猫神様の勇者育成計画
第1話 勇者の選定
天界の隅に、一軒の妙な家が建っている。
外観は、段ボール箱。しかも側面には黒々と「超特大ミカン」と印字されている。神々の住まう白亜の宮殿群の中で、そこだけが完全に浮いていた。
中に入れば、寝台の代わりに置かれているのはコタツ。床には食べかけのミカンと空き箱が転がり、天板の上には積み上がったゲームソフトの山。
ここが猫神様の住まいである。
「つまんねぇ、つまんねぇのです」
コタツに潜り込んだ黒髪の少女が、ごろりと寝返りを打った。髪と同じ色のネコミミがぴくぴくと不機嫌に揺れ、黒いドレスは寝そべっているせいですっかりしわくちゃだ。
彼女の名はヌコヌコ。猫神様である。
そして現在、天界より自宅謹慎処分を受けている身でもあった。
港町を舞台にした探偵ゲームは、つい先ほど真エンドまで到達してしまった。やることがない。謹慎中の神には、暇だけが無限にある。
「なにか面白いゲームはないのですか」
ヌコヌコは身を乗り出し、手近なミカン箱に腕を突っ込んだ。ごそごそと底をかき回す。ミカン、ミカン、ミカンの皮、それから――
指先が、硬い角に触れた。
引きずり出したそれは、ミカンではなく一本のゲームソフトだった。パッケージには、やけに元気なフォントでこう書かれている。
――勇者育成計画はじめま~す ~精霊神の導き~
「こいつは、たしか、あのときの」
★★★
「おめぇ、こんな所にいやがったのですか」
その日、ヌコヌコは花畑の向こうに探し人を見つけ、猛然と走り出していた。
★★★
「るんるんるん、おでかけ、おでかけ、たのしいなぁ~♪」
ショルダーバッグを提げた黒髪ロングの少女が、花畑を軽やかに歩いていた。白いワンピースの裾が、風に揺れている。精霊神コレットちゃんである。
その背後から、猛スピードで迫る影がひとつ。
そこで、→↘→+A。
「どぉぉぉらぁぁぁぁぁ、なのです!!」
「へぶしっ!!」
完璧なコマンド入力から放たれた必殺アッパーが、コレットちゃんの顎を正確に打ち抜いた。小柄な身体が花畑の上を数十メートル、盛大に転がっていく。
「あ、うっ」
うつ伏せに倒れたまま、ぴくぴくと指先が震える。ライフポイントは、すでに1だった。
「うぅ、ひどいよぉ、ヌコヌコちゃん! 出会いがしらに必殺アッパーをかますだなんて!」
「知ったこっちゃねぇのです。くっくっく」
憂さ晴らしの一発に満足したのか、ヌコヌコは実にいい笑顔で腕を組んだ。そして、地に伏せる相手を見下ろして言い放つ。
「てめぇが告げ口したせいで自宅謹慎なのです。おまけに影武者ロボ計画まで芋づる式にばれて、モニカにしばかれたのです」
その名を口にした途端、ヌコヌコの尻尾がぶわりと膨らんだ。
「四六時中、ミミと尻尾をあいつにもふもふされるわ、抱きつかれるわ、部屋に連れ込まれるわ」
――そこから先は、猫神様の名誉のために伏せておく。
「あいつから解放されるために、わたしがどれだけ苦労したか、おめぇはこれっぽっちも知らねぇのです。てめぇは、わたしを怒らせた、なのです」
「だ、だって、勇者の選定は私の権利だもん! それに、あの世界! 動く死者だらけにしたでしょ、賞味期限切れのお菓子配って! 処理、大変だったんだからね!」
「てめぇの知ったこっちゃねぇのです」
