幻のタクシー企業、『VALENZ TAXI』
これは中部地方に存在するとされる伝説である。
「幻のタクシーがこの辺りを走ってるんだってさ」
「なんでも魔法のタクシーとかで、あっという間に目的地へつけたり」
「至福の安眠が約束されるタクシーとか」
「どんな物でも詰め込めんで運んでくれんだって」
「私が聞いた話によれば……」
知る者少なく、疑う者多く、利用者などいない。それが当たり前というのが伝説というもの。
魔法を持つ、タクシー企業。
「なんて言ったっけ?」
「ヴァ、VALENTINE?」
「違う違う。VALENZだ。2月14日じゃねぇよ、『VALENZ TAXI』って奴」
「そんなタクシーなんてあるのかな」
多くの伝説は、噂から始まる。真意を知るのはそこにいる人々だけで構わぬこと。
◇ ◇
駅前。
「美癒ちゃーん、俺達と一緒に行こうよ」
「ねぇいいだろ、2次会よ2次会」
大学の合コンに誘われて行ったはいいけど、好みの人いないし、自分ばっかり意識する男ばかりで、終始相槌とか、聞き手になっていた。そしたら、2人の男性から声を掛けられて、今からまた飲もうだなんて。お酒そんなに強くないし、どっちも好みじゃないんだけど。
「構わないですけど、明日も学校だから(という建前で断りたい)」
「美癒ちゃんは真面目だね。ショートカットに、白いワンピース、赤の髪飾り……まるで、いちごケーキみたいに可愛い!」
「遅くなんてならないから!まだ9時だよ!少しやるだけ、ね?ね?良い店知ってるんだ!」
お酒臭~い。タバコ臭~い。
むむって、表情を作ってみるもあんまり聞いてくれない、見てくれない。
「わ、分かりました」
しょうがないから
「俺達が金出すから!」
「おごるから心配しないで!タクシーさん!」
奢られることで、我慢して付き合おう。社会人になったらこんな飲みの席、理不尽でもやらなきゃいけないって、先輩とか言っていた。
「毎度、何名様ですか?」
「3人!3人!後部座席だけでいいよ!」
「美癒ちゃんは間でも構わない?」
「べ、別にいいですよ(ホントは嫌だけど)」
ここからちょっと遠いって言ってた。どんな店なんだろうか、そんな期待もちょっとはしてみた。
「"LOW・P(ロゥ・ピー)"ってバーなんだけど、運転手さん分かる?」
「聞いた事ありますね。"今から"行くんですか?」
「そーそー、今から3人で行くの!運転手さん、分かってるぅ!」
「2つ先の街なんで、20分くらい良いですか?」
「全然OK!それくらいで着くなら速いよ!」
タクシーは発進する。運転手さんも知っているみたいだけど、私には聞いた記憶がない。
「有名な店なんです?」
「そら有名だよ!上手い貝料理が一杯だよ!」
「一度食べたら、病み付き間違いなしだ」
男達はもう、嬉しそうに今から行く店について語り始めた。
期待値をちょっとだけ振って、話を聞きながら乗車したタクシーに不思議な雰囲気を感じた。いつも利用するわけじゃないけど、見かけないタイプのタクシー。
『VALENZ』
ここは外国?そう思うような、英単語が付けられたタクシーの会社名。そして、スーツ姿が決まる自分と同じくらいな若い運転手の顔写真。その下に書かれていた名前は
『日野っち』
まるでニックネーム。ふざけているなぁ……。
最近は取り付けされているのが当たり前な、カーナビにも何かの違和感がある。言われた行き先を完全に現しているのならともかく、お店の概要もネットの広告のように出てきている。
『女性の連れ込みは大歓迎』
『お客様の個人情報はお守りします』
『部屋、道具の貸し出しも自由』
オススメと、両隣の男達は言い合っているが、カーナビに映す不吉な紹介は
「え?」
女性にはとてもオススメできる内容ではない。言っている事と、映っている事、どちらが正しいのだろうか?
