日常系勝負事は大抵、頭がおかしい
「夏目。お前は勘違いしている」
山口兵多。配送会社に勤務。バイクを運転していたときはサングラスを着用していたが、基本は眼鏡をかけた天然パーマ。サングラスは眩しい時にだけ着用。
趣味はツーリングやゲーム。ちなみに、かなりのゲーマー。
「こいつ等は、夏目に会いに来たんじゃなく。俺に顧客情報を渡すために来たはずだ」
「うぐっ。でも、私だって!能力を提供している一人よ!」
「ただの1人だろ!大勢の協力が必要なんだから、俺に会いに来てるんだ!」
ちょっと喧嘩する感じ。夫婦の関係でも未だにそれは、友達の感覚であった。
「まったく!色々迷走し過ぎだ!おもてなしでどうして、着物が必要になる」
「うぐっ……しょうがないじゃない!私、地球生まれじゃないし!文化知らないし!」
「開き直りかい!ったく」
それでもちょっと微笑ましい。喧嘩するほど、仲が良いというのはこんな感じかな?
「あ~ゆう砕けた会話って良いですね~」
トーコ様みたいな緩い人には無理だと思う。言わないけど、そう思う日野っち。
「あの兵多さん。その辺で良いんじゃないですか?」
「!あ?……まぁ、良いか」
「なんか今!顔で判断した!?」
「良いだろ、なんだって。こっちとしてはとっとと済ませたいんだ。親父に頼まれただけだし」
夏目を立たせて、トーコ様の隣に座る兵多。
美癒ぴーの顔と日野っちの顔を両方眺めてからだった。意外な言葉が
「え?お前等、俺と同じ。一般人?」
「……そ、そうですよ」
「あんたもか?」
いや、違うでしょ!って顔をする後ろの夏目。とはいえ、兵多には能力という概念はなく、人間の可能性を持つ限りでの特技であるため、日野っちと美癒ぴーと同じであるのは事実である。
「親父の知り合いって言うから、夏目みたいな奴を想像してた」
「そうだったんですか」
こんなところで自分達と同じ、一般人と出会った日野っちと美癒ぴー。そんな彼は2人のちょっと先を行って結婚までしている。兵多は溜め息をついた。
「まったく、面倒だよな。そりゃ確かに出会いたくないだろうけど、わざわざ関係のない人間同士で交渉事を済ませるのは面倒だ」
「魔法とか能力とかの話か」
「だってよ、お前等でやれよって言いたくなるだろ?」
「兵多さんもそーいうお仕事を?」
「当たり前だよ」
察しの悪いというか。そこは兵多の方が経験年数が違っているだろう。体験してきた事も2人よりも濃いものである。
「俺は配送会社に勤めて。普段は在り来たりな末端配達員をやっているけど、依頼があれば速攻で届ける配達業務もしている」
「ど、どれくらい速攻?」
「30分以内に商品を届ける仕事だ。良い金だが、割りに合ってないほど危険だ」
それはそちらもホントに大変ですねって、頷いてしまう。仕事については分からないけど、30分以内でやる配達って一体。客層もちょっと気になる。
そして、
「お宅の社長さんが、見つけ切れなかった不明者への配達も行なうのが、俺達の仕事でもある。名前と特徴、前にいた住所などの記録をくれ」
現状では配達不能とされる物を、配達させることもまた兵多の仕事である。これがかなり厄介であり、調査するだけでも異常な労力を擁し、発見したらしたでそれを届けにいくという超エグイ労働。配達が完了するまで金も発生しないから性質が悪い。
いくら便利な事ができるといって、その労力を支払うのは末端の人間がほとんど。社長や部長なんて、その仕事を知らない事の方が多い。逆もしかり。世の中ってそんなもの。
「兵多さんが一件ずつ調べるんですか?」
「んなアホな。夏目みたいな能力者で、人探しが得意な奴に頼むに決まってるだろ」
「そ、そうですね」
「ってことは、あんたは特に何かできるわけじゃないんだ。俺達はタクシーがあればできるけど」
「一般人って言っただろ」
書類を受け取り、簡易的に確認する兵多。
誤記入や未記入がないかをチェックしてから、大きい封書に入れる。以上の仕事が終われば、
「ほい。点検終わり。わざわざご苦労でしたね。じゃ、俺はこれを会社に届けに行くから。終わったら、入金通知を会社に送るんで振り込みを忘れずに」
「あ、もう終わりなんです?お茶も入れてますけど」
「タクシーを作らなきゃいけねぇのに、お茶を飲む暇があるんだな」
家に帰ってきても仕事モードな兵多らしい言葉。そうだったって、日野っちと美癒ぴーも気付かされる。とはいえ、
「あ!兵多さん」
「ん?」
「兵多さんも私達と同じようでしたら、どーゆう会社か見学しても良いですか?話でも良いんですけど」
単なる興味。美癒ぴーらしいと思うが、
「ダメに決まってるだろ。こうして、末端連中の会合で済ませた意味がない」
「どケチね。兵多」
「企業秘密はそっちも同じ。口や行動が軽いと、すぐに首がモノホンで飛ぶぞ。バイクでひとっ走りする」
兵多の対応は確かである。いきなりの、それも同業者の技術を共有するだけでも、利益やリスクを負うわけにもいかない。知らない技術を知るという行為。目には分かり辛いシステムの価値は億の値以上もある。
「興味はちょっとあるんだけどな」
タクシーと配送。どれも生活基盤となりうる物。そーいう企業の魔法世界。日野っちも多少気にはなる。どこに住んでいるか分からない人に届けられるとか、かなり重宝するシステムだ。自分のタクシーのカーナビみたいな感じの、能力を使う人がいるのかな。
「あ~そうだ~」
そんな時、トーコ様も気になってか。あるいは……
「兵多くんは大型バイクで会社に向かう~。なら、私達は~その後を追いかければ~、自然と兵多くんの会社に行けちゃうね~?」
至極まともだけど、またストーカー行為?
