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猫神様の勇者育成計画

作者: あいうえお
掲載日:2026/08/09

第1話 勇者の選定


 天界の隅に、一軒の妙な家が建っている。


 外観は、段ボール箱。しかも側面には黒々と「超特大ミカン」と印字されている。神々の住まう白亜の宮殿群の中で、そこだけが完全に浮いていた。


 中に入れば、寝台の代わりに置かれているのはコタツ。床には食べかけのミカンと空き箱が転がり、天板の上には積み上がったゲームソフトの山。


 ここが猫神様の住まいである。


「つまんねぇ、つまんねぇのです」


 コタツに潜り込んだ黒髪の少女が、ごろりと寝返りを打った。髪と同じ色のネコミミがぴくぴくと不機嫌に揺れ、黒いドレスは寝そべっているせいですっかりしわくちゃだ。


 彼女の名はヌコヌコ。猫神様である。


 そして現在、天界より自宅謹慎処分を受けている身でもあった。


 港町を舞台にした探偵ゲームは、つい先ほど真エンドまで到達してしまった。やることがない。謹慎中の神には、暇だけが無限にある。


「なにか面白いゲームはないのですか」


 ヌコヌコは身を乗り出し、手近なミカン箱に腕を突っ込んだ。ごそごそと底をかき回す。ミカン、ミカン、ミカンの皮、それから――


 指先が、硬い角に触れた。


 引きずり出したそれは、ミカンではなく一本のゲームソフトだった。パッケージには、やけに元気なフォントでこう書かれている。


 ――勇者育成計画はじめま~す ~精霊神の導き~


「こいつは、たしか、あのときの」


  ★★★


「おめぇ、こんな所にいやがったのですか」


 その日、ヌコヌコは花畑の向こうに探し人を見つけ、猛然と走り出していた。


  ★★★


「るんるんるん、おでかけ、おでかけ、たのしいなぁ~♪」


 ショルダーバッグを提げた黒髪ロングの少女が、花畑を軽やかに歩いていた。白いワンピースの裾が、風に揺れている。精霊神コレットちゃんである。


 その背後から、猛スピードで迫る影がひとつ。


 そこで、→↘→+A。


「どぉぉぉらぁぁぁぁぁ、なのです!!」


「へぶしっ!!」


 完璧なコマンド入力から放たれた必殺アッパーが、コレットちゃんの顎を正確に打ち抜いた。小柄な身体が花畑の上を数十メートル、盛大に転がっていく。


「あ、うっ」


 うつ伏せに倒れたまま、ぴくぴくと指先が震える。ライフポイントは、すでに1だった。


「うぅ、ひどいよぉ、ヌコヌコちゃん! 出会いがしらに必殺アッパーをかますだなんて!」


「知ったこっちゃねぇのです。くっくっく」


 憂さ晴らしの一発に満足したのか、ヌコヌコは実にいい笑顔で腕を組んだ。そして、地に伏せる相手を見下ろして言い放つ。


「てめぇが告げ口したせいで自宅謹慎なのです。おまけに影武者ロボ計画まで芋づる式にばれて、モニカにしばかれたのです」


 その名を口にした途端、ヌコヌコの尻尾がぶわりと膨らんだ。


「四六時中、ミミと尻尾をあいつにもふもふされるわ、抱きつかれるわ、部屋に連れ込まれるわ」


 ――そこから先は、猫神様の名誉のために伏せておく。


「あいつから解放されるために、わたしがどれだけ苦労したか、おめぇはこれっぽっちも知らねぇのです。てめぇは、わたしを怒らせた、なのです」


「だ、だって、勇者の選定は私の権利だもん! それに、あの世界! 動く死者だらけにしたでしょ、賞味期限切れのお菓子配って! 処理、大変だったんだからね!」


「てめぇの知ったこっちゃねぇのです」


 とどめの猫パンチを振りかぶった、そのときだった。


「うん?」


 足の裏に、硬い感触。


 持ち上げてみると、それはゲームソフトだった。アッパーで吹き飛んだ拍子に、コレットちゃんのバッグから飛び出したものらしい。


 とりあえず、拾っておくのです。


