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祝い事にサプライズはいらない(2)

「ばらばらに飛び散って死ね」


 はい。そうでしたねこの子さっきまでの罵詈雑言の泉源でしたね。

 たいてい姿見の整った奴に限って中身ドロドロだよな。なにそれさなぎみたい。

「なに呆けてるんだよ殺すぞ……」

 睨みをきかせてくる少女に辟易しながら一瞥する。どうやら相当消耗している様子だ。大きく肩で息をして、身体は小刻みに震えている。

 さすがに同情の念が出てきたところで、ふと彼女の足が膝下まで無いことに気付く。

「おい!お前その足……!」

「触んなッ!!」

 とっさに差し出した手を思い切り叩き落とされた。


 瞬間。


 少女が触れた手の甲が爆発的にきらめき、俺の体中から蒼光の洪水が始まった。

「うあっ!?なんだこれ!!?」

 際限なく放出する閃光に辺り一面が包まれ、それらは俺の頭上で収束し空へ向かって突き抜けていく。

 まるで天を支える蒼き巨柱のように。

 同時に山全体、いや町の全てが謎の光に呼応し渦巻いているような感覚に陥る。

 ギラリと、世界から注目される。

 正体不明の視線にめった刺しにされるイメージがこみあげてきて全身が強張った。

 止めなきゃ。

 本能が叫んだ。今、自分はとんでもないことをしている。そんな警告が脳内を支配していく。

 しかしこの纏わりつく光の正体がわからないし、そもそもなぜ発生したのかも見当がつかない。こうしている間にも轟々と蒼光の柱は勢いを増していく。

「ぐッ!?」

 不意に、焦る俺の喉が圧される。

 目を白黒させていた少女が、周りを見渡す俺の背後に飛びかかって首元を締め上げてきたのだ。足が無いのでピッタリと抱き着く形になっており、振りほどくのも困難な姿勢だ。

「……いき…な…りっなにすん……だ…テメエ……!」

「ふふふ……いいモンもってんじゃない………よこせェ!!」

 少女がグッと締め上げる力を強める。喉からぐぎゅっと妙な音が鳴る。不思議なことに、それに伴い光の氾濫が嘘のように止まったが、代償に直接的な命にかかわる危機に瀕してしまった。

「……はぅ………っ」

「あははははははははははははははははははははははははァ!!!すごいわアンタ!!!」

 狂ったように高笑いする少女はなぜか俺の衰弱に比例して大声になっている。完全に精気を取り戻したようだ。


 というか、俺がだいぶヤバいかも。


 いよいよ意識も遠のいてきたとき、ぱっと腕の絡みをほどいた少女に背中を蹴り飛ばされ、受け身もとれず地面を無様に転がる。

 豪快に咽びながらも、酸素の回り切らない脳は違和感を捉えていた。

 蹴り?

 視界が安定し始めたときに、またしても背中に衝撃が走り、肺から空気が漏れる。

「かはっ」

 うつ伏せの姿勢で踏みつぶされた俺は首を無理やり捻り、少女が視界に入るようにする。

「お前……足が……?」

「ふふっ、おかげ様でね。まさかこんなに妖気を持ってる人間がいるとは思わなかったわ!」

「あ…?ようき……?」

 高揚している少女は俺の発言に眉をひそめる。

 構わずにそもそも感じていた疑問をぶつけた。

「……妖魔かお前」

「はあ?」

 少々怒気のこもった返答と共にわき腹を蹴り上げられる。

「ぐっ」

「アンタ、そこらへんのフワフワしてんのとあたしが区別つかないの?いっしょにすんな」

 数歩離れ俺を見下ろす少女と睨み合う。

「というかその様子じゃ本気でなんも分かってないみたいじゃん。アンタいったい……うぎゃ」

 しかしその目線が突然逸らされた。正しくは少女がその場で派手に転んだ。

「あ、あれ?あれ!?」

 見るとまたしても少女の足が消えかかっている。

「何が起こってんだ……?」

「うわああああああああああッ!!」

 俺が首をかしげていると、発狂した必死の形相の少女が腕をサカサカと稼働させこちらへ迫ってきた。リアルテケテケかよ普通に怖えぇ!!

