第五章 果ての星の蜃気楼(4)
「あっぶね、あっぶね! なんであいつらいんの? え、なんで?」
「しらねえよちくしょう、どこまでバレてんだこれ」
ソン・シエイは相手方のスケジュールをぺらぺらとめくりながら額の汗を拭く。
当然その相手はロベルト・アードマンだ。
ファレンに来た彼らは、エミリア大使館にひそかに部屋を借り拠点としていた。
「あれ、うちの部局の査察してたやつだぞ、お役所の。この前地球にいたのに、なんでここに」
「俺ら追っかけてきて会議現場押さえて尻尾掴もうとしてたんだったら、もう完璧に筒抜けだぞ」
ロベルトも冷や汗をだらだらと流している。
「動きづらくなったなあ」
資料から何か読み取ろうとする試みをあきらめ、ソン・シエイは椅子に座って背を伸ばした。高官のための皮革仕立ての椅子がギシリと音を立てる。
合わせてロベルトも向かいに座った。
「もうこれ、あれだ、あっちの動き待った方が早い」
「あっちって?」
「王女だよ、王女。もうさっさとあの少年たらしこんで連れて帰って式挙げろよちくしょう」
「ああ、そっちか。ほんと、いつまでグズグズやってんだろな。僕なら出会ったその日に食いつく」
「うわお前ロリコンかよ」
「違えよ。十六ならありだろ。見たことねえけど」
「ほんとお前不敬発言やめろ」
と言いつつも、ロベルトは本当にそう思ってる風でもない。とりあえずピンチを一つ乗り越え、冗談の一つでも飛ばし合いたい気分だった。
「で、だ。だからと言って本当に王女が動くのを待つわけにもいかんのだよなあ」
「そうなんだよな。こっちが下交渉整える、王女と少年がどうにかなる、枢機院が激怒して王女を降嫁させる、至尊の王女を失わせたとなれば当然、地球の補償問題になる、落としどころとして、ってのを目の回るようなスピードでやる。下準備整わない状態でもめ事起こされてみろ、もたもたしてるうちにあちこちの口出し許すことになる」
「ああ少年、まだ王女様に手を出さないでおいてください」
「お前が少年役だったらとっくに王女妊娠して計画破綻だな」
「ばっ、僕だってさすがに十六の子供にいきなり手出しはしねえよ」
「言ってることが逆だぞ」
ロベルトは苦笑いしながら、でも、と表情を引き締める。
「それにそういう下心じゃなく、王女たちには美しい恋ってやつで結ばれてもらわないと困るんだよ」
なにやら蕁麻疹でも出そうなのか、頭や首元をがりがりとかきむしる。
「誰が見ても不自然でなく、当たり前に好き合う二人ってやつだ。そんななかで上手に間違いを犯して。激怒する枢機院と物わかりのいい高位貴族の間の落としどころが穏便な降嫁。うわあやっぱりあの国めんどくせえ」
「そのためにも、まだ二人とも演技中ってわけだろ? しかし案外、お互い相手に裏の目的があることを知らなかったりしてな」
「ガチで口説かなきゃって? うわあ、それはそれでめんどくせえぞ」
「お互い自分が落ちることは分かってるのに相手を何とか口説こうとしてるんだとしたら、タイミングもくそもねえ。いやマジでその可能性あるからな、なにせ王女様には別の説明しちゃってるんだよな?」
「そうそう。あの少年を貴族籍に入れてから王家に婿にやるから、やけは起こすな、ってな。多分王女はそこで地球とコネ作れれば今回の計画もある程度操れるとか思ってんだろ。まさか自分が貴族籍を追われるなんて思わずに」
「そんなこと聞かされたら、無理に間違い犯そうとも思わないんじゃないかなあ。こりゃもう、少年に期待するしかねーぞ」
「……ちょっと怖いこと考えた。少年の親、あれ、こっち陣営だよな? あっちだったらどうすんだ?」
「……いやいやいや。いくら何でもとっくに抱き込」
***
そこで、ブツリと大きな音がして、回線は切れた。
しかし、僕らの耳には、さっきまでの薄汚い会話がこびりついて離れない。
喫茶店のBGMがやけに遠く聞こえる。
「……限界のようだ」
ラウリの言葉がどこか遠くから聞こえてきた。
分かったことがたくさんある。
セレーナが転入してきた目的。
それは、僕と個人的で自由な恋愛をするため。
その結果、僕を貴族として迎え入れるため。
考えてみればおかしなことはいくらでもあった。
一度出し抜かれたはずのロッソが、その後、僕に会いに行くセレーナをあっさり見過ごしたこと。
究極兵器の秘密、なんていうあやふやな理由で僕とセレーナを二人きりにするに任せたこと。
それから、この転入。
セレーナが僕を連れて家出している間に、すっかり陰謀のプランは練りあがっていたんだ。
では、何のため?
彼らの言葉をその通りにとらえるなら、セレーナが僕を口説く中で深い仲になることで、王室と地球にもめ事を起こしたい。
そのもめ事を利用して彼らが何らかの目的を果たしたい。
そして、最後は地球に一方的に責任を押し付けたい。たぶんその『一方的』を現実にするために、セレーナをだまし討ちにして降嫁、あるいは貴族籍のはく奪という強硬手段をとる。王室の唯一の跡取りの貴族籍を奪われるんだ、これはもう、ただごとでは済まない。信用して送り出した留学先で、その国の市民と。きっと、重い賠償問題になる。
そう、それをたくらんでる『彼ら』こそ問題だ。
エミリア大使館に潜む彼らは、どう見ても、地球人だった。
地球の、どこかのお役所か会社で、地球の役所から査察を受けるような人。
そんな人が、地球に責任を押し付ける陰謀の一端を担いでいる。
こっちとあっち。
たぶん、政府の意思とは別の勢力。
エミリアと組んで何か悪さをしようとしている。
それはきっと、カロルのこと。そうとしか思えない。
セレーナ自身は、きっとだまし討ちの手前のところで理解は止まっているだろう。
ひとまずもめ事さえ起こせれば、自分の身を盾に、地球と良い取引ができるだろう、と。
あるいは、そのだまし討ちさえとっくに予想済みで、それを逆手に取ろうとさえしてるかもしれない。
あらゆることにつじつまが合いすぎる。
まるで最初から準備していたかのように。
最初から。
『あの少年の親はとっくに』――抱き込み済み?
セレーナが、あの土手道で、抱き込み済みの地球のやり手外交官オオサキ・アヤコの息子に偶然ぶつかったことまで、準備されていたことなのか?
セレーナとの出会い。それは、彼女の結婚問題だった。
王女して、当然の地位のものを相手に選ばなければならないのに、それがわざわざ地球に逃げてきて?
どこの馬の骨ともわからない男子高校生に洗いざらいぶちまけて?
恋愛だの結婚だのというテーマをことさらに強調して僕に近づいてきたのはどうして?
違う。
そんなことは絶対にない。
……と思っているのは僕だけなのか。
これこそが真実だと何度も確認したことが、また僕の中で揺らいでいる。
じゃあ僕らの旅は一体何だったんだ?
僕らの友情は一体――
「……にがあったの、大崎君! おかしいよ、何があったのよう」
浦野に揺さぶられて、ようやく現実の音が聞こえ始めてきた。
「……ジュンイチ君はちょっと具合が良くないみたいだ。今日はいったん引き上げよう。相談しなきゃならないことも出来た」
ラウリの声。
僕は彼に引き起こされ、彼に会計を済ませてもらって喫茶店を後にした。




