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薬師  作者: 小林 谺
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1話  薬師クロード4

 ぱちぱちぱちっと大仰に拍手しながら、

「一気に4倍、凄い跳ね上がり方っ」

「って、ちょ……待って! 幾ら何でもありえないでしょ、それ。どこをどうやったら、500そこそこが一気に桁まで変わっちゃうの!?」

「またまたぁ。身に覚えあるでしょ? キーワードは、ジルイ王子♪」

 ヒイルはカウンターに突っ伏した。

「半年前の、南方視察の際に起こった王子暗殺事件。その一月前に、薬物混入ね。はい、解毒剤は誰が作ったのか? 王宮の薬師では手に負えず、調合したのは一般の薬師。流石、クスメイア一の薬師の名は伊達じゃありません、ヒイル・クロード」

「………そんな話まで流れてるの?」

「情報屋舐めないで下さいな。これで生きてる人間よ? 情報が命を繋いでるんだから。…で、話を戻して暗殺事件。首謀者は捕まりましたが、共謀者は吐かず、というか取り調べ前に殺されてた。まともにやっても、王子の護衛は伊達ではないし、キリウ・ティリウスがいる限り、困難極まりない。そう判断したからこそ、彼らは毒を使った。にもかかわらず、それすらも防がれた。だから直接狙ってみたけど、やっぱり予想通り、阻まれた。そこで、どこぞの誰ともわからない、その共謀者は考えた」

「どこが1番崩しやすいか、って事?」

「そう、正解。白羽の矢を当てるのは、簡単だった。国の保護を直接受けてない、一般の薬師。しかもすでに賞金首。その薬師がいなくなれば、毒が使える。以前失敗したものと、種類は当然違うだろうけどね」

「………それで、2000万?」

「そう。よほどお金持ちなのねぇ。シリオン大陸全体は網羅できてないと思うけど、有名所は抑えてるつもり。その中でも、単独で大陸中8番目の高額賞金。ついに、1桁にまで登りつめちゃったわね~」

「嬉しくない…」

「し、か、も、“クエンロッド”」

「そこが動く理由はそうじゃないかなって思ったけど、金額が有り得ない」

「あ、自覚あったんだ?」

「その毒物、作った人はそこのギルドの人だってわかった時点で、可能性としては考えた。でもさ、今、その薬師指名手配中だけど半年以上経つのに捕まらない上に、誰が入れたのか犯人未だにわかんないんだよ?」

「まぁ、実績、人材、表との繋がりが特殊な“クエンロッド”。組織形態も他の暗殺ギルドとは全く違うし、その関係者は表と裏の顔を持つ者が大半って言われてるからね。本拠地のあるカメレイアスには国の上層部にも関係者がいるって噂だし」

「………本当、関わりたくないナンバー1だね」

「そ、噂は伊達じゃないって事。こっちもね」

「面倒だなぁ」

 唇を尖らせて不満そうな声を上げるヒイルに、苦笑が返る。

「それ、面倒で済ませられるあんたは大物だよ」

「だってさ~。誰が来たって、勝てる訳ないんだし」

「出た、強気発言。ん~、でもま、実際、今までは悉く塞いでるわね。あんたのとこの2枚盾」

「………盾って」

「じゃ、護衛?」

「家族って言って欲しいなー。血縁関係はないけど、完全に身内だもん」

「そーぉ? どーかんがえても、ズレてるあんたの保護者っぽぃんだけど。売り買い家事その他、仕切ってるの、カーマでしょ?」

「まぁ、うん…。カーマのお陰で営業成り立ってるし、生活出来てるけど」

「あんた、薬作るだけだもんねー。まともな料理1つ作れないし。ま、何から何まで1人で出来ちゃってたら、妬みそねみも多くなるだろうから、そのくらいで丁度いいのかもね」

