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004

 同じ頃、黒い国産車が高速道路を駆けていた。

 「経堂」

「はっ、はい!」

 本部へと戻る車の中、運転しながら柴田が口を開き、経堂の幼さの残る頬に冷や汗が伝った。

 -何やらかしたっけ…未提出書類?そんな大ポカしてないと思うんだけど…柴田さん怒鳴ったりはしないけどプレッシャーが半端ないからなー…


「今日張り込んだの、どこの地区だっけ?」

「…はい?」


 てっきり何かやらかしてしまったのかと思った経堂は反応が遅れたが、気を取り直す。

「き、今日は目撃情報があったと伝えられた東京と神奈川の境界、大玉おおたま地区の西側です。ちょっと変な若いサラリーマンの方がわたしに凄い剣幕で詰め寄ってきた以外は何の成果もありませんでした」

「何故張り込むことになったか覚えてるか」

 どうやら経堂に今日の職務のおさらいを強いているらしい。流石にわたしをバカにしている、と経堂は心の中でいじけた。

「通り魔件数が最も多い地区であり、諸葛もろくず巡査長、三星みほし巡査のコンビは東側から、分担して聞き込みを続けていく予定だったからです」

 完璧だ、と経堂は胸を張ったが柴田は眉ひとつ動かさない。

「そうだな。もう犯人の名前も住所も割れてんのに何故か捕まえられず二次被害が増えていくから、俺ら四人の立場がない。だからこうやって張り込んだけど何の成果も得られなかった。これで合ってるな」

 表情を変えず柴田が喋り、経堂はがっくりと気が滅入っていくのを感じた。これから署に帰るのが憂鬱だ。上司が柴田を、その部下である経堂も、仲間の諸葛と三星をもまとめて嬉々として責め立てるのは目に見えていた。

「それでだ経堂、一旦俺たちは大玉地区から目を離してみようと考えている」


 ここ十日で、大玉地区を中心に同一犯と思われる切り裂き魔事件が七件。うち地区内が三回、ひとつ隣の西の地区で二回、昨日は少し離れて埼玉県境の地区で一回。いずれも警察の捜査を嘲笑うかのように行われている。手口も手口とも呼べないような、突然夜道で襲いかかってくるという単純なもの。気を付けてくださいとは報道が回っているが、それで防ぎきれるものでもないだろう。

 疋田波瑠彦ひきた はるひこ。大玉地区北部に在住、一人暮らしのフリーター。ここまで分かっていて証拠をつかむのはおろか接触すらできていないというのは、確かに警察の面目丸つぶれである。事件後警察は疋田の姿を全く発見できておらず、犠牲者ばかりが増えているのである。


「えっ…でも…」

「昔、先輩から習ったんだがな、どうしてもうまくいかなくなったら、一旦視点を遠くから置くといいらしい」


 柴田克波。類稀なる逸材と評され、若干二十六歳にしてすでに巡査部長となっている彼にとって、初めての挫折かもしれない。経堂は思った。


「なんだかんだで東京全域で切り裂き事件は起こっているからな、大玉地区で特定したのが間違いだったのかもしれん」


 そうかもしれない、と経堂は思った。同時に、何かがおかしい、とも。

 だが、経堂にはその違和感を説明することはできず、疑念はすぐに消えた。


「それから経堂、先週の始末書まだ出してないだろ、今日中に出せ、いいな」

「…はいっす」


 自らが結局やらかしていたことを思い出したからである。






「…本当に君たちにはがっかりだ!落胆したよ!!」

予想通りの職場に戻ってくるや否やの恫喝がやっと終わり、経堂は慌てて頭を下げた。三星、諸葛も続いた。

柴田はというと、口元にのみ微笑を浮かべ聞き流す構えを最初から最後まで崩さなかった。なんだあの精神力、と経堂はぞっとした。

上司の斯波しばが縁の薄い大きな眼鏡をカタカタと揺らしながら柴田、経堂、三星、諸葛を並べて怒鳴りたてた内容を要約するに、どうやらこの事件の責任は柴田のチームにある、ということで話が進んでいるらしい。確かに名前と顔が分かっていて捕えることできないのは捜査のどこかに甘さがあるからだ、と言われれば反駁する余地はない。

「クッソあのハゲ…!自分だけ責任逃れしやがって…!」

三星が毒づいたのを、慌てて諸葛がたしなめる。

「文句垂れても犯人は捕まらないよ、今はウチの面々だけでどうやって解決するか考えよう、斯波さんのことはその後でも大丈夫だよ」

「でも…!」

「諸葛さーん」

会話をやや強い声量で遮り、柴田が諸葛を呼んだ。

「とりあえず昼メシ食いに行きましょうよ、朝から何も食べてないんです」

「いや、でも柴田くん」

「対策会議が十三時で、そこまで俺ら予定ないですよね」

押しの強い柴田に諸葛は一瞬苦笑いのような笑みを見せ、ちらっと三星を一瞥し、そして頷いた。

「わかったよ。三星くんと経堂くんは別行動でだね?」

「お、流石、わかってますね諸葛さんは!」

どうしてですか、私もお供させてください、と言おうとした経堂を、無表情に柴田が一瞥し、氷のような声で一言言い放つ。

「書類」

「はい!午前中に終わらせておきます!!!」

「はい!午前中に終わらせておきます!!!」

発言がかぶって声の方を見ると、三星と目が合った。あんたもかよ。




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