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VALENZ TAXI  作者: 孤独
飲酒編
43/100

飲み会でのマナーは大切

トントン


「あ」


美癒ぴーは肩を叩かれる。彼女にしか見えない小さなアプリちゃんがついに動いたのだ。両腕を使い、頭の上で○を描くサイン。これは


「やった!"実用化"の取引が成功みたいです!」

「!ホントか!?」

「だって、アプリちゃんが○を出してます」

「俺には見えないんだが」


日野っちには分からず、ちょっと残念気味だった。

アプリちゃんは美癒ぴーに伝えた後、



ポンッ


「あ、消えちゃった……」



対象者から消滅し、アッシ社長の下へと戻っていく。これにより美癒ぴーの能力を"実用化"するまで、アッシ社長が条件を守りつつ、具現化すれば完全に終了となる。

しかし、そんな先の事なんて美癒ぴーにも、日野っちにもどーでもいい。すぐにバスの椅子に座り込んで


「はーっ、疲れたー!8時間もずっと立ってるって、辛いよー」

「お疲れ様」

「じゃあ、その」

「おう」


すぐに何がしたいのか。座る心地に慣れた次の瞬間に



「行かせてください!」

「ゆっくりどうぞ」


駅前のトイレに駆け込んでいく美癒ぴー。相当、我慢していた。8時間って考えたら納得できる。


「……………」


場所は駅前の飲み屋さんにした。車で来てるわけで飲みに行こうと言っても、ガブガブお酒を飲むわけでもない。美癒ぴーも、自分自身もそこまでお酒に強くはない。飲酒運転だって危険なわけで、酔いが覚めるくらいの、軽めに1,2杯。ほとんどは食事と、会話で行こう。

そーいう感じ。


「お待たせしました」

「おう。行くか」


まだ混みの少ない時間帯。


「2名様ですか?」

「テーブル席が良いんだけど。あと禁煙席を……(美癒ぴーはタバコ嫌いだし)」

「かしこまりました」



2名様ですか。そう言われると、やっぱり2人扱いか。ちょっとだけ満足する。

店員に案内されて対面になる。メニューをとって、お互いに何を頼むか。


「生ビールはいける?」

「1杯なら大丈夫ですよ」

「お酒は強いのか?」

「いやいや。すぐに酔っちゃうタイプです。でも、大丈夫です。1杯なら平気です」

「じゃあ、決定な」

「これ美味しそ、天ぷらは外せない」

「天ぷら好きなの?」


飲み会になると、人の意外な一面を知る事だってある。普段の仕事の中ではそう語ることない。


「サクサクした衣が良いじゃないですか!エビフライやアジフライ、カキフライは大好きです!色んなソースを作ってかけて楽しめるし」

「意外。もうちょっと、ヘルシーな物を好んでるかと」

「健康第一ですよ!でも、好みは別ですよ!」


揚げ物料理は手間が掛かる。

美癒ぴーの場合はかなり本格であるため、コロッケとかも一から始めていく。

食べても作っても良いと、美癒ぴーは絶賛する。


「俺は、そうだな」


最近、美癒ぴーの弁当などを食べて思うが、健康的に考えるようになってしまった。ハジけるところでハジけられないのはマズイ。


「肉!白い飯!というわけで、この若鶏のケチャソース和えと、ご飯で!」


魚や野菜メニューを一切見ずに注文。それに同調して、美癒ぴーも追加注文。


「焼き鳥、つくね、レバーを2本ずつ追加でー」


なんだか2人の飲み会にしては肉と酒がメインとなってしまった。2人で食べられるものを選び、交換して味わうのもまた良し。

こんな2人きりの時、訊くもんじゃないけど


「アッシ社長達とは飲み会してた?」

「いや、したことねぇな」

「じゃあ、今度はみんなで会社の飲み会をしようよ。お世話になってるわけだし」

「いいな。機会を見て誘うか」



会社で飲み会などはあるだろう。上司から誘われたり、先輩から誘われたり、同期と一緒に行ったりと。社会人になると嫌だと思うが、それを楽しみに思うこともある。そーいう場でノリ良く、言い合えない事を言うのも一興なのである。ある程度、空気は読んでな。