 ヌコヌコはそう判断した。もらえるものはすべて頂く。それが猫神としてのアイデンティティ、すなわちネコババである。


「あっ、だめだよ、それは! ヌコヌコちゃん、返してよ。それがないとお仕事が、世界の管理ができないよぉ!!」


「おまえのものはおれのもの、おれのものはおれのもの。昔、偉大な猫神であるネコバーバがそう言ったのです」


「うわーーーーん!!」


  ★★★


 ――そうだ。これは、あのときコレットからちょろまかしたゲームなのです。


 すっかり忘れていたのです。まあいい、試しにやってみるのです。


 ヌコヌコはコタツに肘をつき、画面をのぞき込んだ。


 ふむふむ。この世界で選ばれる勇者、その選定対象の人間が百万人。この中からたった一人を、神として決めなくてはならない。しかも失敗は許されない、と。


 ……いや、百万人を一人ずつ吟味するとか、面倒くさいのです。


 黒髪に黒い瞳、性格は超慎重派部屋からでないニートス? 口癖が「オレナニカシタアルカ」? 竜の戦士の従妹? なんだかプロフィールを読むのが面倒くさくなったのです。


 もう、適当に名前で選ぶのです。


 ――ジーク。


 なんだかどこかの皇帝っぽくて格好いいので、こいつにしてやるのです。


 ぽちっと。ゲームスタートなのです。


第2話 僕の名前はジーク


 僕の名前はジーク。農家の息子だ。


「うん? ここは?」


 目を覚ますと、そこは納屋だった。積み上げられた藁の上で、どうやら眠り込んでしまったらしい。窓の隙間から、傾きかけた日射しが差している。


  ステータス

  ジーク 20歳

  農民LV10

  称号 なし

  装備

  村人の服

  スキル

  なし


「さて、そろそろ続きをしようか」


 壁に立てかけてあったクワを手に取る。


 ジークは、鉄のクワを装備した。

 攻撃力が1ポイントUPした。


 そうして納屋を出ようとした、そのときだった。


「盗賊がきたぞ!!」


 村中に響く叫び声。続けて、悲鳴と足音。村人たちが逃げ惑う気配が、扉一枚を隔てて伝わってくる。


 この村に盗賊が。まさか――


「ぐふっ」


 視界の端で、何かが光った。腹のあたりが、熱い。手をやると、指が赤く濡れていた。


 どさっ――!


 膝から崩れる。もう、目が見えない。頬に触れる土の匂いと、鉄くさい血の匂いだけが残っている。


「男は皆殺しだ!!」


「ひゃっはあ!!」


 その声を最後に、僕の意識は完全に途切れた。


 ゲームオーバー


  ★★★


 ま、まじで、ありえねぇのです。なにこのクソゲー。


 ヌコヌコはコントローラーを取り落としそうになった。


 納屋から出た瞬間に死ぬとか、開始三十秒なのです。


 ――だが、ここで投げていいのか。


 ヌコヌコは天界の仕事をサボり倒し、ありとあらゆるゲームをクリアしてきた猫神である。クソゲーから名作まで、積んだ本数は数知れず。ここで諦めるのは、ゲーマーとしての沽券に関わる。


 いや、だめだ。絶対にクリアする。あらゆる手段を使ってでも。


 まずは、こいつの装備を強化してやるのです。たしかミカン箱に例のものがあったはず――じゃじゃーん!!


 コレットのクレジットカード!!


 こいつで課金してやるのです。とりあえず+9まで盛れば、なんとかなるはずなのです。


 よし、ジーク。生きろなのです。コンティニューなのです。


  ★★★


 僕の名前はジーク。農家の息子だ。


「うん? ここは?」


 目を覚ますと、そこは納屋だった。積み上げられた藁の上で、どうやら眠り込んでしまったらしい。


  ステータス

  ジーク 20歳

  農民LV10

  称号 なし

  装備

  村人の服+9

  強化ボーナススキル

  自然治癒能力(1秒にHP15%回復)

  回避率向上(敵の物理攻撃を50%の確率で回避)


