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薬師  作者: 小林 谺
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2話  依頼4

 暖かい紅茶を一口飲み干したヒイルが、ふと思い出したように顔を上げ、

「ところでロヘイアさん、家、どのあたりなの?」

「え…あ、ああ。クロナル平原の南西の方だが」

「………ほとんど国境。どうやってここまで来たの? 結構かかるよね、王都まで来るのに」

「歩いてきた」

「は?」

「だから、徒歩で」

 あっさりと告げられた科白に、その装用の理由がわかったような気がした。

 どうりで長旅をしてきたようなくたびれぶりである。

「どれだけかかった?」

「歩くか寝るかしながらで18日」

「頑張りすぎ。でもまぁ、うん、愛を感じるね。リルナさんへの」

「そうですね」

 うんうん頷くヒイルに同意するカーマをそのままに、げっほげっほとむせるロヘイア。

「い、いや…。別に、そんなんじゃ…」

「別に照れなくても」

「そうですよ。知人の娘さんだなんて遠まわしな言い方をせず、恋人と直接言ってもよかったのでは」

「だ、だからそんなんじゃ」

「片思いって事? ヨギと同じくらいなのに、それは流石に…」

「ち、違う! 妹!! 妹みたいな 「よくある科白です。男性はよくそうやって意中の女性をごまかしますものね」

 にこりと笑うカーマ。思わず見とれるレベルの美女が微笑んでいるというのに、意地悪げに笑っているようにしか見えないから不思議だ。

「いやだから、本当に妹なんだって…義理の。オレの親、13の時に落盤事故で死んじまって、オヤジが引き取ってくれたんだよ。それからずっと家族なんだ。大切な、家族」

 緊張感ゼロでにやにやしていた2人の顔が、最後の科白で引き締まった。普通はその前に反応するべき箇所があると思うのだが、微妙にズレている。

「家族、ね」

 ぽつりとヒイルが呟いた。

「わかった。ロヘイアさんからの依頼は、受けます」

「看てくれるのか!?」

「いいえ」

 あっさりと返った否定の言葉は、天国から地獄だった。

「それを判断するのは、私ではなく、リルナさん自身です。ただ、私はここを離れられません」

 当然だが、ロヘイアの顔がこわばった。呼べば来てくれるとでも、もしくは特効薬でもあるだろうと想像していたのだろうか。

「カーマ。3番の一番上の引き出しにある皮袋を2つと1番の右の引き出しにある小箱を持ってきてくれる?」

「ええ、少々お待ちください」

 カーマが席を立ち静かに退出するのを見送ってからロヘイアへと視線を戻し、

「ロヘイアさんからの依頼は受けます。なので、リルナさん自身が、私の調剤でもかまわないと判断されたなら、ここへ来て下さい」

「ここへ…この、王都へ?」

「はい。治療はここでおこないます。必要な薬草は全てあるとは言えませんが、不足しているモノはすぐにでも取り寄せが聞く種別なので私の方には問題ありません」

 まっすぐにロヘイアを見つめ、

「ただ、問題はリルナさん自身です。その状態も含めて。“シロイ病”の末期症状の場合、その治療には長い期間と苦しみが伴います。根気と体力も必要です。苦痛でしかなく、死を望む人もいる、そういう病です。―――私は、治したい、と願わない人に手を出すつもりはありません」

 最後の科白にロヘイアの顔がこわばった。

「見捨てる、と…?」

 呆然と呟やかれた言葉に苦笑を返し、

「世の中には本人が死を望んでいても、薬で体だけは生かしておきたいとう強欲な方や、生かさず殺さずという状態でおいておきたいと思う方もいらっしゃいますので。ロヘイアさんは違うようですが、それでも。リルナさんがそのまま静かなる眠りを望むのでしたら、私には何もできません。私は医者じゃないんです。ただの薬師ですから」

「………わかった」

「先ほど話した、治療の際にともなうこともきちんとお話して下さい」

「…ああ」

「後はカーマが戻ってからかな。お茶を飲んで待ってて」

「………カーマは、お前の何なんだ?」

 誰しもが思う疑問である。

「家族」

 返る言葉は常に同じ。

「血の繋がりはないけれど、カーマは私にとって大切な家族だよ」

「そうか」

 場が沈黙する。

 静かな空間に、カップとソーサーの合わさる音が響き、ついで扉がノックされた。

「お待たせしました」

 戻ったカーマの手にはヒイルが先ほど口にしたように小さめの皮袋が二つと小箱が一つ。

 手渡されたそれを、そのままロヘイアへと差し出す。

「これは?」

「袋の方は薬。気休め程度にしかならないと思うけれど、リルナさんに。それと箱の方はお金」

「は?」

「往復の馬車代。まぁ、帰りはロヘイアさん一人だし、馬でもいいけど。こっちに来るとしたら、徒歩って訳にいかないでしょ?」

「そ、それはまぁ…そうだが」

「そのお金は国に請求するから心配しないで」

「戻ってこなかったら…?」

「後で取りに行くからとっておいて。カーマが」

 ちらりと視線を送ると、微笑んでいるのに目は笑っていないカーマがいた。

 なるほど、財布の紐は彼女が完全に握っているらしい。

「他に質問は?」

「治せる、か?」

「それは看てからでないとわからない。私は、治せるとも、治せないとも、看てもいない人に対して根拠のない断言はできない」

「わかった。ありがたく頂戴する」

 そう言って足元においてあったバック――かなりヘロヘロにくたびれた大きめの皮袋――に、薬とお金をしまいこむと立ち上がる。

「感謝する」

 深々と頭を下げる姿に、

「そういうのは、治ってからするもんだよ」

 ヒイルは肩を竦めた。

「すぐ戻る?」

「ああ、せっかく足代を貰ったことだし、馬を乗り継いで行くとするよ」

「そう。道中気をつけてね。そこで何かあったら、全部、無意味になっちゃうよ」

「わかってる」

 力強く頷いてきびすを返す。

「お見送りしてまいります」

 カーマがその後に次いで、

「ロヘイアさん。薬は用意しておくからね」

 去り行くその背にかけられた言葉に返事はなかったが、

「………間に合うといいんだけど」

 独りになった部屋でぽつりと呟く。

「さって、忙しくなるな~……………ぁー、何だろう。何か忘れてる気が」

 首を左右にかしげ思案するも、特に浮かばず。

 まぁいいや、と独り言ちて席を立つと、薬草の保管部屋へと向かった。

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