そうだ、免許をとりに行こう
美癒ぴーが『VALENZ TAXI』にやってきて、3日が経った。
今もまだ、トーコ様が同乗して運転している状態である。
「えっと」
「駐車は慎重にしましょ~。コーンにぶつけないよ~に~、バック~、バック~。ハンドルと同時にやらな~い」
公道をただ走るだけなら、結構慣れてきた美癒ぴーであったが、駐車をする技術はまだまだ身につかない。こーいった小回りな動きが非常に難しいのだ。
置かれたコーンにぶつからないように入れる訓練をひたすらやっている美癒ぴーであった。
「頑張ってますね」
「だな」
その様子を会社の窓から見守る、アッシ社長と日野っちであった。
思った以上にトーコ様が真摯になって、美癒ぴーを教えている事に結構驚いている。なんか知らんけど、むいていたのかと、意外な発見をした2人は窓からの覗きを止めて、椅子やソファーに座って、次の難題について話す。
「美癒ぴーの筆記はどうするつもりだ?」
「そうですよね~」
運転免許は、ただ運転ができればいいわけではない。当然ながら、国語のテストのようなひっかけ問題を多数揃えた筆記試験があるのだ。
「学生なんですし、自分でやってくださいよ。在学中とか仕事をしている合間に勉強するもんでしょ」
「まぁ、確かに……」
つっても、
「教材とか渡したのか。道路標識の種類だ、規則の説明が載った本」
「トーコ様に一任してますが、運転させながら教えている方式なんでしょう。読書よりも効果がありますよ」
「うっせ」
美癒ぴーが会社に勤めている時間は8時間である。
大学生としての一面もあるため、相当ハードなスケジュールをこなしているわけだが。
『くぅ~……くぅ~……』
会社から家に帰るまでの間は、タクシーに備えられた"睡眠時間"によって、濃度のある休息を与えて、体力と疲労回復を手伝った。
本人も体験して理解した事だが、この安眠で自宅まで楽に帰れるなら、3万以上の価値がある。このサービスは、金はあるけど時間がない人にとって幸福なサービスであった。
「真面目な子ですから。筆記の方は自分でやるようするしかないでしょ。特に何も力を貸せませんよ」
「う~ん、あーゆうのって慣れが必要なんだぞ」
ちなみにであるが、このタクシー会社は指定自動車学校の合宿所でもある。
講師としての資格を持っているのはアッシ社長のみであるが、それは置いといて、美癒ぴーにも運転免許を取得するために必要な書類も公認として発行する事ができる。
とはいえ、しっかりとした技量と知識がなければ発行しませんが。
「とりあえず、1人で運転がこなせるかどうかを見て、必要な書類も揃えましょう」
自動車学校や教習所などでもらう、卒業証明書を受け取ったら、運転免許所に行き、学科試験に合格すれば運転免許の取得ができる。
アッシ社長は厳しく見るつもりではあるが、知識的な事は美癒ぴーの個人学習に託すことにしている模様。そんなテストをする設備がなんらないからだ。
「…………」
そこんところになんかの気持ちがあるのか、日野っちはアッシ社長の放任には納得がいってないような顔。そこへ現れるのは……
「おはよう!!」
「!うぇっ!?」
「おや、ガンモ助さん。おはようございます」
「どーやら、美癒ぴーは頑張っているようだね。いやぁ、健康的で溌剌とした人を見るのもまた、生きている心地が湧くなぁ」
元気な顔を出し、素早く日野っちのソファーの隣に座るガンモ助さん。
なんで隣に座ってくるんだ、この人。
「あ、あ、あれ?ガンモ助さん。美癒ぴーに挨拶はしたのか?」
「いや、まだだ。顔は仕事帰りや、出勤時に確認しているよ」
「早めに済ませた方がいいんじゃね?」
「ふふっ、分かっている。分かっているが、頑張っている人の邪魔をしちゃいかんだろう。んん~、日野っちお前。なんか悩んでいるのか」
あんたを引き離す方法を考えてるんだよ!