「さて、そろそろ続きをしようか」


 壁に立てかけてあったクワを手に取る。妙に手に馴染む気がした。


 ジークは、鉄のクワ+9を装備した。

 攻撃力が10ポイントUPした。

 強化ボーナススキル(武器)カウンターを覚えた。


 そうして納屋を出ようとした、そのときだった。


「盗賊がきたぞ!!」


 村中に響く叫び声。村人たちが逃げ惑う気配。


 この村に盗賊が。まさか――


 ジークはカウンターを発動しました。


 考えるより先に、身体が動いていた。


 僕は無意識に、扉の向こうから踏み込んできた男へ、クワを振りおろしていた。


「ぐえっ」


 鈍い音がひとつ。目の前の男が、声もなく崩れ落ちる。


 ジークは盗賊LV20を退治した。

 ジークは農民LV15になった。

 鉄の鎌を手に入れた。


「はっ、僕は、一体」


 勝手に動いた腕が、まだ小刻みに震えている。


「ぼ、僕は何をしたんだ。クワに血が、人が、倒れている……ああ……僕は、人を殺してしまった」


 ジークは混乱してしまったようだ。


 *混乱=誰彼構わず無差別攻撃してしまう。ダメージを受けることで正常になります。また、時間が経てば回復します。*


  ★★★


 気がついたとき、あたりは静まり返っていた。


 悲鳴も、足音も、もう聞こえない。手に残っているのは、クワの重さだけだ。


 足元に転がっているものが何なのか、僕には理解できなかった。いや、理解したくなかった。


 見覚えのある服があった。よく畑を手伝ってくれた村人たちの服。それから――父さんと、母さんの服が。


 その間の記憶が、僕には全くなかった。


「この人たちは誰だ。それに、父さん、母さん、みんな……まさか、僕がやったのか?」


 両手は赤く汚れている。これは、僕の血ではない。


 うわあああああああああ!!


 ジークの精神が崩壊しました。


 ゲームオーバー


最終話 神のいなくなった世界


 おいおい、まじでありえねぇのです。


 ジーク、メンタル弱ぇ。


 ヌコヌコはコタツの天板に突っ伏した。


 人間一匹殺したくらいで混乱するとか、繊細すぎるのです。まぁ、誰彼構わず攻撃して、カウンターまで律儀に合わせて村を丸ごと片づけるとか、ある意味すげぇヤツなのです。猫の穴にスカウトしたい人材かもしれないのです。


  ステータス

  ジーク 20歳

  農民LV20→

  称号 なし

  装備

  鉄のクワ+9

  鉄の鎌

  村人の服+9

  強化ボーナススキル

  カウンター

  自然治癒能力(1秒にHP15%回復)

  回避率向上(敵の物理攻撃を50%の確率で回避)


 次はどうするか。……うん?


 農民の横に、小さな矢印があるのです。ぽちっと。


 農民→戦士


 これは、まさか、クラスチェンジ。


 ふむふむ、レベル20になれば転職できるようなのです。とりあえず戦士にして、あとは――そういえば、メニューにアイテム合成があるのです。


 鉄のクワ+9 + 鉄の鎌 → 鉄の剣+5


 強化値が均等化されてしまうようなのです。ちっ、仕方ねぇのです。鉄の剣、作成っと。


 あとは、こいつのメンタルをなんとかしねぇとやべぇのです。称号はどれがいいかな。


 称号『TS魔法少女』『孤高の男』『マッチョな兄貴』


 初心者用の称号お試しセット、ろくなものがないのです。


 まぁ、仕方がないのです。この称号にしてみるのです。


 これをインストールすれば、孤高の男になれます。風の精霊を使役することができます。


 ジークに『孤高の男』をインストール開始しますか。――はい、っとな。


 あと五分で完了します。お待ちください。


  ★★★


 僕の名前はジーク。農家の息子だ。


「うん? ここは?」


 目を覚ますと、そこは納屋だった。積み上げられた藁の上で、どうやら眠り込んでしまったらしい。


  ステータス

  ジーク 20歳

  戦士LV1

  称号 なし

  装備

  村人の服+9

  強化ボーナススキル

  自然治癒能力(1秒にHP15%回復)

  回避率向上(敵の物理攻撃を50%の確率で回避)


