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ギルド『ハルモニア』

そして今日もすれ違う

とにかくおっさん×少女が書きたかった。

色々めんどくさい世界観とか設定とかです。

下ネタとかちょっとしたセクハラを含みます。

「あった……!」


数年前の記憶を頼りに、図書館の蔵書を探す事1時間。

目当ての本をようやく見つけ、ぴょんぴょん飛び跳ねてしまう。

図書館でこんな騒ぎ立てるのはまずアウト。


ただし魔法学校の試験前シーズンなら違ったかもしれないが、

ここはその他の時期だと図書館内でも滅多に人が来ないコーナーだ。

現に私以外、人気は全く無い。だから私を咎める人は誰も居ず。


今時の魔術師はここの本を読破しようと思わないのだろうか。

私なんてこの世界に移住してきた時は一日中入り浸ってたのに。

と、ついつい過去に浸りそうになるのもそこそこに私はギルドへと戻る事にした。




「マスター、ただいま」

「あら、おかえり。ツェリ」


私、ツェリはこのギルド『ハルモニア』に務めるハンターだ。

さっき返事をしてくれたのはギルドマスターのヘルマ。


「今日は図書館に行ってたのかしら?」


手に持っていた本を見て尋ねてくる。

マスターは当時12才の子供だったにも関わらず、

家出したせいで行く宛の無かった私を雇ってくれた良い人だ。


怒ると怖いがとても優しく、上記の通り面倒見も良い。

女性らしいのは中身だけでは無く、外見もだ。

元々顔立ちが整っているのもあるだろうがいつも綺麗な身なりをしている。

その女らしさはつくづく私も見習わなければと思う。


「アタシも料理の本借りようかしら。

 お菓子のレパートリー増やしたいし」


ただしオネエだ。

しかも綺麗系の外見といっても体つきは女性らしくない。

どっちかというと細マッチョのイケメンだ。

黙ってれば。黙って無くても女にモテてるけど。

言動はアレだが異性愛者だ。現に片思いしてる相手は女の子だし。


「そういえば、この間言われてた依頼だけど。

 ……受けるから」

「えっ……ああ、あれね。お願いするわ」


マスターが若干目を泳がせたのはたぶん依頼が依頼だからだろう。

気まずくなるのが目に見える。もう本来の要件は言い終えた。

だから私はさっさと自室へと帰って行く。




ここのギルドは住み込み型だ。

大体は二人で一つ部屋が支給される。

私は相棒と同室だ。だから部屋には彼がいる訳だが。


「おーおかえり、ツェリ」

「……」

「ちょっ、いつもの事なんだから、

 そんな冷たい目向けるの止めよう!おっさん泣いちゃうよ!」

「うっさい、このエロ親父!

 いっつもいっつもいやらしい本ばっかり読んで……ドスケベ!!」


ドアを開けてすぐ目に入ったのは成人向けの本を読む相棒の姿。

普通そういう本読んでるの見られたら慌てるだろうに、

この男はいつも何事も無かったように流す。

今回も平然と私に迎えの言葉。私もおきまりのように怒鳴り散らす。

ああ何回やっても腹が立つ!


目の前のおっさんこと、ゲイル・ハウバードは私の相棒だ。

入った当時だからもう7年もの付き合いになる。

本来、私のような魔術師は戦士と組む事が多いのだが彼は商人だ。


この世界は比較的治安が良いとは言え、野盗はやはりいる。

なので商人というと非戦闘員のように思えるが、

わりと武芸を嗜んでいる者も多い。

ちなみに彼の場合、それで食べていけるぐらい強かったりする。


「もーツェリは潔癖症なんだか、あだだだだだ!!

