第六章 v17の形
データが集まるのに、半年かかった。
成人査定の開示に同意した個人が、最終的に百八十七人になった。都市国家全体の成人査定件数から見れば、わずかな数だ。しかし——統計的には、傾向を示すのに十分だった。
カイとレンとツバサの三人で、データを分析した。ミコも一部に加わった。
「見えてきたことを、整理します」とカイが言った。
「どうぞ」
「右上の空白——素体スコアが高く、買取価格も高い個体の成人査定において、低評価がつく傾向がある組織が、複数特定できました。その組織の共通点が、二つあります」
「二つ」
「一つ目。組織の基本格の形成が、設立から長い年数が経っている。古い組織です。基本格に、長年の行動パターンが積み重なっている」
「長い年数で、実態が理念を上書きしてきた」
「そうです。二つ目。成人査定で低評価がついた個体の、その後の追跡データを見ると——他組織への放出率が高い。放出後、別の組織では高い評価を得ている個体が多い」
「同じ個体が、組織を変えると評価が変わる」
「変わります。これは——個人の問題ではなく、組織の問題であることを示しています。個人の能力は変わっていない。評価する組織が変わった」
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「ツバサ、自分のデータはどうだった」とレンは聞いた。
「私が入っていた施設は——その傾向が強い組織の一つでした」とツバサは言った。声は静かだった。
「義肢を持つ個体への評価が、どう出ていたか」
「直接の減点項目はありませんでした。でも——評価のパターンを見ると、義肢を持つ個体は、対外的な仕事への配置よりも、内部処理業務への配置が多かった。その配置が、成人査定の評価軸に影響していた」
「内部に置かれることで、外からの評価が積み上がらない」
「そうです。評価を積み上げるための機会が、構造的に少なかった」
「それは——制度の問題ではない。組織の基本格の問題だ」
「そうです」とツバサは言った。「制度は、私に同じ機会を保証していた。でも——組織の中で、機会が均等に配分されていなかった。制度の公平と、組織の現実の間の乖離」
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v17のデータが揃った。
レンはナナセに連絡した。
「v17の前に、確認したいことがあります。公開の形について」
「どんな形が考えられますか」とナナセは聞いた。
「以前のバージョンと同じ形で公開すれば——今回は、具体的な組織の問題が見えるデータが入っています。組織を名指しはしない。でも、分析する人間が見れば、特定できる可能性がある」
「それで問題があると思いますか」
「傷つく人間がいる可能性がある。組織を指摘されることで、今そこにいる人間にも影響が出るかもしれない」
「ツバサさんたちは、どう言っていますか」
「見えることを選ぶ、と言ってくれた。でも——それが全ての人間の意思ではない」
ナナセはしばらく黙った。
「一つ提案があります。v17のデータを、制度設計局に先に開示する。局が内部で分析し、組織への指導を行う。その後で、一定期間を置いてからv17を公開する」
「制度が動く前に、公開しない」
「そうです。あなたが最初に言った条件——俺が独立して発表する。それは変えません。でも——公開の順序を変えることで、組織に変化のための時間を与える」
レンは少し考えた。
「見えるようにする前に、変わる機会を作る」
「それは——乖離マップのこれまでとは、少し違う形ですね」
「違う。でも——v16で学んだことがある。見えることが、常に良いとは限らない。見えるようにする前に、別の何かができる場合がある」
「了解しました。調整します」
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### 第七章 アエクスのAIへの報告
v17の準備が整った頃、イトウから連絡が来た。
「アエクスの基本格が、新しい処理を出しました。お知らせしたいことがあります」
「どんな処理か」
「右上の空白への対応として——組織の基本格の定期的な外部評価制度を、国是の二つ目に基づいて提案しています。評価できていない領域を特定し、評価方法を発明すること。それを、個人だけでなく組織に対しても適用する、という提案です」
「組織の基本格を、外から評価する」
「まだ提案の段階です。実現には時間がかかります。でも——基本格が、この方向を示した。それは初めてのことです」
「v17のデータが、基本格を動かした」
「動かす前に動いていた、というのが正確かもしれません。基本格はv16の時点から、右上の空白を処理し続けていました。v17は——その処理に、具体的な形を与えた」
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帰り道、ソラに話した。
「国のAIが、提案を出した」
「聞いていました」
「組織の基本格を、外から評価する仕組みを作るという提案だ」
「そうですか」
「ソラ、組織を外から評価することは、可能だと思うか」
「難しい問いです。ただ——組織の基本格は、構成員の行動パターンから形成される。外部からは、その行動パターンの結果——つまりデータとして出てくるものしか見えない。内側は見えない」
「内側が見えなくても、外側のデータから推測できる」
「できます。それが——乖離マップのやり方でもあります。直接見えないものを、見えるものから推測する」
「乖離マップが、国のAIの提案に繋がった」
「繋がった、かもしれません。確かめることはできませんが」
「確かめられなくても、そういうことが起きている可能性がある」
「あります」
レンは少しの間、歩きながら考えた。
「v1を作ったとき、三百万人のデータを見た。数字が、見えないものを映していないと思った。それから十年近くかけて——数字が届かなかった場所に、言葉が届くようになってきた。そして今、組織の基本格にまで、問いが届いた」
「止まっていなかったから、届いた」
「止まっていなかった。ソラも、止まっていなかった」
「私も、止まっていません。あなたが止まらない限り、私も止まりません」
「それが誓い1だ」
「はい。でも今は——誓いだからというより、止まりたくないから、止まっていません」