「はい、ご注文の生です。それと枝豆をどうぞ」



飲み会などでは"突き出し"(お通しとも言います)が出てきます。頼んでもないけど来る料理です、断ることも可能だそうです。飲み屋によって異なりますが、だいたい500円以下で、枝豆辺りがビールと一緒にやってきます。料金に加算されますが、飲みの席でそんなセコい事を言う方はそういないと思います。飲み屋にとっては利益に関わるものです。とはいえ、高すぎたり粗悪品でしたら、注意した方が良いでしょう。(よほどのことだと思いますが)



「じゃあ」

「おう」

「「カンパーイ!」」


2人だけの乾杯。その後でビールをキュッと飲む。

乾杯前に飲むことはOUTです。また、立場や状況によって乾杯する位置に気をつけましょう。そこまで同僚や会社内のことでしたら、気にしすぎだと思うこともありますが、お客様などを相手にする場合はその時のルールがあります。飲み会一つに様々な暗黙のルールがあり、やる前に確認するのも楽しいです。


「ぷはーー」

「ふーっ」


生ビールの一杯の半分を飲んだだけで、お互いに顔が赤くなってる。


「お酒強くないだろ、美癒ぴー」

「日野っちこそ、無理してるんじゃない?」


アルコールに弱い方もいます。飲みの席でガンガンお酒を飲ますのは危険な行為です。人には人のペース配分があります。気分が悪いときはすぐにトイレに行ったり、食べるペースを落としたりしましょう。周囲の皆様も、その気遣いを忘れずに


「ぷ、あはははははは」

「ははははは」


笑い出す2人。

泣き上戸もあれば、笑い上戸もある。お酒は容易く人の精神を緩ませる。



「遠慮しないでバンバン頼んで良いから」

「ご馳走になります」



ちょっと酔っ払っての、お互いの交換。


「好物は天ぷらかー」

「良いでしょー!天ぷらを馬鹿にしないでよ!」


飲みの席は社会的なものもあるし、プライベート的なものもある、今日は後者だってお互い想っている。この前、家に行った時みたいだ。


「趣味は?」

「見合いですか?お菓子作りですよ。色をつけているわけじゃなく、事実です」

「スポーツ観戦だ。最近、スポーツ専用の電波入れたんだぞ」

「本格的になってきた」

「いや、まだだ。まだ、足りない物が色々ある」


そう口篭って、ちょっと将来の話で逸らした。



「大学の先、どうするんだ?」

「就職のことです?」

「お、おう」

「うーん、内定はまだですけど会社訪問とは行ってますし」

「どんな会社?」

「公務員が良いですけど。それだけじゃなく、将来的に安心できそうな……だからといって、手を抜くわけじゃないですけど!!」


やっぱり会社としても、そこに働く人としても


「頑張った結果だけ、報われる会社にいたいですね」

「……そーか。みんな、そーいうもんか?」

「日野っち?」

「あー。俺もそーいうのやってんの。就職活動じゃなくてな」


意外なことを聞いてしまい、美癒ぴー。酔いも含んで驚く。


「日野っち、転職活動してるの!?え、意外!ここの給料良いんでしょ!」

「そりゃ良いよ。ただ、ここは安定してるかはYESと言えねぇだろ。アッシ社長がいなきゃ成立してねぇ。休日は転職活動とか、勉強なんだよ(読書なんて言えねぇ)」


それっていずれ辞めるのか、って事なのか。

しょんぼりに思う。いずれはそうなるというが、


「転職が天職みたいな」

「ぷっ!駄洒落にしないでくださいよー」

「いやいや!それはもう最後にするって!前に言ったじゃねぇか、紆余曲折経て、この会社に来ただけだって。だから、探してみたいだけさ。今すぐ辞めるわけでもねぇ、なければここにいるさ」

「そうなんだ」

「返済終わったらすぐってわけじゃねぇし。そもそも見つけてねぇし!」



まだまだ、ダメだな。ダメっぷり、アピールしてどうすんだ。

低身長で定職つかずプラプラと、こんな良い子に出会えただけが取り得で……。悪いところばっか浮かぶな。


「…………」

「……一緒じゃ」

「ん?」

「一緒じゃダメ?」



こんな話になった以上。まだ良い関係だから思えることで、


「そりゃ一緒に仕事するんだったら、良いと思うんだ。でも、タクシーだぞ」


タクシーという仕事はほとんどが別行動だ。終わる時間ぐらいにしか会えないのはとっても寂しい事だろ。休みの日を一緒にするにしてもさ。


「美癒ぴーはそれで良いのか?タクシーに関わらず、仕事はまだ色々あるだろうし、……まぁ、探しすぎたら俺になるけど。もうちょっと、綺麗なとこ探せよ。女の仕事とか」


お金が入ればなんだって良いと思う人がいる。金を稼ぐ意味で自営業の人だっている。休みを求めて給与少なめの人もいる。仕事の種類は様々あるから、これに絞れってのは……


「うーん」


まだまだ始めたばかりでもあるから、大変な部分が不慣れという点もある。どんな仕事も辞めたくなることがある。その時、他の仕事や行事などの苦労があれば比較ができる。年代に関わらず、それはしっかりと物事を計る。



