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VALENZ TAXI  作者: 孤独
飲酒編
40/100

社会に出ると、まともほど沙汰オカシイ事はない。

『未知の技術、革新的な技術。それは全てに私の心から、仲間の心と共にあるものだ』


技術の進歩はあらゆる側面から始まる。


『お前等のためにあることじゃない!』


お互いが同じ事を歩むのをライバルとも言う。それが進歩になろう。

誰も造り上げた事がない道を進むのもまた、功績となるだろう。どちらにも成功と勝利を携えれば。



『殺せ!!私を殺せ!!』



アッシ社長と似ている境遇の人物が、つい先ほど。恐怖の中で己が持つ技術を全て提供した。

死を望むもそれを捕えた者達は許さず、技術の全てを搾り取った。口で出した物、痛みで吐き出した物。それでも止まず、次々と、尽きるまでに……吐き出させる。

前の自分を失い、作られた自分は全部語ろうとした。



「悪趣味ね」



1人の女性と1人の男性が、捕らわれた者達の姿を平然として見ていた。


「あんたが言うか?酉さん」

「あら?三矢くんにしては厳しい事を言うじゃない」

「本音は、あの程度で済んで良かったね、と思ってるんじゃね?」

「そうかしら?」


皆が求める技術。それを喜びと合わせて作ることもあれば、誰も成し得ていないからこそ、独占したいという欲望に溢れることもある。あるいは、野心のために必要な犠牲ともなり得るか。


女性は綺麗に夜空のような藍色の長い髪をし、スーツ姿にしては艶やかなプロポーション。ミステリアスな雰囲気を放ちながら、笑顔はとても綺麗なのに病みが深いモノであった。

矛盾を成立させてしまう、非常識を得ている大人びた女性だった。


「俺になんでこれを見せる?」


一方で男性の方は非常にイカツい表情とガタイで、悪の組織のような強面だ。彼もスーツ姿でヤクザと間違われてもおかしくはない。ただし、喧嘩は弱いのでしたくはない。

交渉事に関しては自信があるが、どうしてもこの酉麗子の前では勝てるとか、抑え込めるとかのビジョンが浮かばない。唯一、酉の顔の一部を遠慮なく自分に見せるのが気になっていた。



「あなたがまともだからよ。そーいう人はとっても貴重」

「…………」

「宮野や松代くんは、私の事ならなんでも同意しちゃう。弥生も、友ちゃんも、……瀬戸くんも、林崎ちゃんも、……きっと私に同意する。それはどうしてか?」

「自分が良ければいいからで、あんたが良ければそれで良い。だろ?」

「お察しが宜しい」


仲間。それは常に一緒にいる事であるべき存在であるが、時としては離れることができる存在であることも望ましい。


「弓長にしなかったのはどうしてだ?」

「彼は必ず、私に反対する。彼を失えば、経営と営業が大変になるわ」

「俺は代えがきくってわけかい」

「そうは言ってないわ。私の気持ちを理解しているのは、三矢くんの方だから。その差があるの」


もし、順序が違えば2人は出会っていた事であろう。

優れた技術を確立するには才はもちろんのこと、協力者、金、施設、時、奇跡……確かに努力という要素が含まれても、それは霞のように薄くある。必然であるが、裏切ることもある。叶わないことばかりさ。技術の、いくつもなんて。


始めは上手く行っても、やがては廃棄されることも……。



「お待たせしてすみませんね」

「2人か」


尋問、拷問、その成果を携えて、酉と三矢の前に現れた2人の男性。こちらもスーツ姿であり、四者共に悪意を孕んでいないと頷けるような社会人の擬態。七三分けのスーツ男が2人に謝罪をした。



「大変、申し訳ございません。此度は、この中国までご足労頂き、ありがとうございます」


頭を下げ、お呼びした2人を待たせてしまった事に対するものだった。


「良いわよ、伊賀さん。あなたは所詮、こんなもんでしょ?」


手厳しいつーか、敵意を出しているのか、ふざけてんのか。喧嘩振っている発言であった。伊賀の隣にいるターバンを巻いた男は、小柄ながらも俊敏な動きで酉の発言に作動するように、彼女の首を両手で素早く締め上げた。


