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VALENZ TAXI  作者: 孤独
試験編
15/100

便利過ぎる世の中に人間は要らない話

「畦くん、クリームコーヒーゼリーだよ」

「……………」

「あの、頼んどいて、それはないんじゃない?」


お客様は"童話"の黙読に没頭中。

店主のアシズムも困り顔であった。



「日本に来れたということは、あちらの方が捜していた人ですか?」


畦と呼ばれている男を指さして、メテオ・ホールに尋ねたアッシ社長。


「ああ。我の姿などは分かってくれんがな」

「そうですか、いやいや。創造主に出会えたということは良かったですね」



メテオ・ホールはトーコ様の隣に座った。間にトーコ様がいることでこの奇妙な人達に囲まれずに済んだと、ちょっとホッとする美癒ぴーと日野っちではあった。


「そーゆうお前は運送業をしているらしいな。アシズムから聞いたぞ」

「まぁ、昔からしてることですからね。壊れたらまた、続ければ良いことじゃないですか」


不思議な人達との会話にも日常的な会話があるんだって、意外な事を思った美癒ぴー。まだメテオ・ホールがどんな人なのかは分からないが、アッシ社長と似た雰囲気なのは感じる。

そんな事とは裏腹に日野っちもまた、当たり前のような質問をメテオ・ホールにするのである。


「メテオ・ホールさんは普段、何をしてらっしゃるんです?」

「神をやっているが?」



………………


ごめん。今なんて言ったんだろうか?アッシ社長とトーコ様は平然としているが、日野っちも美癒ぴーも首をかしげながら、もう一度



「あの聞き間違いでした?神ですか……髪を切るとか」

「製紙工場の方なのかな?」


ヘアメイクとか工場関係の人だと思って、美癒ぴーも日野っちも訊いてみるが、本人はなんら間違った事など思っておらず


「神だと言っているぞ。お前等は耳が遠いのか、頭がオカシイのか?」


いや、それはあんただって!


そんなツッコミを黙ってしているだけで感謝している。アッシ社長は知り合いだけに丁寧に教える。


「メテオ・ホールさんは単なる守護霊ですよ」

「守護霊ってお前……」


その例えが一番近いため、メテオ・ホールも制裁は出さなかった。アッシ社長はカウンター席でコーヒーゼリーを食べている畦を指差した。


「メテオ・ホールさんは、そこにいる畦総一郎あぜそういちろうにとっての神様なんです。普段は畦の守護霊として、過ごしているんです」

「まぁそーいう事だ。金などそんなくだらん物では価値を決めれん者だぞ」


正しいことを言っているが、イマイチ、ピンッと来ない。つーか、まったく持ってありえんだろうって事。ガンモ助さんもこれには少し背を押すように……


「マジシャンなら、なにか手品でもあれば信じられるのだがな」

「マジシャンじゃねぇって言ってるだろう!我は神だと言っているだろうが!!」

「まぁまぁ。メテオ・ホールさん。落ち着きなさいって、アシズムさんとか色々な方々が見てますから」


正直、アッシ社長の方が凄いと周囲が思っているので、


「分かった。見せてやろう。所詮は一般人の戯言。神と人はまったく違うことをだな」

「もういいから早くやりなさい」


アッシ社長にも急かされて行動に出たメテオ・ホール。

人型の身体を、人にも分かるように変化させていく。体を徐々に割っていき、霧のように薄く、細かく崩れていく。



「うおっ!?」

「ええぇっ!?」

『これで分かるだろうが』


とても低い声を出しながら姿が消える。霧状に変わった存在が店内を覆い始める。


『対象物の"元素"を操作する能力!あらゆる攻撃を受け流し、様々な元素を組み合わせ生み出す攻撃は無限の種類を作り出す!さらには姿形も自由自在に……』


なんかこう。自慢をしているんだろうけど……


「便利感がない気がするぞ」

「自分のためにある力だな」

「日常物に戦う力って要らない気が……」

「出るところ完全に間違えてますよ」

「なんか~、霧状の姿はジメジメして~、気持ち悪いで~す」

『貴様等!証明しろと言っておきながら、その態度はなんだ!?この神の能力を侮辱するならば、ここで全員抹殺するぞ!!』


怒りながら霧状態から人型へと戻っていくメテオ・ホール。そんな彼に追い討ちをするように、ここの店のツインテールのウェイトレスがトレーを持ちながらこちらにやってきて。


「店内で暴れるのはお止めください!みんなの迷惑です!」

「む。なんだ娘!」


人型になったメテオ・ホール目掛けて放ったウェイトレスの突きは、放り投げたトレーが床に落ちる前に繰り出され、本来ならメテオ・ホールの体を通過するはずの拳は謎のパワーによって通過が阻止され、メテオ・ホールの体にクリーンヒットし、彼が店から飛び出すほどの威力であった。周囲の時が止まっていた間に行なわれたような出来事であり、