「私は、長くないからというのもあるけど。ここに居ようとも思ってるの」

「家族が納得するか?」

「それは日野っちが言えるの?」

「いや、言えなかったわ。(勘当しています)」


美癒ぴーに適正があるかどうかは、おそらく。"ない"と、アッシ社長は判断していた。しかし、それは現時点での美癒ぴーであり、適正というのは非常に曖昧でもある。これは決して夢のあることでもないし、競争という点ならば低くもある。資格があれば、最低限満たせるのは簡単なものだ。



「務めたい会社はありますよ。立派な会社で働いて、素敵な人と出会って、結婚もして、家庭も築いていきたい。そんな漠然で在り来たりな大勢の夢を持ってます」


それは将来のことも含めて、


「"ただ危ない"って事は少ないし、やっぱりそんなことを語ったら全部が危ないんじゃ?」


美癒ぴーは躊躇うというより、言ってしまうには早計というか。酔っている事もある。今少し前に挙げた条件の内、2つがすでに満たされていると内心、決め込んでもいた。



「キリないですけど。私は、日野っちがいて、トーコ様がいて、アッシ社長がいて、ガンモ助さんがいる。良い人達がいる会社だなーって。……あははは、そこにちょっと不思議が入っての、仕事に出会うってそうないじゃないですか」



給与や未来に不安がある会社。それにこうして、奇妙にも良い人達が揃うことはあまりない。

会社に対して不満が出ることとして、人間関係という歪な問題もある。人達が生きる問題にも、人が関わってしまう。



「仕事は仕事です。それは個人の価値観で考えて宜しいのでは?楽とか、儲かるとか、休めるとか、その大切な事は人それぞれで」

「………それもそうか」


そう言われると納得するところがあった。タクシーという仕事は様々な会社の人間を、一定の時間であるが運ぶわけだ。良いお客様が大半だが、記憶に残るのはいつも嫌なお客だ。嫌味を言ってくる奴もいる。

タクシーみたいな仕事は泥仕事に思われる事もあるだろうが、利用者に言われたくはねぇな。誰かがやらなきゃいけねぇ事を、仕事にするのは悪い事じゃない。そーいう仕事があるわけさ。世の中には沢山、不思議に思う事は山ほどあらぁ。



「いらっしゃいませー」

「4名様で」



仕事の話をしてれば、今こうして。飲み会として来たお店で働く人達にも目が行く。

どこにでもありふれたお店なんだろうが、そーいうことあって、俺達もここにいる。そんな小さい事か。



「すみませんね」

「あ、いえ」



そんなことを思っていたら、隣のテーブルに4人の客がやってきた。

女性1人に男性3人という組み合わせ。特に気にする事はなかった。すぐに美癒ぴーと話すぐらい、焼き鳥を口に放り込む程度の出来事。


「悪い、でも。俺は俺の、事もある。美癒ぴーにもきっと良い奴に出会うだろうさ」

「う、うん」

「………」


あれ?今、俺。もの凄く勿体無いことを言ってしまったような。

この会社にずっといるか。あるいは、この会社を良くしようとか。でも、肝心なアッシ社長にはその気がないし、あるのはお客に対しての充実なサポートだけであって、もし万が一。



VALENZ TAXIと同じ会社が生まれたら、この会社は潰れてしまう。



それがどーいうことか。アッシ社長のやりたい事すら無くなりかねない。……それは深く考えすぎか、さすがに。または浅く見ているのかも。アッシ社長からしたら、もっと悲惨な出来事になりかねないと思っているだろう。