「さて、そろそろ続きをしようか」


 壁に立てかけてあったクワ、いや――鉄の剣を手に取る。


 ジークは、鉄の剣+5を装備した。

 攻撃力が10ポイントUPした。

 強化ボーナススキル(武器)カウンター、気配察知を覚えた。


 ……おかしい。僕はこの剣で田を耕していたのだろうか。できるのだろうか。いや、できるはずがない。どうも、記憶が曖昧になっているようだ。


 ジークは、気配察知を発動しました。


 盗賊頭 LV25

 盗賊 LV20

 盗賊 LV10


 こ、これは、まさか。


 僕は息をひそめ、気配のする方へ耳を傾けた。


『さて、そろそろだな。男どもは皆殺しだ。合図を待て。いいな、分かったか』


 村を襲う気なのか。しかも、かなりの数だ。……まだ動くな。様子を見るんだ。


『よし、おめぇら、はじめるぞ!! 散開しろ』


 草を踏む音が、いくつにも分かれて広がっていく。


 そして、そのうちのひとつが、まっすぐ納屋へ近づいてきた。扉に手がかかる。


「盗賊がきたぞ!!」


 村中に響く叫び声。


 扉が開いた、その瞬間。


「はっ!!」


 僕は鉄の剣を振り抜いていた。


「ぐえっ」


 ジークは盗賊LV20を退治した。

 ジークは戦士LV10になった。

 鉄の鎌を手に入れた。


「僕が、盗賊を、一撃で」


 剣を握る手に、確かな力が宿っている。


 これからどうする。――いや、迷っている暇なんてない。僕には力がある。この力なら、みんなを救える。


 よし。みんな、今、助けに行く。


 ジークの称号が勇者になりました。


  ★★★


『まもなく、孤高の男のインストールが完了します。……完了しました。これより、孤高の男をダウンロードいたします』


 ジークの称号が勇者から、孤高の男に変わりました。


 状態異常 中二病(中)が発生します。黒の手帳を扱うことができるようになりました。僕の考えた必殺技を扱うことが可能になりました。風の精霊魔法・風のささやきを覚えました。


  ★★★


 ……そういえば、俺は、あれだ。


 漆黒の闇に生きる者だったよな?


 そ、そうだ。今、ここで目立つわけにはいかない。右手が疼いている。だが、この黒き紋章を――真の力を、こんな場所で解放してはならない。


 俺には敵が多い。そう、俺を狙う結社が存在するのだ。


 今ここでエターナルバースト・トロピカル・サンダースラッシュを放てば、痕跡が残る。それだけは避けねばならない。


 村の方から、悲鳴が聞こえた気がした。


 だが、俺には俺の戦いがある。


 ならば――煙のように立ち去るとしよう。


 ああ、風が俺を呼んでいる。


 ジークは旅に出た。


 その後、彼を見た者はいない。


 ゲームオーバー


  ★★★


 ちょー無理ゲー、ありえねぇ。それにしても、こいつの行動がまったくもって読めないのです。さっぱりなのです。うがあああああああ、なのです。


 ヌコヌコは頭を抱えて唸りだした。


 聖剣を持たせてやった。魔剣も持たせてやった。強化人間にした。竜人にもした。課金もしまくった。強くした。とにかく強くした。


 だが、初期村から一歩も進まない。


 そして気がつけば、ジークはとんでもなくおかしな状態に仕上がっていた。空を飛び、目から光線を出し、口から火を吹き、ついでに変な色の煙まで吐く。


 これをどうやって勇者に導けばいいのか、もう分からない。


 もう飽きた。面倒くせぇ。


 ヌコヌコはゲームソフトを引き抜くと、ゴミ箱にぽいっと放り込んだ。


 こうして、この世界から神が消えた。


 あとに残ったのは、いかれたジークと、コレットちゃんのクレジットカードの請求書だけ。もちろん、限度額ギリギリである。


「うぇーーーん、ひどいよぉ!!」


 その泣き声は、天界の隅から、白亜の宮殿の方角へと登っていった。


 いちばん高い宮殿の、寝室の窓が、静かに開く。


 コタツの中で、ヌコヌコのネコミミが跳ねた。


  ★★★


 ――ミカン箱の陰、ゴミ箱の底。


 電源の落ちたはずのゲームソフトが、ちかり、と一度だけ光った。


 誰も見ていない画面の中で、ひとりの男が空を見上げている。


 どこまでも、誰もいない村で。


 ああ、風が俺を呼んでいる。

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