよ!!死ね!クソ鳥!テメェの抱えてる人材は全部、私が預からせてもらう!!




ポーカーフェイスで事が思った以上に進んでいるのを嬉する伊賀であった。飲み干して、85本目となるが、



「86本目」



酉のペースはむしろ加速している。


「美味しーい、キモチイイィっ」


キメているような表情を浮かべながら、飲むペースはハイテンション&ハイスピード。元から本気になったら、こーなることは相方の三矢も知っている。今まで出会った人間の中で、怒らせたくないのはこの人だ。自分のルールで生きるやり方は世界に縛られない。



「ふふふふ、無理ですか。ふふふ、それも良いでしょう」


伊賀は侮る。


「無理?とんだ勘違いねぇ、伊賀さん。それでも人材発掘のスペシャリスト?」

「なんです?」


酉の思考は世界にいる誰とも繫がっていないと言える。


「松代くん、宮野、……弥生ちゃん、友ちゃん、三矢くん。……弓長くん、瀬戸くん、林崎ちゃん……」

「仕事仲間がどうしました?遺言?」

「みんなねぇ、あんたよりも"人生"壊して生きてるの。私の約束でもあんたなんかの声は聞かない。分かってるの、私。みんなのリーダーだし、あんたみたいな害虫。みんなから遠ざけたいのが本心。資金と技術提供が目的だし」

「…………」


その言葉を無言ながらも、頷いてしまった三矢がいた。


「だから私だって、"人生"くらいはいくつも投げ出すの。そーやって、守るの。そーやって、生きるの。命懸けなんて軽いわ」

「ふふふ、それは今日か、明日で終わりですよ」

「分からないの?」


あんたが負けるって事を、もう一回教えてんの!!



「うふふふふふふ」

「ふははははははは」



お互いに笑っている優しい世界。もう土壇場かと、王も三矢も感じ取った。それがどんな手をしてくるか。

修羅場になることは分かっている。思考はまったく読めない手



ジョババババ


「!」


隣にいた三矢が気付き、うぇっ……と、した。


「ふふふふふふ」


奇怪な笑みと共に酉の体から出て行くもの。伊賀も気付いて、驚き立ち上がるほど



「トイレに行きなさい!!」

「あらあら、どーでもいいわ。勝負に関係なし」


いや、良くねぇし!もらしてやがる。垂れ流してやがる!



「ちょ、酉さん」

「大丈夫」



そー言いながら、またしても2本一気飲み。伊賀が動けない間に飲みまくり、流しまくる。



「カバンに下着は2着あるの。下着一枚とズボンぐらいいいわ。ビールを追加」


そーいう問題じゃねぇんだよ!!

とんでもない恥ずかしさを意に介さず、酒を飲み続ける酉。続けざまに酉はカバンに手をかける。下着をとるのかと三矢はある種の、安堵を抱いたが。



「知ってた?人は快楽に包まれると眠くなるの」


空気や場を考えない。ここが飲食店だというのにやっている事は……



ドスゥッ



「それって死に近づいている事もあるんだけど、体がそれだけ疲弊しちゃってる証拠なんだって」



下着とはまったく別の代物。騒ぎを大きくせんと、伊賀と王も、……三矢も黙ってしまった酉の行動。

自分の右脇腹にナイフを差し込んだ。流れる血もとても静かなものであった。


「ちょっとビックリすれば、直るんだけどね」


それは医学的に合っているんだろうか?酉だから合っているんだろうか?

解放された快楽に潰されぬよう、痛みを背負って、続け始める。伊賀は酒樽をテーブルに置いたまま、立ち尽している。異常だ、こいつ。

何も感じてないで、これらをやっているのか?



「ば、バカじゃないですか!?」


こいつ、バカだ。アホだ。何考えてやがる!?

薬品で頭がおかしくなったのか!?それとも素でやってるのか!?



驚きながら思考が停止する。その間にも着々と、進んでいく。出し抜いていく酉。自分自身の状況など、彼女自身どうでも良かった。そんな彼女の常時じょうじが、引き寄せるものもある。