「伊賀の侮辱は構わねぇ。だが、立場は俺達に雇われてるはずだぜ?」



ギュウゥッと首を絞める。血管の詰り、神経の圧迫、



「離せ、テメェ!酉さん、早く謝れ!!」



気管の緊急停止はパニックを引き起こし、顔面を蒼白させていくだろう。


「止しなさい、王くん」

「!」

「あなたは私のボディガードが本業です。殺し屋の仕事はまた今度頼みますから」


その言葉をすぐに理解すれば離したであろう。しかし、王來星ワンライセイはこの女の余裕の前に、離す過程をややずらした。1秒、2秒、3秒……



「ホントに良いのか?」

「"Ms.麗子"を慕う連中に興味と期待がありますからね」


4秒、5秒、6秒、

小さくたって男の力は女よりも強く、ボディガードとなれば、一般人とは違う筋力だってある。絞め殺すプロでもある王は



「じゃあ、こいつを殺しても良いじゃねぇか」

「彼等に自殺される可能性もあります。ま、MS.麗子を殺すのはあとにして大丈夫ですから」


7,8,9,10,11,12,


13,


14,


15,


伊賀に止めろと言われてからのカウントだ。本気で首を絞め、その時間に達すれば意識を失い、最悪死ぬ。手を離せば、膝が折れて、地面に体が落ちるだろうに



「ふふっ、三途の川って中国には無いみたいね」

「大丈夫かよ、酉さん」

「心配する?まだまだね、三矢くん」

「あんたは俺と同じ、生身の人間だろうが。無茶すんな」


表情に余裕がある。顔面の蒼白、神経の麻痺すら感じさせない。ハッタリじゃなく、普通を崩す混沌の意思が脆くある普通の肉体を常に凌駕している。

イカレてやがると、両陣営の側近は吐き気がするくらい思い知る。互いの大将の器にだ。


「宮野さんと君の松代くんが、捕えた異世界人の技術を利用できるのならば、ご提供したいものです。あなたは大嫌いですが、私達、人類の適正や人類の進歩のためには、あなた方の協力が不可欠なもので……ね」

「ええ、ええ。私のためにあなた方を利用するから。遠慮なく、惜しみなく、よこしなさい」


社会は互いの利で結ばれている。お互いの成功が何よりであり、それが難しければ自分の成功だけを。トカゲの尻尾切りなんざ、当たり前。会社も国も、同じく成されている。


もし、こんな奴等が優秀じゃなかったら、協力どころか踏み潰してやる。そう思うぐらいの、ウザイ人間関係もあること。伊賀もそう、酉もそう。お互いが力と技術、資金と人材を抱えているから付き合う事になるのだ。


「ふふふふ、ホントに腹が立つクソ鳥だ。誰のおかげでお前は立っている?」

「私の中の人生において、あなたはゴミだと思ってるわよ?」


なにかしら。その感謝しろっていう態度。お互いに……。

そーいう黒き、深しの、人間関係、お付き合いという暗部も当然ある。


「ともかく、酉さん。黙れ」

「え?三矢くん、いつから伊賀の部下になったの?」

「話が進まないからだ!まったく」


狂う人間関係を元通りにしたい秩序ある人間もいる。争いなどとは縁がない事を思っていたい。


「ヘルガーって言ったか。あんた等は、奴の持っている"空断"とかいう、別世界に行ける代物。あんた等が量産に成功したのはさっき聞いた。それであんた等は俺達になんの仕事を与える?」


仕事とは、人それぞれで感じる事が違う。

生き甲斐に感じる者、生きる金を得るための手段、人生の暇潰し、適正に合う贖罪、自分自身の野望のため。ただの行動。

ここにいる4人にとっては、どれに当てはまるだろうか。伊賀吉峰いがよしみねから、酉麗子とりれいこへの依頼。


「地球だけでは足りません。"仮想空間"という場所ももう、終わりです」

「あらあら、こっちの事までよく調べているわね」



誰も、裏切りなんてないはず。ちょっとだけ、鼻につくくらいの驚きだ。



「あなた方今泉ゲーム会社は引き続き、人類がこれから辿り着く事となる"世界"の数々を造り上げて欲しい。その"参加証"も含めてですね」


秘密裏に進めていること、内情を知らない者だって中にいる状況までのもの。



「ふふっ、そんなこと言われなくても、分かっているわ。たーだ」


だからちょっとだけ、面白みが欠けてしまう。不服。


「なんです?」

「破談交渉でもしようかしら?」

「おいおい、酉さん。何言ってやがる?あんたがやりたかった事だろう」


企業秘密。社外秘密。

そんなことはいくらでもある。酉が伊賀から感じた事は、徹底して守っていたはずの情報が予想以上にモレている事であった。秘密の内容が明かされる事は技術の漏洩に繫がる。

情報の流出は重大な事件である。特別、金に関わることであるならばそれは甚大である。情報社会の世に、それを疎く感じる者(作者はそう)。強く危機に感じる者。分かれることがあり、どちらにも罪があり、最大の罪人は流出を許してしまった者にある。流出させた人間に裁きはそう行かない。なかなか、難しいことだ。