 耳は止めて!おっさん耳弱いから!!」

「変態変態変態!さっさと片付けてよ、ばか!!」


人より長いそれを思いっきり引っ張る。

彼は魔族の血を引くダークエルフという種族だ。


美形と名高いエルフの血が入ってるだけあって顔は、

……その、悪くないと思う。

年を重ねた故の知性とか渋みとか滲み出ていて。

マスターと同じく黙ってれば……良い、のに。


「ツェリ、気になんの?その本の姉ちゃん。

 良いよな、このたわわな胸といい、腰のライぐふぁっ!?」

「アンタと一緒にするんじゃない!!」


広がっていた本の一つを睨み付けていたのを、

うっかり見られていたらしい。

それ以上聞きたくなくて暴力に走る。

悪い癖だというのはわかっていても止められそうもなかった。




「……はあ」


シャワーを浴びながら思い出すのは、彼が薦めてきた本の女性だ。

己の胸を押さえて漏れるのは溜息。

良くて小ぶり、ハッキリ言えば貧相な洗濯板。

あの豊満なボディーラインには程遠い。


……私はゲイルが好きだ。

でもゲイルにとって私は相棒でしかない。

なんせ彼が好きなのは本に載せられるような色っぽい女性なのだから。

それは早い段階で気付いていたから、牛乳飲んだり体操したり……だがこのざま。

成長しても彼好みになる気配は微塵もない。

もしもあの本の女性のような体になれば、

彼は今度こそ私を意識してくれると思ったのに。


私は乙女じゃない。男の人を知っている。

……ゲイルの体で、知っている。初めてを彼に捧げたから。

だめだ。思い出したら顔が赤くなってきた。




そうなったのは私の生い立ちが関係している。

私は異世界にて魔術師の名門に生まれた。

その世界においては魔術師として格が高ければ高いほど人でなしで

……私の親も例に違わず。反面教師としては最高の教材だった。

陰湿な家に耐えきれず、この世界にまで逃げたのが12の時。


その後、運良くマスターに拾ってもらい、

ゲイルがコンビを組んでくれる事になって、

生家にいた時とは比べ物にならない位、幸せに暮らしていた。


けど、その三年後。ちょうど成人を迎えた時だ。

家の者がこっちの世界にまで私を捜しに来たのだ。

偽名を使っていたとは言え、見つかるのは時間の問題。

このままでは間違い無く、ギルドの人に迷惑をかけてしまう。

マスターにもギルドの仲間にも、そして何よりゲイルに手が及ぶのが嫌だった。

生家の力は嫌と言う程分かっていて。逃げ切れる自信は無かった。

だから誰にも迷惑のかからない場所で見つかって帰ろうと。


おそらくこの家出は留学とか何とかで誤魔化しているだろう。

となれば、戻れば最後、他家に嫁がされるんだろうなと。

殺してくれるのが一番だが、

残念ながら私の体は魔術師の母体として利用価値があったから。

ならばせめて初めてぐらいは好きな人が良かった。


ゲイルにとって私は子供だ。

もし外見のままの年齢でも充分対象外だろうに、

四十前の外見をしている彼は実年齢は数百才。

……どう考えたって無理だ。

そもそも私をコンビにしてくれたのも、

子供をほっとけないって理由だったからであって。


でもどうしても私はゲイルに初めてをもらってほしくて、

早く大人になりたいと、成人のプレゼントにそうしてくれと。

物凄く渋られたけど私があまりに必死だったせいか、

折れてくれて、それで、まあ……詳細は黙する。


とにかく女にしてもらった私は、

彼が起きる前に元々纏めていた荷物を持って、

適当な所であっさり捕まった。

後は私の予想通り、他家へと嫁がされるはずだった。


けど結婚式の日、ゲイルが私を攫ってくれたのである。

何が起こったのかはわからないけど気がつけば彼の腕の中にいた。


あまりに驚いたのと現実味の無さに、

花嫁姿で逃げ出すなんてまるで物語のワンシーンみたい、

なんて呆然と考えていたらゲイルは言ったのだ。


『やっぱね、おっさん、ツェリ以外の相棒考えられないんだわ』


どんな形であれ求めてもらえたのが嬉しくて。

仕方無いわね、とかいつもと同じく意地張った返事しちゃって。

でも無事に元の生活に戻って……元通りになって……。

次の追っ手も無く、本当に平和な日々を取り戻した。


……にしても、いくらなんでも日常に戻り過ぎだ。

そりゃあ、ゲイルは初めての私でも分かるぐらい、

女慣れしていると手つきでわかった。

一回抱かれたぐらいで恋人面する気無いけど。

一夜のアバンチュールだけじゃなく、

ロストバージンの相手すら朝飯前って事なの?