「うおおお来るなあッ!!」

 後退ろうと上半身を上げた瞬間、またしても全身から光の溢流が始まる。

「またかよッ……!?」

 驚きで体を強張らせた隙に少女に足首を捕まれた。

 同時に蒼光が鳴りを潜める。

「な……消えた……」

 一連の奇怪現象に頭がついていかない。

「あああ……なんであたしがこんな目にぃ……」

「こっちのセリフだ……」

 謎の脱力感に浸っていると、ただでさえ暗い空に影が差した。

 今度はなんだもう驚かないぞと見上げれば、蛇と目が合った。

「……は?」

 でかい。

 規格外とか、そんなレベルじゃ無い。

 空を覆うほどの規格外の大蛇がこちらを睨みつけている。

「……ふふっ、ほんと俺が何をしたって言うんですかね?」

「全面的にアンタのせいよッ!!」

「うぐぁッ」

 足首を掴まれたまま少女に引きずられていく。一瞬前までいた位置に大蛇が頭から突っ込み、地に深いクーレターを刻む流れを眼前にして、全身から冷や汗が溢れる。

 少女は俺を引きずったまま、森の中へ飛び込んだ。


「はあ……はあ……」

 森へ入り数秒で全身傷だらけになった俺は少女に懇願し、今は彼女と並走する形で木々の間を疾走している。なぜか少女には手を握ることを強要された。

「くそ……どこまで逃げんだよ……!」

「アンタ足遅すぎ。……まあいいわ。ここらへんで隠れましょ」

 手を引かれ、つんのめるように地面へ崩れ落ちた。巨大なシイの木の裏に、2人は肩を並べて身を潜める。

 邸内は野獣のごとくけたたましい咆哮と何かが倒れる音が入り交じり騒然となっていた。

 俺の思考は未曽有の事態にすっかり取り残されてしまった。

「マジでどうなってやがる……」

「さっきから何を他人事みたいな態度とってんの?アンタが原因でしょうが」

「それなんだが、俺のせいってどういう意味なんだ?」

「だから、アンタの暴発させた妖気に寄ってきちゃってるんでしょ愚図ッ」

 少女に軽く叱咤され頭を抱える。意味は分からないが、やはりあの正体不明の光のせいか。

 ため息をついていると、少女が俺の顔を凝視していることに気付く。

「なんだよ?」

「……もう、アンタを喰うしかない」

「何?」

 少女の言意を呑みこむ前に、またしても喉元を鷲掴みされ樹幹に押し付けられる。

 俺は呻き声すら漏らせずに、されるがままとなっていた。

 いいかげん勘弁してくれと涙目になっていたが、首を絞める握力は少女が呟く毎に弱まっていく。

「えーと……普通に食いちぎっちゃえば良いんだよね?……それともなんか手順踏まなきゃいけないのか?……くそっ、喰ったことないから分かんないよ……」

「物騒な女だな!!」

 視線が泳いでいる少女の腕を渾身の力で振りほどき、転がるように抜け出す。

 しかし立ち上がれない。思った以上に消耗しているらしい。

 すかさず彼女が飛び込んでくるが、こちらにはもはや避ける気力すら失せている。

 それは少女も同様らしく、俺の腕を絡みとってくるだけで攻撃してくる気配はない。

 少し湿った土のにおいを嗅ぎながら、食い殺すと豪語してきた少女と2人横になるという奇妙な状況になった。

 ああ、誕生日に死ぬとかどんな罰当たりなことしたんだ俺、と半ば諦めていると腕元の少女の呟きが耳に入ってきた。

「逃げないでよ……このままじゃアタシ消えちゃう……居場所がないの……」

「いや、居場所って……お前ら妖魔に居座るとこなんて必要なのか?」

 命を狙ってくる危険人物ということは理解しているが、あまりの虚弱ぶりについ質問してしまった。

「だから妖魔で一括りにしないで。あたしは立派な神様なんだから」

