第九部 地図の中の見えない角 第一章 ナナセからの呼び出し
v16を公開してから二ヶ月が経った冬の朝、ナナセから連絡が来た。
「会えますか。今週中に。少し込み入った話があります」
「込み入った、というのは」
「直接話した方がいい種類の話です」
ナナセがそういう言い方をするのは珍しかった。
「明日なら」
「明日でお願いします。場所は以前の食堂で」
---
翌日、食堂に着くとナナセはすでにいた。コーヒーが来ていたが、ほとんど減っていなかった。来て間もない。それでも目が、何かを考え続けている目だった。
「どうしたんですか」とレンは言った。
「v16を読みました」ナナセは言った。「制度設計局の中で、今回は少し違う反応が出ています」
「どんな反応ですか」
「以前は——乖離マップは、低い層の問題を示すデータとして読まれていました。買取価格が低い層、持ち点が伸びない層。制度の恩恵を十分に受けられていない人間の問題として」
「今回は違う読まれ方をしてる」
「そうです」ナナセは少し前に乗り出した。「v16のデータの中に、以前から気になっていた領域がある、と指摘してきた人間がいます。リョウです。覚えていますか」
「廃止派にいた若手。制度設計局の内部の人間」
「今は廃止派ではない。でも問題意識は変わっていない。彼が見つけた、と言ってきた」
「何を」
「散布図の右上です」
レンは少し止まった。
「右上の空白」
「あなたも気づいていたんですね」
「ずっと気になっていた。でも言葉にできていなかった」
---
散布図の右上——素体スコアが高く、買取価格も高い。本来なら、最も高い実績スコアを示すはずの領域。しかしその領域の中に、実績スコアが伸び切っていない個体が、統計的に有意な数だけ存在する。
乖離マップを作り始めた当初から、その空白はあった。しかしレンは左下の問題——低い層の埋まらない可能性——に集中していた。右上の空白は、見えていたが、見ようとしていなかった。
「リョウは何と言ってきたんですか」とレンは聞いた。
「右上の空白は、個人の問題ではない可能性がある、と言っています。組織の問題かもしれない、と」
「組織の問題」
「丁稚奉公企業の問題です。素体スコアが高く、買取価格も高い子どもを受け入れた企業が——その子どもの可能性を、十分に活かせていない場合がある。あるいは」
ナナセは少し間を置いた。
「活かさないようにしている場合がある」
レンはその言葉を、しばらく持った。
「活かさない理由が、組織にある」
「企業のAI——基本格の問題かもしれない、とリョウは言っています」