情報の流出は、何十万人の全員がそう思わないが、ただ1人が思っただけでも責任となるのが、窮屈に思える。でも、頷けることだ。



「伊賀さん。私と勝負しない?」

「はて、なんの勝負でしょう。そもそも、何を賭けるおつもりです?」


酉の目的は誰よりも不定形で、意思を感じ取れない。

だが、


「私が勝ったら、あなた方は私達の会社の情報を全て抹消すること。何かで情報をより多く得ているんでしょ?それも金輪際、禁止するわ」

「……私が勝ったら、何をしてくれます?」


夢を壊すことになんら悲しみもないのか。仲間意識があるとも思えないのに、この条件を出すとはやはりこいつの頭の中はクレイジー。理解不能だ。


「私、酉麗子が死んであげる。会社は全部、あなたにあげる。だから、私が勝ったら、これからあなた方は絶対に、私の、関係者達に手を出さないで。あなた達の事、私達がやっている事。何も知らない人が多いからね」

「分かりませんね。仲間意識は感じられないのに、仲間を護ることを優先するんですか?」

「私が死んだところで、計画はあなたが進めてくれるでしょ。それでもいいし」



そうなるわけないからよ



◇       ◇



「うーん、ずっと立ってるのってキツイ」

「地味に嫌な縛りだな」


3時間ほど、バスの動きに揺られながら立ち続けていた美癒ぴー。腰をさすって、座りたい気持ちを振り払う。

立ち作業にしろ、座り作業にしろ。腰痛になることがある。人の構造は同じ姿勢に耐え切れず、体が硬くなってしまう。若い内や子供の頃は、動けるということが当たり前で息と同じく普通だと、その大切さを自覚できない。

おじさん、おばさん、そんな風に。他人から思われるようになって、ああ、自分はそこまで来ちまったのかって。人がいることで気付ける立ち止まり、劣化の始まりを悟れる。


程度、感じ方は個人に差があるだろうが、無理という警鐘が体からすれば止めるべきこと。一般的に、働くために体があるわけでなく。生きるために働くことが普通のはず。常識外れも稀に出会うだろうが、その外れは自分であることを認めることなどまずあるまい。



「残り5時間の辛抱だろ」

「その5時間が長いよー」



昼食はサービスエリアの立ち食いソバがあるところ。座れないから、トイレも行けない。飲み物も控える。物を落とした時は屈まず、必ず、日野っちが拾ってあげる。



「私が8時間我慢できても、アッシ社長が失敗していたらと思うと……」

「それはねぇだろ。アプリちゃんとよらがお前の肩に乗っているんだろ?」


"実用化"の取引が行なわれている間、アッシ社長とその対象者には、この取引のマスコットであるアプリちゃんがお互いに憑依する。小さい妖精になったアプリちゃんが、美癒ぴーの左肩に乗っている。喋る機能は搭載されておらず、こちらからは触れることもできないため、取引の邪魔をすることはない。どちらかが取引に失敗すれば、対象者の体を叩いて失敗を教えてくれる。


「うん、この辺にいる」

「指さされても見えんぞ」


アッシ社長と対象者にしかアプリちゃんは感知できない。


「あー、早く終わってくれないかな。座りたい」


嫌々の5時間というのは長い。

仕事に感じる時間を短いと思えば心の中で、楽しんでいるのか、あるいは焦っているのか。

集中力にも影響するだろう。


「といっても、そろそろ着くぞ。高速が終わったからな」

「座れないのにお客様と応対して大丈夫かな。私、この車の中にいようかな」

「それもいいがよ。でも、アッシ社長は美癒ぴーと行動しろって言われてる」

「あーあ、分かってます。日野っちに任せてれば良いんだよね。私を補助してくれるんだよね?」


美癒ぴーはここまで、しっかりと運転してくれた日野っちを労うように肩を揉んであげる。ありがとうじゃなく、よろしくって、伝えているようなスキンシップだった。


「ああ。任せてくれ」



近場の駐車場にこのバスを停める。

長い時間、車から離れるのは危険であるが、致し方ない。このリスクもアッシ社長の懸念としてある。対策を十分していても突破することは犯罪の美学の一つ。車上荒らしという犯罪がある。


