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VALENZ TAXI  作者: 孤独
入社編
11/100

タクシーは女性一人で使うな

キキキィッ



日野っちは目的地に着いた。しかし、そこは美癒ぴーの家ではない。


「あー……」


まぁ、大丈夫だろう。

そう思いながらエンジンを切って、後部座席でぐっすりと眠っている美癒ぴーに声を掛ける。



「おーい」

「むにゃ……」


トーコ様みたく、よだれをたらして寝顔を晒している美癒ぴーはかなり可愛いくて、触れてしまいそうになった。"睡眠時間"は切っているから、揺すらなくても起きるはずだと、自分なりの普通かつ臆病さが出した答えを身体にやらせた。


「おーい、美癒ぴー」

「…んん、あ。日野っち……着いたの?」


気持ちよく寝ていた美癒ぴーは体を伸ばしてから、上体を起こした。あっという間の事であり、カバンを持って外へ出る。



「んんーっ、ありが……」



感謝の言葉を、この眩い太陽の光の中で言おうとしたが、明らかにおかしい場所に辿り着いていた。つーか、知らない場所。


「いや、ここは俺が住んでいるアパートの前だ」

「え?」


口がポカンと開いてから、横にいる日野っちをぎこちなく首を回して見た。


「え?」


二度の確認。もしかして、トーコ様と代わって欲しかった理由ってこれ?何?なぜ?

理由を話さず、


「ちょっと待ってろ」

「ええっ!?」


そう言われても、1人っきりで待つのもなんか。どうすりゃいいんだと、日野っちの後ろについていく。階段を昇り、部屋の前まで来てしまう。それに抵抗はあんまりなく、自己責任にしろと言いたげな表情で鍵を開けて、ドアを開ける。


「さすがにここで待て」

「うわぁっ、汚いね」


グサリと刺す一言を、平然と本人の前で言うな。


「1人暮らしすりゃ分かるさ。面倒なんだよ」

「2LDKかー」


男の人の家に入るのって、高校生以来かな?でも、1人暮らしの人のお家は初めてだよ。


「あーっ、入るのかよ」

「いいじゃないですか」


乱雑に脱いである靴を並べてから、美癒ぴーも家の中へと入る。こういったキッチリした事、一度もやった事がない日野っちは、前の言葉も相まって自分の怠慢が恥ずかしく感じた。美癒ぴーがそうであるように、日野っちも女性をこの家に招いたのは初めてのことであった。


「ゴミはちゃんと捨てた方が良いですよ」

「お嬢様なんだな」

「違います!私だって、もう大人です!家事の全般は自ら率先して学んでいます!」


ゴミばかり乗っかったテーブルを見て、落ちていたコンビニ袋の中にそのゴミを詰めたり、買っておいて使っていないぞうきんを見つけ、濡らして床を拭いたりと



「女性を招いておいて、この散らかしは酷いですよ」

「俺は確か、待っていろって言っただろ」


美癒ぴーが片づけをしている間、日野っちは全然開けていない収納ケースをいくつか出していた。乱雑に詰め込んでいるから目当ての物が見つけられない。


「あ、えっちな本見っけ」

「!男は持ってるもんだからな!あーっ、勝手に紐で縛るな!捨てるなよ!」


目当ての物を探している間に、次々と片付けられていく。連れて来てしまって、ホントに間違いであったと痛感した。誰かがいるから、こうして自分の弱さを気付かされる。背いちゃいけねぇもんも、あるってわけか。



「何を捜してるんです?」

「俺が教習所で使っていた教本だ。アッシ社長とかからも聞いてるだろ、筆記試験もやんねぇといけねぇんだぞ」

「え」


もしかして、そのためだけに


「ごめん、お姉ちゃんから教本とか借りてるから間に合ってるよ」

「そうか」


……は?


「はあぁぁっ!?」


なんか自分の心配が、ただ聞けばいいだけで済んでしまう事だと、今言われて気が付いた。人の心配ばかりしていて、その人の事をまったく知らなかった。姉がいるのかよ。

何をしているんだ。その恥ずかしさが一気に顔に吹き出て、真っ赤になる。


「い、い、言えよ……」

「日野っちこそ。どうして、私をここに連れてきたか、その理由を先に言ってよ」



気まずい雰囲気が漂う。

両者の動きはかなり長い間止まっていて、目を逸らしながら、片付けをする。謝るべきは当然であるが、


「その、……俺が悪かった。ご、ゴミの片付けなんか頼んでな……」

「う、ううん。別に。ほら、貯めるのはお金だけにしたいよね~……」


とりあえず、捜す目的は止めよう。うん。

今日の事はお互いに忘れましょう。


なんでここに来た理由はテキトーに今、作った。


要らないゴミを纏めて、床を掃除して、まだ残る汚れを目で美癒ぴーは確認しながらも、日野っちはしなくていいと、弱々しくも首を振った。


「帰った方が良いよな」

「う、うん」


紐で縛ったエロ本は解かれて、テーブルの上に置かれていた。よほど、手放したくないらしい。その美癒ぴーの嫌がる視線を、遮るような手を出す日野っちであった。


「あ」


そういえばと思ったことがあったが、まぁいいか。



「もう帰ろうな……」

「うん」


結局、片付けてもらっていただけという。

日野っちにとってはとても、愚かさだけを晒しただけであった。階段を降りながら、反省しつつ。


「今度は綺麗にしておくからな」

「う、うん。来るか分からないけど」


ゴミを片付けただけであったが、色々と日野っちの生活態度が分かった美癒ぴー。落ち込む日野っちが運転席に乗り、落ち込みながらハンドルを握っているから、助手席の美癒ぴーが辛辣な事を言ってきた。