スキンシップがてら、ガンモ助さんは日野っちの肩や腰などを触って、顔を赤らめながら
「お前。こんなんじゃ、男も女も魅了できんぞ。鍛えろ、鍛えろ」
「なんで男が一番にくるんだよ」
「どちらも同じだから。とにかく人生、立派に生きるには体力がいるぞ」
「とりあえずもう!俺から離れろ、あんた!」
「離れて欲しくば必死になるがいい」
「うおおおぉっ!!」
暴れる日野っちと、ガンモ助さんのやりとりをやれやれとした表情で、視界から外して書類に目を通すアッシ社長。
五月蝿くて、日野っちが可哀想だから。
「ガンモ助さん。気持ちは多少汲み取りますが、」
「む?」
「美癒ぴーには挨拶をしてください。勤務時間になっていない内に」
アッシ社長自らの指令に、ガンモ助さんは溜め息をついてから日野っちを離した。
「まー、しょうがないねぇ。日野っち。続きはまた今度、お互いに鍛え直してからだ」
「もうねぇよ」
正論を言っていて、やっているのもアッシ社長の方だ。3日ほど経っても、やっていなかった美癒ぴーの挨拶をしに駐車場の方へと向かうガンモ助さん。
「つか、なんで挨拶してなかったんだ?」
「あの人も色々あるんですよ」
ガンモ助さんは胸ポケットから一枚の写真を取り出し、それを眺めながら駐車場へ向かっていった。
「…………」
神妙な面構えを映し出し、また写真をしまった。
顔を叩いて、女性と知って少し避けていた美癒ぴーの元へ向かう事を決めた。ガンモ助さんの個人的な考えであるが、彼女にはこの仕事を下りて欲しいところがあった。
駐車場のところまで行き、こちらから止まっている車に声を掛けた。
「お、頑張っているね」
「!あの人は……」
「あ~、ガンモ助さ~ん。お仕事ですか~」
美癒ぴーがガンモ助さんに抱いた第一印象。ボディビルダーがスーツ姿になるとこうなるといった、逞しい男の人であった。背も高くて、猫背なトーコ様がちょっと見上げている。
「君が美癒ぴーか」
「は、はい!ガンモ助さん、これからお願いします」
運転席から頭を下げて挨拶。
確かに
「いやいや、こちらこそ。これからよろしくな」
「はい」
「トーコ様。今は訓練中であろう?」
「そ~で~す」
「日野っちやアッシ社長から事情は聞いているよ。今は訓練に励んでくれたまえ」
単なる挨拶だけで済ませて、会社内に戻っていくガンモ助さん。激励をしに来たと思えばいいけど、
「あーゆう方なんですか?」
「さぁ~。私には良く分かりませ~ん。日野っちみたいな男の子じゃなかったから、テンション低いのかも~」
ちょっと避けられた感じがある挨拶であったことを、わずかながら感じてしまった美癒ぴーであった。
◇ ◇
訓練が終わり、日も昇りかける朝だ。
「は~~」
美癒ぴー。さすがに、疲労が溜まった息を吐いた。
昼は大学生活、夜は運転手と来たら、休み暇がまったくない。魔法で睡眠や疲労を回復を図っても、完璧というわけではない。
「今日もお疲れ様で~す」
「はい」
今日も家まで送るトーコ様は、大変そうな美癒ぴーの疲れ具合が癒しであった。頑張っている人をサポートしたい気持ちであり、別にどSというわけではない。
そんな時だった。運転席の窓をノックする者が
「トーコ様、今日は俺が連れて行く」
「はぇ~?日野っち?」
「え?」
日野っちが顔を出し、その提案に質問をするトーコ様。
「なんでですか~、アッシ社長の指示ですか~」
「ああ。トーコ様も疲れているだろうから、俺が代わりにやる」
「別に大丈夫ですよ~、いつも寝てますし~」
これから運転する人が吐いていい言葉じゃねぇだろって、日野っちもまた、トーコ様と同じではあったが
「アッシ社長の指示だ。良いから休んでな」
「むぅ~……。でも~、指示ならしょうがないですね~」
アッシ社長という名前を出されたから、トーコ様も渋々承諾した。シートベルトの外し方がちょっと荒っぽくて、ドアの開け方にも感情が込められていた。
代わりに乗った日野っちに、アドバイスなのか忠告じみた声で
「安全運転でお願いしますよ~」
「当然だろ」
ホントはもうちょっとだけ、居たかったみたいだ。
日野っちが運転する車は発進する。外で手を振るトーコ様は、美癒ぴーにだけ振られていた。
「あの、なんですか?」
「ん?」
