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あなたは何色になりたい?

作者: 風水 夕日

 白く、黒く、濁ったような曇天の下で、僕は何気ない会話をした。

名前も知らない、何色ともつかないような女との会話だった。

「白って、とても傲慢な色よね」

 僕は意味も分からず、ただ首をひねることしかできない。ただ、女の真っ白に透き通るような肌が僕の目にはっきりと映っていた。その瞬間、何色ともつかない濁った空は真っ白に染まる。何一つの濁りも許さないような白だった。

「高潔で清純で美麗な色。だから、どんな汚れも穢れも許さない。邪魔な色はすべて消す。それって、とても息苦しい……。だって、他の価値は一切認めないのだもの」

 僕は、真っ白に染まった空を見た。それは、何も書かれていない白紙のノートやキャンパスにも見えた。そう思った時、そうかなと女の言葉に返していた。

 女はほんの少し笑みをつくると、くるりとその場で一回舞った。そうすると、今まで白かった空は真っ黒に染まった。すべてを飲み込んでしまいそうなほどの黒は、その場にいる女も僕も飲み込みそうなほど空を覆っている。

「黒って、とても怠惰な色よね」

 女の髪が、さらさらと流れる。濡羽色のその髪はどこか優しく、黒い空のどこから降り注いでいるのか分からない太陽の光をてらてらと反射していた。

「何色にも染まらず、すべてを受け止めるだけで終わってしまう色。何色になることもできず、他の色の手助けもできない孤独な色。それって何も分かろうとしない、自分から動いて何かを受け入れようとしない怠惰の現れだと思わないかしら」

 僕は、真っ黒に染まった空を仰いだ。それは、静かに佇む月のない夜や無限に広がる宇宙のようにも見えた。そう考えた時、そうかなと女の言葉に返していた。

 女が目を閉じ僕の言葉に頷くと、真っ黒な空が深紅に染まった。人の体を廻る血潮のような赤は、僕の視界を、世界を真っ赤に染め上げる。

「赤って、とても嫉妬深い色よね」

 女の赤く健康的な唇が、言葉にそって動く。白い肌にほんのり挿した赤みも相まって、女はひどく美しく見えた。

「情熱的で燃えたぎるような熱さを象徴する色。けれど、いつも色の中心にいないと満足できない。黒や白もあるのに、目立つ色と言われれば真っ先に自分。赤はいつも他の色の綺麗さを見失わせてしまう。自分が目立って、他の長所を塗りつぶしてしまう」

 僕は、真っ赤に染まった空を見上げた。それは、暮れなずむ夕日を浮かべた空や親愛の情をこめた薔薇を思い起こさせた。そう感じた時、僕はそうかなと女の言葉に返していた。

 女が僕の言葉に目を伏すと、途端真っ赤な空は元の濁った空へと戻っていた。それは何色ともつかない、強いて言うなら灰色とでもいうべき混沌とした空だった。

「灰色って、とても強欲な色よね」

 女の灰色の瞳が、僕を捉えた。僕は、何色ともつかないその女の視線に釘付けになる。まるで吸い込まれそうな瞳だった。

「黒でも白でもない、中立の色。けれど、優柔不断でどっちつかず。黒や白の手助けを借りないとその色にはなれないし、他の色の力を借りても心残りがあるのか染まりきれない。それって、何でも自分のものにしないと気が済まない強欲さだと私は思うわ。中途半端でいつまでも自分の可能性を決めきれない強欲さは、黒や白、赤より醜いわ」

 僕は、何色ともつかない混沌とした色の空を振り仰ぐ。それは、本当に何とも形容できなかった。だから僕は、そうだねと女の言葉に返していた。

「あなたは何色になりたい。黒?白?赤?……それとも青や黄みたいな他の色?」

 僕は、それにどう答えればいいのか分からなかった。だから、君はどうなのと聞き返していた。女は迷うことなく答えた。

「私は灰色」

 僕は驚いて、どうしてと聞き返していた。だけど、女もよくわからないで首をかしげていた。

「どうして灰色なんだろうね。一番醜いって私が言ったのに」

 何色ともつかない女は、灰色の空を見上げて僕にそう漏らした。その姿を見た僕は、何かに気付いて女にこう答えた。

「僕も灰色になりたい」

「……どうして?」

「君は、何色にはなりたくない?」

「なりたくない色はないわ」

「だからだよ」

 僕は、女に向かってこう言った。

「無色にはなりたくないんだ」

「……そっか」

 そう女が答えた時、女は少し色付いて見えた。

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