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6:真っ白な巨大モフ!

「……よ、嫁ってあの嫁ですか? 一体何を言って」

「薊を、私のお嫁さんにしたい」


 吐息がかかるほど近くで、菖蒲はそう囁く。


「あの、大丈夫ですか菖蒲さん。私達、昨日あったばっかりですよ?」

「それでも、私には君しかいない」

「またまた。あなたみたいなイケメン、女性なんて選びたい放題でしょうに」

「私は、この場所から出られない。役目があるから……そんな奇特な相手に添ってくれるような人はいないんだ」

「この場所から出られないって、狭間という地域から外へ行けないという意味ですか?」


 私の質問に、菖蒲はコクリと頷いた。

 なんだろう、先祖代々の土地を守れ——とか言われているのかな。

 大きなお屋敷に住んでいるから、菖蒲は地方の名士の家柄なのかもしれない。

 

「あのですね、私はまだ高校生で。そんな大した家の出じゃないですし」

「十六なら、結婚適齢期じゃないの?」

「え? いや、学生結婚する人もいますけれど。そこまで多くはないような……そもそも、どうして私を嫁にしようだなんて発想に至ったのですか? 同情とかならやめてくださいね。私が自殺するのは、私の自業自得なのですから」

「だって、君が現れたときに雨が降ったんだ。君が拒もうが拒ままいが、君が私の花嫁に変わりはないんだよ。話してみて、薊のことを可愛いなと思ったし」

「菖蒲さんって……電波?」


 なんだか、さっきから菖蒲と話が噛み合っていない気がする。

 十六で結婚適齢期だなんて、何時代だよと突っ込みたくなるし。雨が降ったから花嫁だに至っては、意味不明だ。

 折角のイケメンなのに、残念である。それで嫁の来手がいないのか。

 私と菖蒲が噛み合ない会話を続けていると、不意に頭上に白い影が過った。影から声が降ってくる。


「菖蒲! そんなんじゃ、折角来てくれた嫁さんに逃げられちまうぞ!? 人間はこちらの常識なんて知らないんだ。一から説明してやれよ」


 黒い影は菖蒲の背後に降り立った。その正体は、中学生くらいの白髪の男の子だ。彼も、薄茶色の着物を着ている。

 それにしても、この子、どこから入ってきたのだろう……屋根? それに、若いのに総白髪なんて……わざと髪の色を抜いているのだろうか。


(すすき)……余計な口を挟まないでくれる。それから、いきなり庭に現れるなんて不法侵入もいいところだよ」

「誰かさんが、嫁に浮かれて家の警備を疎かにしていた所為だろう? 俺の所為じゃない」

「嫁? 私まだ、菖蒲さんとの結婚を承諾した訳じゃないです」


 三者三様に言いたい言葉を吐き出し、収拾がつかなくなったところで、更に薄が声を上げる。


「おい、菖蒲。俺にお前の嫁を紹介しろ」


 男の子にせっつかれた菖蒲が、手を引いて私の体を手繰り寄せた。転びそうになった私は、思わず菖蒲に抱きついてしまい、慌てて彼から距離を取る。


「彼女は薊です。鎮守の森で首を吊ろうとした、不届き者で可愛い女の子です。薊、彼は薄。狭間に自由に出入りできる希有な能力の持ち主です」

「菖蒲……それ、絶対に嫁さんに通じていないからな。これだから、引き蘢りは」

「隣村の人? 狭間って地域に入るには、許可がいるの?」

「ほら見ろ、嫁さん、どんどんあらぬ方向に勘違いしていってるぞ」

「……そこが可愛いのに」


 二人の会話について行けない私は、首を傾げる。そんな私に、薄が話しかけた。


「たぶん、コイツがオブラートに包みすぎて話の原型も分からなくなっていると思うんだけど。俺達の一族の嫁の取り方はちょっと変わっているんだ。雨が嫁を連れてくる……いや、自分の近くに異性が来た時に雨が降れば、それが自分の相手だと分かるんだ」

「あの、すみません。おっしゃっていることがよく分かりません……異性に出会った時に雨が降っていれば誰でも良いと言うことですか? おばあさんでも、子供でも?」

「いや、そうじゃなくて……自分に相応しい相手であるときしか雨が降らないんだ。この雨も、上空が晴れているときでないといけない」

「なんですか、その都市伝説。雨が降れば、相手が自分の伴侶だと分かるだなんて」

「いや、雨も勿論重要な要素だけれど……俺達は、本能的に自分の伴侶が分かるようになっているんだ。そういう生き物なんだよ、俺達は。人間とは違って……」

「薄!」


 声を荒げた菖蒲を、薄は一睨みする。


「嫁を逃がしたくないのなら、菖蒲は黙っていろ。それでだな、薊。気の毒だがアンタはもう狭間から出られない」

「はい?」

「ここの食べ物を食べただろう? もう、一人じゃ結界の外には出られないぜ?」


 結界だなんて——これが、噂の中二病というものなのだろうか。


「とにかく、私は菖蒲さんの嫁になる気はありません」

「なる気はないって……俺らから見れば、もう実質的に嫁なんだけどな」

「なんですかそれは! どこかの国で行われている誘拐婚とやらですか!?」


 息巻く私を、薄は同情を込めた目で見つめる。


「あんた、この邸から外に出られたか? 同じ場所を何度もループした経験は?」

「……それは」


 今朝の事件のことですか?

 タイムリーすぎる話題に、私は唖然として口を開いた。けれど、言葉が出て来ない。


「それが結界だ。結界は作り上げた者、つまりここでは菖蒲の意思に応じて他人を拒んだり、閉じ込めたりする。結界内での食事は、その下準備」

「……え?」


 確かに、菖蒲の家から出られなくなったのは……風呂にすら辿り着けなくなったのは、あの後からだ。でも、そんな超常現象は信じられない。

 そう思い、薄に目を移すと、彼は私が思っていることが分かるかのようにニンマリ笑った。


「よし、そのまま見とけよ。これが俺らの本来の姿だから」


 そう言い終えるか終わらないかのうちに、薄の体は四本の尾を持つ真っ白な動物に変化した。

 大きさは、私の身長くらいだ。


「うそ……」

「俺達は、天狐(てんこ)と呼ばれている。人間じゃないんだよ」

「まさか……」


 与えられた情報が脳の許容量を超えた私は、そのまま後ろ向きに倒れて気絶した。

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