3話 呪令の魔女2
侵入警報が変更されて2日後。
それは二枚盾が留守中、お約束どおりに現れた。
「どうすればいいのかなぁ…」
ぽつり、と呟く。
しゃがみ込むヒイルの眼前、結界の向こう側には侵入に失敗した輩が倒れている。ちなみに、警報音が聞こえてないため、いつからそこで気絶しているのかは不明だ。
発見がうららかな午後というだけで。
ヨギは磨ぎに出していた愛剣を取りに東へ行っていて帰宅予定は夕方だし、カーマは買い物に出ていて戻りはティータイムに合わせてだ。
完全に独りきりである。
いや、厳密に言えばカーマの使い魔が2体いるから独りきりではないのだが、2体とも戦闘タイプではないため戦力には数えられない。
とはいえ、結界に阻まれて失神しているのだから心配は皆無だろうが。
「“呪令の魔女”とは別口なのかなぁ。呪いとは縁遠いだろうし…」
考え込むように暫し頭を軽くかいてから、何を思ったのか足元の土を少しだけ握って土団子を作ると、
「第一弾、投下」
弧を描くようにして標的へと放り投げた。
酷い。
しかし何の反応もなかったため、
「第二弾、投下」
一度目より、二周りは大きい土団子だった。
「…っぇ」
お腹辺りだったのだが、いいところに入ったようで小さなうめき声と身じろぎが続く。
眉間に思いっきり皺を寄せた顔でうっすらと目を開き、数秒間そのままで固まってから、
「って、くそ! 明るっ!?」
叫び声をあげながら上体を勢いよく起こして、頭から落ちた。
「…ってぇ」
「そりゃ、それだけ勢いよく頭から落ちればねぇ。大体、気絶してたのにいきなり起きたら目が回るのくらいわかりそうな気がするけど」
「うるせ…って、え、は!?」
結界を挟んで、初めて目が合う家主と侵入者だった。
片や地に倒れた上体で見上げ、片やしゃがみ込んで覗き込むようにして。
「こんにちは」
「こ…は? え?」
「いつからそこで寝てたの?」
「……んな、答える筋合い 「ないから別に答えなくてもいいけどねぇ」
がばっと体を起こして向かい合うようにして告げた科白は、ヒイルのへろ~っとした声で遮られた。
「で、何か用?」
「入れろ!」
「いや、お客さんなら正面から入ろうよ」
「入れないからこうしてっ!」
「まぁ、悪意を持ってると遮るようになってるらしいからねぇ」
暢気な科白に、思いっきり頬が引き攣ったのは仕方ないのかもしれない。
「それにしても、こんな都会で珍しいね~」
「は? 何が?」
「いやいや。いくら外れとはいえ、王都のすぐ傍で獣人に遭遇するなんて、そうそうない経験だと思って」
ニコニコと告げられた言葉に、時間が止まった。
「な、何で…」
あからさまに動揺した声が返り、ヒイルはきょとんとしてその姿を眺める。
「そんな耳してたら子供でもわかると思うけどな~」
ちらりとヒイルの視線が上へとずれるのに合わせて、固まった顔のまま自分の頭へと両手を伸ばし、
「何で!?」
叫んだ。
「うん?」
「変化は完璧に…っ!」
「気絶するほどの勢いで結界に弾かれたせいで解けちゃったんじゃないの?」
へろりと告げられた科白に、はっきりわかるレベルで落ち込んだ。犬のような大きな耳がへにょっとしおれ、全身で項垂れている。
しっぽもあるんだろうか、などと思いながらそれを見守るヒイル。
相変わらず緊張感の欠片もない。
いいんだ、どうせ、などとブチブチ繰り返す犬耳の、多分少年。
獣人だけに年齢と見た目がかみ合っているかどうかは種族によりけりで断言は出来ない。
「………それで、何の用なの?」
一向に浮上する気配がないため、待つのに飽きて問いかける。