素でイカレてるのか、薬でイカレたのか。この際どうでもいい。因果応報なんて、酉は微塵も思っていない。


「けは、ははははは」

「?」


そこに桶があったから、樽があったからって感じで



「げほぉ、げろろろぉぉぉっ」



自分が飲み込んでいた酒を吐き出し始める。辛かったのかと思って良いのか、イカレていると思えば良いのか。それは酉に訊いても分からないだろう。


グチャグチャとなってしまった、伊賀の酒樽。代えは確かにあるが、



「あららら、ごほぉっ、ごめんなさい」

「!」

「吐いちゃった」


こいつ、ワザとやってんのか!?飲めるわけねぇだろ!!つーか、麻薬とかが入っていた酒を私の樽に入れやがった。できるか。そんなこと……。やる気かこいつは。



「まぁ、気にしないで。奴隷の飲み物だと思えば、できるでしょ?伊賀さん」


勝ち方がど汚い。手段を選ばないという点では酉の方が上か。手段が広がれば、その善悪以前の問題をふっかけてくる。


「酷い人だぁ」

「でしょうね。ま、……げほっ。いいでしょ、勝てば」


長期化して勝てるか。

やり合うならどうぞってか。


「いいでしょう、ま、ハンデにしては」


伊賀の戦意はこれしきの妨害に動じなかった。所詮、人間技が限界の怪物。処置はいくらでもあったのだが、



トンッ



「伊賀。お前の負けだ」


伊賀の相方。王來星が酔っ払っている伊賀の後頭部を強打し、彼を気絶させた。


「こうなりゃ最後まで分からないな」

「あらら、負け逃げ?」

「だ、大丈夫なのか。寝ちまったぞ」


ここまで荒れた酒の飲み比べ対決。王が伊賀を失神させる形でKO。酉の勝利であったが、



「伊賀が負けるところは見たくねぇ。どんな相手であれ」


ま、そこらのゲーム会社の女社長に負けるなんて、正直、認めたくねぇさ。こいつもだ。


「明日は中国に帰らなきゃいけねぇし、ここらへんで帰るぞ」

「あ、ああっ。じゃあ、酉さんこっちも……」

「待ちなさい!王!誰が逃げていいって言ったの?」


敗者は大人しく、足早に逃げようとしたが、酉は許さなかった。


「約束!約束は護りなさいよ!それから逃げなさい!」


勝負が終わり、フラツく足取り。口も拭った。


「そんなのは伊賀を信じるんだな」


王はオーバーアクションであったが、自ら拳を握って酒ばかりが置かれたテーブルを殴りつけた。拳の一撃は容易くテーブルを大破させ、酒瓶を床に落として割らせた。



「俺がいる限り、お前の勝ちは最初からねぇ」


遊びの勝敗。それを相手に決する、いわば実行力を酉と三矢は持ち合わせていない。

ボロボロなのは互いで


「止めな、酉さん。さすがに下着を替えろ」


どっちが敗者かわかんねぇ、勝ち方しやがって。メチャクチャ過ぎる。

ま、そーいう無茶っつーか、執念染みているというか、自分を顧みないというか、手段のどうのこうのを省いてやり遂げる姿勢は誰よりもえげつない。



「はーっ」



俺達はそんなあんただから、付いていくよ。俺は心配だからな。


「……ふんっ、寝るわ。明日までの猶予はあげるわ、次、どんな手を使っても壊すわ」


自然と倒れるように酉は床に転がっていった。

あと少しだったら、自分が負けていた可能性もある。

違うか、終わったから気を緩めただけか。

三矢はこの悲惨な状況に溜め息をもらし、残っている王に確認をとった。


「やるのか?王さん」

「これ以上、人前でアホ共を晒すわけねぇだろ。掃除だ掃除」


常識的で助かった。もし、こんなところで約束を破談させたら、酉さんの負けなんだよな。



◇      ◇



ブロロロロロ



「ねぇ」

「なんだよ」

「バックミラーでいちいち後部座席を確認しない」

「いでででっ、抓るな!」

「分かったー?」



そこからの流れはちょっとすぐには思い出せない。寝ていた事もある。



「見てないっつーの。正直、好みじゃない」

「まー、そうだと思うけど!」

「店側だって困ってたみたいだからな。隣で何してくれてんだって、気分だ」



あんだけ店がてんやわんやするほどの酒豪……つーか、人外の所業をやられて、注意するのも無理だわ。何してくるか、まったく読めないし。

とはいえ、せっかく美癒ぴーと良い雰囲気だったのに。



とんでもない邪魔を……!!台無しにされた……!!



「でも、やっぱり人が良いね」

「!」

「私もしたと思うけどさ。日野っちのそーいうところが良いよね」

「どうだろ?俺は誰かなんて考えることが、少ないだけだからな」


ただ、今回も。なんかとんでもねぇ奴を自分で乗せてしまったと、後悔半分に思っている。ま、酔っ払いを乗せるのがタクシーの仕事だとか言われるもんだ。

普段はおっさんが8割、1割が泥酔女、もう1割がキチガイ……。彼女の場合はどっちに入るだろうか、どっちにも入らないだろうか?



「うーん……」



誰かが喋っているという情報を得て、酉はスーッと起き上がった。ここがどこで、なにが起きたのかは把握できてない。


「何があったかしらぁ」


頭が痛いより重いだ。


「お、起きましたか?」

「お店で沢山、というか、物凄く飲んでたのを覚えてます?」

「うーん……?あー、飲んでたかな?で、あなた達は?」



三矢くんがいないわね。伊賀の奴もいない。王もいないわね。



「あれ?服が変わってる……」

「あなたのとこの、三矢さんだったか。着替えさせてたぞ」

「三矢くんは変態ねぇ。下着まで替わってるわ」


あんたに言われたくねぇだろ。そう三矢は予言していた事を思い出す2人であった。

タクシーの運転手であることを明かし、三矢に酉を運ぶよう頼まれた。金は酉が持っていると言われ、好きなだけ徴収していいとのこと。ちなみに三矢は過度な飲み比べのせいで、店がてんやわんや状態になってしまい、謝罪をしている最中である。

念のため、日野っちは確認する。酔っ払いの連中にはいるからだ。


「これ、タクシーですけど。大丈夫っすか?」

「え?タクシーなの?助手席もお客さん?」

「あ、私達。タクシー運転手をやってるんです。今日は2人共休み(嘘だけど)で飲んでたんです」

「そーなの。ってことはお金?」

「そうなりますね。代行サービスと変わりないんで」


酔った勢いで踏み倒したり、乗り逃げされる事もある。特に泥酔者はもう最悪である。

確認した事も忘れたり、目的地もテキトーだったり、態度もやたら大きかったり、感情が不安定であったり



「うっ」



ゲロロロロロ



車内で吐かれることもある。


「日野っち。私が後部座席にいって、あの人の相手をしてあげる。というわけで止めて」

「悪いな」


普段は1人でこんな泥酔者を相手にする。子供をあやすよりも大変で、女であってもまったく可愛くない。



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