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祝い事にサプライズはいらない(3)

「しまっ……今ので感づかれた……!」

「なにしてんだよ!ていうかお前神様なんだろなんとかできねえのか!?」

 大声を上げてプレッシャーから逃れようとしたが、そんな安い現実逃避は直後に目の前の現実に押し潰されていく。

 その全貌を目で捉えてしまった。

 自然、言葉は発せず、呼吸すらままならなくなる。

 地響きを伴い迫る巨大な胴体は優に100メートルはあるだろう。

 鬼灯のように赤い目を爛々と光らせ、こちらを見下ろす姿はまさに恐怖の化身と言えた。

 2人分の矮躯など一飲みにせんばかりの口腔がのぞき、それはあまりにリアルな“死”を連想させる。

 閉じなくなった口が緊張で乾ききっていく。

 圧倒的な質量の差に、逃げるという考えも浮かばない。

「!ははっ、そうね……!今なら変な気遣いいらないし、なめんじゃないわよ蟒蛇!!」

 対して隣の祟り神は禍々しい瘴気にも怯えず、雄叫びと共に駆け出す。林へ突っ込んでいった小さな身体は樹木を三段跳びの要領で登っていった。

 そのまま幹がしなるほどの勢いで跳躍、大蛇の顔の真横に躍り出る。

 大蛇もこの人外な動きは捉えきれなかったらしい。小柄な瞳が驚きで見開いたように見えた。

 祟り神が空中で体をひねり

 ズドンッ

 渾身の回し蹴りが大蛇の側頭部に命中した。

 ぐりんっと大蛇の顔面が右に90度曲がる。蹴りの衝撃で邸内の枝葉が騒がしく鳴く。

 支えのない宙で横回転しながら落ちていく祟り神の表情が一瞬だけ見えた。

 笑っていた。

 絶望的な体躯の差であるにも関わらず肉薄していく少女の猟奇な笑みにぞっとする。常識を置き去りにして本能のまま食らいつく。その野生の本性のようなものを垣間見てしまい、唖然とするしかない。

 目の前にあるのは血生臭い世界だった。

 強いものが生きる。ただそれだけのシンプルな世界。

 ゆえに、祟り神は喰われた。

「え?」

 一瞬の出来事だった。

 回転し、ちょうど背を向ける形となった祟り神の身体を、その巨体からは考えられないような速度で頭部を動かした大蛇が一気に飲み込んだ。

 祟り神の蹴りは相当な威力だっただろうに、大蛇自身はけろりとしている。

 目が合った。

 次はお前だと言われた気がした。

 俺はその場にズルズルとへたり込んでしまう。何も、考えられない。思い浮かばない。

 闘争心の枯渇した俺たちの様子をしばらくの間眺めていた大蛇は、ゆったりと首をもたげた。

 そして、一撃。

 積んだ。

 俺の四肢が吹き飛び、脳漿は飛び散り、あらゆる臓器がズダズダに引き裂かれる。

 生死の判別すらつかず、肉片へと変貌していく。


 イメージ。

「……はっ……?」

 果たして、俺は生きていた。

 そしてその奥に、横から強大な衝撃を受けたかのように頭から森へ突っ込んだ大蛇が、ぐったりとした様子で横たわっている。

 その周りを黒いスーツ姿の男たちが十数人で取り囲んでいた。

「俺……死んで、ねえ……」

「うん。大丈夫。蓮麻君は生きているよ」

 その声に勢いよく振り向く。

 背後に立っている人物を認識し、深い安堵感に包まれる。

「おじさん……」

「ふふっ、そんな泣きそうな顔をしないでくれよ。らしくないね」

 眼鏡の奥に柔和な笑みを浮かべるこの男は、定禅寺 清正。親父の旧友で、両親が亡くなり、身寄りのない俺を引き取ってくれた恩人である。

「なんでここに……?」

「あとで説明するよ。まずは、あれを処理してからだ」

 あれ、とは大蛇のことだろう。

 清正はすらりとした背広に不相応な、身丈ほどある錫杖を引きずりながら大蛇へ近づく。

 そして一足で跳躍すると、空中で微かに口元を動かし、勢いのまま錫杖を大蛇の眉間に突き刺す。

 直後、この世の終わりのような断末魔が辺り一面に轟いた。

 刺された眉間から楔文字のような模様が大蛇の全身に伸びていく。それらの模様が目に見えない力で締め上げているようだ。

 大蛇の悲鳴にはひたすら痛みの感情だけが乗り、延々とこだましていく。

 いつの間にか清正は俺の隣に戻っていた。

「何を、しているんだ?」

「妖体を細分化して破滅させている。体の内側から切り刻まれるようなものだから、相当な痛みを伴うんだ。人間が体験したら数秒と持たずにショック死するレベルのね。妖魔に死という概念は無いから、彼らは存在自体が消滅するまで苦痛を味わい続けなければならない。あれだけでかいとそれだけ時間がかかるし……気分の良いものではないよ」

 俺の問いに答える清正の口調は、驚くほど抑揚が無かった。

 やがて、身震いを繰り返す大蛇の体がぴたりと止まる。そして風にさらされる灰のように、頭部から崩れ消えていく。

 その有様を眺める俺の脳裏には、先ほどまでの非叫がこびりついていた。

 死ぬはずだった俺と殺すはずだった大蛇。

 幸運に感謝して手放しに喜ぶべき場面なのに、大蛇の叫びと石像の裏で身を丸めていた祟り神の弱弱しい主張が似て聞こえたという、ろくでもないことが気になってしょうがなかった。


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