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薬師  作者: 小林 谺
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1話  薬師クロード2

 注文を取りに行く姿を眺めながらお茶をすするヒイルに、そういえば、とリッシュが口を開いた。

「………依頼の品、出来てんだけど。いつ取りに来るんだ?」

 “マギン”の名物でもある、鶏肉サンドを食べるのを再開して、問い掛ける。

「あ、うん。中々ね~こう、時間の都合が。メイア広過ぎだよー」

「一応、王都だから仕方ねーな」

「だねぇ…。近いうちにとは思ってるんだけどさ。夜になっちゃうとマズイでしょ、やっぱり?」

「オレは別にかまわんが、東の方は夜は物騒だからな~。貴族連中が多く住んでる分、仕方ねーけど。まぁ、取りに来るっつーなら、開けとくが?」

「それは何か悪い気がするけど~」

「時間不当な依頼なんかザラだから気にすんなって。ま、ヒイルは朝早いから、寝るのも早そうだが」

「あはは、基本的にはね。でも、夜にしか取れないのもあるから、起きてる時もあるよ」

「それは仕事で起きてるんだろ? 街の反対側まで来る余裕あるか?」

「あったら、出来たって聞いてすぐに取りにいってるよ~」

「だろーな。もう2週間だ」

「うっ…」

「ウチも基本、配達はしてねーんだが。何ならマスターに預けとくか?」

「んんっ、確かに、“マギン”には薬の納入があるから、3日に1度は来るけど。物が物だからねぇ。ドルトルさんに預けておいて、何かあったら迷惑かけちゃうし。………今日か、明日に取りに行くよ。夜になっちゃうと思うけど」

「わかった」

「鐘9つまでには、行くね」

「………大丈夫なのか、そんな時間に出歩いてて?」

「余り遅くなるようなら、ヨギと一緒に行くよ」

「それなら問題ねーか。んじゃ、用意しとくわ」

「うん、有り難う」

「気にすんなって。こちらこそ毎度どーもだ。とはいえ、お前の要求する魔具は毎回、難易度が高くて骨が折れるがな」

「うう、ごめん」

「嫌味で言ったんじゃねーわ、やりがいがありまくるからな。本当に。しかし、装具は珍しいよな、どういう風の吹き回しだ?」

「あ、うん。色々あってねー」

「賞金首はご苦労様ってヤツか?」

「うっ、………毒薬なんて作ってないのに」

「いや~利害関係だろ、どう考えても。お前の作ったこの薬のせーで」

 にやにや笑うリッシュは、先ほど買い上げた緑の小瓶を小突いた。

「そんなモノで命狙われるなんて哀しすぎるよ」

 がっくりとカウンターに突っ伏す。

「それだけ、利用者が多いし、人の要望に叶ってるって事だ。ま、オレとしてもかなーり有り難い」

 へらりと笑ってリッシュは薄くなった自分の頭を撫でる。

「マスター見て、効果はばっちりわかるもんな~」

 鳥肉サンドをテーブルへと運ぶ姿を眺めて、しみじみとリッシュは呟いた。

 同じようにその背を顧みて、

「たかが髪の毛、されど髪の毛ってね………」

 ヒイルは諦めたようにぼやいた。

 そう、個人経営の薬師など、普通なら犯罪スレスレというか犯罪に手を貸すくらいでないと、成り立たない。毒物作ってナンボの職業だ。大金が転がり込むが、厄介事にも同時に巻き込まれる。

 それなのに、ヒイルがそういった薬を作らずとも経営を成り立たせている理由。

 そして、クスメイア一の薬師とまで呼ばれるようになった所以。

 育毛剤。

 多くの人が、失われた髪の毛を取り戻したいと願っていた。裕福な人は特に、そうでない人も。

 当然のように、供給元が多いとなれば、需要する側には大金が転がり込む。そのため、育毛剤の研究は、かなり昔から進められていた。

 育毛剤の研究成果は、ある意味では上がっていたと言える。

 だが、尤もポピュラーだったモノは、全身の毛が濃くなるというものだった。

 少し大金を払えば、もう少しまともな、上半身だけ濃くなるというものがあった。

 つまり、頭の毛だけを増やす、そして生やす、そういった薬はこれまでなかったのである。

 ヒイルが育毛剤に手を出したのは4年前で、きっかけはドルトル。

 その半年ほど前にドルトルの息子が病に臥した。王都メイアにいる医者達が扱う薬は、全て王宮に仕える薬師達の調合したモノだったが、医者達は揃って匙を投げた。

 薬がない、と。

 そんな中、動物の医者だったメイアの東の外れに住む男から話を聞いたドルトルの妻がダメ元でヒイルを尋ねた。医者の診断書と、病気の具合を聞いて、ヒイルの調合した薬が無事に効いて病は完治した。