とどめの猫パンチを振りかぶった、そのときだった。
「うん?」
足の裏に、硬い感触。
持ち上げてみると、それはゲームソフトだった。アッパーで吹き飛んだ拍子に、コレットちゃんのバッグから飛び出したものらしい。
とりあえず、拾っておくのです。
ヌコヌコはそう判断した。もらえるものはすべて頂く。それが猫神としてのアイデンティティ、すなわちネコババである。
「あっ、だめだよ、それは! ヌコヌコちゃん、返してよ。それがないとお仕事が、世界の管理ができないよぉ!!」
「おまえのものはおれのもの、おれのものはおれのもの。昔、偉大な猫神であるネコバーバがそう言ったのです」
「うわーーーーん!!」
★★★
――そうだ。これは、あのときコレットからちょろまかしたゲームなのです。
すっかり忘れていたのです。まあいい、試しにやってみるのです。
ヌコヌコはコタツに肘をつき、画面をのぞき込んだ。
ふむふむ。この世界で選ばれる勇者、その選定対象の人間が百万人。この中からたった一人を、神として決めなくてはならない。しかも失敗は許されない、と。
……いや、百万人を一人ずつ吟味するとか、面倒くさいのです。
黒髪に黒い瞳、性格は超慎重派部屋からでないニートス? 口癖が「オレナニカシタアルカ」? 竜の戦士の従妹? なんだかプロフィールを読むのが面倒くさくなったのです。
もう、適当に名前で選ぶのです。
――ジーク。
なんだかどこかの皇帝っぽくて格好いいので、こいつにしてやるのです。
ぽちっと。ゲームスタートなのです。
第2話 僕の名前はジーク
僕の名前はジーク。農家の息子だ。
「うん? ここは?」
目を覚ますと、そこは納屋だった。積み上げられた藁の上で、どうやら眠り込んでしまったらしい。窓の隙間から、傾きかけた日射しが差している。
ステータス
ジーク 20歳
農民LV10
称号 なし
装備
村人の服
スキル
なし
「さて、そろそろ続きをしようか」
壁に立てかけてあったクワを手に取る。
ジークは、鉄のクワを装備した。
攻撃力が1ポイントUPした。
そうして納屋を出ようとした、そのときだった。
「盗賊がきたぞ!!」
村中に響く叫び声。続けて、悲鳴と足音。村人たちが逃げ惑う気配が、扉一枚を隔てて伝わってくる。
この村に盗賊が。まさか――
「ぐふっ」
視界の端で、何かが光った。腹のあたりが、熱い。手をやると、指が赤く濡れていた。
どさっ――!
膝から崩れる。もう、目が見えない。頬に触れる土の匂いと、鉄くさい血の匂いだけが残っている。
「男は皆殺しだ!!」
「ひゃっはあ!!」
その声を最後に、僕の意識は完全に途切れた。
ゲームオーバー
★★★
ま、まじで、ありえねぇのです。なにこのクソゲー。
ヌコヌコはコントローラーを取り落としそうになった。
納屋から出た瞬間に死ぬとか、開始三十秒なのです。
――だが、ここで投げていいのか。
ヌコヌコは天界の仕事をサボり倒し、ありとあらゆるゲームをクリアしてきた猫神である。クソゲーから名作まで、積んだ本数は数知れず。ここで諦めるのは、ゲーマーとしての沽券に関わる。
いや、だめだ。絶対にクリアする。あらゆる手段を使ってでも。
まずは、こいつの装備を強化してやるのです。たしかミカン箱に例のものがあったはず――じゃじゃーん!!
コレットのクレジットカード!!
