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薬師  作者: 小林 谺
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3話  呪令の魔女5

 まさに三者三様の反応が返る。

 キリウがツボに入ったのか肩を揺らして笑いをこらえていたのも無理はないのかもしれなかった。

「まさかの仁王立ち」

 呆れかえったヒイルに、

「こんにちは。ふふっ、本当に珍しい種族だったのね」

 黒いカーマの笑みが更に濃くなる。

 カーマの台詞に獣人の顔が一瞬だけ強ばるも、すぐにギラギラと睨む眼に切り替えた。

「お前がカーマか」

「ええ。ミルガナオの仔、素敵なご挨拶を有り難う」

 獣人の少年の顔が引きつった。

「へー、ミルガナオなんだ~。本当に珍しいねぇ」

 人に化けたままだというのにその正体を見破った事に驚くでもなく、しみじみと呟く。

「ミルガナオ…。確か、シリオン大陸でも西部に生息する事の多い獣人ですよねぇ?」

「そうそう。流石にキリさんは詳しいね」

「いえいえ。という事は、見た目どおり少年ですか。しかし、所見でそれを見抜くとは…。オレには全くわかりません」

 ふぅ、と小さく息を吐き出しながらキリウは左右に頭を振る。

「私もわかんないよ」

 フォローのつもりなのかニコニコと同意するヒイルに、肩を竦めるだけのカーマ。

「それで、どのようなご用件でしょうか?」

「お前は呪いもするのか」

 獣人――ミルガナオの少年のその言葉は、問いかけというよりは確認の意味に聞こえた。

「必要とあれば」

 薄い笑みを浮かべて答えたカーマを、きっと睨みつけて、

「解け」

 上から目線の、短い言葉だった。

 しぃんっとした沈黙が場を支配する。

「それが人に物を頼む態度ですか。保護者の顔が見てみたいものです」

 にこやかに微笑みながらも声音は淡々としていた。

「誰がお前なんか…っ!」

 ひくり、とミルガナオの少年の顔がこわばる。のほほんとしていた2人も固まった表情で、黒いオーラが見えた気のするその背を見つめた。

「それで、どのようなご用件でしょうか?」

 再度繰り返すその問いに、答えは返らない。

 少年は完全に硬直している。背後からでもそのどす黒さがわかるのだから、対峙している時点でそうなるのは仕方がないのかもしれなかった。

「何もないのであれば、これで失礼させて頂きますわ。お茶の途中でしたので」

「用ならあるわよ」

 返った声にカーマの口元が小さな笑みを形作る。

「なんっ…出てきたら!」

 少年があわてて背後を振り返り、

「話が全く進まないからでしょう!」

 それを押しぬけるようにして大きなフードを目深に被り顔を隠した赤黒いマントで全身を覆った少年とほぼ同じ背丈の女性が姿を現す。

「やっと保護者の登場ですか。まだ子供(・・)なのですから、引率はきちんとしてあげないといけませんね。応対に出たのが私でなければ、彼は今頃死んでいたかもしれませんよ?」

「確かに相手と自分の実力差がわからないような未熟者は、そうなっても仕方ないわよね」

「なっ! 同意!?」

 口をぱくぱくさせて、同伴者を眺める。

「それと私の用件だけれど、説明する必要ってあるのかしら?」

「ご自由に」

「そう。…なら、お邪魔させてもらうわ」

 一歩踏み出したその背に、少年が慌てて手を伸ばす。

「危なっ……ぇ?」

 自分と同じように弾かれるのを心配したのだが、その手をは宙をつかみ、マントをひらりとなびかせて結界の向こうへと入り込む。

 少年が間抜けな声を出したのも、顔をしたのも、仕方なく。

 それを見たカーマの笑みが濃くなる。

「なるほど。流石といったところですか、“呪令の魔女”リリー」

 感心したようなその声に、ヒイルとキリウが顔を見合わせる。

「私をご存知?」

「ええ、噂に違わぬ若作り(・・・)ぶりですわね」

 場を冷たい空気が支配した。

 そもそもフードを目深に被っているためその顔は見えていないはずなのだが。

「失礼ね。でも、話が早くて助かるわ」

「って、ちょっと待てよ! リリー、何で? どうやって…」

 結界の向こう側で叫ぶ少年を肩越しに振り返り、

「何度も説明したでしょう。特性も、簡単に抜ける方法も」

 溜息がちに呟かれた科白に、ぐっ、と言葉を詰まらせた。

「悪意を持つ相手にしか反応しないだなんて、三流以外には無意味なのではなくて?」

「そうですね。でもその単純な仕掛けに気付かない方がとても多いので」

「馬鹿ばかりって事ね」

「後ろの彼も見事にかかっておりましたけれど。半日近くも失神する勢いで」

「あの仔は素直だから仕方ないわ」

「ものは言いようですね。それで彼が来るのを待つのでしょうか? それとも、あなたが直接お相手してくださるのかしら。呪いで名を広めるアナタが直接乗り込んでくるなんて、知れ渡ったら大変な事になってしまいそうですわね」

「大丈夫よ。証拠なんて残さないから」

「全くです。ヒイルの賞金額がまたあがってしまいそうですからねぇ」

「本当に自信過剰なのね」

「その言葉、そっくりお返ししますわ」

 ころころとカーマは笑う。

「こんな白昼堂々とお茶の時間に、希少な獣人の少年を連れて現れる暗殺者なんて。―――本当、邪魔ですこと」

 カーマの表情から笑みが消え、場の空気の質が変わる。

 対峙する2人から黒いモノが見え隠れしていたのだがそれでも、のほほんとした雰囲気であったというのに。

「……キリさん」

 ぽつり、とヒイルが小さく呟く。

「何かな?」

 つられて小声で返すキリウ。心なしか、2人の距離は内緒話をするソレに近い。

「私達って、邪魔かな?」

「むしろ、蚊帳の外って所じゃないかな」

「結界の中にいられるだけ、あの仔よりマシか」

「確かに」

「っ! うっさいぞ、お前らっ!!」

「ぁ、耳がいいんだねぇ。聞こえちゃったよ」

「獣人ですからねぇ」

 緊張感ゼロというよりは、現実逃避に必死な2人だった。

 魔法を得てとする2人は無言で見詰め合っているだけで、互いの手を待っているのか、何か策を練っているのかはわからないが、とにかく息苦しい空気が支配しているのだ。

 殺気など微塵も漂っていない2人から発せられる黒いモノ。

「ふふっ」

 突然、カーマが小さく笑う。

 その笑い方に思わずヒイルの頬が引き攣った。

「ヒーちゃん、どうかした?」

「ぇ、あ、うん、カーマ、ちょっと本気で遊ぶつもりみたい…」

 その答えにキリウの笑みが固まる。

 つーっと変な汗が背を流れ、次いで、その場から避難すべきか否かを2人揃って考えた。

「本当に、意外。ふふ。その域に達するには時間と労力がかかるとはいえ、それをすれば衰えが来るもの。けれどアナタにはそれがありません。若作りとは確かに失礼でしたわね。謝ります」

 マントの下で思いっきり訝しむような顔を返したのも仕方がないかもしれない。

「とても、初老(・・)とは思えませんもの」

 悠然とした笑みで告げられた科白は、色々な意味で止めだった。

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