何事も無かったように振る舞うってレベルじゃないんだけど!!

おかげで私も前と全く同じ態度を保つしかなかった。

でも諦めた訳じゃなくて、絶対いつか意識させてやる……って思ってたのに。

なんで私の体いつまで経っても発展途上なの……。


「ツェリー」

「っ?!な……なにっ?!」

「んにゃー、やけに長風呂だから、

 のぼせてんのかと思っただけ」


完全に気が抜けていた所、浴室のドア越しに話しかけられる。

驚いて叫びそうになったがどうにか抑えた。

もし悲鳴を上げてしまったら特攻されるかもしれないと。

ああ、でも私が恥ずかしがって殴るぐらいで、

ゲイルは全く気も止めないんだろうなあ。


もし私が下着姿で出てきても

「いやんツェリったらセクシーな格好しちゃって!

 おっさん襲っちゃうぞー」

とか冗談めかして上着着せてきそう。

彼はそういう人である。


「……でもそんな余裕でいられるのも、もう少しなんだから」


決意に満ちた呟きは、

シャワーにかき消され、彼に届かずに済んだだろう。

長々と浴びすぎたかもしれない。頭がふらふらしている。

このままだと彼の心配通りになってしまいそうなので、

いいかげん切り上げる事にした。




「ゲイル、明日灰の森に行くから」


恋人でもない男女が一つのベッドで寝るのはおかしいだろう。

ましてやそれが家族でないとなれば尚更。

しかも狭いベッドで寄り添い合ってるとなると誰の目から見ても不可思議なはず。

でも、もう私達の中では当たり前になってしまっているのだ。


「んー?依頼?」

「そうよ、薬草採取と薬作り」

「ほいほーい」


どんなに体密着させたってお互い何の違和感も覚えない。

と言ったらちょっと嘘になるかもしれない。

少なくとも私は結構動揺してる。でもそれ以上に彼の腕の中は安心する。


「おやすみ、ツェリ」

「……おやすみなさい」


どきどきと未だに慣れない心の早鳴りを感じながら、

私は静かに瞼を閉じた。




「なあ、ツェリ。

 なんでそんな張り切ってんの?」

「は、張り切ってなんか無いっ!」


次の日、森の中をガンガン進む私に、

ゲイルは確信を得たようにツッコミを入れる。

ぎっくぅ!とベタな反応をしてしまったが、

いつものようにあまのじゃく全開で返す。

だらだら、嫌な汗が止まらない。

絶対に目を逸らすのが分かっていたから前を向いたまま。


「ならおっさん労ってよー、ほら休憩休憩」

「もうすぐだから、一気に行きたいの」

「……やっぱしてる」


私はわかりやすい、顔にも声にも出る。徹底的な大根役者だ。

そしてゲイルは鋭い。嘘を吐いた所でさらっと見破る。

たぶん私の恋心なんて疾うにお見通しだろう。

それでも一向に態度が変わらないのは無関心なのか、演じ方が上手いのか。

両方だろう、さすが商人なんて感心してる場合じゃない。

だってさっきの誤魔化せてないのだから。


「まあそれはいいや。

 で、ツェリ。今回依頼された薬って何?」

「……成長薬」

「あーわかった。余ったの、飲む気なんでしょ!

 ツェリちびだもんnゴフッ?!」

「次言ったらその口縫いつけてやる!」


頭をぽんぽんと撫でて子供扱いする彼に、

私はもうほぼ反射的にボディーブローを決めた。

よくも人が気にしてる事をずけずけと!


「そういえば何の薬草探してんの?

