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薬師  作者: 小林 谺
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1話  薬師クロード3

 日が西に傾きかけて赤く染まり始めた頃、ヒイルは配達用の篭を手に通りを歩いていた。

 中央のメイア通りを堺に、東西にわかれる王都メイア。そのメイア通りと平行するように、何本かの通りが置かれているが、尤も西側を縦断している通称、馬場通り―――馬が荷台を引く姿が多々目撃され、国が抱える馬の牧場が北の外れにあるためそう呼ばれている―――を、ヒイルは歩いていた。

 メイア通りとは違い、こちらは、農耕関係の軒やが多く連なる、メイア西部のメインストリートだ。

 その中の1つ、“ラーラ亭”と書かれた看板の前で立ち止まると、それを潜って店内へと入った。

「いらっしゃい。………えっと、カナッツの実の収穫はまだ先だよ?」

 入るなり、若い男にそう声をかけられてヒイルは苦笑する。

「南の方の天候が余り良くないから遅れそうだって先週聞いたから、それはまだだってわかってるよ」

「そっか」

 入ってすぐにカウンターのあるこの店。

 店内の奥の壁には、幾つか紙が貼られ、それを眺めている人物が3名ほどいる。

 “ラーラ亭”は、情報屋だ。

 ただ、その有様は、メイア通りに幾つかある一般的な情報屋とは異なる。

 ここで取り扱う情報というのは、どこそこの農場で人手が不足していて人員募集中とか、どこぞで何が収穫出来たとか、収穫物の売り値やら買値、どこぞで生まれた動物の里親募集とか、そんな内容ばかりだ。

 正確に言うと情報屋ではないのだろうが、西部密着型である事だけは確かだ。

「………ああ、配達?」

 視線を落とし、カウンターの脇に立ったヒイルが手にしていた篭に気付いてそう問い掛ける。

「うん。今日はルイジさんなんだね」

「まーね。ああ、姉貴か兄貴に用だった? つーかヒイルちゃんが配達って言うと、姉貴くらいしか思いつかないけどさ」

 “ラーラ亭”は、店名の由来となっている長女ラーラ、長男リッジ、次男ルイジと、姉弟3人が交代し昼夜を問わずに店舗を開けている、珍しい店だ。

 尤も、明け方に新情報が入る事の多い酪農関連地域。無理もないのかもしれないが。

「“ラーラの葉”、届に来たんだけど」

 その科白に、一瞬、ルイジの目が細くなったが、すぐに、困ったように笑った。

「姉貴がお世話になってます」

「いえいえ。お得意様ですから。個人の好みに合わせた特注のお茶の葉って、原材料に値段は思いっきり左右されるけど、ここだけの話、ラーラさんの注文の品は有り難いんです。材料費は高いですけど、作るのは割と楽なので」

 照れ笑いをするヒイルに、

「アレを育てるのが楽なのは、ヒイルちゃんが、薬草関係詳しいからだと思うんだけどなー」

 呆れ返った声をルイジは上げる。以前、かなり値が張ったその植物を株分け購入した姉が、教えてもらった通りに育てていたにも関わらず物の見事に枯らしたのを見ていたからだ。

「う~ん。希少価値の高い花ですけど、普通より少し気を使ってあげれば真っ当に育つはずなんですけどね」

 2度試して、2度とも枯らしてしまってから、ラーラは栽培を諦めた。

「まぁ、姉貴に育てられる花は、5日くらい水やり忘れても大丈夫なくらいじゃないと」

 ルイジの評価に、ヒイルは曖昧な笑みを返す。

「割と几帳面だと思うんですけどね、ラーラさん」

「几帳面なのは、書類の上だけ。面倒を見るってのが、あの人は苦手なんだよ。オレ達、両親早くに亡くしてるけど、本来なら親代わりになっても可笑しくない10も離れた姉貴に世話してもらった覚えないんだから。オレの親代わりは、隣の配送屋のおっちゃんとおばちゃんと、兄貴だけ」

「そ、そうなんですか? 意外」

「そうなんだよ、困った事に。あ、そーだ。カナッツの実の収穫の情報入ったら、連絡するよ。このタイミングだと、次の配達前になりそうだし、わざわざ何度も足を運んでもらうのも悪いからさ」