「おっと……ふぅ。トレーが床に落ちなかった。すみませんでした」

「あ……」

「ええっ……」


先ほどまで、神と言っていた存在が。普通じゃないんだろうが、店のウェイトレスにぶっ飛ばされるというオチに笑って良いのか、悲しんで良いのか困った顔をする一同であった。


「ミムラちゃん。店を破壊しないで」

「ごめんなさい!"つい"です」

「"つい"じゃ困るよ。ところで注文は決まりましたか?」



奇怪な出来事ばかりを体験した一同であったが、よくは分かった事だろう。もうここからは普通じゃない。



◇    ◇



「酷い目に合った」

「さっきまで神とか言っていた奴が、ウェイトレスにぶっ飛ばせる展開なんて初めて見た」


メテオ・ホールも同席しての昼食である。

こんな不可思議なところで話す理由がアッシ社長にあった。ともあれまずは、


「美癒ぴー。おめでとうございます。私はあなたに"卒業証明書"を授与します」


アッシ社長。この場でカバンから運転免許を取得するに当たって、必要な"卒業証明書"をその場で渡した。教習所などで、技能検定、学科教習の全てをクリアしてもらえるこれは、運転免許を発行する上で必要な書類の一つである。

この証明書と、公安委員会の学科試験に合格すれば、ようやく運転免許を取得できるのである。

とはいえ、美癒ぴーは学科教習なんて、教本を読んだ程度で済ませているので、ぶっちゃければ違法な発行とも言える。まぁ、ツッコミは野暮か。


「あ、ありがとうございます!」

「とはいえ、いい気にはならないでくださいね」


運転免許の発行前の講習などでは、よく試験官や講師が「お前等は将来交通事故を起こす、この中でゴールド免許になる奴は現れない、お前等とは2年後に免停の講習でまた会うだろう」みたいな事を言いながら発行する。ご丁寧に事故が起こった時の対処法及び、様々な交通事故をドラマ形式にしたDVDなども、免許証の発行が完了する前に視聴させるほど。(作者の時はそうでした)



「免許取得後に事故を起こす馬鹿ってかなりいますから。そんな馬鹿にはゼッタイにならないでくださいね。発行した身として、とても恥ずかしい事なのですから」

「は、はい」



完璧に事故を起こさない奴はいないため、褒めたりすれば慢心が生まれる。そう考えれば前向きなやり方だと思う。


「さて、運転免許のことはこのくらいで良いでしょう。ここからは私達の仕事についてです」


何故、こんな不可思議ばかりの喫茶店で"卒業証明書"を渡し、特別な話をするかと言えば当然。


「私共のタクシーの扱い方を美癒ぴーに教えます」

「つ、ついにですね。それ凄い楽しみにしてました」

「?アッシ社長。俺、会社で教わったけどな?」


ハンバーグを食べながら、なぜだか秘密主義にされて指導された日野っちは疑問に思ったが、アッシ社長はスルーする。


「私とトーコ様は地球とは違うところから来ています」

「そうなんだよ~。でも~、アッシ社長と私は別の世界で知り合ったんだよ~」

「人々によっては私達の存在を知る人もいるし、私達のような方もいる。ここに来ているほとんどの人はそうだと言っても過言ではありません。地球の人々はとても良い人達ではありますが、中には私達が自分の世界で見て来た人のような者もいる」


アッシ社長が危険だと感じているのは自分が持っている技術だ。それらが世界に悪用された事で、アッシ社長は自分の世界にいられなくなった。人類に早すぎる技術は人類を滅ぼすきっかけになる。

念を押すように



「知れば、あなたも私達と同じ側です。決して、タクシーを奪われてはいけませんよ?」

「は、はい!」

「あと、爆破もダメですからね?」

「俺に向かって言うなよ」


この世界で可能とされている事、まだ不可能とされている事。

アッシ社長が持っている技術は未だにこの人類が到達していない境地である。その重さを改めて知る美癒ぴー。もしかすると、学生生活とか社会人としての生活ができないのかもと不安に感じる。テレポートの仕組みなんて、電車が動いているのと同じように細かい事なんて良く知らない。だから、強引ながらタクシーを奪おうとする人もいるのは理解できること。


