人間は周りに合わせようとする習性がある
カランカラン
「いらっしゃいませ、おや。来ていただきましたか」
来たというか、呼ばれた。
「暇じゃないんですが」
「いやいや、危ないことばかりをしてらっしゃるので、少々の忠告ですよ」
アッシ社長は例の喫茶店に呼び出しを喰らった。ここの店長であるアシズムもまた、アッシ社長と同じ人間じゃない傑物。
実際、会社の結界などの能力を貸しているのはアシズムであった。
「アイスコーヒー、いいですか?」
「ええ」
今、喫茶店は”都合よく”4人しかいない。
カウンターの席でアッシ社長と店主のアシズム。ボックス席の所に2人の男。
「……………」
野球帽を被った左目が黒髪で覆われた男性。
「広嶋、……殺気立つな」
ボサボサ、天然パーマの男性。
2人共、見た目だけなら一般男性みたいな雰囲気。しかし、彼等が化け物。
その2人を横目にするアッシ社長に、素早くアイスコーヒーを提供するアシズム。
「あなたが隔たりなく仕事や趣味に興じるのは立派な事ですよ」
「私もあなたと似てますから」
アイスコーヒーを飲みながら、警告の詳細を伺う。
「で?なにか?」
「あまり活動範囲を広げられるのは困るという事。私が君を拾った責任もあるが、広がり過ぎれば私達にも迷惑がいくからね」
アッシ社長とアシズム達にも、多少の価値観の違いがある。
軽い違いとなれば、
「根源として。私は仕事、あなたは趣味。それだけの差でしょう」
「……まぁ、私は確かに道楽かな?」
だから、客を選ばない。だから、場を選ばない。
そんな時だ。
「藤砂。構えろ」
「ああ、……来るな」
店の上から来る殺意。異常事態を気付けた広嶋と藤砂の2人は、立ち上がった。それに気付き、アシズムもアッシ社長もやや動いた。天井という死角もあって、誰も正確な外敵への攻撃はできないだろう。
アッシ社長が踏み入れている危険領域を、明確に現す凶暴性。
ミサイルといった科学的な代物も可能でありながら、それではここにいないであろう人々にも影響あっての配慮。とりあえず、この喫茶店を壊して中にいる人間を抹殺すりゃいいんだから、店よりもデカイ物で押し潰せばだいたい済むだろうという、考え。
「行くぜぇ」
「うん」
2つの命が上空から降りてきた。1人の男は店よりもデカイ。岩?いや、コンクリートの塊?違う!無人と化しているが、中規模ほどのマンションを掴んでおり、喫茶店に向けて投げ落としたのであった。建物と建物の衝突は轟音と粉塵、残骸を多く生み、中にいる人々を押し潰した事だろう。
無論、人であるなら……!
「着地~」
「油断すんな。生きてるぜ」
やってきたのはラブ・スプリングと、もう1人の男。獅子の刺青を手の甲を入れているヤクザ者な男。マンションで押し潰した喫茶店の上に立つ2人は、下にいる気配を感じ取っていた。
3つ、いや、4つ。ただならぬ気配を悟り、その中の2つが獰猛にラブ・スプリング達に襲い掛かった。瓦礫を蹴散らし、奮迅のまま襲い掛かった。
「!、……」
「お」
見知った顔を互いに見ても、10数秒のやり取りは互いが本当かどうか。
「光一さん、……」
「よぉ」
マンションを担ぎ上げる脅威の身体能力。それにパワー負けしないどころか、上回るほどの力を持ってして、藤砂は光一という男に迫った。
ただ真っ直ぐに来る突き。余計なフェイントを加えず、ストレートに来るのはその差が明確であることを伝えていた。
パシィッ
互いに本物であることを理解できる、刹那の攻防。
光一は藤砂の拳を左手で掴み、顔にまで来る勢いを食い止めた。お互いの力量が常人離れしながら、誰にでもできそうなことになっているのは、あらゆるシンプルな攻撃が必殺であるのが正しいだろう。マンションを持ち上げていた豪腕からの、握力。握り潰すという一撃を喰らうも、藤砂の身体がわずかに宙に浮く程度。