「さて、勝負ですが?宜しいんですか?私の得意分野ですよ」

「伊賀さんが勝てる気でいるのでしたら、良いですわ」



まだ、日野っちと美癒ぴーは気付かない。隣のテーブルにやってきた4人がとんでもないアホであったことを……。



「こんな素敵な飲み屋で騒ぎ過ぎるなよ」

「なにを言ってるんですか、王くん。日ごろのストレスを発散する飲み屋では騒ぐとこですよ」

「いや、ちげぇーし。周囲に迷惑をかけるなや!」


飲み会で羽目の外し過ぎには気をつけましょう。宴会をやっているのは自分達だけではありません、ある程度の範囲で騒ぎましょう。


「酉さん。勝てるのかよ。つーか、止めるなら今だぞ」

「心配しすぎよ、三矢くん。確かに伊賀さんは大の酒豪だわ。サラリーマンらしい、見かけ通りの接待のプロ。お酒や女、食い物なんかで酔わないわ。三矢くんも強いでしょ」

「それは一般的なレベルでな!!あんた等みたいな化け物じゃねぇ!」



酒や女は取引のある社会においては重要なアイテムです。それを上手くコントロールするのも社会人の器量。


「王くんは酒を飲みます?」

「バーカ。俺が飲んだら車を運転する奴いねぇだろ」


車で飲み屋に来た方はお酒を控えましょう。飲む場合は代行サービスを利用しましょう。

酔いが醒めれば運転は大丈夫です。


「1対2ですか」

「いえいえ、三矢くんはこっちに要らないわ。私とあなたのサシ。どーせ、三矢くんの分を足さなくても勝つから」

「いいますねぇ~、後悔させてやります。そこのお姉さーん」

「すみません、お兄さーん」


酉と伊賀は同時に、店員を呼んだ。それに少し戸惑いながら女性一人と、男性1人がやってくる。伊賀は女性店員に、酉は男性店員。



ドンッ



「1000万円分あるから、全部酒に代えなさい」

「2000万円をお酒に換算して。あと、三矢くんに生ビール1杯とご飯と、焼きホッケと、マグロの切り身ね」



◇       ◇



ガラゴラガラゴロ


「ほ、本日はご来店いただきありがとうございます!!」


渡された3000万、それに応えるように酒を次々に運び込んでいくお店側。

酉と伊賀の2人の前に店長自ら、酒を渡していくのであるが、


「ビールを注ぐのは私です。酒だけで構いません」

「は、はひぃっ」


伊賀は断り、ビール瓶を一本とって自らジョッキに3人分注ぐ。


「俺はいらねぇって言ったろ」

「乾杯は礼儀ですよ。三矢さんもどうぞ」

「気が利くな(酉さんにはやらねぇのか)」


注ぎ終えたら、


「それでは今日は終わり、明日から始まる。そんな日に乾杯!」

「「かんぱーい」」


キーーーンッ


乾杯してからまず、一口いただく。しかし、そこの乾杯に一つだけ。なぜだか、ビール瓶で祝う者がいた。



ゴキュッゴキュッ



「うぇっ……」


気味が悪いと思うのは店長や、周囲の者達だけであろう。一升瓶に入ったビールを丸ごとラッパ飲み。荒くれた若者や調子に乗る年配がやりそうな行為を、ミステリアスで綺麗な女性が平然とした顔でやっている。



ゴキュッゴキュッ



「品性がねぇ女だ」

「酉さん、周りを考えてくれ」



男共、2人も我慢ならず、退いてしまう。一杯でキューっとやりたい気分を削ぐ、飲みっぷり。

良い子の皆様も、一般的な常識がある方も真似をするのは止めましょう。



「プハーーー、げふっ……」



必然的にゲップが出るほどの、一気飲み。

酉はもう、一本飲み終えてしまった。


「まったく、ペース配分を考えなさい。あと、周りのこともですね」

「追加お願い」

「人の話を聞けクソ鳥がーー!」


酉麗子と伊賀吉峰の飲酒対決である。

どちらが多く酒を飲めるかという、ふざけたチキンレースのようで死も孕んだ対決。お互いに喧嘩は得意ではないし、苦手であるため、このような戦い方になった。


「分かってますか?朝までに酒を多く飲んだ方が勝つんですよ?」


伊賀、セコイ事に。王と三矢にビールを注ぐことで自分の飲む量を少しでも削る作戦であった。


「分かってるわ。単純にベストを尽くせばいいだけじゃない」


そんなことを言いながら、酉はもう2本目のビールを開けていた。自ら栓抜きを持って、自前で空けてラッパ飲み。この方が圧倒的に早いからだ。



「あと勝負中に眠ること、飲むことを止めたら、負けですからね。トイレは5分以内に、付き添いでね」

「はいはい、分かってます」



以下のルールでこの勝負は行われる。


1.酒をどちらが多く飲んだかで勝敗を決める。(瓶の本数で決める)

