5:スピードプロポーズ!
雨は既に止んでいた。
私は菖蒲の部屋の縁側に腰掛けて、綺麗に手入れされた庭を眺めている。菖蒲の家の庭は美しい和風庭園だ。
縁側の正面には、渦巻き状態の砂利が敷き詰められていた。あれって、枯山水っていうんだっけ?
近くに植えられている小さな南天の木には、まだ雨の雫が残っている。
私の隣に、滑らかな動作で菖蒲が座った。いつ見ても、菖蒲の所作は美しい。
「晴れましたね、菖蒲さん」
「うん、既に君がうちにいるからかな」
「ん……?」
薊は晴れ女だね、という意味だろうか。
私は菖蒲に疑問の視線を向けたのだが、笑って躱されてしまった。謎の多い人だな。
「菖蒲さんは、何歳なのですか?」
「……ああ、せ……二十二歳」
「そうなんですね。六歳年上かぁ」
「……そうだね。年上は、嫌い?」
「へ?」
驚いて隣を見ると、菖蒲が真剣な表情でこちらを見ていた。なんだ、これ。
「……ナンパですか? 私は年齢は気にしません。大切なのは、中身だと思います」
菖蒲の剣幕に押されて、私まで真剣に答えてしまっている。
庭の奥に設置されている鹿威しが、カコンと鳴った。
「……よかった」
何故、菖蒲が嬉しそうに微笑むのだろう。私は一般論を話したまでなのだけれど。
「まだ、あの首つりロープが欲しい?」
「欲しいです」
「そう……」
菖蒲は私に自殺の意思を聞いただけで、ロープを返してくれる訳ではないらしい。
「薊は、どうして首を括りたいの?」
「どうしてって……括りたくなったからです」
「何故?」
不思議な輝きを帯びた金色の真摯な瞳が私を見つめる。
「私は……誰にも必要とされていない人間です。甘えだというのは分かっているのですが、そんな中で生きていくのは辛くて」
「君は、要らない人間なの?」
「……はい。少なくとも、私の周囲に私を必要としてくれる人間はいませんでした」
友人なんて一人も存在しないし、家族も不登校の私を厄介がっている。きっと、私がいなくなって清々しているだろう。引っ越しは必要かもしれないが、それくらいの逆襲はさせて欲しい。
こちらは、味方だと思っていた家族の素っ気ない対応にそれだけ傷ついたのだから——
私の答えを聞いた菖蒲は口元を吊り上げ、イケメン嫌いの私でもうっとり見つめてしまうほどの極上の笑みを浮かべていた。
「じゃあ、私から一つ提案。いいかな」
「何ですか?」
「誰も薊のことが要らないというのなら、私が君のことを貰っても問題ないよね?」
「菖蒲さん、何を言っているんですか?」
「薊——」
白く艶やかな細い指で、菖蒲は私の両頬を包み込む。
彼は私に目を合わせて、言った。
「私のお嫁さんになって」