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薬師  作者: 小林 谺
12/25

3話  呪令の魔女3

「―――…と、いう事があったよ。注意した方がいいかな?」

「そうですね。警戒だけ強めておきます」

「いつ頃だったの?」

「明け方ですね。ヒイルが裏で朝露のある薬草を取りに行っている時です。気にする必要はない程度だったので、そのままにしておきましたが…」

 ふぅ、と小さく息を吐き出す。

「まさか昼過ぎまでいたなんて。ヒイルが起こさなかったら、いつまで寝てたのかしらね」

 しみじみと呟いてから紅茶を飲み干す。

「それにこの辺りで獣人なんて、本当に珍しいですし」

「だよねぇ。私、種族とかわからないから何って言えないけど」

「…ヒイル」

「何?」

「そこは勉強た筈なのですから、種族名をわかって欲しい所だったのですが…」

 苦笑するカーマに視線をそらし、

「ごめん。…でも、このクッキー、本当に美味しいねぇ。手作り感に溢れてるけど、カーマが作ったら形も綺麗にするでしょ? どうしたの?」

「マギンで頂きました。息子のサザル君が作ったそうです」

「へぇ…。そっか、もう…10才だもんね。そのうちお店の手伝いもするようになるかなぁ」

 マギンとの付き合いのきっかけになった少年の姿に思わず顔がほころぶ。当時はまだ幼さを残していたし初対面が病床とあってか弱いイメージだったが、最近はすっかりわんぱく盛りのいたずらっこに成長していた。

「そうなりそうですね。クッキーが上手に焼けるようになって、マギンの商品を全て覚えて、一度に受けられるオーダーが5品を越えたらお店に出てお手伝いするそうですわ」

「なるほど。…というか、10才児に求めるにはちょっと条件が厳しいような気がするけど」

「それは仕方ないでしょう。マギンの店としての格を落とすわけにはいかないでしょうから。たとえ息子さんといえど。それに、将来お店を継ぐのだとしたら、甘やかす訳にもいかないでしょうし」

 クスクスと、何かを思い出したかのようにカーマが笑う。

「そうだねぇ。………って、何を笑ってるの」

「いえ。ヒイルが昔、私もやる、と言って走っていって穴に落ちたのを思い出してしまって」

「っ!? ちょ、そ、そういうのは忘れて!!」

 父親がしていた植樹作業――趣味なのだが――を手伝おうとして、樹木の植え替え用に掘られた穴にいっそ気持ちいいほど見事に落下した事がある。

 何度か。

 ヒイルが4、5才の頃の話で、飛び越えるだけの運動神経が培われた後は落ちなくなった。笑い話になっているのは、何度も繰り返した事と、一度も大怪我をしなかったからだ。

 更に、お姉さんなカーマは当時の事をよく覚えている。

「ふふっ。ヒイルの植物好きの原点は、きっとそこですわよね」

 穏やかに、本当に穏やかにカーマが微笑む。

「むぅ…。―――でもあの頃って……カーマ、今みたいに笑ってなかったよね」

 ぽつりと呟いたヒイルに苦笑が返る。

「あの頃はまだ……あら、お客様(・・・)ですわ」

「そう? じゃ、私が出るね」

 ヒイルには警戒音が聞こえていないため来客者の判断がつかない筈だが、そう言いながら立ち上がる。

「では、お願いします。私はお茶の用意をしておきますね」

 にこりと微笑んで出迎えを頼む。普段はカーマの役目だ。案内もしかり。

「ここでいい? 応接室の方がいい?」

「こちらで大丈夫です」

「わかった」

 頷くと、きびすを返す。

 完全なプライベートルームであるここに通すのを許可されるということは、友人知人の中でも相手が限られてくる。

 誰だろう、と思いながら玄関へと向かうヒイルの耳に、ビーッと呼び出し音が響いた。

「はいはい。今でますよー」

 などと返事をしながらも急ぐ気はゼロだ。

 住人が3人しかいない割に結構な広さを誇るこの家は、よほど運がよくない限り、呼び出し音の直後に扉が開かれる事はない。知らない者からするとイラっとするかもしれないが、今回の客人はそれを知っている相手だろうと予想して、のほほんと普通に歩いていた。

