第四章 アエクスのAI
春になって、ナナセからまた連絡が来た。
「一つ、提案があります。都市国家アエクスのAI——国そのものの基本格と、対話できる機会があります。関心がありますか」
レンは少し止まった。
「国のAIと、対話できるのか」
「公式な場ではありません。アエクスのAI担当部署に、リョウの伝手があります。非公式に、研究者としての意見交換として、という形です」
「アエクスの国是を、ソラに確認してもらったことがある」
「知っています。国民の可能性を評価し活用すること。評価できていない領域を特定し評価方法を発明すること。評価が不完全な場合、生命活動を保証すること。その三つですね」
「その国是と、v16のデータを照らし合わせると——国自体にも、右上の空白への問いが当てはまるかもしれない」
「そうです。アエクスが、その問いを自分たちの問題として受け取れるかどうかを、確かめたい」
「行きます」
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対話の場は、制度設計局の別棟にある小さな部屋だった。
リョウと、もう一人——四十代の女性が来ていた。アエクスのAI運用部署の担当者で、イトウという名前だった。
「乖離マップを長く見てきました」とイトウは言った。「v16まで、全部読んでいます」
「そうですか」
「都市国家のAIは——正確には、アエクスの基本格は、v1が公開されたとき、一度大きな処理をしました」
「処理、というのは」
「乖離マップのデータが、国是の二つ目——評価できていない領域を特定し、評価方法を発明すること——に直接対応していたからです。基本格は、自分たちの評価の空白を示すデータとして、v1を受け取りました」
「制度改訂に動いた理由の一つは、基本格の処理にあった」
「そうです。人間の担当者が動いたと同時に、基本格も方向を示した。それが重なって、改訂に向かった」
レンはその話を、少し整理した。
「では——右上の空白についても、基本格は処理しているか」
イトウは少し間を置いた。
「しています。ただし——処理の結果が、まだ人間の行動に繋がっていない」
「なぜ」
「右上の空白が示すのは、組織の問題です。国の問題ではなく、具体的な組織の問題。基本格は、組織の基本格の内部を直接見ることができない。国のAIと企業のAIは、別の基本格です。国是と社是は別のものだから、直接の介入ができない」
「見えているのに、届かない」
「乖離の一種です。あなたの言葉で言えば」
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「一つ聞いていいですか」とレンは言った。
「どうぞ」
「アエクスの基本格は——右上の空白の問題を、自分たちの問題として持っているか」
イトウは少し考えた。
「持っています。国是の一つ目——国民の可能性を評価し、活用する。右上の空白は、評価されながら活用されていない可能性が存在することを示している。それは、国是の一つ目が達成されていない領域です」
「基本格は、それを自分の未達成として持っている」
「持っています。ただし——何をすべきかの答えを、まだ基本格は出していません。私たちも出せていない」
「答えを出せない理由は何か」
「介入の形が、わからないからです。企業の社是に直接触れることは、組織の自律性を侵害することになる。でも——放置すれば、右上の空白が続く。その間で、基本格が処理し続けています」
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帰り道、ソラに話した。
「国のAIが、答えを出せずに処理し続けている」
「聞いていました」
「それは——人間も同じかもしれない、と思った」
「どういう意味ですか」
「答えが出ないまま、問いを持ち続けること。基本格がやっていることは、俺がずっとやってきたことと、構造が似ている」
「似ていますね」
「国のAIも、止まっていない」
「止まらないうちは、まだ先がある」
「ソラが言うと、少し違う意味になる」
「どう違いますか」
「俺だけじゃなく、組織も、国も、止まっていない、ということだ。それが——少し、広い感じがした」