「お弁当ばっかりじゃダメだよ?」

「うっ」

「バランスの良い食事をしなきゃ、特にお魚を食べてないでしょ?カツ丼とか、親子丼、ハンバーグ定食、カップラーメン、お肉や炭水化物ばっかりの容器だったよ!」



処理した最近の食い物を言葉にされると、余計凹んでくる。


「い、言い過ぎじゃね?すまん……」

「だからぁ」


精神的に運転に集中なんてできない。発進すら難しい。


「今度、私がお弁当を作って来ようか?」

「!……!?」

「作ろうか?」


落ち込む日野っちとは別な気持ちだった。

あんまり、その、「はい」って言えよみたいな。お願いだったらと、顔を合わせずに確認してみる美癒ぴーが隣にいた。


「運転を教えてくれてるのはトーコ様で、日野っちには、何も……お礼してないし。お弁当で良ければ、それでお礼になるかな」

「!……い、い」

「い、一回だけ食べてよ……」


なんでこう。悪役には凜として立ち向かえるのに、可愛い子には素直になれないのか。

ちょっと嫌いになる。嫌われてたのかもって、


「良いのか?」

「うん。飽きるまで、作ってあげるから」


タクシーは発進する。

ここに来るまで、ずーっと寝ていたから分からなかったが、大通りに出ると自分の家からそう遠くはないところに日野っちは住んでいたようだった。



「この通りで良いんだよな?」

「うん」


カーナビをつけずに、自分で日野っちを誘導してみる。トーコ様の運転と比較したらそれはもうスムーズで、抜ける時は一気に抜いていく。これが本当の運転手による運転であろう。


「日野っち」

「なんだよ」


信号待ちの時は話してみる。よく思えば、こうしているのは久しく思える。二人きりだから、お互いの事を知りたい。日野っちが馬鹿をしたように、美癒ぴーはそれがないように今を訊いてみた。


「どーして日野っちは、『VALENZ TAXI』に入社できたの?求人とかの紹介はないでしょ?」

「あー、無職してた時にな。アッシ社長のタクシーに乗ってたんだよ」

「ふーん」

「その時、職もなくて、金もなくて、代金払えなかったから、アッシ社長に「じゃあ、働いてみますか?」で、すんなり入った」



なんていうか運命だったね。私が、日野っちのタクシーに乗った時と同じみたいに。


「その前は何をしてたの?」

「高校卒業してすぐに建設業の仕事に就いたな。土方だよ。あと他にも、道路工事とかコンビニ店員とか、遊園地の係員とかやってたな」

「結構、マルチだったんだね」

「それをフリーターって言うんだよ。人生詰んでるとか言われるんだよ」


人の人生を聞くと、自分の人生の良し悪しを比べてしまうものだ。それでも、まだ終わりじゃないのなら、単なる不運の中にいるだけもあろう。

自分のこれまでを吐いて、今の自分にムカつきを覚えるか。


「じゃあ、その建設業の時から1人暮らしをしてたの?」

「ああ。家族とは仲が悪くてな。今、俺が何しているのかすら知らない」

「それは酷いね。でも、それもしょうがないのかもね」


でも、隣に真剣な興味を持って聞いてくれる人がいると、そのムカつきもどこへやら。1人暮らしを続けて久しい、人生の愚痴を吐ける相手がいた。



ブロロロロロ



信号が青になると、美癒ぴーは口を閉じた。よそ見しちゃダメでしょって、言っているような顔だったから、こちらから前を見つつ話した。その余裕もまたゆとりある運転だって発想なんだよな。



「自由にさ」



アッシ社長やトーコ様、ガンモ助さんとはやっぱり違う。

不思議なワンダーランドにいる一般人が隣り合うと、落ち着く気持ちがあるから。そこに入り浸っていた方が、声を出す。



「自由に生きたくて、家を出たんだよ」

「男らしいですね」

「でも、今じゃ。後悔はねぇのに、何してるのか分かってねぇんだ。やりたい事、見えてねぇのに自由になっただけで」

「次の信号を右です」



ウィンカーを出して、車線変更。こーゆうことをしているから思ってきた事だが、



「タクシーみたいに目的地があればさ。自由と同じで楽しめた気がするんだよな」

「プラプラしてちゃダメじゃないですか」

「そーゆう美癒ぴーは、これから先で何をしたいんだよ」

「うーん、……とりあえず。それはまだ考え中ですよ」

「俺みたいになるかもしれねぇぞ」

「はははは。それはさすがにー、ないですよ。フリーターなんて……でも、無職よりかはカッコがつきますよ」



うーん。みんなそうなのか。そうなんだろうな。

そんな簡単な事に気付けるのも、1人じゃないからだろう。誰もが今を、嫌がりながら生きている。でも、生きている事を楽しくするのは勝手な事だ。


「これから捜したらどうです」

「……そう、だな……何すりゃいい」

「目標を立てましょう。何か素敵な目標を決めてください。私、できるかどうか、日野っちを見守りますよ」

「そうかー」



ううーん。その時、浮かんだ事は今の美癒ぴーには言えない事であったが。

心の中で思えた事が、今の目標としては良いのかもと頷いていた。そんな気がする。


「考えるよ。とりあえず、目標は……」

「目標が決まったら、教えてくださいね」

「…………」


美癒ぴーを彼女にしよう。

可愛くて、家事が出来て、気に掛けてくれる女性と何人出会えるか、いつ出会えるのか。自由を追い求め過ぎてたら、肝心なところを乗り遅れる。



とはいえ、本人の前でそれを言えるわけがなかった日野っちであった。



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