5話 クスメイアの変人一族2
「それでは叱られても無理はありません。しっかりとお説教されなさい」
にっこりとカーマが無常にも告げる。
しょんぼりを肩を落とすジンを信じられないモノを見るようにして凝視してから、グインは「ありえない」と呟いて頭を振った。
「カーマにも同意してもらえると心強いですね」
うんうん頷くキリウ。
「そういったところは、父親を見習わない方がよいですわ。先代マガグルタ国王が政策を強行したお陰でクスメイアは随分と発展しましたから、安定期間がこの国には必要なのです。リカルド王の在位だけでは足りないかもしれません。わかりますか、落ち着いて腰を据えて物事に取り組む事が必要なのです」
懇々と遠回りな説教が始まった。
その時になって現状を理解したキリウの表情が固まる。しまった、という顔だ。ちらりとジンを見やると変わらずしょんぼりとしていて、気付いた様子はない。
カーマの機嫌が悪いのは庭先で簀巻きになっていた4人組のせいだろうが、よくある事なので機嫌を損ねているとは思いもしなかった。
何をやらかした、とキリウは内心悪態を付く。
ヒイルがいないのはリルナの治療中だからと思っていたが、もしかすると別の理由なのかもしれない。
全く気付く気配のないジンを羨ましく思いつつ、そっとキリウは息を吐き出した。
流暢に紡がれる言葉にトゲがないのは、相手が子供でカーマの話を真面目に聞いているからだろう。家庭教師の話もそうしておとなしく聞いていれば、叱られることもないだろうに。
内心で溜め息を吐き出してキリウは、冷めてしまった紅茶を口に含む。空にならないよう、残量に細心の注意を払って飲むなどと滅多にない経験だ。この場から退散したいがそうもいかず、同じように黙り込んでいるグインを眺めた。
すっかり順応して、悟ったようにおとなしくしている姿に少しだけ感心する。最もあんな経験をしたら学習しないわけもないだろうが。
「キリウ様が自由にここへ来ているように考えているのでしょうが、そうではありません」
突然名前を出されて、キリウは手にしていたカップをあやうく落としそうになった。
「彼はしっかりと学び、今の地位を自ら勝ち取ったのです。あなたの父親もそうです。普段は情けなく感じることもあるでしょうが、しっかりと己の務めを果たしています。幼い頃からよく学んでいたからできているのです。勿論、机に向かうことだけが勉強ではありません。市井にて学ぶこともあるでしょう」
言葉を止めると半分強張った顔を見つめ、優しく微笑む。
「けれど、己が学ぶべき事の一方を放棄し、別の事を学ぶのでは意味がないのです。市井の子供達のように遊びたいのかもしれませんが、彼等とてただ遊んでいるわけではありません。しっかりと学び、家族を手伝っているのです。それはご存知ですね?」
「はい…」
「どうしたらよいのか、賢いあなたならもうおわかりですね」
こくりと頷く。
「傀儡となるお飾りの国王では無意味です。そうなれば国は荒れますわ。ジルイ様、立派な王に成れとはいいません。人に慕われ、国民を国として一つにまとめられる方になってください」
キレイにまとめたカーマに、この人が教育係りとして一番ヒイルの身近にいたのに何故あんなに自由人なのか不思議だった。親の影響はどこでも大きいのだと、キリウは改めて感じる。
「キリウ様」
「…はい?」
「入れ直しますわ。冷えてしまったでしょう」
「ありがとうございます」
「いいえ。ジルイ様は聞き届けてくださいますので、私としても諭しがいがありますわ」
色々な意味での“ありがとう”であると通じたようでキリウは肩を竦める。
「あなたを相手に隠し事をしようとするヒイルはスゴいですよね。挫けないあたりが特に」
「可愛いものです」
差し出された温かい紅茶で喉を潤す。
「カーマさん、一つ聞いていい?」
「何でしょう?」
「…この人は、誰?」
ぽつりと呟いたジンの視線はグインを向いていた。
場が沈黙する。
「初対面でしたか」
ちらりとカーマが横を見ると、驚いた顔のグインがジンを見つめ返している。いや、驚いたというよりは話を振るなとか、存在に触れて欲しくなかったといったニオイが漂っていた。
ふっ、とカーマが笑みを浮かべ、