 薬草探しなら俺頼ればいいのに、これでもおっさん森の民(エルフ)よー?」


それもそうだ。

間違っている道を進んでいるつもりはないが、

森の事は森の民に任せた方が確実。

正直な所、あんまり言いたくないんだけど。


「……フラボルだけど」

「……フラボルねぇ」


だとしてもここで下手に濁せば、余計に怪しまれる。

そう思ったから素直に私は口を割った。

この選択に間違いは無かったらしい。


んじゃーこっちの方だわ、とさっきの弱音はどこへやら。

私を先導していく。やっぱりそっちであってたか。

ただいつもは私に合わせてくれるのに、

今日は妙に早足で、私は必死で追いかけるしかなかった。




「見つけた!」


死に物狂いでついて行き、

意識が朦朧としてきた時だった。

付いたよー、と軽い声が聞こえてきたのは。

肩で息をしながら顔を上げれば、そこには探してた薬草が。

疲れなんか忘れて飛びつく……とダメになるから、

丁寧に掘り出し、土を払って袋にしまう。


「じゃあ帰るわよ!」

「休憩しなくて良いの?」

「休んでたら日が暮れるもの。

 それにしてもこんなに奥にあるとはね。

 あんなに歩くはめになるとは」

「……ツェリは根性あるねえ。

 ……おっさん、へとへとだわ」


呆れたように言われたのにかちんときたが、

怒りは抑え、殴る気力を足に回す事に。

でも気のせいか、帰りはそんなに歩く事は無かった。

あれだけぐねぐね行ってたはずなのに、まっすぐ一本道。

夜になる前に私達はギルドへ帰る事ができた。




「ふっふっふ……できたー!」


ギルドへ帰ってくるやいなやシャワーを浴びて、

即座に私は調合室へこもっていた。

食事の時間すら忘れて私は薬作りに熱中。

そのおかげもあって、寝る前に薬を完成させて。

依頼された分を大瓶に移し、残りは自分用として小瓶に。


「今に見てなさいよ……」


小瓶を持った手を軽く振ってダマを無くす。

そして飲み口に唇を当て、一気に瓶を傾けた。


「ぷっはぁ!」


魔法薬は何かと言葉にし難い味が多いのだが、

ただ甘いだけなのは幸いだった。

他のに比べればまだ飲みやすい、美味しいとは言いがたいけど。

これなら依頼主も口にできるだろう……おそらくは。


『……おっさんは小さいままで良いと思うけど』


あとは効果が出るのを待つだけ。

そんな中、缶詰する前、彼にかけられた言葉を思い出した。

ついアンタには関係無い、と返してしまったのだが。


むしろ関係大ありだ。それが事実だが言える訳が無い。

彼は勘違いしてる。私が口にしたのが背を伸ばす薬だと。

成長は成長でも……胸を膨らませる効能だなんて、わかってやいないだろう。

それが彼を振り向かせたい一心でやってるのだって。


自分勝手なのは承知の上で腹が立った私は、

知らんぷりして彼の苦手なこの部屋へ逃げ込んだ。

しばらくドアの前で佇んでいたけれど、漏れてくる匂いに耐えきれなくなったのか。

気付いた時にはいなくなっていたけれど。


「……今の私じゃ欲情しないくせに」


少しで良いからアンタが私を見てくれたらそれでいいのに。




「あら、ツェリ。こんな時間に出かけるの?」

「夜風当たるだけ、すぐ戻るから」

「騎士団の見回りがあるとは言え……女の子なんだから気をつけなさいよー。

 なんならゲイル呼んでくる?」


マスターに依頼の品を渡し、同時に外出の報告を。

狭い部屋で同じ姿勢を取っていたせいで、

凝り固まった体をほぐす為にも外へ出たいのだ。


それに今の私はわりと薬臭いだろうから。

このまま部屋に戻れば嗅覚の鋭い彼には拷問だ。


夜の散歩もゲイルが付き添ってくれたなら、

私の中ではデートとなって、嬉しいのだろうけど。

さっきも言った通り、たぶん私に寄らせるのは彼を虐めてるのと同じ事。


「……ありがと、でもいらない」


だからきっぱり私はそう言い切った。




「完璧だったはずなんだけど……」


散歩を終え、私はギルドの扉の前で唸っていた。

おかしい。と気付いたのはついさっき。

視線を下に落とす、そこにあるのは依然隆起のない胸。

飲んでから結構時間が経ったはず。

なのに一向に効く気配がない。配合を間違えたのか。

それならマスターに渡しちゃったの、一旦回収しなくては。


「いらっしゃ、ってツェリ!随分遅かったじゃない!」

「ごめん、考えごとしてて。

 それよりさっきの……」


ギルドの扉を開けて、すぐさまマスターの声が飛んできた。

このままだと心配していた……彼?彼女?

