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真面目な雰囲気の宿敵は笑い(1)

「さてと、まずはすまない。助けに行くのが遅れてしまった。相当怖かったろう」

「いや、べべべつにびびってねーし。なかったし」

 清正はなら大丈夫だと笑い、コーヒーを口に運んだ。

 あの後、俺たちは清正の提案で山の麓にある喫茶店に移動した。森を引きずりまわされた時についた傷を軽く診てもらい、頼んだカフェラテが来たころには精神的に大分落ち着いていた。ちなみに見た目はおなご、中身は神様のこいつも一緒。その名は!……えっと、なんて名前なん?

「名前なんて無い。あたしは神だ。文句あるか」

「いや、その一切答えになってない内容に文句を言いたい……」

 少女は頭をテーブルに乗せたままじろりとこちらを睨んでくる。どうやら大蛇の残骸から出てきたときに腰を抜かしていたことが尾を引いているらしい。気にしなくても良いのに。俺もあと一歩で失禁しているところだったからな。ほぼ未遂。

 ちなみに俺の隣に神様女が座り、2人に向かい合って清正が座る席順となっている。

 コトリとカップを置いた清正はこちらを見つめ微笑む。

「さて、それじゃあその子のことも含めて、連麻君の身に何が起きたか聞かせてもらおうか」


「……なるほどね」

 神様女に遭遇した所からスーツ軍団に助けられるまでの一部始終を聞き、清正は深く嘆息した。

「いろいろと事態が重なってしまったようだ。とりあえず、君たちに今回のことを細かく説明するのは後に回させてほしい。……蓮麻君」

「な、なんだ?」

 清正の瞳に真剣な色が帯びる。自ずと俺の背筋が伸びた。

「最初に、少しショッキングな事を伝えたいと思う。これを言わないと話が進まないからね」

 俺はごくりとつばを飲み込む。

「いいかい?」

「……ああ」

「実はね……」

 静寂。

「君の母親は――――見上げ入道だったんだ」

 神様少女のオレンジジュースを吸い上げる音が、ズコーと響く。

「………」

「………」

「……あ。はい。間に合ってます」

「え?……知ってたの?」

「知らねえよッ!!ていうか忘れてたよ!!そもそもなんで見上げ入道のワードは知ってるていで来るんだよ本日解禁日だわッ!!」

「お、落ち着け蓮麻君っとりあえず発狂するのはやめなさい迷惑だから!!」

「ズコー」

 定員に注意された。


「すまんおじさん。取り乱した」

「うん。絵に描いたように取り乱していたね」

 数分後、俺が落ち着いたので話し合いを再開させる。

「それで、その、見上げ入道ってのはなんなんだ?調べた限りじゃ坊主みたいで、性別的には男なんだろ?……もしかして母さんは男」

「そういうことではない。君の母親は立派な女性だったよ。類を見ないほどに美人だった」

 一番懸念していた問題が解決し、俺はほっと胸を撫でおろす。

「連麻君は妖魔についてはどこまで知ってる?」

「ほとんどなにも。親父に聞いても『気にしなきゃいてもいなくても変わんねえ』って言われて、それ以来あまり興味持ってなかったから」

「……あいつのことだからどうせ面倒くさくなったんだろうな……まあいい。じゃあ“妖気”のことは?」

 俺が首を横に振るのを見て、清正が頷く。

「まずはそこから説明していこう。“妖気”とは、おおざっぱに言えば妖魔の構成要素だね。この妖気の量や濃淡でその妖魔の格が決まってくるんだ。もちろん量を多く貯蔵しているものの方が大きく、強く、姿もはっきりしている。問題はその妖気がどこから生まれるかなんだけど、例えば」

 清正が神様少女を指差す。差された本人は首をかしげて

「なんだよ呪うぞ」

 とありがたいお言葉をぼやく。可愛くねえなあ。

「この祟り神は3世紀ほど前の大飢饉の原因として人間が作り出した偶像だ。以来、農作が成功するように人々は季節の節目に供え物をするようになったんだけど、重要なのは人間が祟り神を常に意識していたという点だね」

「ちょっと待った」

 俺は清正の言葉を手で制す。聞き捨てならない単語が混ざっていた。

「……え、お前祟り神なの?」

「なんだ文句あるか」

「あるわ!!じゃあ俺は今、祟り神に憑りつかれてるってのか!?」

「だってアンタ聞いてこなかったし」

「お前が喰うなんて言うから即答しちまったんだよ!!くそっ、クーリングオフ効くんだろうな!?」

「コホン……無駄話はそこらへんにして、続けていいかい連麻君?」

「……あ。無駄話にカテゴライズされちゃいますか」

 後で考えればいいかね?

