7話 欲しいのは遊牧民の少女です
馬に乗った。
記憶がないからわからないけど、たぶん初めて。
普通ならワクワクするものだと思う。
けど、今はそんな気持ちにはなれない。
一人では馬に乗れないから、母親らしいセリーヌさんと一緒に馬に乗っている。
並足というのだろうか。
人が歩くより少し早い程度の馬上で、僕は陰鬱な気持ちになる。
―――記憶が戻ってしまったらどうなる。
小説の世界なら、大抵が消えてしまう。
失う前の記憶まで戻り、記憶喪失中のことは忘れてしまう。
エピローグでちょっとだけ違和感を感じて、それで終わってしまうくらい。
僕は消えてしまうのだろうか。
自分が誰かも知らないまま?
誰も僕を知らないまま?
元通りに戻って、それでハッピーエンド。
―――嫌だ。
この体は僕のじゃないのかもしれないけど。
そんなのは嫌だ。
そんなの辛すぎる。
でも、ならどうするんだ。
こんな幼い体で逃げるのか?
そんなのは最悪だ。
どうせ野垂れ死にするだけ。
そもそも、僕が生き続けること自体ダメだよ。
それはセリーという本当の持ち主を、僕が見殺しにするようなもの。
それはできないよ。
どうしてセリーの記憶がないのかわからないけど、この体は僕のじゃない。
もっと簡単な話だ。
僕とセリーのどちらかを選ぶ。そう言う話ですらない。
セリーを助けるか、それともセリーを巻き込んで死ぬか。
どちらを選んでも僕は消えるんだ。
天秤に乗っているのはセリーの命だけ。
傾いた天秤のどちらを選ぶなんて誰だってわかるだろう。
なら、セリーを助けよう。
それだけでいい。
後ろで馬を操るセリーヌさんが、まるで僕が逃げ出さないよう見張ってるように思える。
そんなわけないのに。
でも、この人が一番セリーのことを思ってる。
嫌だな。
そう思うと、この美しく壮大な景色も色あせて見える。
馬を操りながらセリーヌさんが教えてくれるセリーのこと、家族のこと、この異世界のことにすら興味が持てない。
こんなことなら異世界になんて来たくなかった。
ひどい神様もいたものだ。
どうしても、僕は治らないことを祈ってしまう。
ロロ様というのがどんな存在なのかわからない。確実に治るかなんてのもわからない。
でも、そう思うことができない。
セリーヌさんは治せると、確信めいた何かを持ってるようだけど。
ロロ様というものを怖く感じる。
僕は治らないことを神様に祈ってしまう。
例え、ひどい神様でも僕を助けて欲しい。
願っちゃいけない。
でも願う。
仕方ないこと。
そんなつらい世界から逃げるように、僕は馬上でいつの間にか眠りについた。