彼でいいか、のマシンガントークが炸裂するだろう。

その前にさっさと返してもらおうと口を開きかけたその時だった。


「おかえりー、ツェリ」


うげっ、と漏らさなかった私を褒めてあげたい。

軽い声でかけられた迎えの言葉がいやに重く感じる。

入ってすぐのロビー、そのソファの上に声の主。

まるで待ち構えていたかのようにそこへ鎮座していた。

なんでいつもみたいに部屋でふしだらな雑誌を読んでいないわけ?!


「ゲイル、ツェリ帰ってきたんだから一緒に部屋戻りなさい」

「んなっ」

「りょーっかい。

 ほんじゃおっさんと手でも繋いで仲良く帰るか、ツェリ」

「なんでよっ!」

「はいはい遠慮しない遠慮ない」

「遠慮じゃないいいい!って、いった、ちょっ、おっさん!」


抵抗虚しくあっさり手を取られ、部屋へと連れて行かれる。

手を繋がれるのは嫌じゃない、恥ずかしかっただけ。

それだけのはずだったけど、やけに強い力で引くその手が、

普段とは違う気持ちを起こしていく。

怖い、と。その感情に胸がざわついていた。




「ツェリ」


悪い予感ほど良く当たる。

これはいったい全体どんな状況なのだろうか。

部屋に戻って手が離れて一安心、と思った矢先に、

私は壁に追い詰められていた。ゲイルに。

呼びかけ方は優しいのに、声はぞっとするほど冷たい。


「……なんで、怒ってんのよ」


精一杯の強がりは明らかに震えていた。

細められた彼の瞳は一見笑っているように見えるけれど、

その視線の鋭さはどう考えても反比例。


「フラボルを使用する薬は約三十種。

 そのうち、中級藥師のツェリが製造を許されてるのは二十五種。

 毒もないし、民間療法に使われるようなやつだしねー」


私の質問とは掠りもしない事をぺらっぺらと。

おかげで彼の意図はさっぱり読めやしない。


「ちょっと、おっさんってば……」

「それだけなら膨大すぎて絞れないんだけど、

 成長に関する物となれば三種類しか無いんだわ」

「……は?」

「植物の促進剤と若返りの薬と……豊胸薬と」


全身に鳥肌が立つのがわかった。

へらっといつもみたいに軽薄な笑いを浮かべながら、

真っ青で真っ赤な私へ更に続ける。


「植物の促進剤ならもっと安くて効能の良いやつが、

 園芸店にあるからギルドに依頼される事はまずねえんだわ。

 若返りの薬はピッチピチのツェリが使うには不釣り合い。

 となると今回依頼されて……ツェリが飲んだのって豊胸薬でしょ?」


薬師の資格も無いのに、なんでそんなに詳しいんだと。

丸っきり顔に出てしまっていたらしい。

笑みを崩さないまま、そっちの回答が与えられる。


「おっさん、森の民だから薬草にはわりと詳しいんだよねえ。

 それに俺の職業お忘れ?