「いや、さすがにそこまでは」
「良くないですよ、トーコ様!兵多さんは拒否してますから!気にはなりますけど!」
「私も気になるし~。ど~ゆう仕事をしているか~、社会科見学気分で行きたいな~やっぱり~。私達の方が凄くて大変だけどさ~。うふふふふ~」
似たような業者同士で、社会科見学なんてできねぇなって思った。ライバル意識みたいな物が溢れ始める。釣られるように
「良いじゃない。それだったら」
「なんの冗談だ?夏目」
「だって、兵多に追いつける?たかがタクシーで!兵多は凄いんだから!魔法を使わなきゃ仕事ができないあなた達とは違うのよ!おほほほ」
「挑発もすんなよ、ったく」
夏目もトーコ様の意見に乗っかる形で日野っちと美癒ぴー、トーコ様に持ちかける。
「じゃあ、夏目は後ろに乗れよ」
「良いわよ!邪魔はしないから!」
兵多も巻き込まれるが道連れに夏目も巻き込んでやる。ただ書類を渡しに来た、もらいに来ただけであるが、魔法の配送業者の場所に見つけ出すかどうかに発展するとは。
「日野っち~運転手して~!アッシ社長のタクシーを馬鹿にしたよ、こいつ~。後ろひっついて~、ぎゃふんと言わせてよ~」
「俺が運転するのか?少しトーコ様が悪いでしょ」
「日野っちしかできませんよ!ウチの会社を馬鹿にするなんて許せない!そんなに言うから、会社見学をさせてください!」
「美癒ぴーまで乗りかかるな。しかも、俺かい!」
男2人は溜め息をついて、どっちにしろ。望まない敗北のある勝負をする羽目に……
「夏目に言われたらしてやる。勝つのは俺だし、キッチリ撒いてやる」
「こっちはタクシーだ。俺達の方がこーいう勝負には向いている」
日野っち VS 山口兵多
タクシー VS 大型バイクの、追跡バトルが勃発するのであった。
これ、日常物の話なんですけれど?
◇ ◇
「準備はオーケーだ」
「こっちもだ」
タクシーに日野っち、美癒ぴー、トーコ様。バイクに兵多と夏目。
お互いに準備を整えて勝負の場へ。
「確認するよ~」
今回のルール。
兵多と夏目が、会社まで逃げ切り、しっかりと日野っち達を撒けるかどうか。
日野っちが勝った場合、
兵多が勤める魔法の配送業者を見学する権利が与えられる。
兵多が勝った場合、
特に何もなし!
「おい!それじゃあ、そもそもつまんねぇだろ!お前等は負けても何も損がねぇじゃん!」
「だって~。さすがに書類を渡せないとかじゃダメですから~」
ゲーム内容はともかく、その勝敗の差が明らかな格差がある。これでは、兵多しか損がない。というわけで、緊張感を込めて兵多自ら、日野っち達に伝える条件。咄嗟にして際立って有能。助手席に座る美癒ぴーを指差し、
「おっし!じゃあそこの、美癒ぴーとか言ったか?」
「は、はい」
「俺が勝ったら、お前は俺達の家政婦をしろ!家事が上手だろ!?」
!?
それが全体に走るほどの、衝撃的で痛烈な条件。
「ええぇっ!?」
「ちょっ!そりゃねぇだろ!」
「負けなきゃ良いだけだろ?俺だって、負けるわけにはいかねぇよ。場所は企業秘密だからな」
いきなしのプレッシャー。日野っちも手汗が滲み出る。本人に至っては、顔が蒼白し始めていく。
「家政婦になってもらったら、まず裸エプロンで自宅待機だな。毎日俺に膝枕させて、お風呂も背中とか流してもらおうかな。こっちも流してやるから」
「あ、あのっ」
「テメェっ!」
ブイイイィィィッ
日野っち側が動揺し始めたその瞬間、兵多はいきなりスタートし始めた。
「あはははは!じゃあ、先に行っているぜ!!」
「楽しみねぇー」
バイクを発進させ、一気に日野っち達を置き去りにするべく、道路を走るのであった。
「うわああぁぁっ!日野っち!勝ってよーー!あいつ!超変態だよ!!」
「いきなり、んなプレッシャーを掛けてくるとは卑劣な野郎だ!」
日野っちも慌てる形で兵多のバイクを追いかける。単なる勝負が、美癒ぴーを懸ける事になった勝負になるとは誰も思っていなかった。