「………馬鹿にされてる気がする」

「薬師としての腕は認めてるわよ」

「それだけ、でしょ?」

「それ以外何があるのよ?」

 あっさりと返されて、はぁ、とヒイルは溜息し項垂れる。

「“呪令の魔女”」

 ぼそっと言われた科白に、ヒイルが勢いよく顔を上げた。

「………聞き間違い? “呪令の魔女”って聞こえたんだけど」

「言ったわよ。金額分とトントンくらいしゃべった気がするけど、表も世話になってるからサービスね」

「“クエンロッド”に入ってたの? 単独かと思ってたけど…」

「ん~。詳細はわかんないけど、薬の売買と、その名の通り操りの方面で、協力関係にはあったって話は聞いた事がある。多分、その過程で、正規メンバーになったんだろうね。過去、“呪令の魔女”への暗殺依頼とその後の取り消しが、私の知る限り5回ほど。ん~通り名に恥じず、魔法使いとしての腕はかなりいいんだろうね~」

「………そりゃ、自分の家から一歩も出ずに、距離関係なく他者を操り、他者を呪えるって言われてるくらいだもん」

「おや、よく知ってるね? 科白取られたよ」

「有名でしょ。カメレイアス最北端の森に住む魔女、森に立ち入った者は正気で戻れないと言われる、狂いの森の主」

「まーね。ま、何せ“クエンロッド”だから。有名所がごろごろ、賞金首もごろごろ抱えてるトコだし」

「本当に厄介だね…」

「あら、しゃべり過ぎちゃった。………ま、いっか。ヒイルに何かあったら、私も困るもんね」

「嬉しいやら哀しいやら。そう思うなら、もう少し協力して。というか、こっち寄りになって情報流してくれてもいいんじゃないかなー?」

「それは無理。“マギン”に伝言頼んだってだけで、十分サービスなんだから」

「………そりゃ、そうかもだけどさぁ」

「この業界、信用第一だからね」

「裏の情報のやりとりで、信用ねぇ」

「裏だからこそ、よ。眉唾物つかませたら、さくっと命落とす業界なんだから」

「何でそんな危険な事してるんだか」

 呆れた声を上げるヒイルに、

「称に合ってたから。それしか言えないわねー」

 あっさりと返した。

「さて、話はここまで。コレ、有り難うね」

「いえいえ。ん~……珍しく随分と話してくれたから、お礼に私も情報流しておこうかな」

 その科白に、ほくほく顔で瓶を手にした所で硬直する。

「め、珍しいわね…?」

「不確定要素が入ってるけどね」

 肩を竦めて返し、驚いている顔をヒイルは真顔で眺める。

「私、ヒイル・クロードは、呪われてる」

「やっぱり?」

 あっさりと、そんな声が返った。

「や、やっぱりって何? 驚いてくれてもいい話だと思うんだけど!」

「え? だって、あんたが呪われてるってんなら納得だわ。外身も中身も大人になれない呪い」

「酷っ!? 何それー! そんな呪いじゃないし、っていうか、そんな呪いないと思うっ!!」

「だってさぁ、いや、あんたの作る美容剤が優秀なのはわかってるけど、ちょっと度が過ぎるわよ。黙ってれば10代後半、口を開けたらヘタしたら成人してない子供よ?」

「15才未満扱いされたっ!?」

 この世界、15才が成人とされる年齢である。

「そういう反応するからー」

「ひ、酷い………。もうとっくに成人してるし、20代だもん」

「全然全く微塵も見えないから。見た目だけなら可愛いからいいんだけど、中身がまんまお子様なんだもん、あんた。どう頑張ったって20代じゃないわよ。色気ゼロだし。まぁ、薬師として堂々と営業してるから未成年じゃないってのはわかるけどさ」

 自営業は勝手に店を開けて売買していいという訳ではない。裏業界ではある話だったりもするが、表立って商売をするには、成人という年齢条件が始めにあり、その土地の支配者―――国や領主―――に申請し、それが受理されて始めて営業可能なのだ。

