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VALENZ TAXI  作者: 孤独
飲酒編
42/100

社内恋愛をしたいと言ってもな、現実を見ろ。会社内が気まずいだけだぞ

「"アンケート"はこれで終了です。"アンケート"の結果を元に"人格"を生成致しますので、今日はありがとうございます」

「…………あの」


ずーっと、立っていた事もあるが、それ以前にだ。

美癒ぴーは安西に小声で話しかける。今日、やったアンケートについてだ。


「名前や生年月日とかは良いですよ。ただ初恋した年齢や、人に暴力を振るった時の気持ちとか、嫌に思う他人の行動とか、……答えにくい物を入れないでくださいよ」

「あなたの感情が反映されるわけなんで、こーいう"アンケート"が重要なんですよ」

「恥ずかしいのはテキトーにしちゃいましたけど」

「あ、大丈夫です。そーいう行動も性格の一部と捉えますから」


運転免許を取得した時にやった性格診断よりも性質の悪いアンケートであると、美癒ぴーは物凄く感じた。果たして、どんなものが出来るのか。


「では、安西さん。宮野さんによろしくお願いします」

「はい。ちょっと、怖いですけど」

「もう10年近い付き合いでしょう?」

「それでもあの人は嫌です。むぅー……」


トボトボとした足取りで安西は宮野の部屋へと向かった。入ったらすぐに怒鳴られる始末であった。


「では、報酬なんですが。どうぞ」

「お、おう」

「えーっと……」


弓長に今回の仕事の報酬を渡されることとなったが、2人共、目を凝らしてしまった。


「振り込みにしても、直接、給与に反映されないでしょう。せめてものお礼です」

「ん……?目が、おかしくなったか?」


机に置かれたというより、置くしかなかった重量。封筒とかではなく、ゴールドのケースをお礼と言ってきた弓長に、


「その、なんです。中身……」

「お金ですよ。報酬は1億円です」


い、い、い、い、いちお


「いちお、くえん」

「9円じゃないですよ。い・ち・お・く・え・ん、です」


なんじゃその稼ぎはーーー!!?ただのアンケートに答えただけで1億円!?

なに?なんなのその額。


「ひゃっ」

「た、倒れるな美癒ぴー!!落ち着けーー!」


床にヘタレ込みそうになる美癒ぴーを支える日野っち。日野っちだって、驚くほどの金額であった。1億という額は初めて見る。


「あの、私。もしかして、いけないことを……?」

「いえいえ。これは報酬です。どうぞ、あなたが使ってください」

「将来への貯金、……。洋服欲しいなぁ、美味しいケーキ買って、自分の車欲しいなぁ」


突如として手に入ったお金に、美癒ぴーは呆然と錯乱を交えて、ケースを握るも弱々しい。力が、主に腰が弱ってしまった。


「い、いいのかよ!?俺等、何もしてねぇぞ!(特に俺!)」

「不幸が圧し掛かって来そうな。個人情報が、……個人情報を、……打ち込んでますし。あとで悪の組織が私を狙って……」

「そーいう心配はありませんよ。しかと個人情報は保護いたします。こちらとしては研究や試行段階でもありますことに、協力していただけで嬉しいです」



どうせお金は会社の事で消えるでしょう?



「!そうだ、まずは返済に当てないと!」

「け、堅実だな!美癒ぴーらしいが……」

「だって、こんな大金、アッシ社長に隠し通せると思う!?もう表情が、お金になっちゃってるでしょ!?」

「うーん、それは無理だろうな。俺も目が金になってる!」

「それに私だって、これ会社に当てている報酬なわけだし。横領になっちゃうよ」



会社のお金を勝手に個人が使ってしまう事は犯罪です。

とはいえ、



「私達は、『VALENZ TAXI』名義でお金をご用意していないので、あなたが使って宜しいですよ?」

「ええぇっ!?良いんですか!?たぶん、返済で大半消えますけど!!」

「お好きなようにどうぞ」


ポンっと、1億円を出してしまう謎の会社。アッシ社長の『VALENZ TAXI』、山口兵多が勤める謎の運送会社、などなど。そういった企業はインフレしたような金の扱いなのかと感じた美癒ぴーと日野っち。