こいつで課金してやるのです。とりあえず+9まで盛れば、なんとかなるはずなのです。
よし、ジーク。生きろなのです。コンティニューなのです。
★★★
僕の名前はジーク。農家の息子だ。
「うん? ここは?」
目を覚ますと、そこは納屋だった。積み上げられた藁の上で、どうやら眠り込んでしまったらしい。
ステータス
ジーク 20歳
農民LV10
称号 なし
装備
村人の服+9
強化ボーナススキル
自然治癒能力(1秒にHP15%回復)
回避率向上(敵の物理攻撃を50%の確率で回避)
「さて、そろそろ続きをしようか」
壁に立てかけてあったクワを手に取る。妙に手に馴染む気がした。
ジークは、鉄のクワ+9を装備した。
攻撃力が10ポイントUPした。
強化ボーナススキル(武器)カウンターを覚えた。
そうして納屋を出ようとした、そのときだった。
「盗賊がきたぞ!!」
村中に響く叫び声。村人たちが逃げ惑う気配。
この村に盗賊が。まさか――
ジークはカウンターを発動しました。
考えるより先に、身体が動いていた。
僕は無意識に、扉の向こうから踏み込んできた男へ、クワを振りおろしていた。
「ぐえっ」
鈍い音がひとつ。目の前の男が、声もなく崩れ落ちる。
ジークは盗賊LV20を退治した。
ジークは農民LV15になった。
鉄の鎌を手に入れた。
「はっ、僕は、一体」
勝手に動いた腕が、まだ小刻みに震えている。
「ぼ、僕は何をしたんだ。クワに血が、人が、倒れている……ああ……僕は、人を殺してしまった」
ジークは混乱してしまったようだ。
*混乱=誰彼構わず無差別攻撃してしまう。ダメージを受けることで正常になります。また、時間が経てば回復します。*
★★★
気がついたとき、あたりは静まり返っていた。
悲鳴も、足音も、もう聞こえない。手に残っているのは、クワの重さだけだ。
足元に転がっているものが何なのか、僕には理解できなかった。いや、理解したくなかった。
見覚えのある服があった。よく畑を手伝ってくれた村人たちの服。それから――父さんと、母さんの服が。
その間の記憶が、僕には全くなかった。
「この人たちは誰だ。それに、父さん、母さん、みんな……まさか、僕がやったのか?」
両手は赤く汚れている。これは、僕の血ではない。
うわあああああああああ!!
ジークの精神が崩壊しました。
ゲームオーバー
最終話 神のいなくなった世界
おいおい、まじでありえねぇのです。
ジーク、メンタル弱ぇ。
ヌコヌコはコタツの天板に突っ伏した。
人間一匹殺したくらいで混乱するとか、繊細すぎるのです。まぁ、誰彼構わず攻撃して、カウンターまで律儀に合わせて村を丸ごと片づけるとか、ある意味すげぇヤツなのです。猫の穴にスカウトしたい人材かもしれないのです。
ステータス
ジーク 20歳
農民LV20→
称号 なし
装備
鉄のクワ+9
鉄の鎌
村人の服+9
強化ボーナススキル
カウンター
自然治癒能力(1秒にHP15%回復)
回避率向上(敵の物理攻撃を50%の確率で回避)
次はどうするか。……うん?
農民の横に、小さな矢印があるのです。ぽちっと。
農民→戦士
これは、まさか、クラスチェンジ。
ふむふむ、レベル20になれば転職できるようなのです。とりあえず戦士にして、あとは――そういえば、メニューにアイテム合成があるのです。
鉄のクワ+9 + 鉄の鎌 → 鉄の剣+5
強化値が均等化されてしまうようなのです。ちっ、仕方ねぇのです。鉄の剣、作成っと。
あとは、こいつのメンタルをなんとかしねぇとやべぇのです。称号はどれがいいかな。
称号『TS魔法少女』『孤高の男』『マッチョな兄貴』
初心者用の称号お試しセット、ろくなものがないのです。
まぁ、仕方がないのです。この称号にしてみるのです。
これをインストールすれば、孤高の男になれます。風の精霊を使役することができます。
ジークに『孤高の男』をインストール開始しますか。――はい、っとな。
あと五分で完了します。お待ちください。
★★★
僕の名前はジーク。農家の息子だ。
「うん? ここは?」
目を覚ますと、そこは納屋だった。積み上げられた藁の上で、どうやら眠り込んでしまったらしい。
ステータス
