005
「まず、状況を整理しましょうよ」
大玉警察署、自慢の食堂で三星巡査が大きな身振り手振りとともに大きめの声を上げ、正面の席でたぬきうどんをすすっていた経堂は返事の代わりに
「ずぞっ、ずぞぞぞぞぞ」
と、箸に引っかかっていたうどんを啜りあげてからこくんと頷いた。
「そもそも一週間前に大玉地区内、玉台公園付近で起こった切り裂き事件が発端ですよね。被害者は妊婦、腹を切り裂かれ、引きずり出された胎児の腹も切り裂かれていました」
「三星そこから話し出すのやめなさいよ、こっちは食事中なのよ」
経堂の怒りを一顧だにせず三星は続ける。
「結構残忍な事件なんですぐに対策本部が立てられましたが、目撃情報、被害者周辺の状況などから怨恨の可能性は早い段階で否定され、全く関連のない第二の妊婦切り裂きが起きてそれが裏付けられました。快楽目的の通り魔殺人、それも妊婦だけを狙ったもの、ということであまりにセンセーショナルすぎる、との理由で報道は過熱しました」
「でも、その割に」
「うん、対策本部を任されたのはこの管轄、大玉警察署の僕らのチームのみでした。柴田さんの手腕を買われて東京県警から直接の指示で、直属の俺らだけに指示がきたっぽいです」
「まあ斯波さんは気に食わないしすげー怒るわよね…」
「あのハゲは結局自分の進退問題に絡んできますからね、ムカつきますけどあの人も責任だけ取らされる立場ってかわいそうっちゃかわいそうっスよね」
ふと気が付いて、経堂はうどんから目を離し、三星を見た。
「ていうか、登録者の犯行の線はなかったの?」
三星は、驚いたように経堂を見る。
「てとらちゃん、なんも知らないんスね」
その口調に、経堂の顔は恥ずかしさで赤くなった。この同僚に下に見られるのは、かなりムカつく。そして現時点でやや能力の劣っている自分に苛立ちが募る。
「な、なにを―」
「登録者が能力を何らかの形で行使すると、そこには必ず痕跡が残ります。この痕跡はDNAと同じで個人によって違います。今回能力使用の痕跡は認められていませんでした、だから…」
「そ、そんなことはわかってるわよ」
と、経堂は思いついたことをポンポン口にする。
「でも、未登録能力者の可能性もあるわけでしょ」
「近所に登録者のおばあちゃんがいて…」
同じ質問が対策本部でされていたことを思い出す。
「登録者はほかの人が能力使ったらわかるんだったわね、あれでしょ、そのおばあちゃんの能力はただの発汗過多だったんでしょ、水の」
「案外会議聞いてるじゃないスか、その時てとらちゃんガックガクしてたはずなんですけどね、首が」
図星だ。あとで柴田にキレ気味に教えてもらったものだ。徹夜続きだったとはいえ、あそこでうつらうつらしたことが悔やまれる。また経堂の顔は赤くなった。
「で、最近姿を消した奴で、能力を持っていないやつを洗い出していったら疋田波瑠彦にぶちあたりました。犯行用のナイフを勝てるそれっぽい奴の姿も映ってました」
「ところが、そのあと肝心の足取りが全くつかめない・・・と」
「そこなんですよ!!」
三星が机をダン!と叩き、たぬきうどんの汁が跳ねた。
「絶対裏で手引きしてる未登録能力者がいると思うんですよ!」
突然のハイテンションにやや引きながらも、経堂もその意見には賛同だった。そして、それを柴田が進言しても斯波がつっぱねたことも二人は知っていた。
「でも犯行現場に痕跡一回も残ってないからありえないって斯波さんが言ってたじゃない」
「そこなんですよね…」
と、結局新米二人に解決策など浮かぶはずもなく、
「てか書類書かないと!てとらちゃんは?」
「あたし銃弾の紛失…」
「あ、俺もですよ」
二度とこの凡ミスはしねえ、と心に誓う経堂だった。
「やっぱ、未登録能力者の路線でしかありえねえと思うんですよ」
車を運転しながら、柴田は助手席にちょこんとおさまる諸葛に話しかけた。顔はニヤけている。
「そんで、今日当たってたらそれっぽいやつがいたんですよ。」
これ以上ないほどニヤニヤしている柴田を見て、思わず諸葛も相好を崩した。
どうやらこいつ、すでに解決策を見出している。
「それっぽいって、未登録能力者のことか?」
「そうに決まってるじゃないですか、刑事の勘ですよ」
との柴田のセリフにピンときて、諸葛は大爆笑した。
「身内の危機、挙動不審、そんで出雲都出身の数え役満だったんです、ちょっと話したんですけど」
「だいぶ可能性が高いね、部下たちに洗わせようか?」
「そうですね、それがいいと思います」
と柴田が答えるや否や、早速諸葛は三星に宛ててメールを送信した。
やがて車は環状線に並び立つとあるファミリーレストランに止まり、二人は店内に入っていった。