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光の中に眠る想い

作者: 空人

 世界に満ちる光をかき分けて、目的の場所へと進む。傍らに居る、まだ少女らしさを残したままの連れが不安げな表情でこちらを窺っているのがわかります。無理もないでしょう。私でさえ、気を抜けば前後の感覚を見失ってしまいそうなのですから。それだけの力がこの場所を支配している。それなりに大きな力を持っていると自覚しているはずの自分が、ここではあまりにも小さな存在なのだと気付かされるのです。

 連れが私の手に触れる。初めての感覚に不安を覚えたのでしょう。しかし、実のところ私と彼女にそれほど大きな差などないのです。この光の中心。力の源が何なのか。それを知っているかどうかの差でしかありません。

 私は安心させるように彼女に笑顔を向け、光の中心を示してみせます。この光が私たちに害意などないことは、彼女も気付いているのでしょう。まだ眉が中央に寄ったままではありましたが、進行に滞りはなく、私たちは程なくして目的の場所へとたどり着くのでした。


「……これはいったい何なのですか?」


 私たちの目の前に在ったのは、世界を覆うほどの光量を放っているとは思えないほど小さな小さな光です。


「これは勇者の魂。我々が知る限り最も古い。最初の勇者。それがこの光なのです」


 説明を受けて、彼女の目は驚愕に押し広げられます。


「こ、これが人間の魂なのですか? こんなに強く光る魂なんて聞いたことありませんっ。それが勇者とはいえ、人間のものだなんてっ!」


 事実を飲み込めない彼女に私は首を振って答えます。


「いいえ、確かにこれは勇者の、人の魂なのです。それだけ最初の魔王は凶悪でした。そして当時の人間たちには、まだ彼らに抗うすべがほとんど無かったのです。金属を固めただけの武器と、狩猟のためだけの魔法では魔王の眷属たちと戦うことも困難でした」

「……では」

「もちろん彼らを救うため、神々は力を惜しみませんでした。力と知恵と正義を持った、人間たちの導き手を創り出したのです」

「創った? 人間に力を与えたのでも、より高次元の世界から呼び出したのではなく?」


 目を伏せ、質問を肯定します。


「当時の人間は神の力に耐えられるような器ではありませんでした。また神々の方にも他次元への交流が無く、その手段も確立されていない状態でした」

「一から創るしかなかったのですね」


 その理解の早さに思わず笑みがこぼれます。我々の中でも年若い彼女が今ここに居る理由のひとつがその頭の柔軟さでした。


「そう、そして神々はその人の器に様々な加護を与え、力を注ぎました。大きな力を得て生まれた勇者は、かくして魔王討伐を成し遂げることになります。しかしそれは孤独な戦いでした。人々を率い、その頂点に立つ存在でありながら、彼について来られる存在は人間の中には居なかったのです」

「…………」


 その悲しい運命に、強いられた孤独に、何か思うところがあったのでしょう。沈黙を返した彼女の瞳には哀しみの色が浮かびます。

 しかしそれではいけない。勇者の孤独な戦いを哀れむだけにしておいてはいけないのです。


「……戦いの後、勇者は神になれるはずでした」

「でも彼は神になっていない……?」

「はい、自分は人間に生まれたのだから、人間のまま生きたい、と」

「しかしそれには神の与えた力が邪魔だった」

「そう、だから勇者は眠りにつきました。長い長い眠りに。その中で勇者の身体は朽ちてしまいましたが、その力は未だ衰えず、光を放ち続けているのです。少しずつ、少しずつその力を世界に馴染ませながら」


 そのおかげでこの世界には神の力が溢れ、魔法は大きく進歩を遂げていきました。人間同士の争いも増えましたが、次代の魔王への対策も彼ら自身で出来るようになってきました。

 今、神々は彼らを補助する程度の存在です。それで良いのだと思います。


「後は彼が目覚めるのを待つだけです」

「それが、わたしの仕事……」

「そう、人としての普通の生活をほとんど体験していない勇者には、多くの助言が必要でしょう。この光を放ち終わるのを待って、彼を導いてほしいのです」


 全容を話し終えたわたしたちの間に、もう差なんて存在しないのかもしれません。あたたかな光に釘付けになっていた彼女はゆっくりとこちらに向き直ると、その意思のこもった瞳でわたしを捉えました。


「謹んで、承ります」


 決意とともに膝を折る彼女の表情には、最初の不安など微塵も感じられませんでした。そして、勇者の魂を見つめる目にはもう、哀しみはなく、むしろ喜びや畏敬の念すら感じられました。いえ、もしかしたらもっと別のものかもしれません。



 勇者のことは全て彼女に任せ、私は早々にこの場を離れることにしました。

 いつか始まる人間として生まれ変わった勇者の物語に、彼女の影が少なからずちらつくのを予感しながら。


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