「うう、酷い………」

「で? 否定するって事は違うんでしょ。どんな呪いにかかってんのよ、あんた?」

「切り替え早いなぁ」

「そりゃ、本人が情報くれるっていうんだから。貰うわよ、売れる内容だといいんだけど」

「そこの判断はご自由にどうぞ。………んっとね、正確に言うと、私自身が呪われてるって訳じゃなくて、呪われてるのは、名前」

「………ヒイル・クロード?」

 こくり、と頷きが返る。

「何でそんな名前名乗ってるのよ。改名したらいいじゃない」

「自分に危害は全くないから、かな。早い話が、この名前を悪用すると呪われるっていう呪いがかかってたりする」

「や、ややこしいわね……。っていうかどこの物好きよ、そんな特殊な呪いかけるの」

「カーマ曰く、心配性の保護者」

「………何故か凄く納得出来たわ。ええと、つまりー……何かしら、語りとかで呪われたりする?」

「どうだろう? 不確定って言ったでしょ? 今も効果が続いてるかどうかもわかんないの。呪われた人に最後に会ったの、10年くらい前だから。その人は、私の名前使って、無銭飲食しようとしたらしい」

 物凄く間抜けな話だった。

「で、苦情言いに来たんだけど。かけたの私じゃないし、解けなくって。その後ずっと研究はしてるんだけど、解呪には至ってない」

「その呪われた人はどーなったの? 死んだ? それともまさか、あんたの家にいる2人のうちのどっちかじゃないでしょーね」

「呪いは解けないってわかって、実家に帰った。それまで流れて雇われ傭兵みたいな事してたらしいんだけどね」

「何ていうか、哀れね。まぁ、命に別状はないんだ?」

「うん」

「ま、命を奪うとかだと、余計な恨み買っちゃうもんね。賢いんだか、そうじゃないんだか。凄く下らないけど、ある意味では有効な呪いだわ」

「そう思う?」

「聞いた事ないけどね、そういう半端な呪い。効果範囲は物凄く広いのに、割と中身は単純。表現が難しいけど、何ていうか、考えたヤツは天才ね。ある意味」

「…………ラーラって凄いよね、そういうトコ」

 思わず感嘆と呟いたヒイルはギロリと睨まれた。

「ここ、どこだと思ってるわけ?」

「………ああ、ごめんごめん」

「ま、いいわ。その話、買っとく。お代は何がいいかしらね?」

「余計に話してもらった分の埋め合わせのつもりだったんだけど。断言出来るものでもないから」

「あ、そっか。今も効果があるかどうかわからないんだっけね。じゃ、ありがたく受け取っとくわ」

「いえいえ。またのご利用をお待ちしてます、表の方に」

「こっちは裏表ともに、ご利用待ってるわよ。賞金首さん」

 にんまりと笑っての科白に、うっ、とヒイルは言葉を詰まらせた。

「もういいや……しょうがいないし。いい話、聞かせてくれてありがと」

 諦め切った口調になったヒイルにクスクス笑い返すと首元の布を引っ張り上げて口元を覆うとフードを被る。

「どういたしまして、ヒイル」

 簡潔に返った科白は、男の声だった。

「情報屋、キー。何度見ても男の人だね、そうしてると」

「対魔装具の効果だな。声色は自分で変えてるだけだが、性差の調べは受付けんよ」

「口調も変わるし」

「オカマの情報屋も面白そうだが、真面目に仕事はしてるんでね」

「名前を売るなら、そういう異色なのも有りなんじゃない?」

「すでにセンザリにいるからな。有名なのが」

「そーなんだ? まぁ、私が知ってるこっちの情報屋ってキーくらいだから。それで十分だけどね」

「光栄だな」

 短く返った科白に肩を竦めて返すと、ヒイルは机を離れる。

「またね、キー」

 言いながら扉を開いたヒイルに、

「ああ、ヒイル。気をつけろよ」

 そんな声がかけられた。

「了解」

 片手を上げて答えてから部屋を後にした。

 階段を上がって“ラーラ亭”へ戻ったヒイルは、カウンターにいたルイジに挨拶をして店を出る。

 自宅へ帰るには右折だが、ヒイルは左折した。

 “呪令の魔女”が動くと聞いた以上、取れる対策は全て講じておく必要がある。

 昼間伝えた時間にはまだまだ早いが、リッシュの工房を訪れて頼んでおいた品物を持ち帰る事にした。

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