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14:引き蘢りは好条件!

 私という人間は、なんてちょろい奴なのだろう。

 優しい言葉をかけられて、頭を撫でられただけで性懲りもなく苦手なイケメン顔に好意を抱いてしまっている。

 菖蒲の腕の中で大泣きした私は、そのまま布団に入って菖蒲に寝かしつけられた。自分のお子様具合が情けない。


「捕まえてごめんね、薊。でも、一生大切にするから」


 眠る寸前に聞こえた声は、菖蒲のものなのか自分の妄想なのか……おそらく、後者だろう。本当に嫌になる。

 樹海に死にに来たつもりが、ポッと出のイケメンに易々と絆されて。


 翌日、朝早くに菖蒲と私は家へと戻った。

 菖蒲がこれ以上本殿にいたくないと言い張ったのだ。おそらく、昨日の夜の出来事が関係しているのだろう。

 私は何も気が付かなかったけれど、菖蒲が「喉笛を噛み切られていたかもしれない」と言っていたので、そのことが原因と思われる。あの女の子達、見た目によらず凶暴なんだな。

 命を狙われていたかもしれないのに、不思議と現実味がない。この、狭間という特殊な場所にいる所為だろうか。


「薊、何を考えているの?」


 急に聞こえてきた声に、私はハッとした。いつの間にか、私の隣に菖蒲が立っている。

 無限に続く廊下をぐるぐる回りながら物思いに耽っているのがいけなかったのだろう。


「菖蒲……ごめん、ちょっと色々」


 今の内容は、菖蒲には伝えづらい。

 菖蒲は特に気にした様子もなく、私に話しかけた。


「本殿では怖い思いをさせたね」

「いいえ、結局何もなかったですし。私は、嫁のフリをして座っていただけですし……」


 菖蒲への好意に気付いた途端、なんだか自分の態度がぎこちなくなっているような気がする。後で痛い目を見ることは分かりきっているのに、胸の内に蠢くこの気持ちを抑えることができない。


「うん、完璧だったね。本当に私の嫁のようだったよ」

「菖蒲の尻尾も見られましたし」

「ちょっと恥ずかしいね。感情が高ぶるとああなることがある。滅多にあんなことは起こらないのだけれど」

「大きくて、迫力がありました」

「……」


 私の感想に目を瞬かせた菖蒲は、口元を綻ばせる。


「人間は、面白いことを言うね」


 そう言って、何故か機嫌が良くなった菖蒲に連れられ、私は彼の部屋へと向かった。

 いつものように本を読みながら、どうでも良いことを菖蒲と喋る。


「薊が首を括るのを防ぐためとはいえ、窮屈な思いをさせているね」

「ああ、外に出られないことですか? もともと引き蘢りだったので生活に支障はありません……外へ出しては欲しいですけどね。この家は私の部屋よりもだいぶ広いし、短冊に欲しいものを書けば電子機器類や薬以外は手に入りますから。菖蒲にも良くしてもらって感謝しています」

「……引き蘢りって?」

「他人に会うのが嫌で、ずっと自分の部屋から出ないで生活している人間のことです。私の場合は、家族と顔を合わせるのも必要最低限で……」


 部屋にいれば、他人に傷つけられる回数が減る。

 家にいる限り家族の口さがない言葉を防ぐ術はないが、それでも外に出るよりはマシだ。だから、私は自室に閉じこもり、人との接触を断った。

 一人きりで樹海で死ぬことを選んだのも、他人に迷惑をかけたり死後に騒がれたりするのが嫌だったから。他人を避けて避けて、避けに避けたらこうなった。


「そう……」


 何故か笑顔になる菖蒲。


「なら、薊はずっとここで暮らせばいいよ。ここに来るのは薄と柊くらいだ。私の嫁になって」

「だから、そんな簡単に結婚相手を決めちゃ駄目ですって。一生のことですよ?」

「その一生に一度が、薊なんだよ」

「私は、ブスだし身勝手だし性格の悪い女ですよ?」


 良いところなんて、何もない。くだらない人間だ。


「そんなことはないよ、私にとっては薊以上の嫁はいない。黒狐は孤独なんだ……こんな風に私に接してくれるのは、薊だけ。ねえ、首を括って死ぬくらいなら私の嫁になって」

「それは……」


 今の私はたぶん、彼のことが好きだ。菖蒲の言葉はとても魅力的に聞こえる。嫁になるのはまだ早いけれど、菖蒲が私を必要としてくれるのなら、しばらく一緒に暮らすのも良いかもしれないと思えるくらいに。

 この際なので、私は正直な気持ちを彼に伝えることにした。


「菖蒲の言葉は嬉しいですが。私はその後が怖いんです。きっと、私を嫁にしたことを菖蒲が後悔する日がすぐに来ますから」

「……来ないと思うけど」

「いいえ、来ます。それを突きつけられるのが怖いです。菖蒲は私に優しくしてくれました、とても嬉しかった。その優しい菖蒲だけを覚えていたいんです。菖蒲に拒絶されるのは嫌です。菖蒲から拒絶の言葉を聞くくらいなら、その前に……優しい言葉だけを覚えているうちに消えたいです」

「それって……」


 そこまで口にしかけた菖蒲は、不意に言葉を切る。


「薊、私も嬉しかったよ。長に私と暮らして行く覚悟があるか聞かれた時に、迷わず肯定してくれて」

「菖蒲、あの時の言葉は演技で……」

「演技でも、薊が迷わずそう言ってくれて私は嬉しかった。思わず、尻尾を出してしまうくらいに」

「それは……」


 大げさ過ぎじゃないだろうかと思う。

 確かに、あの時の菖蒲はなんだか幸せそうな表情をしていたけれど、それが私の演技の、「はい」を聞いたからだなんて……そんなしょうもないことで喜ぶなんて、普段の菖蒲はどんな暮らしをしていたのだろう。


「ねえ、嫁になってくれる?」

「……少し、考えさせてください。菖蒲の考えは分かりましたから」


 今の私には、冷静になる時間が必要だ。のぼせ上がった頭では、きっと冷静な判断は下せない。


「なら、私は薊が了承してくれるまで、毎日求婚し続けることにするよ」


 私の顔を見ながら、菖蒲は金色の目を細めて穏やかに微笑んだ。その笑顔に、私はとても胸が苦しくなる。

 駄目だと分かっているのに、傷つくだけだと知っているのに、どうして菖蒲のことがこんなにも気になってしまうのか。

 すぐに了承することなく、保留の返事だけを返せたことに私は安堵した。

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