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薬師  作者: 小林 谺
20/25

4話  来訪者2

 門を抜けて見えた人影に、御者は思わず頬を引き攣らせた。

 登り坂の手前の道で厳つい真っ白な男がこちらを凝視している。たらりと冷や汗を流しつつ、その前で馬車を止めた。

「乗っているのは、親子か?」

 切れ長の細い目で憮然と問いかけられたそれに、御者は上げそうになった悲鳴を飲み込み、

「そ、そうです。薬師、クロードの家までっ」

 変に上擦った声が答える。

「この上だ。上がれるか」

「は、はいっ!」

 敬礼しそうな御者の返答に頷きを返してから、背を向けると、坂道を先導するように登って行く。思わずその背を見送りそうになって、慌てて手綱を切った。

 関係者だろうか…とビクビクしながら御者は前を歩く背を眺める。

緩やかな坂道を登り、屋根が見えて御者は思わず安堵の息を吐いた。

 が。

 その姿が露わになるに連れて次第に頬が引きつっていく。

 馬車に乗っているのは薬師クロードを尋ねる道中の親子だと前任の御者から聞いている。がっちりとした体格ではあったが窶れ気味で苦労がにじみ出ている父親と、顔は確認していないが青白い肌のほっそりとした腕をした病気の子供 。

 薬師クロードの家の場所は噂に聞いて知っていたし確認もしてきたから間違いない筈だが、目の前の建物は何なのだろうかと御者は自問自答した。

 個人の、しかも民間の薬師の自宅というにはおこがましい大きさで、屋敷と呼ぶには不格好すぎる。クスメイア一と呼ばれているのだからこの規模はありなのかもしれないが、見た目がどうしても“家”という印象ではない。

 外観の印象だけだと、古ぼけた田舎の病院、もしくは学校だ。

 驚くほど不釣合いな細長い棒が2本だけの門構えに、建物の玄関の左右に小さな花壇がある、寸胴2階建て。2本の棒の間を抜けて、庭先(?)へとたどり着いたところで手綱を引いた。

 思わずぼへっと見上げていた御者は、すぐそばで無言の圧力がかけられていることに気付くのが遅れる。

「…すっすみません」

 御者は慌てて降りると馬車の入り口に階段を設置して扉をノックする。

「ラナイさん、到着しました」

「…ありがとう」

 低い声が帰って扉が開かれる。顔を見せた男――ラナイが御者にぺこりと頭を下げてから、固まった。

 気持ちはわかる、と御者は思った。自分の背後に固定されたラナイの視線に内心で激しく同意する。

「ヨギという。出迎えを任されている、宜しく」

 自分を凝視するラナイから視線を逸らすことなく真っ直ぐに見つめ返して、初対面の相手に対しては簡潔すぎる挨拶をした。

「…は、はい。お世話になります」

 直視した眼差しはそのままに答えて、馬車の中へ向き直る。ヨギが馬車の入り口そばに寄って来たので御者は慌てて退いて、その背を見上げた。

 デカい、と改めて眺めつつこの体格の人間にしては違和感ありすぎる色白さを不思議に御者は思う。美容剤でも有名だからその実験体にでもなっているのかと思い至って、雇い主からの理不尽な注文を受けているのだろうと同情の眼差しを送った。

