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薬師  作者: 小林 谺
13/25

3話  呪令の魔女4

 ある意味では、その結果を予想する事は出来たかもしれなかった。

 それなのに何故、そこに思い至らなかったのか、別に後悔はしないが気付けなかった事に対して割とへこんだりしたものである。

 この家に住む3人は。



「あら」

 突然、カーマが驚いたような声を上げた。

 時々黒くなる空気にヒイルが微妙に引き攣ったりしながら、談笑していたまさにその時である。

「どうしたの?」

「件の獣人ですわ」

「へ? またかかったの?」

「ええ」

「その獣人、かなりまぬけなんですかねぇ。もしくはその主が、かな? 少々、顔を見て見たくなったのですが」

「意識はあるようですし、会話を…。あらあら」

 くすり、とカーマの笑みが濃くなった。黒い方へ。

「私と話をしたいようですわ。ふふふ。ヒイルまで呼びつけるなんて上等ですわ」

「………なんだろうねぇ?」

 前の去り際の時にはそんな空気はゼロだったので、ヒイルは首を傾げる。

「キリウ様。ここにいるのを知られるのはまずいのではないでしょうか? おそらく、クエンロッドか呪令の魔女の手の者と思われますので」

「そうだねぇ。まぁ、その原因が原因だから、問題はないと思うよ」

「それもそうですね。此度の一件に関してはキリウ様を筆頭に、役立たずばかりだったからですものね」

「言い訳のしようがありませんね。…ところで」

 さっと先に立ってドアを開くとヒイルとカーマが通り過ぎるまで押さえておく。

「ヒーちゃん、相談があるんだけど」

「お断りします」

 廊下を進みながら話かけたキリウの言葉をざっぱりと切断する。

「キリさんのお願いとか相談ってロクな事にならないし」

「悪い話ではないですよ。先の反省を生かして、専門の薬師と今の薬草園の他にもっと大きいのを設置する事になりまして」

「「今更?」」

 ヒイルとカーマが同時に声を上げる。

「ええ。そこで薬草園の建設にあたってヒーちゃんにアドバイスを貰えれば、と」

「なるほど。それならいいよ」

「助かります」

「キリウ様」

 にこり、とカーマが黒い笑みを浮かべる。

「何か?」

「これにかこつけてヒイルに薬師の方も何とかさせようと考えてはいないでしょうね?」

「流石です」

 キリウから返ったのは短い言葉と苦笑だった。

「やはり」

 ふう、とため息を一つ。

「薬草園の方に口出しするから、最初の頃は手伝うよ」

「助かります」

「ヒイル…、そんな事を言って。キリウ様の事、油断はダメですわ」

「そこは大丈夫だよ。キリさんだって、カーマを(・・・・)敵に回す気はないだろうから」

 にへらと気の抜けた笑みを浮かべる姿に、美人2人は顔を見合わせてからそっと息を吐き出した。

 腹黒いと言われる2人だが、天然でそれをやってのけるヒイルに割と振り回されたりしているのが現実だからだ。

「でもどこに作るの? 西のこっちで王城付近に空き地ないよね」

「城内です。先代の名残で後宮にある今は使われていない別邸の一つを潰します」

「勿体無いなぁ…」

「血みどろの惨劇跡地で、その後は開かずの邸でしたからねぇ」

 しみじみと呟いたキリウに冷たい沈黙が返った。

「先代の王様ってそういう話が多いね…」

「だから兄弟の数が異常に多いんですよねぇ。よく王位争奪戦が起こらなかったと当時は感心したものです」

「…人事だねぇ、キリさん」

「人事ですからねぇ」

「早々に継承権を放棄し、外から眺めていた訳ですか」

「えぇ、と言いたいところですが」

 カーマの言葉に頷くかと思いきや肩を竦めて、

「割と早い段階で弟妹揃って、長男(リカルド)に押し……まかせようという流れになっていましたからね」

「長男って大変だね…」

「押し付けようと思っていたのですね、幼心に」

 軽く引いた2人だった。

「自分達の親のドロドロしたものを見せられて育てば、歪むか達観するかのどちらかでしょう。オレ達はそのどちらかで。おかげで陛下の婚期が遅れて後継者問題が起きるところだったんですから」

 10年ほど前に女性恐怖症を乗り越えて――まだ完全に克服は出来ていないらしい――やっとの初恋をしたリカルド国王はその翌年に意中の女性を王妃へと迎え、現在、2児の父である。

 その弟妹17人はキリウも含めて半数以上が未婚のままという状態だ。

「継承権についても、オレの他にも何人も放棄してる兄弟はいるしねぇ」

 しみじみと呟く18人兄弟の10番目。

「普通だと、オレが王様になりたーい! って言ったり、周囲の人達が暗躍したりして、大変な事になりそうな状況なのに不思議だねぇ」

「………それだけ、先代の時の状況が酷かったって事だよ」

 果てしなく遠い目をしていた。

 政治的能力は高かっただけに叛乱も起き難く、起きたとしても早期に鎮火されていたのだという。女性問題以外は非常に有能だったらしい。その一点だけが子供達やら他の重鎮達に王位争奪戦という言葉を忘れさせるくらいに極悪だったようだが。

「むしろ、よく18人も無事で生まれてきたというか…生まれたというか…」

 ぶつぶつと呟く姿は、クスメイア国第一級魔法使いという身分を考えると呪いをかけているようにも見えた。

「でも私は一人っ子だから、兄弟がたくさんいるのってちょっと羨ましいよ。カーマも妹がいるし」

「そうなんですか?」

「ええ、妹が2人」

「………傾国の美女が他に2人いると思って間違いないですかねぇ?」

「ふふっ。私などまだまだ」

 意味ありげに笑うカーマに、キリウの頬が引き攣る。

「カーマの妹も美人だけど、カーマほどじゃないよ。系統が違うしね」

「系統?」

「上の妹さんは活発系で、下の妹さんは可愛い系。まぁ、美人なのは確かだけど」

「落ち着きが足らないのと、大人になりきれてないだけですわ」

 カーマは微笑みを浮かべたままでばっさりと評した。

「なるほど。完璧な姉、ですか…。それでいくと、オレ達はぐらぐらしてる長男でよかったのかもしれないねぇ」

 国王としては駄目だろ、とどこからか声が聞こえそうだった。

「おかげで弟妹の団結ぶりは半端ないね。大半が自分が王位に着きたくないからだろうけど」

「キリさんもでしょ?」

「他の王族が全滅とかにならない限り飛び火しない立場だからねぇ」

 継承権を捨てた上で、政治に直接関わりない国の重要ポストに付いたのはそのためである。本当なら好き勝手に魔法の研究をしていたかったのだが、勝手に身内が次々暗殺されるような事になってはお鉢が回ってきてしまう可能性があるからだ。身内を保護し守護する事は、己の自由を守る事にも繋がっている。

「やっぱりキリさんって黒いよねぇ」

「有り難うございます」

「いやいや、そこお礼言うのおかしいから」

「2人ともそのくらいで」

 暢気な会話をカーマの静かな声音がさえぎった。その調子に、ぎくり、と2人の顔が強張る。

「目的を忘れてはいけませんわ。2人も話が弾むとどんどん脱線していってしまうのですから…。―――さて、何が出るか、楽しみに眺めるといたしましょう」

 にこりと、背後の2人を振り返ると無言でコクコクと頷きを返してきた。

「ふふ。獣人の種族も何なのか興味がありますし」

 何故か上機嫌だがカーマの笑みはとても黒かった。

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