「えっ、お前神様なのかよ?つうか神様の居場所っていえば……あぁ、そういうことか」

 恐らくここの神社に祀られていた神がこいつなのだろう。それならば人間を恨んでいる言動にも合点がいく。

「だが、なんでそれが俺を食い殺すことに繋がるんだよ」

「あたしみたいな神様は大量の妖気がないと消えちゃうのよ。祠にいた時は自分の身体を維持する必要なんてなかったけど、放り出されたとたん一気に妖気が足りなくなって……たしか生きてるやつらを喰えばそいつの妖気を奪えるはずなんだけど、その正しい方法知らないっていうかそもそも本当にできるかも分かんないし……」

「そんな不確かな知識で俺は殺されかけたのか……」

 げんなりとする俺をよそに少女は独りごちる。

「アンタら人間が勝手にあたしの在り処を壊してくれたんでしょうが。ちっ、ここまではアンタに直接触れて妖気吸い取ってたけど、これもいつまでもつか分かんないし……新規に神を祀ってくれる所なんてある訳ないし………あ、そ、そうだ!!」

 なるほど、執拗に体を寄せてきたのはそういう理由か、と一人納得している俺の肩を少女ががしりと掴む。目前の邪神様に幾度となく命の瀬戸際までエスコートされたおかげで、顔は引きつり、全身が小刻みに震えだした。

「アンタがあたしの依代になればよいのよ!!」

 そんな俺の様子には構わず、少女は声を大にして叫ぶ。

 依代。神霊が寄り付く憑依物。

 彼女の発言の先がいまいち掴めないが、とりあえず少女に食われるという地獄絵図は回避できたようだ。

「……俺がお前にとり憑かれろと?」

「まあ、そういうことね。並の人間なら妖気不足で共倒れだろうけど、アンタなら大丈夫」

 当然のように言い放つ彼女に理不尽さを覚え、腹の底からふつふつと怒りがこみあげてきた。

 こいつ、さっきまで俺に散々襲い掛かってきたことを忘れてないか?

「お前の都合に付き合う義理はねえよ」

「これはアンタのためでもあるんだけど」

「何?」

「アンタ、どうせ自分の妖気を操れてないんでしょ。依代になるなら、わたしが妖気を吸って抑止力になれる。このままじゃまた妖気を暴走させてあの大蛇みたいなやつに寄ってたかって蝕まれるのがオチよ。ていうか今アンタが生きてるのがあたしのおかげってこと、分かってんの?」

 そう言われると弱い。前半の説明は正直理解できなかったし、何度か喰われかけたが、この娘が命の恩人であることは事実だ。彼女がいなければ逃げることすら出来ず、大蛇に潰されていただろうから。

 しかし、こいつの思い通りに事が運ぶのは気に食わない。

「断ったら?」

「即刻喰う。失敗しようが、どちらにしろあたしは消えるわけだし」

 一択じゃねえか。

 どうやら抒情酌量の余地もないらしい。そもそもこちらにとっては未知の出来事の連続だ。なにより命が最優先。下手は打たない方が良いだろう。

 乗り気ではないが、成り行きに身をゆだねることにした。

「……分かった。その依代とやらになってやる。それで、何したらいいんだ?」

「ふふっ、その言葉だけで充分よ」

 刹那、俺の内側から再度蒼光が発生し、2人を包み込むように球体を描く。

「お、おい!?」

「ダイジョーブダイジョーブ」

 慌てる俺に対し、涼しい顔の少女。

 その蒼い光球は等分され、渦巻きながら俺と神のそれぞれの身体に流れ込んでいく。

 そして、場を沈黙が支配する。

「今のは……」

 呆然と立ち尽くす俺の胸を

「よし、これで当分は大丈夫そうだわ。ご苦労!」

 上機嫌に少女が叩くのと、

 静寂を破り、樹林をなぎ倒しながら超巨大蛇が躍り出てくるのは同時だった。


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