「それは私の方が悪い気がするけど」

「いやいや、仕入れまで任せてもらってるし、どんと来いだね」

「じゃ、お言葉に甘えて、お願いしちゃいます」

「了解。んじゃ、このくらいで」

 肩を竦めると、カウンターの端に移動して台を押し上げて通り抜けられるようにする。

「配達ご苦労様。んで、いつもんとこに宜しく」

「わかりました」

 空いたスペースを通り抜けてカウンターの内側に入ると、

「お邪魔しまーす」

 挨拶をして、正面―――カウンターの裏側――にある扉を開いた。

「遠慮なくど~ぞ」

 そこから先は、“ラーラ亭”の住居スペースになる。

 居住まいは基本的に2階だが、台所を始めとした水周りは1階、店舗の裏側と、店を営む家にはよくある造りだ。

 ヒイルはそのまま左折して狭い廊下を真っ直ぐ突き当たりまで歩くと、壁に手を当てて深呼吸を1つ。

「“ラーラの葉”」

 小さな声で呟くと、行き止まりだった筈の壁がその先へと開く。続くのは地下へと降りる階段だ。

 折り返して総計18段ある階段を降り切ると、取っ手のついた扉が立ちはだかる。

 コンコン、とノックをし、ヒイルは反応を待った。

 暫くしてから、どうぞ、と男の声が届き、ヒイルは取っ手を回す。

「………ヒイル?」

 男の疑問符が、扉を閉じるヒイルの背にかけられた。

「こんにちは。“ラーラの葉”、お届けに上がりました」

「いつも有り難うねー」

 暢気に答えたのは女の声だった。

 それに振り返りながらヒイルはあたりを見回す、相変わらず薄暗い部屋だ。6畳にも満たないその部屋にあるのは、ヒイルから見るとほぼ真横に位置する小さなカウンター代わりの机が1つだけ。

 その机の隣で椅子に座った黒いローブを来た金髪の30才前後の女性が、横座りになってヒイルを眺めていた。

「お客さんは?」

 問い掛けながら、カウンターの正面へと周り込む。

「ん、今日は昼過ぎに1組だけ。まぁ、本番はこれからだし~?」

「そっか」

 軽い相槌を打って篭をカウンターに乗せる。

「“ラーラの葉”。それと、ミリアムとカナンを持参してみた」

「…………おやおや? ん~聞いたのかな?」

「うん」

「そかそか。メイアの貴族令嬢御用達の薬師クロード製高額美容剤2点とは、奮発したね」

「等価交換、ね」

 肩を竦めるヒイルに、にんまりとした笑みを浮かべる。

「どこからどこまで聞きたいのかな? いやいや、待って。ヒイルと腹の探り合いしても意味ないか。必要な事しか言わないもんね、あんたは。何も引き出せないんだっけ」

「ヘタに自分の話して、それに値段付けられて売り買いされる訳にはいきませんから」

「本当、トボけてるくせに、ヘンなトコだけ、世慣れしてるんだから」

「お陰様で」

 苦笑するヒイル。

 以前、お茶を飲みながら話をしていて、美容関係の話になった事がある。日焼け止め効果の薬は酪農を営む女性達からの依頼で作っていたし、別に隠してもいなかったのだが、それ以外の、化粧品に部類する薬は販売していなかった。そういうのも一応作ってるんだけどね、と口にしたら、それが知らない内に情報として売られていた。お陰で、そっち関連の薬の依頼が東側に住んでいる―――所謂、貴族の令嬢から入った。それだけなら良かったのだが、その後、喜ぶべきなのか哀しむべきなのかわからないくらいに、依頼が殺到した。

 真面目に、肌に直接塗布する薬なので、材料も値が張る上に、作るのにエライ手間と神経を使う。

 そのため先ほど口にした、ミリアムとカナンという2種類以外は、東側にある化粧品の販売店に作り方を教えて、そこへ卸す薬草で収入を得ている。1人2人くらいなら自分で作っていた方がよほど儲かったのだが、供給に需要が追いつかないからと泣く泣くそういう形を取らざるを得なかった。

 どうせなら考えて売ってくれたらよかったのに、と思わないでもないが、買い手がいる限り、その情報を売るのが情報屋である。文句を言っても仕方ない。

 そんな経験をしたのだ、学習しない訳がなかった。

 ただでさえ、今のヒイルは命に値段が付けられている身。些細な事でも、値段が付くに違いないし、手の内を晒したくもなかった。

「んじゃ、その分の代価ね。まずはお値段~。2000万シルになりました、おめでとー」

 あっけらかんと告げられた科白に、ヒイルの頬が引き攣った。

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