「ジルイ様、グインですわ。裏に1ヶ月ほど前から住んでいますが、日中は薬草園にいることが殆どですから、お会いした事がなかったのかもしれませんね」
「裏ってリリーが住んでるところ?」
「ええ。役割的にはヨギと似たところです」
グインが何とも言えない顔をした。
「そうなんだ。よろしく」
「あ、ああ。こちらこそよろしく」
笑顔で言われて、素直に頭を下げてからはっとしたように顔を上げ、
「じゃなくて! 何で王族が護衛もなしにフラフラ城から抜け出してこんなトコまで来てんだよっ!」
「よくもまあ長い科白を一息で咬まずに言えましたね…」
キリウが変なところに感心した。
「今更でしょう。キリウ様とて一人でいらっしゃいます」
「え?」
出た名前にきょとんとしてキリウを眺める。
「もう除籍されてるから」
「は?」
へろりと続いた科白にますますわからない顔をする。
「王弟の、キリウ・ティリウス様。クスメイアの第一級魔法使いです」
「はあああっ!?」
変な顔でグインが固まった。
「あれ、知らなかった? 自意識過剰だったかな、有名だと思っていましたが」
「この反応ですから、名前は知っていたのでしょう。キリウ様がそうだと思わなかっただけで」
「なるほど」
「絵札出回ってるのに…」
ぽつりと呟いたジンに、場が沈黙した。
「……何、それ」
「キリウの顔が小綺麗だし、国の第一級魔法使いで、婦女子に人気があるから。需要があるから売られるに決まってる」
断言したジンに、よろりとキリウが頭を垂れた。
「キリウって意外と俗世にうといんだね」
「女性のそういったことに興味がありませんから、ご存知でなくても仕方ありませんわ」
「カーマ、知ってたのか…」
「年始の国王の挨拶の後に姿絵が売られていたのをヒイルが見たらしく、普通に街中歩いてるのにそういった時の姿絵だけが売られているから面白いと言ってました」
うなだれた。
「…何でそんな普通に、堂々と街中闊歩してんだよ」
「クスメイアですから仕方ありません」
「え、それどんな理由…」
「聞いた話ですが、クスメイアでは初代国王の頃から王族の方がお忍びでよく市井を散策されていたそうです。大抵は共も連れずに」
「命知らずな…」
「クスメイアはそういったことが許されてしまう風土であるとともに、それで命が危険に晒されても懲りない方々だったということでしょう」
ばっさりと切り捨てたカーマに何ともいえない顔の3人の視線が集まる。
「それにクスメイア王族の話は、他国では有名だった筈です。グインはご存知でしょう?」
にこりと問われて、言葉を詰まらせる。それを本人を前にして口にする勇気は、グインにはない。
「そうなの? どんな話?」
ジンがのってきた。身を乗り出すようにして、興味津々の眼差しでグインを見つめる。
「…世の中には知らない方がいいことも、ある」
小さな科白はその内容が暗にろくでもないものだと告げていた。
何となく察したキリウが視線をカーマに送ると、
「変わり者が多い、変人一族と伝わっています」
さらりと答えたカーマに、ジンが引いて、キリウがやっぱりといった表情を浮かべる。
「え、ウチって変人なの?」
「間違ってはないでしょう。大陸的に見て、王族の一般常識から外れたことをよくやっていますから」
「そ、そうなんだ…。知らなかった」
「現状が普通だと思って育つのですから、仕方ありませんわ」
「国王も代々、何かしら問題あるしね」
キリウが肩をすくめた。
先代は女狂いで、今代は女性恐怖症である。次代はどうなるのかと、横に座る少年を見つめた。
「問題があっても王としての責務をしっかりとこなしているのならかまいませんわ。むしろ個性的でいいでしょう」
にっこりとジンに微笑みかける。
「ジルイ様が将来、どのような国王になられるか楽しみですね」
「う、うん。きちんといい国王になれるよう頑張る」
そのやりとりに何故か恐怖を覚えたキリウとグインだった。
「そうだ。カーマ、ヒイルにお願いがあったんだけど」
最初にお説教されたのですっかりと忘れていた。
「ヒイルはでかけています。もうじき戻るでしょうから、少しお待ち下さい」
笑みの濃くなったカーマを怖いと感じたのは、グインだけだった。