仕事を始める前の飲食及びトイレを済ませることは社会人として当然のことだからな。
ブロロロロロ
取引が決まったからといってすぐに始める事は愚の骨頂。
内容が決まったからこそ、その準備をキッチリと行なうことが大切だ。一時的なことではなく、8時間という長丁場。
「食事や睡眠などをしっかりと済ませて望みましょう」
仕事をやるという状態は、自分自身が万全に動けることが望ましい。多少の不調の中で万全に近い働きをこなすこともまた、仕事に向かう姿勢として大切なことであるが、それは在り来たりで身につけたと言える仕事であるときだ。
特別な仕事に立ち向かう姿勢とは違う。
プロスポーツの興行試合と、祭典時の試合のような区別だ。
「ほっ」
自分から提案したことであるが、トイレって大切だねって節に感じる美癒ぴーだった。男の人がズルイと思ってしまう。
取引のルールを決めてから1日が経ってからの事だ。
座ることができない美癒ぴーとアッシ社長は業務がままならない。トーコ様は勇薙に殴られた傷が未だに抜けず、休養。ガンモ助さんは長期休暇。
「俺が頑張らなきゃいけねぇか」
今日は日野っちのみの業務。そうなるはずであったが……
「いえ、美癒ぴーのサポートをお願いします」
「え?」
「一緒に仕事をしてください」
アッシ社長曰く、
「実は日野っちにも協力して欲しい事があります。まだまだ美癒ぴーの”実用化”には協力者が必要なんです」
「人をロボットみたいに言わないでください!」
人間量産化計画的な実験台にさせられたと、思い知らされた美癒ぴーであった。
「トーコ様は怪我をしておりますし、彼女に私達のサポートを頼むことは大変と思います。私は慣れてる身ですから、お気になさらず」
「でもよ」
「心配せずとも、また例の如く。ちょっとした、厄介なお客様方の依頼があります。報酬も私から弾むようにします」
「マジで!?」
「行動が制限されるとなれば、補助者がいると助かりますので。美癒ぴーと一緒に相手をして欲しいです」
ホントなところを言うと、美癒ぴーを協力者に引き合わせて頂かないと話にならないんです。
まぁ、行けば分かります。
「話はまだ纏まってないんですが、この会社の、弓長晶という、社長さんを訪ねてください。彼から話は聞けると思います」
「今泉ゲーム会社。ふーん、こんなところに何があるんだ?関係あるのか?」
「まー、ちょっと。弓長さんは比較的、まともな方ですから。彼を頼ってください」
2人が着く頃合にいれば良いんですけどね。
「それでは美癒ぴー、取引を始めましょうか」
「は、はい。8時間、絶対に座りませんから!」
◇ ◇
ブロロロロロロ
美癒ぴーとアッシ社長の取引を始めた15分後ほどの事。
「あー、だりぃな。おい」
かつて、日野っちと美癒ぴーを負かせた山口兵多が配達業務を行なっていた。大型バイクで爆走し、『VALENZ TAXI』の会社から、これから日野っち達が向かう事になる今泉ゲーム会社へ走らせていた。
アッシ社長から最速のお届けを依頼された。
「家政婦か、奴隷が欲しかったのによ。行った時にいねぇとか」
約束は忘れていない。美癒ぴーにあったら、奴隷として、2週間くらいはコキ扱ってやろうと思っていた。会ったらと思って引き受けたは良いが、お留守の時だったのが不運。面倒な仕事を押し付けられる始末。
なにせ、人間サイズの重さに形をした物だ。綺麗に包装されていたとしても、こんなもん運ばせんなと愚痴りまくりの兵多。
こーいった厄介かつ大切な物を丁寧かつ最速で、何も知らないとした形で請け負う。
キイイィッ
「ここに来るのは1週間ぶりか?」
そこは都会のど真ん中。ボロそうな雑居ビルを貸しきって運営しているゲーム会社。今、朝の4時頃だ。行ってもいなそうな時間帯にも関わらず、ビル全体は不気味に明るく光っていた。
兵多はチャイムを押し、誰かが出てくる事を願う。受け取った品は当然ながら、ポストに入るサイズではなく、どこかに放置していい物ではない。誰かが受け取らなければいけないもの。
