日常に適した能力を開発したきっかけは大抵下心である
そこはホテルのような空間にして、より優れた空間。こんなタクシーがあっていいのか、車の後部座席がこんな空間になっていて良いのか?
『お客様の健康状態のチェックを行ないます』
"生活第一"
後部座席ドアの中に内臓されているカメラが捉えた人物の健康状態を把握する。
主に生活面での病状をチェックする。疲労、寝不足、血圧、筋肉の状態、歯の健康状態、ストレス、胃もたれ、腸の状態などを、乗車して3分ほどでチェックしてしまう。
ビーーーーッ
「け、健康結果が出ましたね(って、ロシア語に翻訳されてる)」
タクシーの領収書を発行するところから出てくる健康結果。
これを美癒ぴーがサインをして、お客様に手渡す。あくまでこれは診断した人、という機械とは違う責任者としてのサインだ。機械に責任やら謝罪なんて事はできない。
ここでの検査は簡易的なモノであるため、会社に提出する健康診断としては適応されない。
「あーっ、やっぱり」
赤文字が多かったから異常値ばかりなんだろう。
『"睡眠時間"を起動します。お客様の快適な睡眠をお約束します』
ちなみに今、お客様に提供しているサービスは"健康快適通勤プラン"と呼ばれるサービスである。フルスロットルでお客様の癒しと健康管理、気持ち向上を促していく。
「かーっ……かーっ……」
魔法は一度に一つしか使えない。"生活第一"やら"睡眠時間"やらを使っていると、外国の道路に適応できる"セーフティモード"が使えない。美癒ぴーの力で運転せざるおえない。そんな時に先行して走っているのが、日野っちだった。
「俺も接待した事ある人だから、目的地まで分かる」
知らない道路とはいえ、案内してくれる人がいれば大分気持ちも落ち着く。美癒ぴーは日野っちの後ろをついていくだけで良かった。
「日野っちが来てくれて良かった~」
その事を運転しながら、本心を声にする美癒ぴーであった。
◇ ◇
アフリカ大陸、マダガスカル。
まだ人類が踏み入れていない秘境に、生息していた一つの危険な生命体がいた。
獣類の習性を持つが、その形とその遺伝子は確実に人間から受け継いだ者であった。
彼という発見をした者が別の誰かに伝えることは永らくなかった。行方不明者として消えていったからだ。それは年々から月々、週ごとにと、マダガスカルの住民やそこへの観光客や冒険者を含め、1000人以上の行方不明者を生み出していた怪物。
行方不明として、数字に変わっていったのは、
ジョロロロロロ
「きゅきゃきゃ~~」
彼に喰われ、排泄されていたからだ。
その大喰らい、その異常習性。秘境の奥地で生き抜いた野生の力は絶大であり、マダガスカルの軍隊を7度相手にし、いずれも返り討ち。その問題はさらに広がり、アフリカの国々が協力して派遣した特殊部隊が出向くことに。
彼が住んでいた秘境の全てを焼き払う戦果を得るものの、彼は死なず。怒りに満ちて、特殊部隊の全員を食い殺した。それでも怒りは収まらず、本格的に人類に対して牙を向けるのであった。
科学技術や常識などを一切持たない、自然な野生の暴力のみで敵を屠る。
アフリカ全土を震撼させるほどの野生生物。その生物の捕獲に名乗りを挙げた大国が一つ、
「面白い、我々ロシアがその男を捕獲しよう」
人類の進歩にいる生物か。
この凶悪な生物を捕獲した国はロシアであり、それを成した人間はたった一人の男。怪物にはさらなる怪物が出向く。自然界の生き方と同じように現れたその男。
ダーリヤ・レジリフト=アッガイマン。
"魔天"と呼ばれる、ロシア最強の"超人"にして、世界からも危険視される人物。
「名前がないと困るな」
「きゃきゃきゃ~」
「勇薙という名をやろう」
どんな勇気をも薙ぐ。誰よりも勇敢であると、そう名付けられた生物。
アフリカからロシアに入国し、まだ日も浅かった。
そんな勇薙とダーリヤが偶然とはいえ、ある種の必然的な出会いをするのだった。
◇ ◇
ガラララララ
運転席と後部座席が完全に仕切りが生まれた。後部座席の方から聞こえてくるのは水の音。ただ流れているのではなく、シャワーという音。
「いやー、リラックスできるな」
運転している後ろで寝ているというのはあるけれど、男性がシャワーを浴びているというのはすっごく気にする美癒ぴー。っていうか、なんでシャワーまで搭載されている?
