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7:複雑怪奇な嫁取り事情!

 夢の中の私は、万歳三唱していた。

 菖蒲も薄も、人間じゃない。ってことは、ここはこの世じゃない? ってことは、自殺は成功しているってことじゃないの!?

 ついに、私は目的を達成したのだ。

 全身から溢れ出す喜びを表現しようと、夢の中の私は、カウボーイのごとく首つりロープを振り回して木の枝に引っ掻け、体重をかけてターザンの物真似をしている。


「み……薊……」


 誰かに呼ばれている気がした私は、うっすらと目を開けた。

 心配そうに細められた金色の瞳が私を見下ろしている。


「菖蒲、さん?」

「目が覚めた? 急に倒れたからビックリしたよ?」

「……すみません」


 庭から赤い光が差し込んでいる。もう夕方なのだろうか。私は今まで菖蒲の部屋で寝かされていたようだ。

 何気なく外を見ると、赤とんぼが庭石の周りをくるくると舞っていた。辺りはとても静かで、時折コオロギの鳴き声が聞こえてくる。


「あの、私……なんだか変な夢を見ました。薄という男の子が、巨大な白い犬になっちゃって」


 首つりロープやターザンの部分は端折らせてもらった。


「犬……」


 菖蒲は困ったような顔で、私から目を逸らす。


「薄の言ったことは本当だよ。私達は人ではない」

「えっと、テンコ? でしたっけ? 菖蒲さん、ここはあの世なのですか?」

「……え? あの世?」

「私の首つり自殺は成功したのでしょうか? でないと、人があんな風に姿を変えませんよね?」


 私の質問に、菖蒲は黙り込んでしまった。空気が重い。


「なんだ、嫁は自殺する予定だったのか? まだ若いのに勿体ねえな。残念だがアンタは生きているし、死にかけてもいないぜ?」


 菖蒲の部屋の襖から、お茶を持った薄が現れた。彼も、まだこの家にいたようだ。

 湯呑みの乗った盆を近くの台に置き、薄は私の方に歩み寄った。


「最初に菖蒲がちゃんと説明しないから、こんなことになるんだ。いくら嫁に逃げられたくないからといって、これじゃあこの子が可哀想だろう。訳の分からないまま狭間に閉じ込められて……」

「薄は部外者でしょう? 彼女の夫となるのは私だ」

「この石頭!」


 薄は菖蒲に向かってそう怒鳴ると、横になったままの私に向かって言った。


「ここは、この世とあの世の狭間にある空間の一つだ。人以外のモノが暮らしている場所だよ。天狐とかな」

「人以外って、菖蒲さんと薄……(くん)も?」

「呼捨てでいい。俺も菖蒲も天狐だ、さっきの変身見ただろ? アンタは偶然にも、何かの拍子に狭間に足を踏み入れちまった……ここまでは分かるか?」

「あー……うん。なんとなく」


 ファンタジー映画でよくある話だ。主人公が本の世界に入り込んだり、異世界に呼ばれたりするやつだ。


「たまたまアンタが迷い込んだのは、菖蒲の管理する土地だったんだ」


 私は、大人しく薄の話を聞く。


「アンタが最初に菖蒲に会った時に雨が降っただろ。空が晴れているのに降る雨は、俺達の間では「嫁入り」と呼ばれていて、番が現れた合図になるんだ」

「……不思議な慣習をお持ちで」

「いや、マジなんだよ。嫁の方も石頭か……面倒くせえなあ」


 素直な感想を述べただけなのに、薄に石頭呼ばわりされてしまった。


「この千年、菖蒲の周辺で「嫁入り」の現象が現れることは無かった。アンタは選ばれたんだよ、天に……あ、その顔はまだ信用してないだろ、まったく異種族婚はややこしいな」


 溜息をついた薄は、立ち上がって三人分の湯呑みを並べる。私も、布団から起き上がった。


「菖蒲さんも、犬になるの?」

「犬と一緒にするな! 俺達は誇り高い天狐、狐だ!」

「……はい」


 何かが薄の逆鱗に触れたようだ。すごい剣幕で反論されてしまった。


「菖蒲は、黒狐になる……」


 だとすると、薄の姿が変わった現象は、やはり夢ではないということなのだろうか。

 私が菖蒲に目線を移すと、彼は困ったような笑みを浮かべて頷いた。


「ま、そういうことだから夫婦で上手くやれよ……今度は俺の嫁にも会わせてやるから。じゃあな!」


 そう言うと、薄は来た時と同じような影となって、ものすごい早さで庭から外に飛び出して行った。

 あとには、空になった湯呑みだけが残されていた。



「未だに、ドッキリを仕掛けられている気分です。でも、実際に自分でも体験していることですし、白くて大きな狐も見ちゃったし……信じるしかありませんよね」


 夢でもなく、あの世でもない、狭間——

 そんな場所に、私は閉じ込められてしまったらしい。そして、薄は、私が菖蒲の嫁だと言っていた……

 ちらりと隣を盗み見ると、イケメンな菖蒲と目が合ってしまい、慌てて顔を逸らす。


「あ、あの……」

「薊は、私のことが嫌い?」

「え?」


 ああ。今の顔の逸らせ方は、避けている風に見えていたのかな。まったくそんなつもりはなく、照れから顔を背けただけなのだが……誤解を与えてしまったかもしれない。

 思えば高校に通っている時から、私の目つきや仕草は他の人間に不快感を与えていた。なにやら反抗的に見えるらしいのだ。

 父親にも「なんだその目は」などとよく怒られていた。普通に目を開けているだけなのに……そもそも目つきが悪いのは父親の遺伝なのだが。


「菖蒲さんのことを嫌ったりなんてしません。嫁の話は置いといて、私は今まで生きて、あんな風に優しく声を掛けてもらったのは初めてだったので……嬉しかったです」


 これは本当だ。今まで、周囲の人間達は私が苦しもうが、悲しもうが手を差し伸べてはくれなかった。

 両親には長女が甘ったれるなと言われ、何を訴えても信じてもらえず……同じ学校に通う人間からは遠巻きにされていた。妹には皆が手を差し伸べていたというのに。

 そういう特権は、選ばれた人間にしか与えられないものだと思っていたのだ。


 だが、昨日の菖蒲は、命を絶つ寸前の私に風呂を貸し、食事を出して泊めてくれた上に服まで与えてくれた。

 彼の厚意が嬉しくて……私は、胸の奥がくすぐったいような、全身がほわほわと温かくなるような不思議な気持ちになったのだ。

 それは、今まで凝り固まっていた何かが溶けていくような心地よい感覚で——だからこそ、彼とは今の良好な関係のままで終わりたい。


「菖蒲さんは、本当は私を嫁にしたいなんて思っていないでしょう。たまたま、出会った時に雨が降っていたから、そう思っただけですよね」


 でなきゃ、私みたいな女を嫁になんて発想は出てこないはずだ。


「そんなことない。薊を一目見た時に、「ああ、この子だ」って思ったよ。嫁を選ぶ判断材料である雨の要素も勿論だけれど、天狐は自分の番がちゃんと分かるんだ。薄も今の奥方を見つけた時は、はっきりと自分の嫁だって分かったそうだから」

「奥方だなんて……薄はまだ子供でしょう? 私より小さいじゃないですか」


 私の質問に、菖蒲は怪訝な目を向けてくる。


「……薄は、私よりもだいぶ年上だけれど」

「……え」


 私は、本日二回目の気絶をした。

 恐るべし、天狐。

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