 商品になるようなもんに関しては情報通なのよ、おっさん」

「だったらなんだっていうのよ!おっさんには関係無いでしょ!」


知られてしまった事が恥ずかしくて、

半泣きになりそうなのを隠し、強気にまくしたてる。

でもその虚勢は彼の手が私の体に置かれた事で簡単に崩れてしまった。

掌が触れてるのは胸、ぱくぱくと酸素の足りない魚のように口が動く。

驚きと羞恥で声が全く出ない。


「誰に仕上げてもらったの、ツェリ」

「ひ、ぁ」


掴まれて僅かな塊が掌の中で形を変える。

なあ、と耳元で囁かれてぞくぞくと背筋を走る何かに、

思わず体を強ばらせる。


「おっさん以外の誰に触らせたわけ?」


答えろよ、と問うのはゲイルの姿をしているのに誰か分からない。

だって彼はこんな乱暴な口調使わない、

いつもおどけたように話して。

目の前の彼は、いったい、だれ。


「や、だ」


無性に怖くなって、恐怖が限界を超えたらしい。

涙腺からぼたぼた水が溢れ出す。

泣いたのはあの夜ぶりだったせいか、

彼は驚いた顔をしてる。私も自分でびっくりしてる。

唱えるには今しかなかった。


『……炎の精霊に告げる、我が手は汝司るもの』

「えっ、ツェ」

『燃やし尽くせ、バーニング!!』

「うお、危なっ!!」


一瞬生まれた隙を逃すことなく詠唱してぶっ放す。

炎の魔法を室内とか常識外れだけど、これが一番詠唱時間が短いのだ。

超至近距離にも関わらず避けられてしまったが威嚇には充分。

彼が飛び退いたおかげでその腕から抜け出す。


「おっさんのばかぁああ!!」


それだけ叫んび大急ぎで逃げて、逃亡先は調合室。

匂いという名のバリアーで彼は入って来れない、はず。

ぐっちゃぐちゃの頭のまま、考える。うそ、考えられる訳無い。

息をするだけで精一杯だった。





尻餅の体勢から立ち上がる。

追いかけようと思えば追いかけられたが、とてもそんな気にはなれなかった。


「……おっさんの気も知らないで」


呟きに答える声はあらず。無駄に速い心拍。

昂ぶりを沈めるように己の胸を押さえつけるが効果は無いようだ。

寸で避けた攻撃のせいか、それとも久々に触れた肌の感覚が残る掌のせいか。

考える必要も無い、疑いようもなく後者だろう。


せっかく体力不足のツェリが諦めるようわざと悪路で回り道までしたのに、

彼女は結局薬草を手に入れてしまった。

そこまでしたい相手が俺にはわからない、だから嫌だったのに。


……彼女を脅したきっかけは酷く腹が立ったから。

外へ出ようとする彼女に付き添う為、

偶然を装って現れようとした直前、吐かれた言葉に。

いらない、俺は必要ない。そう言われた事が。

彼女が出かけた先に居る相手を見たくなくて立ち止まってしまった。


今すぐにでも爆ぜてしまいそうな恋情を閉じ込めて、

穏やかな日常を選んだのは自分だというのに、

何も身勝手に、年甲斐もなく、嫉妬を燃やしているのか。


彼女の相手は誰なのか。今も悋気で胸をかきむしりそうだ。

きっと一度燻り始めたこの感情はそうそう消えてくれやしない。

むしろこれから火種は激しく燃え上がる可能性の方が高い。だとしても。


「まーいつも通り隠しちゃうんだけど。

 ……おっさんになるとずるくなっちゃって嫌だねえ」


彼女と初めて出会った時には、己がここまで愚かな男になるとは思わなかった。

まさか子孫とも言うべき年齢の、それも人間に恋をするなんて。

あの頃の自分が聞いた所で信じられる訳がない。

どこまでも単純で無知だった未熟者、その情熱の矛先は憎しみに染まりきっていたのだから。

今や青臭いあんな時代に惜しむものなどありはしないと思っていたが。


年を取るごとに膨らむ臆病など知らない愚直さだけは羨ましい。





「あ゛あああぁぁぁ……」


私は今、調合室の床で悶絶している。

ここへ逃げ込んで、必死に深呼吸を繰り返し。

でも帰ってきてからの怒濤の展開に、

いつまで経っても気持ちは落ち着かず。

本でも読んで誤魔化そう、と読書を始めた訳だが。

そこで私は見つけてしまったのだ。


※服用後、三十分以内に想い人から胸部へ刺激を受ける必要があります。