互いにシカメ面を作り、藤砂から仕掛けるハイキックが繰り出される。それを予知に近い、戦闘で培った勘が読み切り、身体を引いて避ける光一。蹴りが空を切っても、身体の使い方が上手い藤砂はそこから、二度の攻撃機会を作り出せるほど俊敏だった。地道にだが、避けきれず、防御のし辛いところから狙っていく。
自分の体を持ち上げている光一の左腕を狙い打ち。
「おごっ!テメェ」
光一の肘がやや曲がる。お互い様の基点だから、光一も同じく。藤砂を掲げてからの
「離せコラァッ!!」
藤砂を掴んだ左で、足元となっている瓦礫をぶん殴り、藤砂に直接ダメージを与える作戦。光一の一撃は凄まじく、中規模のクレーターが生み出されるほどのものであり、周囲を本当に揺らすほどの重たい一撃であるのが理解できよう。
「俺は年上だぞ!」
「あんたを待ってる人、……多いぞ」
互いに兵器を持たずにして、兵器となる”超人”の中の”超人”同士。
「光一、暴れ過ぎ」
そう言いながら、
「ま、君だから同行を願ったよ」
ラブ・スプリングもまた、敵と戦っている。しかし、その光景は藤砂VS光一とはまた異質。そもそも、ラブ・スプリングはロボットであり、人間という概念に納まらない。
だが、ロボットだからといって
「僕もピンチかな?」
身体を分解されていながら、平然と喋っている。明らかにラブ・スプリングの意思ではない。
まずは首、背、腹、腕、足、肘、膝。そうやって崩壊しながら、目、鼻、耳、髪、皮膚、神経回路などなど、細かくバラバラにされていく。
「今度は始末して良いよな?」
広嶋健吾の能力。”超人”というより、”超能力”や”魔術”といった類いの力。
対象を分解する力と解釈して良いだろう。
「始末は僕がするんだけど」
「!」
ラブ・スプリングが細切れにされても、行動に不安を抱かず、迷いも抱かないのは人間でないからだ。まだ、分解されていない内蔵されたレーザー銃で、広嶋の身体を射抜き、自分と同じように彼の腹を真っ二つにしてみせた。
「……で?」
「あれれ?」
広嶋の身体はラブ・スプリングの予想以上に霧散。しかし、次の瞬間にはラブ・スプリングの目玉を踏み潰しているという、奇怪な動きを見せ付けた。撃ち抜かれたはずの傷も何事もなく、再生。あるいは修復されていた。
「効かないの?凄いなぁ、魔術って奴かな?」
身体を細切れにされているのに相手を褒めているのか、相手にしてないのかな。お互いに底知れない実力同士の決闘。
両方の戦闘はこれでも10秒を過ぎるか、過ぎないか程度のもの。
互いに余力を残しつつ、
「なぜ来た!ラブ・スプリング!!」
「広嶋くん、藤砂くん。手を止めてください」
戦闘を止める声が発せられた。
「アシズム。あと少し待ってろ。このロボットをスクラップしてやる」
広嶋だけは戦闘体勢を解こうとしなかったが、光一との戦いから抜け出し、あろうことか広嶋に向かって拳を振るう藤砂がいた。
「あ?」
「止めろ、……アシズムが止めろと言っただろ?」
無論、広嶋に当たる直前で拳は止まった。しかし、それでも止まらない。
「藤砂。テメェから殺すぞ?」
「俺にしろ光一さんにしろ、……そしてそこの、ラブ・スプリングもそう簡単に死なないぞ。時間の無駄だ」
「それで退けと?」
「ああ、……見てみろ」
「知ってるけど」
わずか数秒でラブ・スプリングの身体の全てを分解した広嶋もそうだが、それと同じ速度で蘇ってくる修復能力。もう全部の身体が元通りとなっている。
「鏡ないかな?」
舐めているのか、そう疑うほどラブ・スプリングの言動は人とは相反しており、いつの間にか全身鏡を目の前に造り出し、自分がちゃんとした形で戻ったのかを点検し始めるという余裕。広嶋がキレるのもなんか分かる。
「止せ、……お前が負けるとは言ってねぇ」
「なんだと?」