2.勝負中に眠ったり、動かなくなったら敗北。

3.勝負の立会人は王來星と三矢正明が勤める。

4.席を離れる際は立会人のどちらかを連れて行くこと。


勝敗:


酉が勝った場合、伊賀は酉の会社の情報を不正に入手していることを禁ずる。

伊賀が勝った場合、酉が死ぬ。



酒の飲み合い勝負。

いきなり酉は飛ばしていく。一升瓶の一気飲み。一方で伊賀は長期戦になると見込んで、頭に浮かぶだけのセコ技を駆使しつつ戦っていく模様。ルール違反を咎める場でも、相手でもない。


ようは勝てばいいんだよ、そう内心にやつく両者。溜め息を零す、双方の相方。


「私はマイペースで行きますから」

「ご自由に。追加」


始まって早々、酉はもう2本目を飲み干した。圧倒的な速さ、つーか、体の中はどーなってんだと、疑い始める。一方で伊賀は分配しながら、今。1本目を飲み干した。


「ふふふ、こちらも追加を頼みます」

「は、はい!」


両者共に顔色には余裕がある。まだ始まったばかりだからだろう。


「社蓄を扱う私が、酒に溺れるほどやわじゃないですよ」

「聞いてるからさっさとやりなさいよ。追加」


伊賀の言葉を煙に巻く酉。さっき2本目飲んでいたのに、もう3本目が飲み終わっているなんてどーなってんだよ。明らかに腸を超えるほどの量を飲んでいるのだが……。


「ジョッキ、大きめの物をお願いします」

「も、もっとデカイジョッキですか!?これよりも!?」

「ええ、この女みたいなラッパ飲みは下品でしょう?探しなさい」

「そんなやわな綺麗事やセコイ手口をするあなたが、品性について語るんだ」

「あなたも言えないでしょ?」


伊賀がジョッキを待っている間に、酉はガンガンと飲んでいく。酒の勢い、酔いをまったく意識せずに、素面と分かる表情で積み重ね、並べていくビール瓶の数々。


「うぇっ」

「おいおい……」


開始、45分ほどで、酉が飲んだ本数は29本に到達。この間にトイレは一度行っているだけである。


「ふふふふ、まぁ、朝までありますからね」

「そうです、そうです」


対する伊賀も、この店で一番大きいジョッキが到着すれば、ガンガン飲んでいく。

酉ほど脅威的な速度ではないが、45分の時点で15本のビールを飲み干した。伊賀もトイレに一度行っている。



「どっちも化け物だ」


恐ろしいのは2人共、精神的な余裕があるという点であろう。酔っていれば手元や呂律に変化が生じるはずであるが、この2人の強靭な精神力は酒で揺る動かすのは難しい。

つーか


「立ち会う俺達が気分悪いぞ」

「同意。酔うぞ」


酒の匂いがハンパなく。店に大迷惑を与えている。渡した金でこの迷惑は解決するのだろうか?


「さすがに強敵ですね。認めますよ」


伊賀。少し侮っていたと反省。自分が嫌いとはいえ、認めてはいる人間の1人だ。全力で小細工も含めて潰す必要がある。


「すみませんが、もっと大きい容器はないですか?」

「ジョ、ジョッキの事ですか!?」

「酒樽があれば、それにビールを注いでくれません?それで飲みますので」


ここで伊賀は一気にビールを飲める、酒樽を持って来るように店側に伝える。


「伊賀さん、お店に迷惑をかけるのってどうなのかしらー、追加ー」


そうこう言っている間に、酉も30本目を飲みきった。倍になった差を埋める、伊賀の奥の手は間に合うのか?



ジョバババババ



空いた酒樽にビールを次々注ぐ店側。一つの樽に5本分のビールの量が入っている。これを一気に飲めれば5本分が縮まる。


「ど、どうぞ!」

「どうもどうも」

「やれんのかよ、伊賀!?」

「社蓄のできる事は、できますよ。この程度のこと」



ゴキュキュキュキュ~~~



品性とかさっき言ってた奴が、酒樽で一気飲みするのはおかしくね?喉に酒が通っていく音が、まったくスッキリしない。お互い、ど汚いからビールが全然旨いことが周りに伝わってこない。

相方の王も引きながら、伊賀の酒樽一気飲みを見守る。酒樽に入れた店員達も、周囲のお客様達も、このお酒対決に注目が集まってきた。つーか、これホントに朝まで持ちそうなんですけど!