「……ここにいる薬師に用が」
「私」
「は?」
「ヒイル・クロードは、私の名前だよ」
あっさりとした自己紹介に返った反応は、よく見るモノだ。名乗った際に大体7~8割の確立で。
こげ茶色の瞳をいっぱいいっぱいに見開いて凝視して来る姿に、ヒイルは軽く眉を寄せる。
「それで?」
不満はあれどありきたりな反応なので、話を進めることにした。
「お前が…? 嘘付け! 凄い美人だって聞いたぞ!! それにお前みたいな子供にこんな結界張れるわけないだろっ!!」
力いっぱい、色々失礼である。
「嘘じゃないし、混じってるみたいだから訂正すると~」
「だいたい堂々と商売できるのクスメイアは15からだろ! お前どー見ても年が足り…っ!!」
半目になって殺気のこもった視線を投げられて、言葉を飲み込む。のほほんとしていただけに、この代わりようは異様な恐怖を感じさせる。
「私、20代だから」
こくり、と生唾を飲み込んだ耳に届いたのはそんな科白だった。
は…? と思っていると、ヒイルの半目がおさまるのと同時に剣呑とした空気がやわらぎ、
「それと結界とかは、カーマだよ。凄い美人なのもカーマ。どこで話を聞いたのかしらないけれど、混ざってるみたいだね」
「………は? え、お前、本当に、本物?」
「そう」
「暗殺者を返り討ちにしてる凄腕の魔法使い、なんだよな…?」
「それカーマかな」
「剣の使い手…?」
「それはヨギだね」
「………………お前、は?」
「薬師だよ」
あっさり返ったのは一般人でも知っているヒイル・クロードの代名詞だ。クスメイア一の薬師、と呼ばれているのだから。
「…………そう、か」
「うん」
にへらと頷くヒイルをまじまじと眺め、犬耳が折れると、少年は「はぁあああ」とやたら大きい溜息を一つ。
「その、カーマってヤツは?」
「外出中」
「そっか。なら…」
「この結界、君じゃ破れないよ」
「…わかってる」
引き攣った顔で同意する。自覚していても言われたくなかったのかもしれない。
「お前をどうこうの前に、やらなきゃならない事があるってわかった」
「それで?」
「出直す」
「いや、もう来なくていいよ」
へろっと告げたヒイルに、米神に青筋が立った。
「覚えてろよ」
「そう? じゃ、名前は?」
「はぁ!? 誰が名乗るか!」
「いや~名前も知らない人のことイチイチ覚えてるほど余裕ないから。暗殺ギルドのおかげで色々な人が来るしねぇ」
ひらひらと掌を振るヒイルに、更に青筋が追加されていく。
「後で絶対、殴る」
「カーマに勝てたらね」
怒りで震える声に返ったのは、絶対の信頼をよせるカーマの実力を知るがゆえの自信だ。
「ところで君は、“クエンロッド”の人?」
「違う。オレは…って誰が言うか!!」
「否定はしちゃってるけどねぇ。まぁ、いいけど」
ちらりと視線を家の正面の方へと向けて、
「出直すなら早くしないと、カーマが戻ってくるよ」
そんな科白を口にする。
「オレを見逃したこと、後悔させてやるからなっ!」
「嫌」
捨て台詞のつもりだったのに短い答えが返ってきて、勢いよく地を蹴ろうとしていたためバランスを崩して顔面をしたたかに打ちつける。
結構な音がしたので振り返るとそこには、く、の字に芋虫みたいになった姿。
「………もふもふ尻尾もあったんだねぇ」
口を付いて出たのはそんな感想で、犬耳の少年は無言で体勢を立て直すとそのまま飛び去っていった。
静かになったその場所で、ヒイルは思案するように首を左右にひねり、
「“呪令の魔女”が本気になった、かな…?」
ぽつり、と呟いた。