「あ、ありがとうございます!」

「失礼します!」



かなりの興奮と不安、期待。様々な感情が暴れるせいで、2人の足取りはおぼつかず、この会社から出るのであった。そのシンクロした互いの動きに弓長は羨ましく、呟いた。



「ふふっ、いいですねぇ。私も、鶴見さんと仕事しながらデートしたいですよ」

「そんな夢物語はありえないでしょ」

「友ちゃんは厳しいですね」


弓長の暴挙に思える金の出し方も、冷静に社員達は受け止めている。まだまだだなぁ、みたいな。


「あれ、あたし等の一月分の給料でしょ?」

「忙しくなりますからお金を受け取る暇も、使う暇もないでしょ?楽しい事をしてるじゃないですか?」

「あたしは良いよ。弥生達だって、頷くと思う。けど、あんたはそれで良かったの?」

「社会ってのは集める側に徹するだけじゃダメなんですよ。まぁ、幸せな家庭にお金が行き届くのは見てる方も幸せでしょ?」

「変なの」



それは私達が変なんですよ。勘違いして生きていく、矛盾の労働者。

大切な物を考えてくださいよ?私は、そーいう想いですから。


「…………ま、1億使って私達を和ませてくださいね」


◇       ◇



1億円が入ったケースを2人で一緒に持つ光景はやっぱり変……かな?


「…………」

「…………」


ど、どうしてこんな風になったっけ?

なんでこうなった?


「ふ、2人でケースを持つのは変だよね?」

「1億円って超重いからな。腰痛いだろ?まだあと2時間は立ってないといけないしな」


手に汗を掻きながら、緊張と興奮を感じ合っている。


「お、俺!別に金、持ち逃げとかしねぇから!重いから一緒に持ってるからな!本心だからな!」


こんな歩行者達が不自然そうに見ているとこで、「1億円を持ってる」なんて言ったら、狙われる。全員、悪の組織の一員と錯覚するような大金を2人で持っているんだ。


「わ、分かってるよ。日野っちってセコイ事しないでしょ」

「お、おう」

「っていうか、お金。使えないタイプ。ギャンブル好きには思えないし……」

「おまっ、こんな大金あんのに。ギャンブルって、負け組に陥る行為なんざしねぇよ!」


あわあわしているのは、どっちかつーっと俺か。全然、美癒ぴー。落ち着いてるな。

というか、なんでそれ分かる?


「……………」

「……………」


美癒ぴーの視線が恥ずかしながらケースの方。どっちかっていうと、取っ手の方に向いている。俺もそれを追うように辿れば、


そっか。2人でケースを握ってて、手を合わせてる感じなのか?っていうか、その。並んで歩くのって、


「邪魔だ、テメェ等。並んで歩いてんじゃねぇ!」

「す、すみません!」

「美癒ぴー、こっちだ」


歩行者達の邪魔になるな。なんか相手から嫉妬気味に聞こえてくる。


「肩ぶつかるくらいじゃなくていいからよ……。もうちょっと、寄っていいんじゃね?」

「日野っち……」


お、お金の事で頭一杯に成りかけたけど。日野っちと一緒にケースを持ってた。恥ずかしいっ……けど、悪くないかな?重たくて持てないし。



トーンッ



「ふらっ、……て感じに寄ったから」

「うん!大丈夫。俺は倒れないよ」



ちょっとは近くに慣れたかな。


そのまま歩いていけばもう、バスを停めている駐車場に来てしまった。早いなぁって、美癒ぴーが口パクで言っていた気がした。あくまで横目で見たとき、そう思っているのは俺の願望かな。

だからこう、今しかねぇのかな?手を離したら忘れちまうか、言い出せないか。


「なぁ、美癒ぴー」

「なに?」


いや、むしろ。こーいう話は、手を離した方が良い。ケースから手を離せばいい。



「うわぁっ!?いきなり離さないで!重たいのに……」

「あっ、悪い!」


地面にドスッと落ちたケースをまた持ち上げようとする美癒ぴーの手を、上から掴んだ。その時、言わなきゃという本心が声になったのは、その時の勢いだった。


「あ。あー。あのな」

「う、うん」


いや、なんで一言。一つの間を置こうとする。ヘタレか俺は。別に大した事じゃねぇだろ。


「あと2時間だよな?立っている時間」

「うん」

「だけどな。こーして」


前置きがなげぇ、俺ってこーいう経験少ないから。まぁ、多かったら多かったで困るんだけどさ!基本、こーいうのには自由になりたくねぇ。フラフラとしたくねぇ。


「俺とさ、いる時間ってあんまりねぇだろ?」

「……………」


プロポーズじゃねぇぞ。これはな、そのだな。社会人としては当たり前の事だが



「2人で飲みに行かないか?」

「!……い、いいの?」

「金は俺が出す!……ただちょっと待て!金を降ろしてくる時間はくれ!美癒ぴーからは一銭も金はとらねぇ!!」


今、1億を美癒ぴーが握っているというのにこの男気である。それは悪いよ。なんて言葉を絶対に言わせず、そーいう男だからって訴えたつもりだった。


「美癒ぴーが立つ事から解放されたら、休みたいだろ!飯くらい奢ってやる!旨い店はカーナビ使って探してくる!と、泊まりたいとかだったら、一緒に泊まる!」


あ、それはちょっと言い過ぎたか?