「!」

「お会計ですね。1080円です」

「1100円」


空気を読んでいるのか、読んでいないのか。畦が昼食を終えて会計を済ませていた。


「おっと、我はこれにて失礼する」

「どうぞ」

「久々だというのに冷たいな」


畦の守護をしているメテオ・ホールは食事を残したまま、畦の後を追った。

っていうか、あの2人はなんなのだろうか?みたいな気分な5人であった。何事も無く話を続け、アッシ社長は自分の能力を日野っちと美癒ぴーに初めて披露した。

取り出したのはなんの変哲もないCD。そのCDにアッシ社長が触れると、


「うおっ、写真が大量にCDから出ている!」

「ええっ!?なんですか、その手品!?」


CD内に入っている画像データが写真となって印字され、噴水のようにテーブルの上に落ちていくのであった。

しかし、それだけが能力ではない。

アッシ社長が持っている一つの能力。本命は



「私の魔法はメテオ・ホールさんとは違います。戦うためにではなく、人々のためを想って生み出した。そう自負しています。これは記憶媒体の情報を現像化する能力です」



能力名は"実用化"

対象者が扱える魔法(あるいは特技)を、自分や別の対象者にも使用できるようにする能力。

能力を"実用化"するにはいくつかの条件を満たさなければ発動しない。


1.対象者の能力をアッシ社長が確認し、対象者もアッシ社長の能力を確認する。


2.対象者と取引を行い、成立させる。この際にお互いに決めた条件を持つ取引をしなければならない。実用化する能力が複雑だったりするほど、達成する条件が厳しくなる。


3.1と2の条件が満たされたら、対象者の能力を持つ存在をアッシ社長の魔法で具象化する。具象化している時間、アッシ社長はそれ以外の行動がまったくとれず、同時にアッシ社長と対象者は取引で決められた条件を順守しなければならない。この際にどちらかが条件を満たせていない場合、実用化は失敗する。



条件は非常に厳しく、対象者の絶対の協力がなければできない物である。

しかしながら、成功すればとてつもないリターンとなる。なにせ、アッシ社長や対象者以外にも使えるという利便性。


「とはいえ、成功したとしても、欠点はありますけど」



"実用化"によるいくつかの欠点。


1.能力を"実用化"するだけであって、能力の出力は使用する存在の力に左右される。そのため、"実用化"された能力がまったく役に立たない場合もある。


2.本来、能力を作った対象者が死亡した場合、"実用化"された物も消滅する。


3.能力のリスクも"実用化"してしまう。


4."実用化"した物を複数生産するには、アッシ社長と対象者が承諾しなければ新たに作り出す事ができない。


5."実用化"された物が1ヶ月間未使用である場合、消滅する。



「魔法は便利なんですが、扱い方を間違ったり、悪用すれば危険な物です。日本のライフラインと差はないです」


しんみりとした表情が時折出すのを、ガンモ助さんだけが分かってはいた。

ガンモ助さんにはこーいった話は一度されていて。


「人次第だからちゃんと考えてくれって事だろ」

「ええ、そうです。すみませんね」



お互いのルールを守るように次の話を急かされ、急ぎ足になって



「私達が普通じゃないように、お客様も大抵普通じゃありません。メテオ・ホールさんみたいな不思議な人を乗せたり、危ない人も乗せたりします」

「ど、どのくらいです?」

「最近ですと、アメリカの国防長官を乗せてますね。運転手はガンモ助さんでしたけど」

「そ、そんなレベルなんですか!?ボディガードとかいるレベルじゃないですか!?」

「俺も経験あるぞ。アメリカともなんらかのパイプがあるらしいんだぞ、アッシ社長」

「日野っちも乗せた事があるんですか!?」


メチャクチャ怖くなるほど、VIPな人々を乗せるタクシーであると今更言われても……。ただ、安全に運転して目的地まで運ぶだけかと思っていたけど。


「それだけ魔法が凄いんです。ワープなどの魔法がこの社会で完全に普及すれば、生活は便利を得ても人の暮らしができない。それでも、これだけの魔法を知りたい者もいます」


例えるなら、パンドラの箱だ。

今、簡単にアイドルを夢見て、急に叶って一曲歌えと言われるくらいの緊張感と無茶振り具合だ。美癒ぴーの手汗も分かる。



「ですから、美癒ぴー。必ずしも知る事とは勇気ではないのです」

「は、はい……」

「知らない事でいるのなら、この”卒業証明書”を持って免許を取得して。たまに遊びに来てくれるだけでもう結構ですよ」


その言い方にようやくピンっと来た、日野っちとトーコ様。

わざわざ自分の魔法の説明をした理由にも


「美癒ぴーをもう解雇するってのか!?」

「アッシ社長~、私~初めて聞きますよ~!」


怒り方はまだ堪えられてのもの。こんな喫茶店で暴れるのなら、先ほどのウェイトレスやら店主やら、その周りに客としている自分以上の危険人物達が制止してくれると踏んで、この場所を選んでいた。


「それを判断するのは社長である私と、ご本人である美癒ぴーです」

「その通りだな。トーコ様も、日野っちも落ち着け」


大人染みて、友達という関係から外れたところからの意見を出すアッシ社長とガンモ助さん。

選択を迫られている美癒ぴーは。


「私」


それは意外にも早く。


「それでも、やりますよ」


あっさりとしたモノであった。



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