"SWEET BATH"
その場に簡易的な浴室を作り出す能力。
ここではタクシーの後部座席だけが浴室となる。シャワーはもちろん、お風呂まで付いていて、石鹸、歯ブラシ、シャンプー、リンス、タオル、剃刀、バスタオル、鏡などなど。ちゃんとした浴室として機能を果たす空間となっている。
「朝のシャワーは最高だねぇ」
ちなみにであるが、
「君、一緒にどうだい?途中で停まって構わないからさ!」
「さすがに遠慮いたします!ごゆっくりどうぞ!」
浴室にある棚の中には、ローションとコンドームがあり、3人分が入れるほどの空間である。いけない情事が目的で能力者はこれを作っているのであった。
「止めてくださいよ、ホント」
さらに豆知識として、男女のカップル時を接待した際、この"SWEET BATH"のご利用は結構多い。移動しながらお風呂でのプレイだなんて、貴重であるからだ。
「まったく!生活に便利とはいえ、作られた過程が最悪ですよ!」
能力及び、特技の習得、趣味への変化には人間の好奇心から始まるものである。こればかりは文句を言ってもしょうがない。人間の本質であり、エロに対する行動は誰しもあるからだ。
快眠を終えた後に、身体から出た疲労がついた汗をシャワーでスッキリと流す。これだけの事を通勤中にやってくれるのは非常にありがたい上に、まだまだサービスは続くのである。
シャワーを浴びれば、みんな裸だ。いくらバスタオルで水を拭っても同じこと。または、突然の雷雨に見舞われて着ている服がビチャビチャになり、風邪を引かないようにと気持ちの込められた衣類の貸し出しサービスまで付く。
"身嗜み貸付ます”
対象者に、目的にあった衣類を貸し出し、着させるという能力。今回は会社への通勤であるため、高級なスーツを自然な形にフィットするようにお客様に着させた。ちなみに自動で着せられる。
新社会人や就職活動に励む人達をサポートする能力でもある。
結婚式やお葬式などといった行事の際、タクシーをご利用するお客様は少なくない。その時、礼服などに問題が生じた場合にも対応することもできる。着方を知らずとも、キッチリと着せてもらえる。ネクタイの締め方だって完璧だ。朝の面倒な着替えもこれで一瞬。
服の貸し出しは最大で24時間。一度、服が生成されれば常に具現化されるため、『VALENZ TAXI』のルールから除外される。そうでないとまったく使えない。降りた瞬間、裸になってしまう。
「ねぇねぇ」
「なんです?」
余談としてだが
「メイド服を着てくれないか?アッシ社長はメイド服もあると教えてくれたんだ」
「大変申し訳ございませんが、着ません!」
メイド服から水着、消防士の着る防火服などの様々な衣服を選ぶことができる。
これで色々なコスプレができ、視聴者を多く楽しませてくれるのである。
「能力を開発してる変態ばかりなんですね」
様々な能力に日常への利便性を感じると同時に、なんとも言えなーい感じ。美癒ぴーが一般人だからこそ感じる、魔法への憧れと残酷さというか。
「失望ですよ」
両方、男が開発していたらホントにしょうもない。
前を走る日野っちもそんな男なのかなって、ちょっと思い始める美癒ぴー。
「では、そろそろ朝食を頂こうかな。あと10分ぐらいだろう」
「分かりました。少々お待ちください」
ロシアの道路はよく渋滞する。日本でも渋滞はよくある事だと思うが、外国の渋滞はそれを上回る。交通網の在り方と特有の道路事情もある。渋滞に巻き込まれ、車内で4時間。小説を読んだり、映画を鑑賞しながらコーヒーも頂くそうだ。ついでに朝食も頂くなんてことがあったりするわけだ。
美癒ぴーも、日野っちも。今、もの凄い渋滞に巻き込まれていて動けていない。正直、うんざりしそうであった。
「なかなか進みませんけど、これ10分で行けるんですか?」
「”幽霊車”を使ってくれよ。それがあるから、タクシーを使おうと思っているんだよ」
確かにこんな渋滞に巻き込まれたら、"幽霊車"の価値が爆上げだろう。
「お金は払う。それだけの朝がこのタクシーには詰まっている」
そして、お客様の最後のお楽しみ。朝食タイムだ。
助手席側の席にテーブルをセットすると現れる食膳。
”故郷味”
対象者がその時、食べたい物を次々に出していく能力。対象者の空腹が収まった時にだけ現れる能力であり、満腹になると残っている料理は消えてしまう。味の再現度は微妙なのも欠点。空腹であると美味しく感じられるのが人間の舌というものだ。
「凄くまともな能力が最後に来て良かった」
お客様の食べたい料理はきっとロシア料理だろう。美癒ぴーの日本料理はそれなりに精通しているが、外国の料理を学ぶ良い機会と思っていたら
「サイコーだね。日本のSUSHIは」
「日本食を選ぶんですか!?」
「当たり前じゃないか。どうして、自分の国で食べられる料理物を欲する?(ロシアにも寿司屋あるけどさ)」
「それは確かにそうですね」
なんだか私、運転手じゃなくてツッコミ役しかしていないような……。
「外国の寿司屋は、日本の寿司屋じゃない」
「それは日本のラーメンが中国料理じゃないのと似た感じですよね。あくまでルーツという」
「その通り。どちらも悪くはないが、一緒になって比べるのは良くない事だね。それぞれに美味しさに、良さがある」
そうやってお寿司も頂いて大満足のお客様。あとの仕事は会社へ送り届けるだけ。少々食休みをしてから、発進するよう指示された。
ヒューーーーーーッ
「まったく、こんな渋滞。日本だったら暴動もん、クレームもんだぜ」
美癒ぴーを誘導する日野っち。彼もまた、朝食がてら、”故郷味”でクレープを御所網。まったく動きそうもないため、後部座席にわざわざ移動して生成してもらってから、運転席へと戻った。
ヒューーーーーーーッ
狙い済まされたわけでなく、ただただ偶然。空から見た巨大な蟻のようになっていた車達の光景に、おもむろに上空からなんの装備もなく、飛び込んできた奴がいた。彼は好奇心と興味の区別がなく、それどころか、喜怒哀楽のような4つの感情も自分自身で理解できない。どの言葉もまた理解する知能が欠けている。仕方ない、孤独にジャングルで生き抜いてきた彼に、分かり合えるというやり方を知ったのはつい最近のことだから。
「きゃーーーきゃきゃきゃきゃ」
この大渋滞が起きた道路に落ちてきた存在こそ、勇薙という生命体。
ドガアアァァァッッ
落ちた地点から4台の車を巻き込むほどの衝撃で落下し、道路に巨大な穴を作った。大迷惑の根源として、彼はロシアの地に降臨したのであった……。