「お前が傷付いて悲しむ奴がいる、……それを決めるのはお前じゃねぇ。理解しろ」
まだ戦うには早い。
「ねぇねぇ、光一。ちゃんと戻ってる?」
「ああ。ちゃんと元に戻ってるぞ」
それはお互い様。
◇ ◇
広嶋と藤砂も席を外し、ラブ・スプリングと山寺光一もここから離れた。
瓦礫のところにシートを置いて、そこに並んで座るアッシ社長とアシズム。
「すみませんね。おそらく、私は特殊なレーダーかなんかで位置を知られていたようです。二人の目的はちょっと読めませんが」
「まぁ気にする事はない。君は言うだろう、いずれ人が辿り着くことだと」
アイスコーヒーを片手に静かな会話。不便なこの社会に対するアッシ社長の気持ち。
「人は人ですよね。私は、あらゆる”実用化”をし、世界を壊してしまった」
「善悪を省みず、人のために尽くした末路」
タクシー会社と喫茶店。お互い、魔法なり科学なり、ご利用の仕方は様々である。
「あなたの能力は稀有ですよ。欲しがる人がいる」
「先ほどの方ですか」
アシズムに、ラブ・スプリングとは違った余裕があるのはやはり抱える仲間の存在であろう。この点においてはアッシ社長とは別である。
「私はね。平和な人間です。危険な人とは関わらない主義です。また、そうならないように助言したり、手助けするのも趣味です」
基本は良い人。自分の、
「だから、自分の周りに迷惑が掛かるとしたら止めます。そのやり方は惨かろうと、です」
自分の周りに危害が及ぶとしたら、おそらく。アッシ社長の命も奪おう。アッシ社長の客を選ばず、誰にでも接する姿勢は素晴らしい。だが、それは悪であろうとする。優しすぎるのはお互い様。
「山口兵多には会いましたか?」
「ええ」
「彼の母親は広嶋君が殺しました。彼女の魔術、”転居”は様々な場所に移動する事ができる能力で、色々な方に目を付けられていました。私達には不都合という事で、契約を切るしかなかったです」
「私もそーいう目に合うと?色々なことをあなたから借りている身ですし」
「あくまで可能性です。危険な奴の中には、人を操作する奴もいるわけで、どんな自信があろうと悪用されることもあります。お分かりでしょう?」
警告から実行に切り替わる基準はアシズムが決める。世の中が自分のようだったら、皆喜ぶだろうに。しかし、人は誰かを出し抜こうとするのか、違うことを求めたいのか。穏便や平和が嫌いなのか。アッシ社長は分かっているようで、分からない。むしろ分かりたくない人の性を心に突き刺した。
「私達は、私達として、生き辛いですね」
「地球生まれでないんですから」
アイスコーヒーを飲み干して、空を見上げる。
今日も平和なんだけれど、平和なんて幻想。いつも人は人で、生きるため、楽しむために戦っているのだ。なんだか分からんね。
「ああ、そうそう」
「はい?」
アシズムは思い出した事。というか、こっちが本題な気がする。
「タクシー業に熱を入れるのは構いませんが、気をつけて欲しい人が2人ほどいます」
アッシ社長に写真を手を渡すアシズム。どこで撮ったかは内緒として、ラブ・スプリングと並んでアッシ社長の力を求めようとする人物を2人。
「中国にいる伊賀吉峰という男と」
命を奪うことも、利用することも、平然とする。それはアッシ社長が考えている仕事の理念と同じようにやるのだ。
「ロシアの、ダーリヤという男だ」
そーいう知らせがあまりにも遅すぎると、アッシ社長は思うのである。
多くの仕事は大抵、対策を立ててから望むのではなく、実際に起きてから対策を考えるのだから、非常に効率が悪い。
マニュアルに全て書いている(書いてねぇところ多いし)わけではないし、仕事とは様々。タクシーのような人間が関わる仕事ならなおさらであり、現場には現場の。中には中の仕事があり、仲良くはできない。