 その経緯があって、時折、ヒイルはメイアの中ほどにある“マギン”へ足を運ぶようになる。 “マギン”で配達はしていないが、パンの持ち帰りサービスをしているため、それを求めて。

 その当時、ドルトルの頭は、まだ若いのに、大変淋しくなっていた。

 顔が整っている分、髪の薄さは本当に致命的だった。

 その悩みを打ち明けられたのが4年前。

 そうしてヒイルは育毛剤の研究に入るのだが、元々、母親が作った除毛剤――これだけでも、広まれば随分な収入になったのだが――の製法が頭に入っていたため、逆転の発想だよね、と試行錯誤を指してする必要もなく、完成させてしまった。

 始まりはドルトル。

 ほどなくして毛が豊かになっていく“マギン”の店主ドルトルに、周囲から質問が殺到する。

 返った答えに、ヒイルへの依頼が増えたのは言うまでもなく。

 口コミで育毛剤の話は広まり、大して時を待たずに、卸売りの希望者が連日押しかけるようになり、対応に時間を避けないと、きっかけになったドルトルの店にだけ卸売りをすると決めた。

 そうしてから、今度はクサイ人間が顔を出すようになる。

 他にも卸せ、製法を教えろといった脅迫の数々。しかし、そういった人間は、悉く、本当に悉く、返り討ちにされていた。ヒイル以外の住人達に。

 そうしてる間に、薬師クロードという名はクスメイア一と呼ばれるようになっていた。育毛剤だけで。

 で、結局。

 その人間では埒があかないと判断されたのか、本格的に裏家業の人間がやってくるようになる。

 そうして、晴れて薬師クロードは賞金首となった。嬉しくないが。

 当然のように、そういった方々も、返り討ちにされていたため、裏家業の方でも本腰を入れざるを得なくなり、依頼する側も自棄になったのか、賞金額は面白いくらいにうなぎ上りだった。

 そうして、現在。

 育毛剤だけでクスメイア一と呼ばれ他国にまでその名を轟かせるようになった薬師クロードは、シリオン大陸東方諸国における暗殺ギルド内でも有名な高額賞金首になっていた。

 哀れ。

「ごちそーさん」

 ほろりと哀愁を漂わせるヒイルを横目に、リッシュが食事を終えて席を立つ。

「ヒイル。品物用意しておくからな。元気、出せ? なっちまったもんはしょーがねぇ」

「………うん」

 カウンターに項垂れたまま、顔だけを巡らせて頷いた。

 それに苦笑を返したリッシュは、肩をぽん、と叩いて“マギン”を出て行った。

 はぁ、と溜息を吐き出すヒイルに、かちゃり、と2杯目のお茶が出される。

「ドルトルさん?」

「サービスです。伝言も頼まれてましたし、それを飲む代わりに聞いて下さい」

 苦笑する姿に、ヒイルは眉を顰めたまま躰を起こすと、遠慮なく差し出されたカップに手を伸ばした。

「“クエンロッド”が動くそうです」

 ぴく、とヒイルの眉が上がる。

「………誰から?」

「“キー”から、注意するようにと。それしか聞いてませんけどね」

「そっか。わかった」

「少し、責任を感じますよ。僕は」

「何でドルトルさんが?」

「だってヒーちゃんがそんな厄介事に巻き込まれるようになった原因、育毛剤のせいじゃないですか。それって元を辿れば、僕が発端な訳だし」

「違うでしょ~。そういう事を考える人が悪いの、全部。ドルトルさんは悪くない。正統な依頼の元、薬師がそれをこなした。ただ、それだけなんだから」

「まぁ、そうなんですけどね………」

 苦笑すると、ヨギが最初に手渡した籠をカウンターに乗せる。

「そんな訳でコレ、皆さんで召し上がって、頑張って下さい。僕にはこれくらいしか出来ませんから」

 差し出された篭を受け取ったヒイルは、そんな科白に蓋を開くと、中には、委託の代金以外に、パンが入っていた。

「わ、有り難う~。カーマが喜ぶよ」

「いえいえ。ヒーちゃん達に何かあったら困るの、僕だけじゃありませんからね」

「そう言ってもらえると、薬師冥利に付きますっ!」

 満面の笑みで答えて篭を抱えると、席を立つ。

「お茶、ご馳走様でした」

「いえいえ。お粗末様でした。また、3日後に」

「はい、毎度有り難うございます」

 ぺこりと一礼して、ヒイルは“マギン”を後にした。

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