タクシーにペットは乗せても良いけど、事前に連絡していただけると助かります
はるか上空を飛ぶ飛行機。
「も、申し訳ございません!ダーリヤ様!先ほど、勇薙様が地上へ降りてしまいました!」
勇薙は窓から見えた道路の光景に興味を抱いて、飛行機から飛び降りたのであった。当然であるが、飛行機の壁は無残に壊されており、普通の人間はこの上空の気圧や異常な気温によって死んだのであった。生き残っているのは、勇薙と同じく、人を超えた者達だけであった。
「この損傷。この飛行機は墜落するであろう。フレッシュマン博士がいれば補修できたであろうが」
金髪のウェーブが掛かった髪型に、立派な軍服。体格はガッチリとしており、発する威圧感は実力と権力に相応しい男。それがダーリヤ。
「ダーリヤ様!我々はどのようにすれば、っていうか、私達。死ぬじゃないですか!」
納得行かない顔を向けるダーリヤの部下達。ダーリヤはロシア軍の総指令を任されており、権力も実力も地位も、ロシアでは頂点であった。
そんな彼の口癖、および、思考は
「人類は進歩しなければならない」
人類に対して、多大な進歩を求めているのである。
「この環境下、絶望的な状況でも、生き延びて見せよ」
「えええぇぇっ!?」
部下がついていくには人を超越し過ぎている。しかし、彼が人に対して抱いている感情は未来の人間に受け継がれるべき、言葉であり心であろう。
技術の進歩、自然の変化、それらに適応するだけではない事を望む。
「私は勇薙を諌めてくる。ロシアの光景など、故郷ではないものであろうからな」
そう言って、勇薙の暴走を食い止めるべく、ダーリヤもまた地上に向かってこの飛行機から飛び降りたのであった。
「ダーリヤ様ーー!あなたも普通に空から飛び降りないでください!!」
◇ ◇
「な、な、なんだぁ!?」
日野っちは叫んだ。そして、それは美癒ぴーも同じことであろう。何か嫌な予感。
前方の方で空から何かが落ちてきた事ぐらいしか分からなかった。しかし、地上に昇る粉塵と周囲の人々の様子がヤバイ。
「た、大変だ!に、人間が空から落ちてきた!!」
「それに巻き込まれて、10人ぐらいの怪我人がいるぞ!!」
「救急車を呼べ!!」
突然の事態。これによって巻き込まれた人々。まだ辛うじて息はあるものの、遅れれば死者になってしまう。
「きゃきゃきゃ」
そして、その張本人。勇薙は立ち上がった。頭から血を流し、歩こうとするものの、両足が完全に砕けていた。痛いという信号は確かに脳に届いているのが、それを分析する知能がなく、薄笑いを浮かべながら這いずってきた。
「うわー、なんだぁあいつ!」
「空から落ちてきた奴が生きてやがる!!」
新種の生物。あるいは宇宙人にも映った事であろう。怪我人の事よりも自分に向かってくる恐怖に気付いて、車に戻ろうとする人が続出。
「うわぁー、なんですか?なんですか?」
美癒ぴーも、見えないながら、混乱が伝わってくる事は分かる。そんな時に無線が
『美癒ぴー!』
「日野っち!前方でなにがあったの!?」
『分からない!ただ、空から人が落ちてきたのは間違いねぇ!』
は?ナニそれ?