 少々投げやりになりながら引き下がる。

「それで人間が意識したことが重大って意味だけどね」

「信教心が妖気になるってことか?」

「うーん、惜しい。その崇拝する状況が出来上がっていることが妖気の元なんだ」

「?」

「いいかい。そもそも飢饉が祟り神の仕業なわけがないんだ。水、季候、土壌……理由なんて科学的根拠で全て解決したんだよ。それを神という存在を創り、代理させる……異常な行動だ。その“異常性”、現実とのズレに妖気は発生するんだ」

「わ、分かったような分からなかったような……」

「なにも神に限ったことじゃない。妖怪にしてもそうだね。人間が正体不明の現象に恐れ、本来作られるはずのない幻想が形づいていくという、非現実な事象により妖気が芽生える。最終的にはその妖気が蓄積し、妖怪という名の妖魔が生まれる……」

「それじゃ、妄想するだけで妖魔が出来ちまうじゃねえか」

「実際、妖気は生成されているよ。小さすぎてすぐに消えてしまうけどね」

 清正が再度コーヒーを口に運ぶ。つられて俺も自分のカフェラテを飲むが、すっかり冷めていた。

「それで本題、蓮麻君の母親のことだ。指摘してくれたように、本来見上げ入道というのは男の妖怪だ。だから、女の見上げ入道なんているはずがないんだ。そんなものがいることは前代未聞のことだったんだよ。しかし君の母親は女だった。女性の見上げ入道っていう存在は圧倒的に“異常”で、それ故に彼女は神にも匹敵する妖気を内包していたんだ」

「……そこまで凄いことなのか?」

「まあね。だがこの空前の存在が霞んでしまうほどの出来事が起きたんだ。いや、むしろより注目されてしまったというか……それが君の出生だ」

「俺?」

「そう。あろうことか妖魔が人間との間に子を授かり、産んでしまった。あ、気を悪くさせたらすまない。蓮麻君や君の母親のことを否定しているわけじゃないんだ。その行為が、天地をひっくり返すほどの出来事だってことなんだよ」

 俺は無心に聞き入っていたが、矛先がこちらに向いたことでぴんとくる。

「つまり、その〝異常”でつくられた妖気ってのが……」

「察しがいいね。そう、さっき山の中で君の体から暴発した蒼い光のことだ」

 なるほど、これで1つ疑問が解決した。しかし同時に頭の中で新たな懐疑が沸き上がる。

「それって俺が妖魔ってことか?」

「……蓮麻君の体は人間のそれだ、と言いたいが……君の体内には多少なりとも妖魔の要素が流れているだろうな。常人とは異なる部分もあるかもしれない……えっと、大丈夫かい?」

 清正はショックを受けたのではと心配した様子だったが、俺は笑顔を浮かべて答える。

「見た目は普通の人間なんだから、個性ってことでいいんじゃねえか?むしろ良かったよ。なんていうか、母さんがちゃんと俺の母さんだったって証があったていうか……上手く言えねえなあ」

 わずかの間目を見開いた清正は、崩れたように破顔した。

「ははっ、歳は取りたくないものだね。アホみたいな文句でちょっと感動しかけちゃったよ」

「アホみたい言うなよ余計恥ずかしくなんだろが」

「あ、ごめんね。みたいが余計だったか」

「ぶっ飛ばすぞおっさんッ」

 いたずらっぽく笑う清正の顔は、やがて懐かしむような微笑に変わっていく。

「……鈴さんはさ、蓮麻君を産むので妖気を全部使い切っちゃったんだ。でも、それは産む前から分かっていたんだけど……彼女にそれとなく聞いたら、『息子を産んで、その子の幸せを願って……欲張りよね。多分私の体1つじゃ割に合わないだろうから、足りない分は立て替えておいてくれる?』って言われちゃってさ。初めて源蔵を羨ましく思ったよ……おっと、こんなの妻に聞かれたら怒られちゃうな」

「おい。テキトーなこと言ってると刺されるぞ」

「まあまあ真面目に語っちゃったつもりだったけどなあ」

 テキト―だろ。歳とか関係ねえじゃねえか。普通に感動しちまったよ。


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