たまたま、中央にいたからカーナビが映すものがハッキリと見えていた。まだ、男達は気付いていない。バックミラーに映った自分の不安がる顔に気付いたのか、運転手は気にかけてくれた。
「女性の、お客さん。ここ知らないのかい?」
「い、行った事ないんですけど」
貝料理が美味しいとか、言われているけど。そんな紹介は一切ない。百聞は一見にしかずか。
運転手は単刀直入にこの店がどんなところか伝える。
「女性連れ込んで○○○する店です。巷じゃ有名なとこですよ」
「ええぇっ!?」
「なっ!」
伏字入れてくれたけど、すぐに怖くなって叫んで。
「なにバラしてんだこのチビ!」
「黙って案内するのが、社会ど底辺の人間の務めだろうが!!」
嘘でしょ。なんて、期待値はすぐに両隣の男達の怒りによって0になった。そんなお店に連れ込もうだなんて。騙されかけているのが悪いけど、そんなの嫌だ。こんな男達は好みじゃないし。
「も、もう良いです!降ろして!止まって!」
しかし、中央の席に座っていた。どちらかが降りてくれないとまず降りられない。止まってと叫んでも、運転手は進む。さらに気持ちを込めて、叫ぼうとしたら左の男に口を抑え込まれた。
「おい、運転手!目的地は変わらねぇ!」
さらに右の男は、ナイフを取り出した。
「少しでもおかしいことしたら、テメェも巻き込んでやる。さっさと行け!10分でだ!着いたら金とこの車、置いて外に出ろよ!」
「んーっ、んっ!(助けて!)」
後部座席でのやりとり。本当に、本当に。奇跡が起きて欲しいと、願った。
運転手は
「困りますよ。お客様、しっかりと目的地を合意させてください」
こんな状況に物怖じせず、淡々と進んでいく。普通に言われている店に向かっているのですけど。
「うるせぇ、社会のど底辺!このナイフで刺してやろうか!?」
「黙って言う事を聞け!そのまま進めばいいんだよ!」
「こんなにも矛盾する事聞いたのは久しぶりだ。直面すると笑えねぇ」
バックミラーに怖くて泣き出す顔を見過ごすことができないし、男の声を聞くのは客で十分だ。とはいえ、反撃は優しく口から始まった。
「犯罪者になったら二度と社会に貢献できない、不安定なところに落ちるぞ」
「黙れ!死にたいのか!?殺すときは殺せるぞ!俺は!」
「お前は見ないふりをすりゃいいんだ!」
まったく、聞こうとしないな。そういえば、アッシ社長が言ってたな。タクシーを使った乱暴な客引きが増えているって。タクシー業界においては金になるとはいえ、周囲に迷惑で評判も落ちるからどっこいどっこいなんだが。警察も来る始末なわけで、抑制しろとかなんとか。しゃあねぇ。
「見過ごせねぇよ。俺だって死ぬかもしれねぇ上に、さらには大切なお客様まで巻き込むのは、一つの企業として恥ずべき失態だからな」
「!……んんっ」
その言葉に凄く惹かれてしまった美癒。自分が馬鹿だからこうなったのに、警察でもない、特殊部隊の人でもない。卑怯にも刃物を持つ相手に背を向けた、タクシー運転手が凄んだのだ。お礼をしたい。
「ごちゃごちゃうるせぇ!殺してやる!」
そう言って、男のナイフは運転手の首元に近づいていく。見てられない。
近い。怖い。
「さっき言ったよな?」
「あ?」
「"殺すときは殺せる"って、お前はできないようだが、俺はする。一般的なお客様の要望を答えるのが、仕事というものだ」
キイイィィッ
タクシーは止まった。男のナイフは運転手から離れた。そして、
「ここがお客様の目的地です」
「んんんーーー!!(さっき惹かれた感情が馬鹿みたい!)」
男達2人が望んだ目的地、"LOW・P"という、イケナイお店の駐車場に辿り着いた。知ってから見た美癒にとっては、魔女のお店というより奴隷達が入るような、不気味過ぎる雰囲気であった。
「ははは、やるじゃねぇか」
「見直したぜ。金は置いてけ」
無事に目的地に着いたわけだが、違和感がある。
「あれ?でも、5分も経ってなくね?」
「確かに!いつも通りの道じゃなかった。急に辿り着いたみたいな?」
そう、あまりに速すぎる目的地の到着であった。運転手はハンドルの横につけられた、いくつもの小さなスイッチを押し、怒りを込めた紹介を始める。
「失礼、紹介が遅れてしまいました。このタクシーは、『VALENZ TAXI』です。魔法のタクシー会社であります」
「あ?」
「ヴァ、ヴァレンズタクシー?」
「!」
聞いた事があるかないかはどうでも良い。男達はまったく知らなかったが、美癒には聞き覚えのある伝説に出てくる、名前だと思い出した。
「目的地には着きました。降りる事を願ったのは、女性の方一名と、私もお客様に従って、このタクシーをお譲りしましょう」
魔法のタクシー。すぐに目的地に着くとか、それはなんか信じるしかないみたいな状況で。
「わっ!?」
「なんだぁ!?」
美癒は一瞬の内に男達から離れて、助手席へと移動していた。
「お先に出てください」
運転手は美癒を外へ押し出し、扉も自然と開いて彼女を外へ運ぶ。そして、再び閉まっていく。
「ええっ!?何々!?」
ビックリな事態で戸惑いながら、タクシーから離れる。
運転手は車のキーを抜き、悠々と外へと降りた。魔法の出来事で戸惑う男達はこのタクシーから降りようとしていたが、
「あ、あ、あかねぇ!」
「なんだこのタクシー!」
「鍵は貸せませんが、車は貸しますよ」
運転席のドアを閉じ、完全なる密室ができた。暴れる男達だが、念願の車をゲットしたのだ。お客様の要望にはちゃんと応えている。そして、
「離れていてください」
「は、はい」
言われるがまま、タクシーから離れる。運転手も早歩きであった。
「おい!出せこの野郎!」
「許さねぇ!絶対殺してやる!」
男達の叫び声は届かないし、叶う事もない。お客様ではなくなったからだ。
「脅しはできてこそだ」
ドガアアァァァーーーーンッ
タクシーは大爆発を起こした。
中にいる男達の身体を一瞬で焼き尽くし、怒りの感情はすぐに痛みで冷やされた。
「あわわわ……」
助かったが、
とんでもない伝説のタクシー会社と出会った美癒は文字通り、腰が抜けた。立てない。すぐに消防車や警察などが現場に駆けつけてくる。男達の命だけは助かったが、脅しよりも手痛い仕打ちによって、社会的な事も犯罪的な事もできなくなった。
運転手は、
「いけねぇ!金まで燃やしちまった!アッシ社長に怒られる!」
2017年6月25日
表紙を追加しました。
入社編は日野っちと美癒ぴーです。美癒ぴーが可愛くなくて、怒られましたが。
最終章で2人はリベンジしたいところです。
次回の試験編の表紙は、アッシ社長とトーコ様です。