大きく描かれた豊胸剤の解説、調合法。

その端の方へ小さく小さく書かれていた注意書き。

効果が出ない事に納得はいったが、これをゲイルが知ってた、なんて。

どうして私はこんな重要な事を見逃していたのか。

薬はそんな甘いものじゃないと理解してたのに。


「……もうやだしにたい」


埃まみれになるのも厭わず身悶える。

何か大切な事があった気がしたけれど、

余裕の無かった私はそれすら気付く事なく、

羞恥心のまま暴れ続け……力尽きて眠りへ付いた。




「おー、おはようさん。ツェリ」


次の日、意を決してダイニングへ朝食に向かえば、

ベーコンを囓っていたゲイルが私に気付き、さっきのそれを。

やっぱりおっさんはいつも通りだった。

普段良くやるケンカ(というか私が一方的に怒るだけ)の後ならこれでよかった。

でも今回ばっかりは私の地雷は踏みつぶされて。


人の胸を鷲掴みにしておいて、どうしてそんなけろっとしてるんだ。

百戦錬磨のアンタの中であんな貧乳じゃ胸の認定も受けないってか。

悪かったわね、つるぺたで!絶壁で!真っ平らで!


すうと息を軽く吸う。これからの行動に躓かないように。

アンタが意識しないなら、私だっていつも通りふるまってやる。

でもね、その前に……一発決めさせろ。


『……盟約の元に集え、煌めく紅玉の焔よ』


ふつふつふつふつ、怒りと共に零れるのは上級詠唱。

一言のよどみも無く口から出て行く文字が光を帯びて私の周りを渦巻いていく。


え?と間抜け面で戸惑いを漏らすゲイル。

いまいち状況を分かっていないのは彼だけらしい。

ダイニングに集まっていた他の仲間達は一斉に緊急退避を始めていた。


空気が読めるメンバーで助かった、ごめんねマスター。

後で修理代はきっちり耳揃えて返すから。


『グランドフレア!!』


轟音と共に火柱が上がる。

ちょっと意気込みすぎたのか、予想以上に勢いは強く。

……鎮火後、私とゲイルはマスターに長々お説教を食らう事となるのだった。

優秀だけど訳アリ(変人多め)が集うギルド『ハルモニア』

そこを舞台に繰り広げられる恋愛模様をシリーズにしたいとは思ったけど、

連載にしたら確実に未完結フラグなのでとりあえず短編。


第一弾は肝心な所でずれてるおっさんゲイル×ツンツン少女ツェリ

体格差、種族差、年齢差、好き要素をとにかく詰めちゃったぜてへぺろおぉ!!

こいつらはどっちかがデレたら即成就なのにお互い意地張りまくり。


以下なんとなく設定。


ツェリ 本名:フィアテリーゼ・レッキス

家出してきたお嬢様。

親からは道具扱いで監禁されたり、従兄から貞操狙われたり、

幼女時代から家独自のえげつない魔術見せられたりと人生ハードモード。

魔術師。わっかりやすいツンデレ。ゲイル大好きなのは周知の事実(ゲイル除く)


ゲイル・ハウバード

魔族との混血エルフのおっさん。

出生のせいで捨てられるわ、その後得た故郷も滅ぼされるわ、

大事な人に手をかけるはめになるわ、壮絶ってレベルじゃねーぞという人生送ってきた。

商人。大事な所ではぐらかしちゃうダメな大人。ツェリ好き過ぎるのがバレバレ(ツェリ除く)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 飄々としたおっさん×ツンデレ素敵! [一言] もの凄く楽しかったです! ばいおれんじ様の書くおっさんはやっぱり素敵ですね! とても好みで、最近おっさんに手を出した自分は、まだまだだなぁと感…
[良い点] 完全に私好みのおっさん×少女でした。 本当にありがとうございます! [気になる点] 文章がぶつ切れすぎるような気がしますが、まあ、これは好みの問題かもしれませんね。 [一言] 初めまして。…
2014/01/19 14:31 退会済み
管理
[良い点] ツンデレ年の差すれ違い、私も大好きです。 各成分のバランスも好み真ん中黄金比ですwww これからも陰ながら応援させていただきますm(__)m [気になる点] 誤字脱字はご愛敬の範疇。でも気…
2014/01/07 19:06 退会済み
管理
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