「すんませーん!」
デカイ声を発しても、返事はなし。ビルの明かりは付いているが、中にいる連中は全滅といったところか。居留守を使っているのか。
もう一度、チャイムを押して
「荷物のお届けに来ましたーー!」
こーいう事に困る事として、差出人が希望している事に対して、受取人側が知らない事や不都合な事がある。出て来ないと分かっている状態でやるのは非常に腹立たしい。
ともかく、2度のチャイムの後。誰かが出てきた
『こんばんはー』
「すみません、今泉ゲーム会社に荷物のお届けに参りました」
『荷物ー?そんなの頼んだっけ?』
女性の声だった。この声に聞き覚えのある兵多は誰が出たかを当てる。
「安西さんですよね。荷物を受け取ってくれないですか?」
『んー……この声は、兵多くん?夜分に大変だね』
日が昇っているから、朝なんだけどな。
ここはコンビニみたいに24時間働いているような環境の会社だ。もう一度、人が24時間。働き続けている地獄みたいな環境だ。
ここに足を踏み入れたら、法律というものはない。
重々しく、扉が開かれる。扉先に立っていたのは寝不足みたいな表情と酷い寝癖をつけ、セーターとズボンにシワが沢山できている姿でいる女性。安西弥生であった。
「今、何時だと思ってるんです?」
「それは悪かった」
「午前の20時じゃないですか。まったく、みんな起きてる頃です」
「お前達の頭の中が心配になったわ。時間も言っている事も全然違うじゃねぇか」
泊り込みも当たり前、一日に何食食べているかも不明な感じの、ヤバさ。ブラック企業であることを証明するような作り。しかし、不思議とここにいる連中はここに留まるのが好きなのだ。
頭が心配と、嘘も冗談もなく、真実に伝えている兵多でもあった。
「これ重いから社内まで運びますよ」
「ホントー。というか、なんだろう?」
「さぁな?俺は聞かないことにしている」
兵多が社内へと運ぶ。久々にこの中に入る。
「ぎゃはははははあはははは。安西!!とっとと仕事に戻って来いよぉぉぉぉ!!」
「み、宮野さん」
「起きてんのは知ってるんだから、手伝えやあぁぁっっ、クソ女がぁぁ」
「ひぃぃ~、少しは私を丁重に扱ってくださいよ」
泣き出しそうな。いや、もう泣いている安西。”宮野健太”専用と書かれた扉の奥から聞こえる男の奇声と、土砂降りのように繫がる連打音。
思い出したように
「安西はプログラマーだったな」
「そーですよ、憂鬱ですよ」
安西の相方がこの扉の向こう側にいる。
荷物をさらに奥にへと運び込むと、死体のように転がっている女性が2人。
「ぐーっ……ぐーっ」
「かーっ……かーっ」
いくらビルに灯りがあろうと、時間が時間なだけに死んだように眠る奴がいるのも当然かと思う兵多であった。沢山頑張っても、まだまだ遠いようだ。
そんな中、男であったがまだ元気に作業をしている人がいた。ペンタブを高速で動かしている。
「おー、悪いな。安西」
「酷いですよ、松代さん。起きていたのに、私に行かせるなんて」
PCに向かって真剣な表情で作業に当たっている松代宗司。
「俺だって都合あるんだよ」
「どんなですー」
「今、お前等からは見えないだろうが、俺は裸だからな。来訪者の応対なんてできるわけねぇ」
「何してるんですか!?みんな、常識を考えてください!」
大激怒の後に、松代は理路整然とした表情と共に
「○○○○○○○○○○○○○○○」
放送禁止用語を大量に並べながら答える松代。ここにいる連中ホントに変人&ろくでもねぇ奴等。そんなことをしながら仕事しているとかキチガイだと、兵多は唖然として聞いていた。
荷物を置く場所も特にない(というか、これがデカイのもある)
「床に置いて良いか?」
「しょうがないからね」
『VALENZ TAXI』からの荷物を仕方なく床に置く兵多。
「弓長がこーいう事を調べるから、放置しとけや」
「そうですか」
中身を確認しようとした安西であったが、松代に止められて