 実際はそんなことはないのだが。

 程なくして、フードを目深に被って全身をコートで覆い隠したリルナをその手に抱いて馬車の入り口から一歩階段に足をかけ、

「預かろう」

 ヨギが短い宣言とともに両腕を伸ばすと誰かが何かを言う前にリルナを抱き上げた。

 ふい、と顔を巡らしたリルナが端から見ていてもわかる程度に硬直し、皆が呆気に取られている中で踵を返したヨギが、

「どうかしたか?」

 と、己の顔を驚きをもって眺めている姿に問いかけた。今頃、と御者がぽつりと呟くが微妙な沈黙の中に消える。

「なん、でも…っ、ありません」

 弱々しい可愛い声が返って、御者が必要以上に驚愕した。全身でオーバーリアクションを取る御者に向かって、

「ご苦労だった」

 横目に一瞥してさっさと歩き出したヨギを思わず見送る御者にラナイが歩み寄り、深々と頭を下げた。

「ありがとうございました。予定より早く到着していただけて、助かりました」

 安堵の表情での言葉に御者は苦笑を返す。当初の予定では到着がもう1刻半遅れる時間だったから、今日は街中で一泊して明日の朝に到着する行程だったのだ。そこを何とか日の入り前に間に合わせたのは、急に担当が変わってまかされることになったこの御者の力だ。ラナイ親子はある意味で運がよかったとも言える。

「いいえ、全てはめぐり合わせの結果ですから。私はこれで失礼します。お子さん、よくなるといいですね」

「そうですね。そう…、願います」

「……ラナイさん、置いてかれそうなので、そのくらいで」

 ちらりと視線を送れば、先を行くヨギの足が止まる気配は微塵もない。御者の視線の後を追ったラナイが軽く驚いてから、御者に会釈してその後を小走りで追う。

 家の中へ3人が姿を消すのを見送ってから、御者は馬車にもどって、手綱を操り、薬師クロード家を後にした。




 時はほんの少しだけ遡る。

 ヨギを出迎えに行かせたカーマは、ヒイルの出迎えを見事に阻止して安堵の中で自身の準備を行っていた。結界に入ってくる反応を感じ――その中の1つがヨギであることを確認すると、すぐ近くの止まり木で船を漕いでいたカズエイダルへと視線を送る。

「カズエイダル、ヒイルに来客を伝えてください」

「…わかった」

 心のそこから眠そうな人間味あふれた声で、カラス――カズエイダルが答えた。カラスに見えるが、本人が気に入ってこの姿になっているだけであって、実態はもっとグロテスクな魔鳥である。

「他には?」

「夕食をどうするか確認して下さい」

欠伸をかみ殺して問いかける態度は使い魔のそれに相応しくはないが、カーマは気にした様子もなく答えた。

「りょーかい」

バサリ、と羽音を立ててカズエイダルの姿が消え、―――音もなく降り立った。

「ヒーイル♪」

 カーマの時とは打って変わって弾んだ声をかける。

「…カズちゃん、どうしたの?」

 ゆらりと机から振り返った姿に瞬間引いたカズエイダルは、誤魔化すように羽根をバサバサ動かす。

「お客さん到着したってさ。カーマが夕飯どうするって言ってた」

「え、もうそんな時間!? わかった、すぐ準備するね。夕飯は後でこっちで食べるから持ち運べるようにしといて」

「りょーかい。なぁ、ヒイル。今回()瀕死じゃなくてよかったな」

 へろりと軽口をたたいたのでヒイルがジト目を返す。

「本人の体力の問題があるから、楽観視はできないよ」

「そうなの?」

「普通の人なら、そんな状態になったら手遅れだと思う。回復に向かうための体力がないんだから」

「そっか。…てことは」

「例外中の例外だよ。むしろ奇跡」

 奇跡とまで言われたそれに当時を回想したカズエイダルは、胡乱げな眼差しを向けた。

 国一番の薬師に奇跡と呼ばしめたその人物の今を思うと少々泣けてくる、とはいえ本人は満足しているようだから別にいいのだが。

「んじゃ、伝えとく」

「あ、待って。カズちゃん、今後の移動は注意してね」

 外部の普通の(・・・)人間が屋敷内に常駐することになる。

「あー…うん。てか、移動だけでいいのか?」

「使い魔なら喋っても問題ないから」

「なるほど」

 魔女の使い魔がカラスというのはお伽噺によくあるから世間の常識の一つだ。実際はどうあれ。

「カラスの使い魔は転移しないもんな~」

 などと呟きながら羽ばたき一つで姿を消した。

「…大丈夫かな」

 似た者同士なだけに不安を隠せないヒイルだった。

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