無人となった駐車車両から物を盗む犯罪。車のキーが付けっぱなしでしたら、車ごと持っていく事もありますのでキーは必ず抜きましょう。

主に車内の物品を盗むそうです。財布などが中にあったら捕られます。その他にも、カーナビ、ETCカード、オーディオ、高級カバン、中にはタイヤまで。主に転売してお金にできる物を盗られます。正直、盗られる条件が整ってしまえば防ぎようがありません。


ただ、犯罪に関してこういう事を言うのはなんですが、リスクの割にローリターンな感じの犯罪です。転売という方式が前程な以上、選ぶ車を間違えれば確実にリスクしかないです。また、近年では安価なカーナビやタイヤの転売による利益が薄い点も厳しいところですね。お店の万引きとは違い、得る物は生きるためではなく、単なる小遣い稼ぎがメインとなります。スリルを楽しんでやる方もいるそうです。


車上荒らしの主な手口は、窓ガラスを割って入ること。イモビライザー(電子的なキー)の車が多くあるため、鍵を壊して車内を物色するといった手法は減っているそうです(まぁ、そんな車に良い物があるとは思えませんしね)。ただ、イモビライザーの車でも鍵の部分から突破して車上荒らしに遭ったケースもあるため、絶対の信頼はやはりないんでしょう。

防犯技術の向上と、犯罪技術の向上はイタチごっこのように。あるいは、切磋琢磨するかのように進んでいるそうです。



日野っちと美癒ぴーは並びながら、伝えられた会社の方へ向かった。今回は”ハイヤー”という形ではなく、山口兵多に書類を渡すようなそんなお仕事である。用件はそこに行き、弓長という人物の指示を仰いで欲しいとのこと。



彼が居ればいいんですけど……。



なんて、不吉染みた事をアッシ社長は思いながら言っていた。


「つまり、あんまり良い会社ってわけじゃなさそうなんだな」

「話から察するに、兵多くんみたいな企業だそうですね」


2人の想像はロシアでの一件も含めれば、あまり良い感じはしなかった。魔法にしろ、科学にしろ、表立つ部分は明るくも、裏面は影以上に暗い。

他人は暗い部分を見たがらないし、好まない。言えない趣味や語れない性癖と同じもの。



「なんだか、不気味な雰囲気な小会社ですね。雑居ビル全体を使っているそうですが」

「俺達も言えることか?普通に入れるとこじゃねぇし」



有名な大企業はところ構わず、支店を持っているだろう。一方で中小企業というのは、ビルの一室や自宅、こんなところに会社があんのかよみたいな感じに存在するのである。

見かけどおりの会社もあれば、それとは違って大儲けしているところもある。ただここは金という存在など、あまりなく。我の強さで生まれた、社会的に反した会社であった。



「緊張すんな。アポなしなんだろ」



会社へ訪問する際は、アポを取りましょう。アポとは"アポイントメント"の略で、面会や面接の約束をとりつけることを指します。主に電話やメールでのやりとりでしょうか。

押しかけで取引することは相手の印象を悪くします。丁寧な挨拶をするよりも、大切なことです。



「先に弓長さんという方がいれば、手紙を送付していると言ってましたけど」



ピンポーン



美癒ぴー。緊張や不安なんて一切感じず、どんな会話をするべきなのかも分からないというのに。なってみれば分かるでしょ、みたいな。会話に自信があっての面も含めて、インターホンを押す。

それはこれから出てくる人間が、人間であるという想定の話だ。


人間であるのは違いない。


『はい、今泉ゲーム会社の、弓長と申します』


ここまでは幸運な事に話が進みやすい人が出た。


「あの、私達。『VALENZ TAXI』という会社のものですが」

『!では、先ほどお荷物の件ですかね』


中身は何か知らないけど、どうやら手紙は無事に弓長に届いたというのがすぐに分かった。


「は、はい!その件なんですが」

「!」


その時。ドアが開くのであった。

また誰か来たのか、そんな不快感な顔で出てきた男は



「なんなんだよ。今日、2回目だぞ」

「えっ」


トランクス一枚の裸姿で出てきた、顔だけ見れば非常にイケる人物であった。


「うわああぁっ!?男の裸ーー!?」

「?何驚いてやがる。家じゃ普通だろ?」


唐突な出来事に後ろに倒れそうになった美癒ぴーであったが、日野っちが素早くその背中を支えるのであった。美癒ぴーはわずかに見えたが、出てきた男の○○部分が脹れていたことにかなり動揺した。一方で、見知らぬ。というか、人と出会うことすら滅多にないからこそ、顔をある程度覚えられている松代は、その姿と共に態度も失礼に