『とりあえず、美癒ぴーはお客様をもう送迎しろ。ロクな事じゃなさそうだ。俺はちょっと前の様子を見てくる。車の中に怪我人がいるかもしれねぇ』
「う、うん」
状況は読めないけど、確かな異常事態であることは変わりない。美癒ぴーは"幽霊車"を使って、この混乱とした道路から抜けるのであった。
そして、日野っちは車を降り、しっかりと鍵をかけてから、前方の様子を探りに行った。人が落ちたところをこの目では見ていた。その現場に着けば、
「!!」
見ただけで13人の怪我人がいた。車内で血まみれになったり、どこかを打って骨折か打撲をした人。特にヤバイのは落下してきた勇薙であろう。見た感じ、死んでそうに思える外傷。
「うきゃきゃきゃ」
「な、なんだこいつ!?」
日野っちも、勇薙がボロボロながら行動している事に戦慄していた。そして、
「きゃーーーー!!」
「うおおぉぉ!?」
勇薙は逃げない日野っちに反応し、敵として彼に襲いかかった。自分の体を省みずにだ。
「そこまでだ!」
もう少し遅れていたら、勇薙に身体を食われていただろう。日野っちからしたら、わけも分からないだろうが、空から一切の衝撃を放たずに降りてきたダーリヤが、素早く勇薙の攻撃を受け止めて、捕縛した。
「きゃ!きゃーー!」
そして、勇薙もダーリヤがやってきた事に喜び、彼に抱きついたのであった。なんなんだこいつ等と、不思議に抱いて見合わせる日野っち。そして、ダーリヤも日野っちの視線に気付いて、質問する
「!日本人か」
日本語!?そーいう驚きもあった。
「すまんな、私の部下が迷惑をかけた。勇薙という、部下となって日も浅い」
ダーリヤは続けて、血まみれかつボロボロの勇薙を日野っちに紹介するのであった。それに怒るように反応し、
「今はそんなこと、どーでもいい!!」
「むっ」
「よくは知らんけど!あんたの部下も含めて、怪我人だらけじゃねぇか!!」
現場の事に目を向けられる。ダーリヤにとっては一般人の怪我人だと、さほど意識していない。しかしながら、今の話が本当ならばと行ったら
「お前!怪我人達を救うのが責任だぞ!!部下の責任なら、上もキッチリと責任のとれる行動をするもんだろ!」
「…………」
『運が悪い人間など、進歩する権利を剥奪されたと同じ』
そう言ってやろうと、わずかに抱いたことであるが
「あんたも手伝え!俺が怪我人達をすぐに病院に連れて行く!!」
自分の立場やタクシーの秘密など、一切の考慮などを考えず。自分の思うがままの意志を出す日野っちに、ダーリヤはその発言があまりの失言であったと、心の中で反省をした。
「具体的に君は何ができる?」
「言ったろ!俺は病院までこいつ等を最速で運べる!!救急車よりも早い!」
ロシアの病院事情なんてしらねぇけど。
「分かった。確かにそれこそが責任の取り方だ。伊賀も同じく言うだろう」
「あ?」
仕事におけるミス。これは誰しにでもあり得ること。"超人"としての域に達するダーリヤとてあり得る。どんな権力を得ようと、どんな力を得ようと、誰よりも強かろうと、一度たりとも敗北を経験した事がないとしても、失敗というのはある。
恥なり、屈辱となり、戒めとなって、人は変わっていく。成長したり、あるいは墜落したり。
立ち止まるという行為はダーリヤの信条に反していよう。
「私は君の車に怪我人達を運んでやろう。それと、信頼できる病院にも連絡を入れる」
「本当か!」
日野っちはダーリヤの事など、知りもしないが言葉を信じる。
「君は車の準備をすると良い」
「分かったよ!随分、偉そうだな!」
「見かけでその差は出ていよう。勇薙も手伝え」
「きゃきゃきゃー」
お互いに、種類は違えど不思議な物を感じ取ったのだろう。日野っちは"変型交代"で、ワゴン車に変型させる。ギリギリであるが、乗せることはできるだろう。
怪我人は確か14人。
「君、連れて来たぞ。住民にも協力してもらった」
「お、おおぉっ」
ダーリヤはロシアの中でも超有名人にして、危険人物。そんな奴に物事を頼まれたら、断れるわけがない。車を運転する人々も協力し、日野っちのワゴン車に怪我人達を乗せていく。ちょっと雑に入れるしかないのが、厳しい現状だ。
「おっし」
あとはカーナビで病院を検索し、最速で向かう。そんな時、ダーリヤが何気なく助手席へと座り込んだ。
「私も行こう」
「あ、あんたも乗るのか!ここにあんたの部下をだな」
「心配するな。勇薙」
「きゃー!」
大怪我を負っている勇薙であるが、ダーリヤに抱きつきながら、乗り込んだ。彼の血が助手席や運転席、ギアなどにもついてしまう。つーか、狭い!!
「私がいないと病院に辿り着いても信じてくれない」
私なら先回りでも良かったが、私を相手にここまでの啖呵を切ったのだ。無碍にしようものなら密やかに殺してやろう。
「……そうだな。分かったよ」
「きゃーー!」
しかし、勇薙はこの狭いところで、見た事もない光景に興奮していて、手当たり次第触り始める。邪魔!
