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薬師  作者: 小林 谺
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3話  呪令の魔女8

 悲痛に歪むリリーの頬を涙が伝っていたが、興味がないとでもいうようにカーマはブローチを放り投げて立ち上がる。カーマの押さえはなくなったが、両腕を折られているので上手く体を動かせず、リリーはブローチを眺めて悔しげに涙を流すだけだ。

 カーマの方が悪役に見えて仕方ない。

「ヒイルの傷はどうですか?」

「血は何とか止まったけれど、きちんと処置しないと傷跡が残ってしまうかもしれないね」

「そうですか」

 底冷えするような声でカーマが頷くのとほぼ同時に地に落ちていたブローチから白い光が漏れ始め、ほんわかと円を描くようにして2メートル四方まで広がるのと同時に濃密な魔力が周囲に充満する。

 その気配に、カーマが肩越しに振り返り、ヨギが眉間に皺を寄せて視線を投げ、キリウとグインが頬を引き攣らせ、ヒイルがきょとんとした顔になり、光が人型へと集約し散った。

「しっ…!?」

 そこに現れた姿に、リリーの目が見開く。

 現れたのは、肩で切り揃えられた見事な黒髪と切れ長の大きな黒眼を持つ20代半ば程度の美女だった。

「ちょ、リリー!? どうしたのよその怪我! っていうか、ここどこ? あなたの家じゃないわよね! って、やだ。顔ぐちゃぐちゃじゃない」

 口を開いた途端、美人度が70%減である。

「どうして、ここに…?」

「リリー。あなたがそんな風に泣くのっていつ以来かしらね~?」

 ふふふ、と何故か楽しそうにしながらリリーの傍らに腰を下ろす。

「アナタ自身もいつ以来になるのかしらね?」

 絶対零度の女王の声がその背に紡がれた。

 ぴしり、と場の空気が凍り、美女の顔色が瞬時に青くなる。

「―――びっくりしたぁ。クラリア、久しぶり~」

 そして空気を全く読まないヒイルが暢気に左手を振った事で、青い顔が死人のような様相に変化し、ぎぎっと首を巡らせた美女――クラリアの視界に最初に映ったのは、女王様の姿だった。