「……………」

「ともかく!……あーもぅ」


美癒ぴーが黙ってる。でも、怒ってる感じじゃなくて、緊張してるっぽいように見えて。あーーーもぅ。内心で笑ってるだろ。テンパってる俺を見て。

俺って馬鹿だ。

焦る気持ちがふと、無くなった。

たぶん、こーやって言うのが、俺なんだと思う。分かった。焦ってたと理解して、一言で伝える。



「俺は美癒ぴーが好きだから、俺と一緒に飲もうぜ!」



そー言ってる。さっき言ったのに繰り返してる。


「……ぷぷ、あはは」

「笑うな」

「ははは。日野っち。同じことを言ってる」

「うるさい!だいたい、……だな」

「私は"いいよ"って言った……。"いいの?"……だったかな?でも、一緒!」



人に何かを頼む、そんなことを見るのって。頼まれる側だからかな?面白いなぁって、日野っちを見てすごく思った。表情だけじゃなくて、心の葛藤が見えるって近いわけでもあるよ。



「奢ってくれるんでしょ?正直に、ご馳走になりますから!」


美癒ぴーも笑顔。奢られる事より、日野っちから誘われたことに対しての顔。それを分かって欲しいと思っているくらい、伝えたつもり。


「は、はははは。ありがと」


断れるんじゃないかって、すごく。ダメなこと考えていた自分に笑ってしまった。少しずつだけど、近づけたのかって。良かったと、ホッとしたと、日野っちは喜んだ。


「じゃあ、これはどうする?」

「トランクに入れよう。"収納液"に入れておけばまず、盗られる心配はないし」


大型バスのトランクはお客様が乗る座席の下、バスの中央部分にあります(主に観光バスなど)。

メーカーや企業によって、サイズなども異なります。

高速バスのご利用でキャリーケースなどを持ち込む際には、運転手さんがトランクに詰め込んでくれるそうです。


日野っちと美癒ぴーが一緒に、バスのトランクの中へ。"収納液"に被せて詰め込んだ。


「じゃあ、どの店を選ぶか」

「日野っちはお金を降ろしに行ってもいいよ」

「!いっ……」

「あんまり持ってないんでしょ。お店のお酒ってちょっと高いじゃん」

「お気遣いありがとうございます……」


情けねぇとこ突かれた。美癒ぴーがちょっと意地悪だったのを思い出し、そんなところだって可愛いと思える日野っちだった。

ご好意に甘えて、甘やかされてと……日野っちは多めに金を降ろしに行く。ちょっと、夢見ても良いだろ!?


「…………」


なんかあった時、アレも買っておこう。妄想は広げて良いもんだろ?なぁ。

コンビニに行って、金だけじゃなく、色々と買い込んでしまった。今さらになってだが、清潔感を出す汗拭きペーパーを買うなんてアホだと思った。匂いが心配になってしまう。あーだこーだ、余計な買い物しては、ビニール袋はもらわず、すぐに使う。終わったら隠す感じでポケットに入れ、バスに戻った。

ちょっとだけ良い匂いしてんじゃね?いや、嫌な匂いはなくなったか?別に変な匂いしてねぇけどさ。美癒ぴーと一緒に飲むってことは、そーいうわけじゃん?気を遣うじゃん?


無計画過ぎだろ、俺……。


「悪い、心配かけた」

「あ。日野っちー……あれ?なんか、消臭ケアでも買って使ったの?」



バレてるし!さすが美癒ぴーだわ!わずかな違いをすぐに察知し


「つ、使ったよ。お前と飲むんだから。無計画で悪かったな」

「ううん。男が女を誘うんだから、それぐらいはして欲しいと思ってた」


優しく、褒めてもくれる。

ホントに良い人だ。


「で、お店は決まったのか?」

「うん。ここが良いかなーって。丁度、私が立つ事から解放される頃に店が開くから」



美癒ぴーが指定したお店はとっても普通の、飲み屋であった。評判の良いところを選びましたって感じであり、2人でも団体さんでも大丈夫な感じ。

しかし、2人だけの初めての飲み会が波乱な展開になるとは、2人共思ってもみなかった。とんでもない珍客達の来襲によって、台無しにされるのであった。


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