「―――いらっしゃいませ~」

 年相応に見えないと10人が10人口を揃える笑顔で扉を開くと、

「…って、キリさん。こんにちは」

「こんにちは。ヒーちゃん」

「………今頃珍しいですね」

 嫌な予感しかナイんだけど、という科白をヒイルは飲み込んだ。

「ちょっと心配になって」

また(・・)何か…?」

「いや、そうじゃなくて。ヒーちゃん、賞金額が一気に…」

 どんよりと落ち込んだヒイルを前にしてはそれ以上の科白を続けるのは無理だった。

「それで心配になって様子を見に来てね。勿論、ここにいる間は絶対に大丈夫でしょうが…。カーマはいないのですか?」

 普段なら出迎えてくれる美女がいる。彼にとって心地よい癒やしと有意義な時間をくれる数少ない相手だ。

「お茶の用意してるよ。キリさん、私を餌にして目的はカーマ?」

「両方です」

 にこりと微笑む。

傾国の美女と噂された母親譲りの美貌は30を過ぎて、色気をさらに増した。何人もが、男にしておくのは勿体無いだの性別を間違えて生まれてきただのと口を揃えているのだが、ヒイルからすると別にそんな印象は受けない。

 カーマの影響恐るべし。

「………ま、キリさんだしねぇ。どうぞ」

「心外だなぁ。ヒーちゃんの事も気にかけてるのに」

「も、ねぇ…」

「何かお役に立てれば、とも。オレは助けられてばかりだから」

「キリさん自身を助けた記憶はないけどねぇ」

「間接的に大助かりだよ。色々と(・・・)

 含みのありすぎる追加に、ヒイルはげんなりと息を吐き出した。

「キリさんって本当に、黒い(・・)ですよねぇ」

「褒め言葉として受け取っておくよ」

「つまり…そのくらいでないと、生活できない場所なんですね。怖いところです」

「そうなんだよね。だからヒーちゃんってば巻き込まれて大変な事になっちゃって」

「………ですよね」

「本当に悪いとは思ってるよ、出来れば巻き込みたくなかったからね…。ただあの時は他にどうしようもなくて、見過ごす事もできなかった」

「仕方ないでしょ、それがキリさんの仕事だし。優先順位の問題だから」

「命の重さは同じだよ、皆ね」

「でも民間人の私を巻き込んだ」

 じと目で自分を睨み上げて来る姿を見下ろして肩を竦める。

「この国で一番安全(・・・・)だからね、ここ」

「王宮の方が安全じゃないんですか?」

「あそこは内側にも敵をかかえてるしね。暗殺未遂がごろごろしてる時点で安全度は低いでしょ?」

「………確かに」

「何なら世界一安全な場所、と言っても」

「それは流石に大げさかなぁ…」

 笑いながらノブへと伸ばしたヒイルの手が空を切り、扉が開かれる。

「だからと言って、ヒイルを危険に巻き込むのはいただけませんね」

 恐ろしい笑みを称えたカーマが立っていた。

「そこは本当に申し訳なく思っています」

「出来ることがあったら、とおっしゃっていましたね」

「流石に筒抜けなんですねぇ」

 思わず肩を竦めて、この家の主よりも主らしい姿を眺める。

「ギルドの登録を抹消して下さいませ」

「流石にそれはオレには…」

「国家権力を持ってすれば可能でしょう」

「私的有用は出来ません。そもそも、オレにそこまでの権限ないので」

「アナタが睨むか笑うかすれば動く人間はいくらでもいるでしょうに…」

 はぁ、と溜息一つ。

「後々面倒なのでそういった事はしません」

「使えるモノは何でも使わなければ勿体無いですわ。とはいえ、他人と余り関わりたくないアナタにそれを求めるのは酷というものですか。…上手く立ち回れるようになれるよう訓練すべきと思いますけれど」

「カーマほどの卓越した熟練者になるまでどれだけかかるやらって話ですねぇ」

 ふふふ、と美人が向かいあって微笑みあう。

 壮絶な光景だ。

 何も知らなければ、それに見とれてしまいそうだが…。

「黒い」

 ぽつりとヒイルが呟いた。見慣れてしまったので動揺はしないが、始めてみた時には流石のヒイルもその場から逃げ出したくなるくらいには恐怖したものだ。

「ほら、いつまでも立ち話してないで。続きは中で!」

 両手を腰に当てて、肩幅に足を開いて胸を貼る。精一杯力を込めたつもりだ。本人は。

「それもそうですね」

 やんわりとカーマが微笑み、

「ようこそ、キリウ様」

 客人を迎える際の最上級の礼でもって相手を迎え入れた。

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