「やっぱり、こいつを何とかして欲しい!」
「分かった。勇薙。止まれ」
「きゃっ!」
部下とか言っていたけど、この関係は明らかに人間関係ではなく、主従関係。そう
「あんたのペットか!?悪いが俺は、タクシーを運転していてもペットは乗せない主義だ!ペットを乗せたきゃ、他を捜せ!」
タクシーにペットを同乗させる事はできるそうですが、やはり運転手によって対応は様々だそうです。お客様のマナーとして腕に抱える、シートを引いて車を汚さない、しっかりと躾をするなどの対応をお願いいたします。運転手によっては乗せられない事もあるため、事前に連絡をして、ペットの同乗について話しておきましょう。
タクシーは自分の車ではなく、運転手や会社の車ですので、気をつけて扱いしてください。
「しかし、この渋滞。すり抜けなどできんぞ。どうすると言うのだ?」
乗り込んでから尋ねるダーリヤ。あれだけの事に対する手段を求め、
「病院はどこだ」
ワープで移動……って思ったが、ここロシアだもんな。病院名が分かっても、俺がロシア語を読めないから検索ができねぇし、地図を出してこの男に目的地の操作をさせるか?この男やこの変な奴を目の前に、堂々とやって良いのか?いや、しなきゃダメだ!
ただ、ワープはできない!日本の病院にワープするのもダメ。
ギリギリのところで、人を助ける事と会社の秘密を護る葛藤。
「病院か、ここから15キロと言ったところか」
「そうか」
その気持ちは自分が美癒ぴーをここに連れてきた事も含め、自分のミス。今、少し。アッシ社長の気持ちを汲み取れた。
残酷ながら、その直感は正しい。俺は人であるが、人を見捨てるべきあったと。自国民だろうが、友達だろうが……するべきなのだ。今でなく、未来なら。
自らの仕事と会社の秘密、人が持つ善の働き。隣に座る、まだ吐き出していない悪意。
「どうした?」
ただ、それはお互いに知らなかったからだ。
「とりあえず、これから起こる事は内密な」
「ほぉ」
日野っちは直感と2人との遭遇経緯を振り返ればすぐに、この2人もアッシ社長と似た同類。それは正しい。勢いで人を助けること、それは悪も……
「道案内だけしてくれ、全力で飛ばす」
日野っちは”幽霊車”を起動させ、この渋滞から一気に抜けようとしていた。
「!!」
「!きゃ」
初めて体感しながら、自分の体とその空間に違和感を察する。アクセルを踏み込み、目の前の車にぶつかるという、一般的な反射すらダーリヤも勇浪も抱かなかった。
わずかであるが、その反応をしっかりと一発目で把握した日野っちもまたやる。
次々と車を突き抜けていき、先がまったく見えない道路を飛ばしていく。
「なるほど」
ダーリヤは薄く笑った。それは日野っちの胆力が正しい事を褒めていた。少々であるが、
「まだ病院に連絡を入れていないんだ」
「なんだと!?」
「電話に出てくれれば良いが、病院だと切っている可能性もある」
しかし、その偶然。サイコロのある面を出すという難題よりも、大きい確率で何度でもできよう。
ピィッ
「リガー・ロペスか」
『ダーリヤか。なんの用だ?貴殿が電話を掛けてくるとは驚いた』
「これから怪我人、14名をお前のところに連れて行く。治療費や通院費、手数料などはロシア政府が請け負う」
その電話の会話を日野っちが冷静を装って聞いたこと。
直感と、事前の予測が成立し、合致したことが成せた。今、隣に座る傑物は自分とはまったく違う存在。威圧感をより感じる。
「運が良い。しかし、それは行動があって初めて現れる事だと思わないか?」
「?どーいう意味だ?」
「君がいて、この車があり、私がいて、医者にも通じる。それらは偶然なのかもしれないが、必然。我々が行動したから出会えたこと」
なんかこいつも変な奴なんだな。
「そこの角を右に曲がれ。この速度なら5分で着けるだろう」
「そうか」
渋滞の中を楽々と突き進む。あと5分と言われ、そのアクセルをより強く踏んでいた。勇薙に気付かれることはなかったが、ダーリヤは日野っちの運転から見える心理状態が的確に見えていた。
患者を連れて行きたいという気持ちではなく、この任務を早く終わらせたいという運転。スピードの出し過ぎと、曲がり方の荒さで把握。
「救った以上、一緒に行こうか」
「!」
噂は聞いていた。ダーリヤは初めてソレに乗っており、直感でコレだと理解した。
「君の車をこのロシアに提供してくれないか?」
守るや救うが善であるのは事実だ。だが、善を利用する善もあるというのを忘れてはならない。人が人に向かい合えば、他人だから。




