6話 欲しいのは知り合いです
アスマンに連れられた場所で、僕は何人もの大人と会う。
セリアかセリーと、誰もが僕を呼ぶけど誰ひとりとして思い出すことはできない。
やっぱりか。
何か思い出せるかと思ったけど、それはどうやら無理らしい。
むしろ、話しかけてくる大人たちが怖いと感じるだけだった。
体が子供なんだ。
自分の2倍以上ある大人が詰め寄るように話しかけてくるのは、正直怖い。
心配してくれてるのはわかるけど、恐怖を感じるだけだったんだ。
正直に言うべきか。
僕はそれを悩んだ。
僕はあなたたちの呼ぶセリアではなく、全く別の人なのですと。
頭がおかしいと思われるだろうか。
記憶喪失だからと思われるかもしれない。
異世界人だって言うべきか。
それは隠しておくべきか。
悩んでも悩んでも答えの出ない解答を求めて僕は悩み続ける。
そんな中、ひとりの女性が僕に駆け寄った。
「セリーっ!!」
彼女は悲鳴のようにセリアのあだ名を呼び、僕を抱きしめる。
抱きしめる腕は力強く、痛いくらい。
茶色の髪と瞳をしたヨーロッパを思わせる20代前半の女性だ。
今まで会った大人とは違うと感じる。
きっと、この体の持ち主の家族なんだ。
そう思う。
「落ち着かんか、セリーヌ」
変わった方言で老婆が言うと、僕を抱きしめる腕の力が少し弱まる。
他の大人たちからは大婆様と呼ばれる人だ。
「大婆様」
「そん子は記憶の病いじゃ、無理させたらいかん」
記憶の病いとは変な感じがするが、この世界では記憶喪失も病の一種なのだろう。
異世界だけあって文明レベルは簡単に判断できないが、細菌やウィルスという概念すらないように思う。
セリーヌと呼ばれた女性はゆっくりと僕から離れ、両肩に手を置く。
「セリー、本当にお母さんがわからないの?」
すがるような瞳。
そうか、この人が母親なのか。
だからこれほどに心配してるんだ。
でも、そんな彼女を見て僕はようやく気づく。
僕は首を振る。
嫌な思いを消すように。
「大丈夫。大丈夫だから。絶対に病気をなおすからね。元通りに戻れるから」
僕の顔を見て、彼女は僕が不安を感じてることに気づいたのだろう。
でも、僕の不安とは全く違うことを考えてる。
彼女が見てるのは僕じゃない。
彼女が心配してるのは僕じゃない。
母親なのだから当然だ。
彼女は娘を助けたいだけ。
彼女だけではなく、ここにいる人たちみんながそうなんだ。
だから僕は怖かったんだと思う。
僕に声をかけながら、僕を見ない人たち。
僕を心配しながら、僕を知らない人たち。
ここにいる全員が、この体の本当の持ち主しか見てない。
そりゃ、そうだ。
誰だって知り合いを助けたいって思うだろ。
誰も知らない僕を助けたいと思うわけ無いだろ。
それは当然のこと。
でも寂しくも感じる。
そもそも僕に気づいていないのだから。
この世界には自分の居場所はないのかなって。
「大婆様、ロロ様にお願いしようと思います」
母親らしいセリーヌさんは言う。
ロロ様とは一体誰だろうか。
僕はひどい胸騒ぎを覚える。
「まあ、ええじゃろう。ロロ様ならどんな薬も作れるじゃろうて」
薬、そんなものあるのだろうか。
記憶喪失は細菌やウィルスによるものじゃないだろ? 記憶障害ってのは事故とか脳梗塞とかによるものの印象がある。あとは過度なストレスとかの心の問題だ。
薬で簡単に治るのじゃないと思う。
けど、この異世界ならと思う。
それそ万能薬のエリクサーくらいあってもおかしくない。
老婆とセリーヌという女性は治せる薬があると確信してるようだった。
ゲームならば勇者がなんとか手に入れる秘薬だとしても、この世界なら庶民でも買える程度のものなのかもしれない。
その薬がロロ様という人なら作れるという。
簡単には治らないだろう。
僕は勝手にそう思ってた。
だから治ったらどうなるかなんて考えてなかった。
でもここは異世界なんだ。
もしかしたら、ほんの数時間後には記憶が戻ってしまう。
―――記憶が戻ったら、僕はどうなる。