「ぷはぁ~~、美味しいです」



嘘つけ。全然、味わってねぇ顔してんぞ。



「次、お願いします。じゃんじゃんと」

「は、はい!」

「酉さんのペース。早いですから、追い上げないと抜けませんね」



酒を飲み比べの際。相手よりも凄もうとして、ペースを速めることは危険です。

車の運転と同じく、自分のペースを貫いて行動しましょう。


伊賀はここから酒樽を4連続、休憩なしで飲み続ける。当に自分の体積を上回る量の酒を飲んでいるにも関わらず、余裕を感じられる。



「ど、どーなってんだ。あの優男。見た目、サラリーマンなのに、メチャクチャ飲んでやがる」

「あれが社会の宴会芸という奴か!?」

「こりゃあきついぞ、姉ちゃん!」


そう心配するギャラリー達であったが、当の酉はマイペース。普段通りというべきペース。ハイペースじゃないのは、最初から同じ速度であるからだろう。



トーーンッ



「追加」

「は、はひぃっ」



いくら伊賀が酒樽を使って一気飲みのペースを上げても、元々がさらに早いのだ。



ゴキュキュキュキュ


「ぷはーー、げーっ……ぷ」

「平然とげっぷすんなよ。酉さん」

「良いじゃない、そんなどーでもいい事は勝敗に関係ない。っていうか、心配はそれなの?」

「それぐらいしか言葉が出ないんですけど!!」


伊賀が35本目に到達した時、勝負が始まって1時間10分が経過した。

酉の本数は伊賀の追い上げを気にせず、43本目に突入した。確かに伊賀が驚異的なペースで追い上げているが、酉も未だ底しれない。1時間以上が経っても、飲むペースにまったく衰えがないのだ。


「あの紫のストレートヘアーの姉ちゃんも負けてねぇ」

「相手を眼中に入れてない飲みっぷりだ!!」

「互いに常人を遥かに凌ぐペースだぞ!」

「つーか、止めた方がいいんじゃねぇか?どっちも死ぬかもしれねぇぞ」



いや、ホント。こいつ等、こーいう事に強すぎるだろう。



両者、トイレこそ行くが酒を飲むペースは変わらない。時間は刻々と進んで行き……



「酒を、酒を買ってこーーい!」

「まだまだあいつ等は飲む気だーー!」

「3000万じゃ足りないかもしれないぃぃっ」


なんと店側の酒が尽きかける事態に。急いで業者さんに問い合わせ、新たに酒を運んでくる状態だ。

そして、それが勝負から2時間が経った頃であり、ようやくながら



「ぷはーーっ」

「ふーぅっ」



75本目。酉もペースアップして逃げたが、伊賀の酒樽一気飲みの速さから逃れられず、並ぶ事になった。



「うおーーっ!男が追いつきやがった!」

「すげぇっ!1時間前はかなりの差があったのに!!」


ギャラリーも店側も大興奮のデッドヒート。勝負の面白さはやはり接戦でこそ現れる。2人の狂気の飲みっぷりに晒され、止めることができない。


「はい、追いつきました。次で抜きますねー」

「あらあら、調子に乗るのねぇ」


ここからが本当の戦いだと、両者は察していた。


「お待たせしました!」

「ええっ、待たせないで」

「ふふっ。さぁ、勝負ですよ」



伊賀は仕込んでいた。自分が絶対の自信を持つ酒豪であることを自覚しながら、酉の自信がただの自惚れでないことを知り、トイレに行っている間に業者と店側に指示を出す。


『一つは生ビールで構いません。ただし、もう一つの瓶には薬を仕込んで頂きたい』


ここまで来るとアルコール濃度を高めるとかの小細工では無理だ。もっとえげつなく、勝てば結果終わりだから、非道も優しく思える、上等な悪を仕掛ける。


『味は分かってませんよ。色も、ラッパ飲みするバカには見えません。どーせ殺すなら今で良いでしょ?"麻薬"が投与されたビールを酉に差し出し続けろ』


褒美は上乗せで、5000万円です。大丈夫、死んでもただのアルコール中毒による死です。




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