「?誰だ、お前等」

「松代さん。そんな対応はダメです。ですから、トランクス一枚でお客様と面と向かうのは止めてくださいと……」

「安西の馬鹿が次は出ろって言うんだよ。宮野が出るより良いだろ?」


落ち着いた雰囲気を持つ2人の男。どっちも、日野っちから見れば妬むような顔に、平均より高い身長。セクシャルな部分も含めると2人に苛立つ気分になった。



◇      ◇



カシャシャシャシャ



今の職場には7人ほどの人間が勤務している。しかし、勤務という言葉ではない事を皆知っている。


「……………」

「なに見てんだよ、美癒ぴー」

「だって。あの人。……その」

「お前、そこを見るか?普通?」



いきなり出てきた松代宗司と、仕事というか自分の能力を活かしている時の松代宗司はまったく別の者であった。集中しきっており、顔だけを見れば誰の目にも彼には映らないほどだった。動くペン先は凄まじく、デジタルカメラの連射機能のような速度で描き上げている。


「お客様?そんな話ってあった?」

「急遽の来訪ですね。瀬戸くんはちょっと可哀想。可愛い子が来たのに引き篭もるなんて」


松代からやや離れたところには女性が2人。勝ち気の強そうな、貧乳な女子と。それとはまったく逆の、比較がモロに出るお淑やかな表情にヘッドホンを装着している女性。双方共にこんな変人と仲良くできる女性がいることに、やや戸惑う美癒ぴー。


「日野っちもあーいう子達に目を向けないこと!」

「いででっ。耳を引っ張るな。勝手な言いがかりもやめろ」


作業しているスペースに2人が案内されたのは、アッシ社長の荷物がここに置かれているからであった。


「お茶ができましたよ」


ここの社長らしい弓長が自ら、お茶を淹れてお客様に提供する様。ホントに社長か?しかし、手が足りないだけである。どこにも言えるが、人材難な社会だ。


「椅子のご用意も」

「あ、いえ!結構です!」


座ったらOUT。とはいえ、そんな説明をすることも許されないだろう。魔法なんての説明は特にダメ。口は閉じる。


「こちらが連絡もなしに訪れたことが大変ですし。用事が終われば、すぐに退出しますので」

「そうですか?手紙の内容はハードですけど」

「へ?」


そういえば、ここに来いと伝えられただけ。実際ここで何をするかは今、聞くのであった。


「申し遅れました。私、社長”代理”の弓長晶ゆみながあきらと申します。このゲーム会社を取引している者です」

「俺は……」

「!」


ここで日野っちが自分の名を告げようとするのか、私は別に構わない。そう思えた一瞬であったが、


「単なるアッシ社長の使いだ。美癒ぴーも同じく」


ガクッと、それはアカンでしょって。応対のセコさにコケそうになる美癒ぴーだった。そんなやり取りに弓長は笑う。


「あははは、良いですよ。個人情報に関わる事ですので、その辺を調べることはこちらもしませんから。都合も良いです」

「!ご、ごめんなさい。私達の決まりみたいなので……。って、個人情報に関わるって?」

「手紙の内容を拝読しましたが、どうやら。そちらの、女性の方が”人格”の提供をするという事でしたけど」


弓長は2人が、無知のまま来た事にすぐに理解した。その上でアッシ社長の筆跡の手紙を見せるのであった。こんなものを2人に見せたら、怒ると思ったのでここに来てから。というやり方にした。



『弓長晶様へ。お届けした人形に”人格”の挿入をお願いします。今日の昼に、人形のモデルとなった人材を派遣いたしますので、ご説明及び報酬を施してもらえないでしょうか。アッシ社長より。不可能な場合は、お手数ですが荷物を送り返してもらえないでしょうか?』


「…………」


美癒ぴーと、日野っちは。このフロアに置かれている、なにやら怪しげで美癒ぴーが丁度入るぐらいの箱を見た。


「これってあの時のアレですかーーー!?」

「いつの間にか無くなっていると思ったら、ここに移動してただとーー!!」


そんな話をされたら絶対に断った。いや、まだアレに続きがあったの!?みたいな表情を出す美癒ぴー。また惨めで酷い扱い。


「やる気を出してもらうためですが、報酬は弾みますよ。こちらとしては願ってる案件ですので」


弓長はお茶を飲みながら、丁重にお客様=実験体を扱う事を約束するのであった。




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