第三章 リョウとの対話
一週間後、ナナセがリョウとの対話の場を設けた。
制度設計局の近くの会議室。リョウは以前より少し落ち着いた顔をしていた。廃止派の熱量が、別の種類の問いに変わっている感じだった。
「v16を読みました」とリョウは言った。「右上の空白に、ずっと引っかかっていました。あれは以前のバージョンにもあった。でも誰も指摘しなかった」
「なぜ指摘されなかったと思いますか」とレンは聞いた。
「右上の問題を指摘することが、組織の問題を指摘することになるからだと思います。左下の問題——低い層の問題は、制度の問題として議論できる。でも右上の問題は、具体的な企業や機関の問題になる。それは、局内の人間には言いにくい」
「局内に、丁稚奉公企業と関係のある人間がいる」
「います。局長クラスの何人かは、高い買取価格でラプラス社などの大手に入った経歴を持っています。右上の問題を議論することは——自分たちが経てきた組織の問題を議論することになる」
レンはそれを聞いて、少し考えた。
「ラプラス社、というのは」
「都市国家最大の丁稚奉公企業の一つです。あなたは……」
「俺はラプラス社にいた。十五歳まで」
リョウは少し黙った。
「すみません。知らなかった」
「謝らなくていい。ラプラス社の話をしてください」
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「ラプラス社は——基本理念が三つあります」とリョウは言った。「一つ、構成員の能力を最大化すること。二つ、組織の持続的成長。三つ、都市国家への貢献。それが社是です」
「問題は何ですか」
「一つ目と二つ目が、実態の中で逆転しています」リョウは言った。「本来、構成員の能力を最大化することが先にあり、その結果として組織が成長するはずです。でも——実際には、組織の成長のために、構成員の能力が管理されている」
「管理、というのは」
「素体スコアが高い丁稚奉公の子どもたちの中で、成長の速度が速い個体は——ある時点から、特定の業務に固定される傾向があります。得意なことを伸ばすのではなく、組織に必要な枠に当てはめる。その枠に収まり続けることが、組織内での評価に繋がる」
「枠から外れようとすると」
「評価が下がります。あるいは——成人査定で低い評価がつき、他組織に売り出されることになる。実質的な排出です」
レンはラプラス社にいた頃を、少し思った。
十二歳のとき、乖離マップの原型を作り始めた。ラプラス社の上司は、それを「依頼外の仕事」として止めようとした。止められなかったのは、当時のレンの直属の教育担当者が黙認していたからだ。
「組織が個人の問いを止める、ということは、俺にも経験がある」とレンは言った。
「ラプラス社でのことですか」
「そう。ただ、止められなかった理由もある。一人の人間が、黙認してくれた。組織の中にも、組織の行動パターンに反する個人がいる」
「そうです」とリョウは言った。「それが——右上の空白が、完全な空白ではない理由でもあります。全員が潰されているわけじゃない。でも——潰されている人間が、有意な数いる」
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帰り道、ソラに話した。
「リョウの話を聞いた」
「聞いていました」
「ラプラス社の話が出た。俺がいた頃の話と、重なる部分があった」
「重なりましたか」
「俺が乖離マップを作り始めたとき、止められそうになった。でも黙認してくれた人間がいた。その人間がいなければ、今の俺はいない。ということは——黙認してくれる人間がいなかった右上の個体が、空白になってる可能性がある」
「個人の行動が、組織の基本格の外側で作用した、ということですね」
「組織の基本格が、全てを決めるわけじゃない。でも——基本格の傾向が、個人の行動の確率を変える。黙認する人間が生まれやすい組織と、生まれにくい組織がある」
「それを、データで示すことができますか」
「できるかどうか、まだわからない。でも——試みる価値はある。右上の空白が、どの組織に集中しているか。その組織の基本格がどんな方向に動いているか。それが重なれば、何か見えてくるかもしれない」
「v17の方向が、見え始めていますね」
「見え始めた。でも——難しい問いだ。組織を名指しすることになる可能性がある。以前、ハシモトさんの言葉を入れたときも感じたことだが——見えるようにすることで、傷つく人間がいる」
「傷つく人間がいることを、知った上でどうするか」
「それが問いだ。今は、まだ答えを出せない」




