2話 依頼1
夕食後、話があると2人を引きとめたヒイルが“クエンロッド”さらには“呪令の魔女”が動くと聞いたことを伝えると、
「「面倒な…」」
そろって同じ科白が返ってきた。
「だよねぇ」
げんなりと呟いて紅茶を飲み干す。
「そういうわけだから、ヨギ、これ付けといてね」
言いながら、足元においてあった皮袋の中から20センチ四方の小箱を取り出すとヨギに差し出し、
「わかった」
中身が何かも聞いてないというのに一つ返事で頷いて受け取る。
「それとカーマ」
「はい?」
「先出しは駄目だよ」
ちらりと視線を送った先には色気漂うヒイルとは間逆に位置する美女――カーマが哀愁を漂わせながら右手を頬に添えて、小さく溜息。
「駄目ですか?」
少し切れ長の藍色の瞳で上目遣い――身長差の関係上目線はカーマの方が上なのだが――に見つめる。普通の男ならころりといってしまうのだが、ヒイルに効果などあるはずもなく無言で首を左右に振り返す。
「でも面倒ですよね?」
「そうだけど、先出しは駄目。私達は一般人なんだから」
一般人、に力を込めたヒイルに、カーマとヨギはそろってあいまいな笑みを浮かべた。
2000万シルの賞金首が一般人って…てなもんである。
「わかりました」
仕方ない、といった風な息を吐き出して頷く。
「でも、外の防御は強化しておいてかまいませんね?」
「うん。それはお願い。相手が相手だから、直接攻撃はないだろうけど何してくるかわからないしねぇ」
「かしこまりました」
「迷惑をかける」
「ヨギは気にしなくていいの。家族を守るために行動するのは当たり前だし、悪いのは相手の方なんだから」
最後の科白に初めて不満を滲ませると、気を取り直すようにヒイルは立ち上がった。
「じゃ、話はこれでおしまい。明日の配達分の最終確認してくるね」
「はい。明日は鐘3つからです」
「ありがとう、カーマ」
「いいえ」
「クラマガのところへ行くときは声をかけてくれ」
「うん。ありがとう、ヨギ」
「別に大した事じゃない」
2人の返事を聞いてから、さきほどまでしていた物騒な話など忘れたかのように鼻歌交じりでリビングを後にするヒイル。
扉が閉じられるのを待って、カーマは、ふぅ、と息を吐き出した。
「ああ、面倒…。どうせ無駄なのに」
ぽつりと呟く。
「全くだ。柵が直ったばかりだというのに」
世界に名だたる暗殺ギルドが動くというのに、場違いなコメントをする2人。
「でもまぁ、仕方ありません。ヒイルがああ言った以上、こちらから手を出すわけにはいきませんもの」
「そうだな」
「ヨギ」
「ん?」
「それ、きちんと身に付けておいてくださいね」
「ああ。……ところでコレは何だ?」
至極今更な質問だった。しかも聞いた相手は渡した相手とは別である。
「簡単に言えば対魔のお守りです。直接的なら意味をなさなくとも、それ以外には無防備でしょう?」
「なるほど。迷惑をかけるな」
「気にしてはいけません。ヒイルも言っていたでしょう? 私達は同じ屋根の下に住む家族。身内を心配するのは当然です」
「だが…………高そうだ」
事実だ、と続けようとしたヨギだったが、言いながら小箱の蓋を開いたため、目に入ったそれの感想が口を付いていた。
「高そう、ではなく、高いのですよ。市場に出せば、そうとうな値段が付くでしょうね。その辺のモノとは石の質が違いすぎますから」
何故か我がことのように胸をはるカーマ。
小箱の中には2つのアイテム。共通しているのは、大小の差はあれど黒い石がはめ込まれているということ。
取り出してみせたヨギに、カーマは小さく肩を竦める。
「本当なら一番望ましい形があるのに、持ち主の意向にそってそれをしないヒイルは流石ですね…」
「どういうことだ?」
両手に一つずつ持ったそれは、指輪と腕輪。
「だって、ヨギ。あなた、耳のそれは決してはずさないでしょう?」
返るのは無言。肯定を意味するそれ。
「本当は両耳が一番よいのです。脳に近いですし、自身が聞き取ったと判断していなくても耳には色々な音が届いていますから」
「………そうなのか」
「ええ」
「ヒイルには世話になってばかりだ」
「その点に関しては、お互い様です。あなたは納得しないかもしれませんが、ヒイルや私にとっては、そういう範囲ですよ」
柔和な笑みを浮かべるカーマに、ヨギは苦笑する。
「ありがたく頂戴する」
「ええ、そうしてください」
カーマの言葉を聴きながら、先の進言通り、右手に指輪、左上腕に腕輪をはめる。
「なるほど。剣の邪魔にならず、心臓に近い位置、か」
ぽつりと呟いた科白に、カーマは満足げに微笑む。
「それでは片付けと、準備をすませてしまいましょうか。“呪令の魔女”と呼ばれるくらいですから、どんな呪いをかけてくるのか楽しみですね」
くすくすと笑う妖艶なる美女は、どうみても悪巧みをする悪女であった。
「ああ、カーマ」
「はい?」
「薬草園の周りは念入りに」
「心得てます」
真顔で見詰め合う2人。
「此度の面倒からも、薬草園だけは死守だな」
「勿論です。ヒイルの一番大切なモノですから」
硬く頷きあう。
自覚ゼロののほほん娘であるヒイルが、そのまま笑顔でいられるように。
「囲いも補強しておこう。武力で来るかもしれないからな」
「そうですね、手駒というのも考えられますし…」
思案するような仕草をカーマがとるのとほぼ同じくして、ぱちんっ、と何かがはじける音が当たりに響いた。
「あら」
「早いな…。見てくるとしよう」
「お願いします。―――ヨギ」
「何だ?」
「もし相手が人であったなら、相手をせず連絡を。魔法使いの可能性が高いですから」
「わかった」
返事をし、足早に去っていく。
「………魔力がほとんどないのに、本当にヨギって人間離れしてるわね」
建物が古くてどんなにそおっと歩いても床が音を立てる家なのだが、彼だけは、歩いていようが走っていようが足音が全くない。一番体重が重い筈なのに、だ。ヒイルでさえ普段はぱたぱたと音を立てて歩いているというのに。
更に言うと、気配もほとんど感じさせないため、なおさら性質が悪い。
「敵には回したくないわねぇ…」
ぽつりと呟いたカーマだったが、2人が本気で争うようなことになればヨギでは傷どころか指一本すら触れられず敗れ去ることは明白なのだが。
「さて、洗い物を先にすませてしまいましょうか」
侵入者があったというのに、何とも暢気なカーマであった。