「………な、何で、ここに」

 がくがくぶるぶる、という単語がぴったりくる口調だった。

 驚きから困惑へとリリーが表情を変えて、2人を交互に見つめる。

「ここは私達の家です」

 短く答えたカーマに、ひっ、とクラリアが小さく悲鳴を上げた。

「しつけがなってないようですわね、クラリア」

「ごごご、ごめんなさい! じゃなくて、待って、何の話? 思わず謝っちゃっ 「あなたの足元の人間の話ですわ」

 淡々とした答えに、クラリアの頬が引き攣る。

「えー…と、でも、全然大丈夫だよね? リリーの呪いは返せ 「ヒイルに怪我をさせましたわ」

 科白をさえぎる冷たい声音に、クラリアが体ごとヒイルへと向き直った。

「だいじょーぶ。カーマが大げさなんだよ~」

 へらへらと返事をしたが、キリウに預けている右腕には出血の跡と小さいが地には血だまりが出来ている。

軽症、でないのは一目瞭然だ。

 何より、ヒイルは魔法の効き難い面倒な体質の持ち主である。

「申し訳ございません!」

 全面降伏の土下座だった。

 勢いよく頭を下げたクラリアに、リリーが驚愕に眼を見開く。

「し、師匠! 何を、止めてくださいそんなヤ 「馬鹿! お黙り!! 死ぬ死ぬ、殺されちゃうから、あんた黙ってなさいよー!!」

 リリーの口から出た科白にカーマ以外の眼が点になる。

 無理もない、外見年齢がほどんど変わらないように見える2人だが、カーマはリリーを初老と言っているのだ。その初老のリリーが師と仰ぐのならクラリアは幾つなのかと。

 ヒイルだけは、2人が知り合いだったという事に驚いていたのだが。

「ごめんなさい、許して! 根は悪い子じゃないの、むしろ素直でいい子だから! それに才能だって 「クラリア」

 恐ろしいほど優しい笑みをカーマが浮かべたので、クラリアの顔が蒼白になった。

「姉様、ごめんなさい!!」

 涙を流しての土下座。

「「「は?」」」

 それに3人のとぼけた声が続いて、呆れた溜息を吐き出したヨギが立ち上がった。

「あ、姉…?」

 キリウの頬が引き攣っていた。

「うん、そう。さっき話たでしょ、2番目の快活系」

「あー…あぁ、なるほど」

 遠い目をして頷いたキリウへとヨギが歩み寄る。

「キリウ、布は足りるか?」

「え、あ…はい。もう少し下さい」

「待ってろ」

 すでに現状に興味ゼロのヨギだった。

「流石ヨギ」

 家の中へと戻っていく背を眺め、思わず本音が漏れる。

 押さえつける者は居ないというのに、グインは今だ寝そべったままで呆然とした顔でリリー達を眺めていた。

「―――キリウ様。お願いできますか?」

 何の脈絡もない問いかけに苦笑し、

「僕は他人なんだけどね」

 名指しされた理由はわかるが素直に頷かない。

「他に適任者がおりません」

 ヒイルは許すと言うだろう。

 ヨギはヒイルがそう願えば受け入れるだろう。最後の一線手前までは、ヒイルの意に反したことはしない甘やかしっぷりだから。

 もう少し深手を負っていたならヨギが留まる事もなかったろうに、などと不謹慎な事を考えつつ己を棚上げするカーマ。

「わかりました」

「子供な大人の扱いは慣れていらっしゃるでしょうしね」

 キリウへ軽く頭を下げると口元に笑みを浮かべる。

 目が笑ってない、そうクラリアが思った瞬間、

「カーマ、キリさんはお客さ 「そのお客様に何をしていただいてるのでしょうね?」 ……はい、ごめんなさい」

 ヒイルの謝罪に小さな頷きを返すと、一歩、クラリアへと踏み出し、

「…って、待って! 姉様、おねが――」

 その腕を取ると同時にかき消えた。

「………え?」

 リリーの呆然とした呟きが漏れる。

「保護者に責任を取ってもらうとおっしゃられていましたからねぇ」

 しみじみとしたキリウの口調に、ヒイルの表情が微妙な苦笑いへと変わった。

「それにしても流石ですねぇ。詠唱省略収束なしで残痕すらない転移とは…。己の未熟さを痛感します」

「いや、そこをカーマと比べちゃ駄目でしょ。得意分野だし」

「そうですか…。ヒーちゃんって凄いですねぇ」

「え? 何が?」

「何でもありませんでん。ところで、カーマ、割と怒っていましたよね? 妹御は大丈夫でしょうか」

「え、あー……うん。きついお仕置き程度で済むと思うよ。他人だったら死なない程度になりそうな笑顔(かお)だったけど、クラリアならそこまで酷い事にならない筈」

「なるほど」

「キリさん。私はいいから、彼女の手当てしてあげてもらっていい?」

「必要ないでしょう」

 きっぱり断られた。

「でも、戦意はもう… 「そういう意味ではなく。彼女の治療は、カーマが戻ってきてから、妹御が行うでしょうから」

 何故か決定事項のように笑い、

「それから、君はいつまでそうしているつもりですか?」

 視線を送る事もなく声をかける。

 動きたくても動けないリリーとは違って、さして傷も負っていないのに動かぬグイン。

「両腕が折れている女性を地に寝かせたままなどと、連れの男性として恥と思って下さい」

「キリさん、それちょっと違うんじゃ…」

「でもそうですよねぇ?」

「……まぁ、そうだけど。後さぁ、一歩間違えばカーマに顎砕かれてたんだから。早く介抱してあげなよ。多分、まだ痛い筈」

 あっさりと続いたヒイルに、え? と場が凍ったのはお約束だ。

「変な手出しできないように両手砕いて、呪文詠唱できないように顎砕くと、たいていの魔法使いは何も出来なくなるからねぇ」

 うんうん、と頷くヒイル。

 それはそうかもしれないが、一般人を主張していたのに「顎砕く」とか言っちゃ駄目だろうと。

「―――あいつ、魔法使い、だよな?」

 のろのろとした口調。

「そうだよ」

「何で、そんな馬鹿力…」

「カーマだからねぇ」

「………そんな、理由で 「グイン。お前はお帰り」

 ゆるゆると体を起こしたグインに、優しい声がかかる。

「リリー…」

「アイツが師匠の姉だなんて…。これ以上関わってはダメ、まだ間に合うから逃げなさい」

「でも!」

「聞き分けなさい。命の有無の問題ではないわ。生まれて来た事を、生きている事を、後悔したり、生きている自分を憎みたくなるわ。そうなる前に 「酷い言われようだねぇ」

 科白を遮ってキリウが苦笑する。

「やりかねんだろう、カーマなら」

「「ヨギ…」」

「全くの他人なら、な」

 ダッシュでリリーの側へと走り寄ったグインを見やる。

「お前達は大丈夫だろう、運が良かったな。中で待つがいい」

 妙な沈黙が降りたのは言うまでもない。

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