「アッシ社長がトーコ様に指示したって言ってましたけど」
疲れていたため、ちょっと元気のない声で尋ねていた。
なんか第六感が答えを言っている気がした。日野っちはサイドミラーでトーコ様が消えるところまで移動する事を確認してから、堂々と
「嘘に決まってるだろ」
「やっぱり……」
「とはいえ、今は寝てろ。あとで教えるから」
日野っちは"睡眠時間"を起動させ、美癒ぴーに足りない睡眠を補わせる。色々の理由は目的地に着いてからだ。
「くぅ~……」
抵抗すらなく、あっさりと癒しの睡眠の中へ向かう美癒ぴーであった。仕方ないが、事前に
「事前に場所を言った方が良かったか?」
それを今思ってしまった。無断で連れて行くにはあまりにも無計画が過ぎる。
◇ ◇
その頃。
「ええぇ~~、アッシ社長は何も知らないんですか~」
「なんの事ですか?」
アッシ社長に指示されたと知って、車を渡したトーコ様であったが、そんな事実がまったくない事に怒り気味であった。
眠っている両目が開き、怒りの血相が滲み出て、フワフワしたミディアムヘアーが逆立ち、独特のゆるいテンポは消え失せた。
「日野っちィィッ。この私を相手に、嘘を突くとは良い度胸じゃない」
せっかく、せっかく……。妹みたいな子が入って来て、楽しんでいたのに。
騙されて車を明け渡してしまった。悪党を討伐しに行くような面と、邪気を放つ足取りを
「良いじゃないですか、トーコ様。追いかけるのは止めなさい」
「!」
「別に消えるわけじゃないですよ。トーコ様はどうして、愛でた物を愛ですぎるのです?」
「アッシ社長」
怒りで忘我しようとしていたトーコ様が止まった。この"あだ名"に相応しい、威圧感を一つの指示だけで落ち着かせるのもまた、相応しいか。
「わかりました~」
今更、猫被る声と表情をこちらに向けても遅い気がするが、
「でもでも~、アッシ社長。日野っちはどこに美癒ぴーを連れて行ったか教えてくれませんか~」
「知りませんよ。私、何も知りませんよ」
「も~」
ちょっと残念がって、ソファーに飛び込んで寝始めようとするトーコ様。
いつも寝ているだけの自分であったが、美癒ぴーがやってきて、ちょっと眠るのがもったいないと思うくらいの気持ちが出来てきたのに。
「はっはっはっ」
「おや、ガンモ助さん。お戻りですか」
そして、先ほど。日野っちが運転する車とすれ違ってきた、ガンモ助さんがここに戻ってきた。
「どーいう事だ?美癒ぴーの担当はトーコ様じゃなかったのか?」
「騙されちゃって~、日野っちが送りに行きました~、ムス~です~」
ガンモ助さんも初めて見る、トーコ様の悔しがる姿。よほど、彼女の事を気に入っているのだろう。そりゃそうかと、どこか自分と重ねる事もある。
それでも、ガンモ助さんは自分の気持ちをアッシ社長に伝えた。
「アッシ社長。美癒ぴーが免許を取ることができたら、解雇した方がいいんじゃないか?」
「え~~、何を言ってるんですか~、ガンモ助さん」
もう少しで怒りそうな表情で、ガンモ助さんを睨みつけるトーコ様であったが、
「まぁまぁ。お2人共、殺気立つのは止めてください」
別に犬猿の仲というわけじゃなく、人間関係においては起こり得るイレギュラーから出た争いだった。アッシ社長はどちらにも傾くことなく、自分の意見を貫く。とりあえずは
「説明を願いますよ、ガンモ助さん」
お互いが話し合う場を作る。
「まず、彼女は若すぎる。この業界に置くのは可哀想だよ。それに、1人で運転させるのは心配だねぇ」
ガンモ助さんは一度やってきたような言葉を使って、美癒ぴーの身を案じていた。家族でもないのに、その気遣いができるのは危ないことを知っているわけだ。
「それ言ったら、トーコ様も同じですよ。か弱い人ですから」
「ま、まぁ。そうだな」
トーコ様の場合、どっちにしてもお客様が可哀想な気がしますけどね。
「ともかく、異常事態に備えた装備も私共のタクシーにはあります。そりゃ続けるかどうかは美癒ぴーにお任せします。まだまだ若い方なら、失敗も成功も知っていくべき事ですよ」
上手い事、二人の気持ちを抑える話術でこの場を抑えるアッシ社長。
自分も含めて、癖のある人間の集まり。自分の都合も含めるなら、美癒ぴーにはここにいて欲しい。かなり良識的な人であるからだ。