ジーク 20歳
戦士LV1
称号 なし
装備
村人の服+9
強化ボーナススキル
自然治癒能力(1秒にHP15%回復)
回避率向上(敵の物理攻撃を50%の確率で回避)
「さて、そろそろ続きをしようか」
壁に立てかけてあったクワ、いや――鉄の剣を手に取る。
ジークは、鉄の剣+5を装備した。
攻撃力が10ポイントUPした。
強化ボーナススキル(武器)カウンター、気配察知を覚えた。
……おかしい。僕はこの剣で田を耕していたのだろうか。できるのだろうか。いや、できるはずがない。どうも、記憶が曖昧になっているようだ。
ジークは、気配察知を発動しました。
盗賊頭 LV25
盗賊 LV20
盗賊 LV10
こ、これは、まさか。
僕は息をひそめ、気配のする方へ耳を傾けた。
『さて、そろそろだな。男どもは皆殺しだ。合図を待て。いいな、分かったか』
村を襲う気なのか。しかも、かなりの数だ。……まだ動くな。様子を見るんだ。
『よし、おめぇら、はじめるぞ!! 散開しろ』
草を踏む音が、いくつにも分かれて広がっていく。
そして、そのうちのひとつが、まっすぐ納屋へ近づいてきた。扉に手がかかる。
「盗賊がきたぞ!!」
村中に響く叫び声。
扉が開いた、その瞬間。
「はっ!!」
僕は鉄の剣を振り抜いていた。
「ぐえっ」
ジークは盗賊LV20を退治した。
ジークは戦士LV10になった。
鉄の鎌を手に入れた。
「僕が、盗賊を、一撃で」
剣を握る手に、確かな力が宿っている。
これからどうする。――いや、迷っている暇なんてない。僕には力がある。この力なら、みんなを救える。
よし。みんな、今、助けに行く。
ジークの称号が勇者になりました。
★★★
『まもなく、孤高の男のインストールが完了します。……完了しました。これより、孤高の男をダウンロードいたします』
ジークの称号が勇者から、孤高の男に変わりました。
状態異常 中二病(中)が発生します。黒の手帳を扱うことができるようになりました。僕の考えた必殺技を扱うことが可能になりました。風の精霊魔法・風のささやきを覚えました。
★★★
……そういえば、俺は、あれだ。
漆黒の闇に生きる者だったよな?
そ、そうだ。今、ここで目立つわけにはいかない。右手が疼いている。だが、この黒き紋章を――真の力を、こんな場所で解放してはならない。
俺には敵が多い。そう、俺を狙う結社が存在するのだ。
今ここでエターナルバースト・トロピカル・サンダースラッシュを放てば、痕跡が残る。それだけは避けねばならない。
村の方から、悲鳴が聞こえた気がした。
だが、俺には俺の戦いがある。
ならば――煙のように立ち去るとしよう。
ああ、風が俺を呼んでいる。
ジークは旅に出た。
その後、彼を見た者はいない。
ゲームオーバー
★★★
ちょー無理ゲー、ありえねぇ。それにしても、こいつの行動がまったくもって読めないのです。さっぱりなのです。うがあああああああ、なのです。
ヌコヌコは頭を抱えて唸りだした。
聖剣を持たせてやった。魔剣も持たせてやった。強化人間にした。竜人にもした。課金もしまくった。強くした。とにかく強くした。
だが、初期村から一歩も進まない。
そして気がつけば、ジークはとんでもなくおかしな状態に仕上がっていた。空を飛び、目から光線を出し、口から火を吹き、ついでに変な色の煙まで吐く。
これをどうやって勇者に導けばいいのか、もう分からない。
もう飽きた。面倒くせぇ。
ヌコヌコはゲームソフトを引き抜くと、ゴミ箱にぽいっと放り込んだ。
こうして、この世界から神が消えた。
あとに残ったのは、いかれたジークと、コレットちゃんのクレジットカードの請求書だけ。もちろん、限度額ギリギリである。
「うぇーーーん、ひどいよぉ!!」
その泣き声は、天界の隅から、白亜の宮殿の方角へと登っていった。
いちばん高い宮殿の、寝室の窓が、静かに開く。
コタツの中で、ヌコヌコのネコミミが跳ねた。
★★★
――ミカン箱の陰、ゴミ箱の底。
電源の落ちたはずのゲームソフトが、ちかり、と一度だけ光った。
誰も見ていない画面の中で、ひとりの男が空を見上げている。
どこまでも、誰もいない村で。
ああ、風が俺を呼んでいる。