「宮野が待ってるんだから、さっさと仕事しろ」
「わ、私。松代さんに起こされたんですけど……!って、もしかして私を起こした時も」
「あ?そうに決まってるだろ?」
「わーーん!変態ですよ!松代さん!」
「…………ともかく、お邪魔しました。またのご利用、お願いします」
こんな会社と関わっていたら、頭がおかしくなりそうだと。山口兵多は思いながら退室するのであった。
◇ ◇
「じゃあ、行ってきまーす」
「はい、気をつけて」
バスの中からアッシ社長とトーコ様に向かって、大きく手を振り、目的地に向かう事になった日野っちと美癒ぴー。
美癒ぴーは座ることができないため、車をバスにしなければならなかった。
ブーーーーーンッ
「こんなに席の空いたバスなのに座れないのは不便、改めてだけど」
「俺もだ。東京までバスなんかで行くのは面倒だ。テレポートしてぇよ」
慣れた感じでバスも運転する日野っち。バスとタクシーは、人を乗せることを前提としているため、勝手はそこそこ似ている。
バスの降車の際、必ず停車してから動きましょう。不意な転倒による事故もあります。動いている最中はつり革に捕まったり、手すりに捕まりましょう。
「こうして人の運転をマジマジと見るのも良いね」
「俺はちょっと嫌だな。集中できねぇ」
「タクシーもそうじゃない」
バス内での電話の使用は控えましょう。周りのお客様の迷惑となります。マナーは護ってください。たまに注意にされてないから誰にも迷惑をかけていないという方がいますが、そりゃ勘違いです。
「ベビーカーや車椅子のための設備もあるんだねぇ」
「ガンモ助さんのお客様に、障害者用の人がいるからな」
車椅子やベビーカーを路線バスに乗車される際、座席を譲ってもらうこともあります。また、路線バス一台に乗せられる数に限りもあります。その前のバス停などでご利用されている方がいますと、乗ることができない事もありますのでご注意を。
タクシーの際の車椅子のご利用ですが、こちらも”ハイヤー”のように、事前の連絡があればお客様の元へ行く、サポートタクシーや介護タクシーと呼ばれるサービスもあるそうです。通常のタクシーと違い、車椅子ごとちゃんと乗せられる設備が整っています。主に通院や訪問看護などで、このサービスはやっています。なので普通の車っぽく見えるのも、案外タクシーだったという事例もあるそうな。
「…………」
バスが結界の外を出て行くところをトーコ様とアッシ社長は見た。
「アッシ社長」
「どうなさいました?」
トーコ様の顔の傷は消せるものだそうだが、ジンジンとまだ頭の中で響いている。
「私は凄く、自信無くしました」
「先日の事ですか?もう気にしないで良いんですよ」
「でも」
いざという時に美癒ぴーを護れなかった悔しさ。それを悟っていたアッシ社長は話を聞いてあげる。
「強くなりたかった。護りたいものがあったのに。私、護れなかった悔しさがあった。後悔してしまった。もっと」
もっと、強くなっていれば結果は違っていた。
必ず護れたから悔しかった。
それはトーコ様らしからぬ、向上心ある発言。これが本心であり、それを改めさせるのがアッシ社長の器の見せ所。
「その先に何があるというんです?私達はただの強さなどと、人を傷つける事に悦した者にはならない。助け合えることを強さとして、こーいう仕事を始めましたよね」
確かに絶対的な暴力の前では、いかなることも無力だと思う。アッシ社長も分かっている。そんなイタチごっこと、決められた武力の階位に挑むことはしない。無駄なことだから。
「後悔は大事な人生の要素です。しかし、囚われてはいけない事です。また起きることであろうと、トーコ様1人で抱えることじゃあない」
いずれは人が辿り着くこと。
生誕があるように崩壊もあること。いい加減となり、寛容となればいい。
「大丈夫。トーコ様は美癒ぴーを護っていますよ。怪我を治して、元気に働きましょう」
働けるというそのことができている間に……




